vs 清姫
着物の女性は
袖を斬った
「まさか、あんな人達にやられたのですか、ラプンツェル……!」
さすが、オルア先輩……私も、頑張らなきゃ。
玲音もまた、敵の霊力の消失に気付いていた。もっともオルアが結界を張っている間は感知できなくて心配していたのだが、その心配が消えて安堵した。
同時、
だがすぐに、その気力は折られる。
着物の女性はすさまじい量の霊力を放つと、その姿形をみるみるうちに変貌させて、白い鱗を持つ巨大な蛇龍になった。
「仕方ありません! この
金色の目で玲音を睨み、炎を吐き散らして突進する。猛毒を垂らす二本の牙で、聖剣に噛みついた。
踏ん張るものの、図体の大きさが違い過ぎる。玲音は押され、大木に次々に叩きつけられ、しまいにはまた遠くへ飛ばされた。
全身を霊力で覆って防御するも、地面と枝に体を切られてところどころから出血する。血と一緒に体力までも抜け落ちていって、立ち上がるための力を削がれていく。玲音はなんとか、剣を地面に突き立てて立ち上がった。
『大丈夫か、
「は、はい……でも、力の差が、ありすぎます……こんなのを、何度も受けてたら……」
『ならば、斬るだけのこと。私は盾ではなく剣。それに準じればよいだけのことではないか』
「斬る……あれを……」
受けた限りでも見た限りでも、あの蛇龍の鱗は岩より硬い。それを斬るだけの腕力は、霊力で底上げしたとしても持ち合わせていない。
ならば斬れないではないか。だがウォルワナは決して、斬れないとは言わなかった。まるで玲音の力で、斬れるのが当然であるかのようだ。
迷っている暇はない。こうして考えている間にも、蛇龍は二股の下を揺らして近付いてきている。やるしかないのだ。
やるしか――
玲音は逃げた。一目散に、敵に背を向け駆け出した。霊力で強化した足で地面を蹴り、グングンと距離を広げる。速度だけは、まだ玲音の方が速かった。
『何故逃げる、獅子谷玲音』
「だって、だって……!」
『そうか。
そうだ。獅子谷玲音は弱虫だ。
対神学園に入学したのだって、実際親に言われたからだ。そんな調子で合格なんてしないと思っていたのに、常人を遥かに超える霊力量で合格してしまった。
本当は、戦いが怖いのだ。怖くて怖くて、戦場なんて、一秒でも長くいたくない。
修行だって、死なないから頑張れた。自分が死なない程度に、相手が加減してくれるからだ。それがわかっていたから頑張れた。だって、死なないから。
でもこの戦いは下手をすれば死ぬ。相手も、殺すつもりでかかってきている。殺気、それを感じる。だから怖い。
怖い、怖い。死ぬのが、戦うのが怖い。あんな怪物になった神様に、勝てるわけがない。私じゃ、私なんかじゃ――
『なればこそ、其方は私を握るにふさわしい』
聖剣が消え、ウォルワナは人の姿で現れる。そして腕を組み、その場で仁王立ちして待ち構えた。
蛇龍が、鎌首をもたげて突進してくる。
「ウォルワナ!」
炎を吐き、蛇龍が牙を向ける。対してウォルワナは腕を解くと、その牙を受け止めて踏ん張った。二メートルほど押されて、止まる。
そして次の瞬間、大きく一歩踏み締めて、ウォルワナは自身の三倍はある蛇龍を投げ飛ばした。一〇メートル近く長い胴体が持ち上がり、背負い投げに似た形で投げ飛ばされる。
その牙は折れ、蛇龍は痛みでもがきだした。
そこへさらにウォルワナの正拳が抉る。胴体に減り込む一撃を喰らった胴体から持ち上がり、蛇龍の体はくの字に折れ曲がって吹き飛んだ。
霊力で
「彼もまた、臆病で弱虫であった」
「え……」
「私を初めて使った者の話だ。彼は酷く弱虫で、戦いが嫌いであった。何よりも人が傷付くことを恐れ、それよりも自身が傷付くことを恐れる奴だった。私はよく彼の愚痴に付き合わされたものだ」
ウォルワナのいう彼とは、聖剣
