vs リングフィンガー
時を
ツルに覆われた杖は、その形を変える。そのところどころから小さな芽を出し花を咲かせ、やがてそれは広がって形を取り、そして一斉にツルが落ちる。そうして現れたのは、緑の光沢が光る大きな弓だった。
右手と一体化したそれを持ち上げ、ミーリは構える。肩のツルが伸びて螺旋状に絡まり、それが一本の矢となってミーリの手に握られた。
「無駄です」
「そのたった一本の弓矢を」
「私達に当てられると思ってるのですか?」
木々に飛び移る彼女達が、またリレーして喋る。それはちょっとおもしろかったが、あえてツッコむことはなく、ミーリは自分の頭上に矢を放った。
射抜かれた天上から無数のツルが伸び、ドーム状に覆う。その中はまるで光がなくて、リングフィンガーを含む一二人は突然の暗闇に行動を停止した。
「一体、何が……」
「みなさん、軽率に動かないよう――」
おかしい。まるで声が聞こえない。自分の声はちゃんと出ているのに、他の一一人の声がまるで聞こえない。いやそれだけでなく、臭いもしない。目に耳に鼻、三つの感覚がこの時点で機能していなかった。
生物が司る五感の内、すでに三つが機能していない。この状態を、狩人である彼女達は緊急事態と悟った。
そして同時、一人の脚が射抜かれる。射抜かれた脚にツルが絡まり、木の上から落とされる。さらに第二撃によるツルが全身に絡みつき、完全に動きを奪われた。
だがそれに、他の彼女達は気付かない。何せその状況すべてが見えているのは、ミーリだけ。その瞳は青白く、猫のような瞳孔を光らせていた。
それが
それが宿り木の剣最高の技、“
「でも、弓矢になれるだなんて思わなかったよ、ネッキー」
『私の武器としての神話は、剣であったり弓矢であったり、曖昧なのです。ですから、神話に語られている数だけ、私は姿を変えられるのですよ。能力は、残念ながらそこまでありませんが』
「充分だよ」
続いて二人目を落とす。そして脚に絡まるツルをほどこうとする彼女に向けて二発目を放ち、側に刺さった矢からツルを伸ばして二人目を拘束した。
「この調子で一二人落とすよ」
『仕留めないのですか?』
「俺は神
『……主様』
「うん?」
『あなたを主人に決めて、よかったです』
「嬉しいこと、言ってくれるね」
三本、同時に放つ。それで三人同時に射抜き、木から落とした。さらにその側にまた三本放ち、絡め取る。
ここまで五人がやられたが、他七人は当然気付けず、木の上にいるために動けないままだった。次々にやられていく仲間を見て、次は自分かと思うこともできない。まず、そんな状況が起こっていることも理解できていない。彼女達はただ何が起こっているのか理解できていない現状で、ただただ自分が射抜かれるのを待っているだけだった。
今度は一気に四本。それで四人射抜く。その方向を逆算して二人が斬りかかってきたが、すぐさま脚にツルが絡まって転ばされた。今度は二撃目を撃たず、そのまま脚のツルに全身を絡ませる。
「一体何がどうなって……」
真っ暗闇の中、光もなければ音もない。手を伸ばしてやっと自分が今足場にしている木の幹の感触がわかるだけで、他は何もわからない。
リングフィンガーの能力“
それはただ一二人で一人の神として存在するだけでなく、一二人すべての視界を共有するという力がある。故に誰か一人でも敵を視認していれば、他の一一人も敵を認識できるという仕組みだ。
だがその能力をもってしても、状況がまったく把握できない。それは確実に、一二人全員の視界が同じように漆黒に沈められているということだった。
状況把握ができないうえ、いつ敵が襲ってくるかわからないという
緊張と恐怖、その二種類の魔物に今にも襲われそうで、リングフィンガーは何度も突撃のタイミングを計った。
だが結局そのタイミングは訪れず、何もできないまま、足場を崩されて落とされた。そして草木のドームは消え去って、目の前で倒れている自分以外の一一人に驚愕して、また動けなかった。
その首筋に、緑色の刃が当てられる。そこから伸びるツルに頬を撫でられて、リングフィンガーは背筋にぞっとした寒気を感じ取った。
「君、リンさん?」
「……言ったはずです。私達は一二人で一人の神。全員がリングフィンガーであり、全員が私。私は、リングフィンガーです」
「そっか。まぁいいや」
ツルを束ね、周囲の木の根を地上に這い出させて、草木で椅子を作り上げる。その肘掛に頬杖を立てたミーリは、剣を回して一瞬で杖に変えた。おもむろに脚を組む。
「さて、聞きたいんだけどさ。ティアを捕まえてどうするつもりだったの? まぁ気迫からして殺すつもりだったのはわかってるんだけどさ」
一二人、口をつむる。だが全員が沈黙を続ける中、ミーリはただひたすらに待ち続けた。杖を手首に乗せて回し続ける。