騎士の中の騎士、聖騎士王の元に仕えた有数の騎士達。その一角である。
ただし彼は伝説上、騎士達の中で王を除いてはもっとも勇敢で気高い騎士だと言われている。ウォルワナの言うような、そんな臆病で弱虫ではないはずだった。ましてや獅子谷玲音と同じような性格では、ないはずだった。
だがウォルワナは語る。臆病で弱虫だったという、彼の話を。
「奴は誰よりも弱腰で、低姿勢で、後ろ向きだった。だが彼は一度も、逃げ出そうとはしなかった。私としては、奴がただ逃げる気力も失せているほどに腰が引けているだけだったのだが。彼曰く、それは自身を勇気づけているのだそうだ」
――自分に自信を持っておくんだよ
「自身に勇気を持つことで、その難局に挑めるのだそうだ」
――自信を持つことで、自身を持つんだ。自分のことを決められるのは、自分だけなんだよレオくん
「そうして難局に挑み続けた結果、彼は王にとっても大切な仲間の一人となった。どうだ。其方もまた、自身に勇気を持ってみないか。この難局に、挑んでみないか」
――自信を持ちな
ウォルワナの話す彼の話と、ずっとまえに言われた言葉とが重なる。
一人の騎士のいわゆる騎士道と、とある先輩の心の持ちようが同じであることに、なんだかちょっとした縁というか、繋がりを感じた。
勇気を持っておく騎士の聖剣を召喚し、自信を持っておく先輩の弟子である。そんな自分が弱虫で臆病であるのは、まるで用意されたかのような展開と言える。ここから先は勇気と自信を持って、強大な敵に挑むシーンだ。
まったく、一体誰がこんな展開にしたのだろうか。思わず少しやる気になってしまうではないか。
玲音は自身の胸に手を当てて、ゆっくりと深呼吸した。そして念じる。光の聖剣を。魔を断じる聖剣の召喚を。
鎌首をもたげて、蛇龍は折れた牙を向ける。そして再び突進し、玲音に大口を開けた。
丸呑みにされる。傍から見ればそんな不安さえ感じさせる局面で、玲音は振った。光の剣閃が、二股の舌先を斬り落とす。
蛇龍は絶叫し、炎の代わりに血を噴きながら悶絶した。
「ウォルワナ……私、頑張ります。だから、力を貸してください」
『私は今は其方の剣だ。存分に使えばいい』
「おのれ! おのれ!」
蛇龍の額から、突起物のように出てくる白い塊。それはやがて形を成し、頭に角を生やした女性になった。清姫だ。上半身だけ、蛇龍の頭から突き出ている。
「こんなところで、人間ごときに負けてたまるものかぁぁっ!!」
体を持ち上げ、上から炎を降りかける。
周囲を燃える木々に囲まれた玲音は逃げ場を無くしたが、焦ることも戸惑うこともなかった――いや、実際はものすごく戸惑っている。だがそれを押し殺す勢いで、自身に言い聞かせていた。
大丈夫、大丈夫。私ならできる。私なら、戦える。
刃に光を、霊力を宿す聖剣を手に、玲音は構える。霊力は刃の表面上を回転し、小さな摩擦音を立てている。それこそが、断魔の聖剣の能力だ。刀身の表面に霊力を流すことで、切れ味を増す。
故に聖剣は聖剣でありながら、チェーンソーに近い刃だった。
その刃を引き、霊力を込める。刃を流れる光は膨れ、わずかに触れている地面を抉り切った。
だがそれが視界に入っていても、清姫に引く様子はない。蛇龍に大口を開けさせて炎を吐き散らし、突進した。上から圧し潰すように、襲い掛かる。
だがその攻撃は玲音にとっては望むところだった。何せ今、斬り上げる一撃を構えていたのだから。
「“
その一撃、あらゆる防御を両断する。盾も鎧も甲冑も、すべての防御はこの一撃に両断され、魔は滅せられる。
「“
大きく切り上げ、光が蛇龍を包む。光の柱に打ち上げられた蛇龍の巨体は、縦半分に両断された。
蛇龍を両断した光の柱は、天を貫く勢いで伸び続ける。螺旋する力で周囲の大気は渦を巻き、燃えていた木々の炎を吹き消した。