そしてついに沈黙に耐え切れず、ましてやこの状況を打破できないと理解した一人が口を開こうとしたそのとき、回していた杖をキャッチした。
「とある魔神に言われたのです。彼女を仕留め、彼女からまた新たな世界を創造できれば、私達の望むものが手に入ると」
一人が口を開いたのを皮切りに、他のリングフィンガーも口を開く。事実、彼女達は抵抗してはいたものの、この状況を変えられないと自覚していた。
「ティアマトは世界創造の開闢龍」
「かつて世界は、その身を裂いて創られたとされています」
「そしてその魔神は、世界創造の術を持っていると公言しました。そして私達に、手伝えば私達の望む世界にしてあげる。望むものを創ってあげると言ったのです」
「……それで? 君達の望みってなんなの?」
全員、また口を閉ざす。だが今度はすぐさま一人が口を開いた。話したのは、最後まで恐怖で震えていた、唯一縛られていない彼女だった。
「指輪です」
そういう彼女達の指には、指輪がなかった。
そんな指輪のない指に、涙が一粒落ちる。
「私の大事な指輪……大切な人と、再会を約束した証。私が結ばれるために必要な証。その指輪が、神様に転生したときに……」
「なくなってた?」
頷けず、泣きじゃくる。最後まで怯えて今唯一捕まっていない彼女が、リングフィンガーの核であることは間違いない。それは彼女の童話を知っていれば、想像できる。
彼女達の物語、一二人の狩人。
とあるところに王子様とお姫様がいて、二人は幸せに暮らしていた。
ところが王子様の父親が病に倒れ、王子様は父を看まいに行く。そのときお姫様に託したのが、指輪である。それを持っている限り、自分は絶対に帰ってくると約束した。
だが王子様は死に逝く父親の遺言で、違う女性との結婚を約束してしまう。それを聞いたお姫様は大変悲しみ、毎晩のように泣きじゃくっていた。
それを見ていたお姫様の父親も娘を不憫に思い、彼女の願いを一つ叶えてやることにした。
そのとき彼女が願ったのが、自分とまったく同じ姿の少女一一人。お姫様は彼女達と共に狩人の格好をして正体を隠し、王子様のいるところへ一二人の狩人として雇われた。
だがある日の狩りのとき、お姫様は事故で怪我をしてしまう。
それを助けに行った王子様が彼女のしている指輪を見て約束のお姫様だと気付き、後日やってきた婚約者に自分はお姫様と結婚するからと帰す。
そして二人は幸せに暮らしました、というお話だ。
この話を知っていれば、本体のお姫様が誰でどれだけ指輪が大切なものか、理解できるだろう。その指輪がないとなればなるほど、絶望したに違いない。
ずっと愛していた王子様との約束の証を、なくしてしまったのだ。もう二度と王子様に会えない。そんな気すらしたに違いない。
「他の指輪ではダメなんです……あの指輪でなければ、ダメなんです。あれは彼との約束を結ぶ、大切な指輪だから……だから……」
しかし、その神様の代名詞ともなっている指輪がなくなっているなんて、ありえるのだろうか。
例えるならそれは一人の騎士が伝説に残した聖剣が、騎士が神様に転生すると共に消えたような――いや、あるか。そういうケース。現に今自分で一例を挙げたことで、一つの可能性が導き出された。
「リンさん。多分だけど、君の指輪……神霊武装になってるのかも」
「神霊武装……? そんな、あれは武器でないのに……」
「いや、あるよ。指輪の神霊武装。三柱の一人の
「で、ではもしかしたら私の指輪も……?」
「多分ね。もう召喚されてるのか、そうでないのかは知らないけれど、でも可能性としては高いと思う」
そうですかと、リングフィンガーは涙をこぼす。両手で覆われてかすかに聞こえるだけのお姫様の泣き声を聞いて、他の一一人もまた涙した。
その光景に、ミーリの中で一つの選択が消える。そして同時、残り二つの選択肢を彼女達に選ばせてやろうという気になって、ミーリは剣を片手に立ち上がった。
「さて、リンさん。どうする? まだティアを殺すって言う? それともきっぱり諦めてくれる? もし前者なら、容赦はしない。一二人全員、
「後者、なら?」
剣を今度は槍にして、地面に突き立てる。そしておもむろに片膝をつき、その手を差し伸べた。
「俺に協力してくれない? 物語同様、一二人の狩人全員雇ってあげるよ。そうしたら、君の指輪も探してあげる」
「本当ですか!?」
「これでも学園最強って立場なんで、学園長にはいくらかわがまま言えるんだよね。だから、そういう情報があれば君に開示してあげるよ」
捕まっている一一人、今自分の方を振り向いている全員の顔を、お姫様は順に見る。ここまで付き合わせてしまったのに無駄足に終わり、また違う方法で指輪を見つけようとしていることに関して、視線で問う。
すると彼女達全員瞳で頷き、数人は微笑んだ。その微笑みにまた、お姫様は涙する。そして何度も何度も手の甲で涙を拭いながら、ミーリの手を取った。契約成立である。
『お疲れ様でした、主様』