その光の柱を見た全員、その場の霊力を探知する。柱が立っている間はその霊力に邪魔されてうまく探知できなかったが、その柱の下にいる比較的大きな霊力を探知できた数人は驚愕し、それぞれ感想を抱いた。
「これで残りは一人だな、うん?」
スカーレットが挑発するが、黒尽くめの魔神は動かない。清姫の敗北は溜め息一つで一蹴し、それだけで済ませてしまった。
清姫……あなたも結局、ただ一人の人のことを思う一人の姫。その意味では、あなたは人間となんら変わりはなかった。そういうことです。どれだけ人間を憎もうとも、あなたも……。
「どうした。そろそろおまえも動いたらどうだ? というか名乗ったらどうだ。うん?」
あからさまに、動いてほしくて仕方ない。そしてその相手をしたくて仕方ない様子。先ほどから何度も子供からのような挑発をされている魔神だったが、ずっと冷静で動こうとしていなかった。
スカーレットの挑発もまた、彼女は溜め息であしらう。
「まだ彼女が残っています。彼女を退けられなければ、あなた達に勝ち目はありませんよ」
「あぁ。あの真っ白な魔神か。たしかに霊力は相当なものだったが、はてどうか――」
スカーレットの霊力探知に、引っかかる。それは今光の柱が消え去ったことで、たしかに探知できるほど
その霊力を、その場にいる玲音もまた探知していた――いや、すでに視認していた。何故ならそれは蛇龍の亡骸から這い出てきた、清姫だったのだから。片腕を斬り落とされていた彼女は、もう片腕で蛇の牙に似た刃を握っていた。
「負け、られない……負ける、わけに、は……いかない!」
すべては愛する人に会うため。たった一度、たった一人愛した人と会うために。今度こそ、あの人を愛するために。負けられない。負けるわけにいかない。
人間ごときに、負けるわけにいかない。
「
一撃必当、二撃必当。
蒼い燕は地上を駆ける。
地面に擦りつけるように翼羽ばたかせれば、地を駆ける獣すべて置き去りにし、残光を残すがごとく、影を残していく。
その速度は音のそれを超え、今、十を超える斬撃は一つへと昇華する。
十連必殺、否、一撃必殺の秘剣。
「“一断一刀・秘剣・
十の連撃を一つにまとめ、繰り出された居合の秘剣。一つにまとまった斬撃は鋭く強く、清姫の握る刃ごと、清姫の体を切り裂いた。
刃を落とし、量の膝をつく。そして力なく、何か言葉を途切れ途切れに残すこともなく倒れ、力尽きた。
思い切り踏ん張って急ブレーキをかけ、止まった
「大丈夫か、獅子谷」
「
敵である清姫の姿が消えたのを視認し、ようやく玲音は緊張から解き放たれる。ずっと無理して勇気と自信を持っていた気持ちはもう限界で、脚からは力が抜けて立てなかった。
「よくやったな、獅子谷」
「は、はい……ありがとう、ウォルワナ」
『やったのは其方だ。私ではない……だが見事だった、獅子谷玲音』
清姫の完全な敗北を探知して、スカーレットは安堵する。もっとも、蒼燕が近付いていることも清姫が手負いなのも探知していたため、そこまで心配していたわけではなかったが。
「これで本当に、おまえを除いて一人だな」
「それがどうしたのですか。彼女がいれば、あなたの部下など一掃してみせましょう。何せ彼女は、名だたる姫君の魔神の中で最強の魔神。
ずっと遠く。一番遠い戦場で、爆発が起こる。その場の霊力を探知した全員――スカーレットと黒尽くめの魔神を除く全員は驚愕した。
「先輩!」
消耗しているのはミーリで、立っているのは純白の魔神スノーホワイト。その霊力の差は歴然で、ミーリの方は風前の灯火だった。
「しょせん、人間なんてこの程度……」
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