「はい、お疲れ」
ネキは武装を解き、人の姿に戻る。杖に弓矢、剣に槍と姿を変えたせいか、少し疲れた様子だった。
同時、ネキの能力で伸びていたツルもほどかれる。一一人の射抜かれた脚はどれも軽傷で、実際ツルで封じられなければ、まだまだ動けるレベルだった。
疲れているネキを今さっきまで自分が座っていたツルと木の根の椅子に座らせて、ミーリはその手を取る。ネキは休憩しながらも、おもむろにミーリの手の甲に口づけした。
ただの下位契約の続行なのだが、後から思えばしておいてよかったと思った。何故なら契約をした次の瞬間に、ミーリと同等以上の霊力を放つ何かがやってきたからだ。
見上げて、驚愕する。霊力を漏らしている彼女は全身白のドレスを身にまとい、一本の大剣を腰に下げていた。そのあまりにも細い体の一体どこにそれだけの霊力があるのかわからない。そういう驚愕だった。
「何これ。言われて来てみたら何この惨状。エーラと
そう呼ばれた他の一一人は返す言葉を無くす。ただずっと泣いていたお姫様のリングフィンガーが立ち上がり、刃を握り締めた。
「私の目的は、指輪を見つけ出すことです……ティアマトを殺すことにない。それ以外のよりベターな方法があるのなら、私はその方法で見つけ出します。ただそれだけです」
純白のドレスに真っ白な髪。白尽くめの女性は吐息する。その吐息は明らかに、
彼女は剣を握り締め、おもむろに抜く。純白の柄に純白の刀身を持つその剣は、これから斬る対象を鮮明に映し出した。
「リングフィンガー……よりベターって、用は精神的にも体力的にも楽な方を選ぶということでしょう? そんな方法で叶う願いなんて、捨ててしまいなさい。あくびが出る」
白銀の斬撃が飛んでくる。しかしその斬撃はリングフィンガーではなく、そのまえに立ったミーリによって掻き消された。
手に握った槍を振り回し、構える。そんなミーリに、彼女はまた吐息した。
「邪魔をしないで。あなたには関係のない身内の話よ」
「そうだね。でも今、リンさんを含めてここにいる一二人は俺が雇ってるんで。雇い主として、早々に死んでもらっちゃ困るんだよね」
「神を……雇う? 人間の分際で?」
「言うね。ちょっとカチンと来たよ、お姫様」
「頭に来たのなら来るといい。貴様程度では勝負にならないということを、教えましょう」
「ちょっと口が過ぎるな、君!」
跳び上がった槍の一撃と、彼女の剣とがぶつかる。するとその剣は純白色に輝き、霊力による爆発を起こしてミーリを吹き飛ばした。
地面に叩きつけられ、数メートルを転がる。即時立ち上がったミーリだったが、全身に深い火傷を負っていた。それでも槍から手を離さず、すぐさま構える。
その姿に、彼女はまた吐息した。
「あれを喰らって五体満足でいるだけ、ありがたいと思いなさい。それなのに、まだかかってくるつもり?」
ミーリの目の色が変わる。一方は進み、一方は戻る時計の時針を瞳の中に現出し、左右違うときを見つめていた。
「ハァ……面倒、本当に面倒」
切っ先に霊力を溜め込み、光を収束させる。そして突きと同時にそれを放ち、大きく爆発させた。
が、それはミーリには届かなかった。ミーリを覆うドーム状の結界が、爆発からミーリを守っていた。
そして同時、純白の彼女は蹴り飛ばされる。宙を転げ回って吹き飛ばされた彼女は、宙に剣を突き立ててようやく停止した。自分を蹴った相手を見つめ、舌を打つ。
「人間程度が……!」
「人間、程度か」
世界を覆う。それくらいに感じられる、圧倒的な霊力と殺気と、気迫。そんな桁外れな代物が、目前にいるたった一人の女性から放たれていることが、信じられなかった。
「言うじゃないか。魔神ごときが」
恐怖。
それに似た感情に突き動かされ、彼女はその場から一瞬で姿を消す。それは彼女にとってかなりの屈辱であるはずだが、そうしないとさらに屈辱的な、敗北を味わうことを彼女は感付いたのだった。
威嚇で無事彼女を追い払って、スカーレットは地面に降りる。そして気力切れで倒れたミーリに歩み寄り、片手で抱き上げた。
「毒か……まぁこの程度、ミーリに効くとは思えないが……一応解毒しておこう。オルア・ファブニル!」
即時結界を張り、ミーリを守ったオルアが木の後ろから出てくる。
その姿はボロボロで、神様である彼女の服はすぐさま霊力を吸って治るものの、時間のかかるほどのものだった。
「ミーリくん、様子はどう?」
「問題ない。毒など、こいつにとっては慣れたものだからな」
それってどういうことですか。その言葉を出させる暇もなく、スカーレットはリングフィンガー達を連れて行ってしまった。
実際、その意味を知るのはスカーレットに聞くよりも早く、自分が借りている部屋で見つけた一冊のノートからだった。
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