vs シンデレラ

 シンダーエーラ。灰かぶり。そうバカにしていた継母に二人の姉。

 そんな彼女達を式場から見下ろしたとき、どれだけの充実感と達成感にこの心は支配されたのだっただろうか。今となっては、憶えていない。

 だがたしか、幸せだった。自分はこの世の誰よりも幸せで、誰よりも不幸が似合わなかった。今の私を、一体誰が灰かぶりだなんて呼ぶだろうか。

 それでも灰かぶりの姫と名乗ったのは、継母や姉に対しての皮肉だった。あなた達が灰かぶりだと罵った娘は、あなた達よりずっと綺麗で可愛くて、素敵な女性だったのよと、教えてあげるために。

 でもそれを、二人の姉は許さなかった。それどころか、妹には罪があるということを、王子含める王族に伝えようとした。

 だから許さなかった。人生を変えてくれた魔法使いに頼んで、姉達の目をくり抜いてやった。そうやって、自分の幸福を守ってきた。

 だからこの転生した世界でも、幸せになるんだ。素敵な王子様を見つけて、見初められて、幸せになるんだ。

 私はシンデレラ。人々が憧れる、幸せの代名詞なのだから。

「天地を返せ、天之逆鉾あまのさかほこ

 長刀を逆立て、能力を発動。そして斬りかかる。

 天之逆鉾はすべての事象を逆転させる。攻撃をした方が攻撃を受け、傷を負う。そしてそのダメージも、本来の攻撃力が弱ければ弱いほど、逆に強いダメージを負う。

 故に樟葉くずはの作戦は、相手が最小限の攻撃で対処できるよう踏み込み、自分に攻撃させることだった。

 そして樟葉の狙い通り、シンデレラはガラスの靴を履いた足を伸ばす。その一撃を長刀で受け、シンデレラが大ダメージを受けるはずだった。

 が、どちらにもダメージが発生しない。長刀を蹴りで受け止めたシンデレラは横髪を掻き上げ、伸ばした指先に光を集中させた。そして青色の霊力の塊である光線を放つ。

 樟葉は瞬時にそれを避け、長刀を再び構えた。その脳内は、能力が無効化されたことについて混乱していた。シンデレラの笑みが、少し怪しげに映る。

「……天地を返せ」

 再び能力を発動させ、斬りかかる。それに対して放たれる光線を、いつもならわざと喰らいに行く。だがこのときばかりは直感でギリギリのところで躱し、帯の上に巻かれているリボンの端を焦がした。

 明らかに、何も逆転していない。

 そしてそれを不思議に感じているのは、その場では樟葉一人だった。能力の向こうからずっと驚きっぱなしの樟葉に、シンデレラはほくそ笑む。

「何をしたんですか」

「べつに? ただ、あなたの能力に限界が来ただけですよ」

「限界……?」

 シンデレラの霊力が膨れ上がる。差し出された手には光が収束し、樟葉に向けて放たれた。

 瞬時、地面を蹴って回避する。だがより高く跳躍できるはずが跳べず、地面を蹴った足が光線に焼かれてしまった。すぐさま燃えるロングブーツを捨てる。

 その姿を見たシンデレラは、またほくそ笑んだ。

「何を解せないという顔をしているのですか? べつに不思議ではないでしょう? 今のあなたでは、それが限界だっただけです」

「どういうことですか」

「すべての事象には限界があります。それはときに膂力りょりょくの限界であり、ときに総量の限界であり、ときに時間の限界でもある。わたくしの能力は、すべての事象にさらなる限界を与えること。名を、“深夜零時タイム・リミッター”」

「……」

「まだ解せません? 先ほどのはあなたの能力効果時間により速い限界を与えただけ。今のはあなたの跳躍力に限界を与えただけ。それだけです」

 なんて面倒な能力。ましてや光線まで放てるだなんて。

 もう物語に出てくるあの可愛そうだったシンデレラの面影は薄い。別の何かに進化してしまっている。今の彼女ならきっと、いじめてくる継母も姉さんも怖くはないだろう。

「あなたの能力がなんなのかはわかりませんが、能力が発動するまえに消えてしまえば意味はありません。あなたに勝ち目はありませんよ、祖師谷樟葉そしがやくずはさん。あなたのように、能力に頼ってばかりいるような人では、私には勝てません」

 シンデレラが手を差し出す。その顔は本当に敗北することなど微塵も考えていなくて、自分がこのあと目的を達成することしか、想像できていなさそうだった。

「一つ、お訊ねしたいことがあります。あなたの言う黒髪の神様、樟葉達はティアと呼んでいます。あなたはティアをどうするつもりなのですか」

「……ある魔神に教えてもらったのです。彼女を――創世の開闢龍ティアマトをほふれば、私達は幸せになれると。また素敵な王子様と暮らせる、幸せな世界を創れるのだと! だからどうするつもりなのかと訊かれれば、殺すつもりです。いいではありませんか、彼女は伝説でもその身を裂いて世界の素材となった女神。また同じことをしていただくだけです」

「そうですか」

 樟葉が斬りかかる。だがシンデレラによって攻撃力に限界を与えられ、その刃は長手袋をした手によって止められた。

「無駄です、祖師谷樟葉さん。あなたでは私には敵わない。諦めて、ティアマトをこちらにお渡しなさい。まずあなたには、彼女のために戦う理由なんて――」

 樟葉の霊力が荒く、鋭く膨れ上がる。長刀を伝って炸裂した閃光は、シンデレラの片耳を斬り飛ばした。

 怪我するなどと思ってもみなかったシンデレラが、悲鳴する。自身の長手袋を血で濡らしながら、必死に押さえた。

 長刀を振り回し、構える。樟葉から溢れ出る霊力は鋭利に研がれたように鋭く、研ぎ澄まされていた。この状態をスカーレットが見たら、褒めてくれたかもしれない。

「自身の幸せのために他人を蹴落とす。そんな幸せ、樟葉は――いえ、ミーリお兄ちゃんが認めません。それは樟葉の非公認も同じ。ですから渡しませんよ。昔はあなたを可哀想と同情していましたが、今は誰よりもバッドエンドを望みます!」

「なんて、なんてことを……! 許さない! 絶対に許さない!」

 二人の霊力の高まりで、周囲の木々は突風が吹いたように揺れる。そして同時に飛び出し、長刀とガラスの靴をぶつけた。

 指先に光線を溜め、放つ。

 それを真っ向から切り裂き、そのまま斬りかかる。だが能力によって再び攻撃力を削がれ、再び素手に受け止められた。

 再び、光線を放つ。瞬時に跳ばれて避けられたが、すぐさま跳躍力に限界を与え、二撃目を放った。回避を許さず、当てる。

 だが地面に長刀が突き刺さると、樟葉はその柄の上に着地した。全身、着物も肌も焼けている。霊力で全身を包んでいたために致命傷にはならなかったが、正直危なかった。

 すぐさま飛び降り、長刀を掴んで駆ける。だがその速度にも限界が与えられ、その速さは歩いている程度。そこにガラスの靴が叩き込まれ、樟葉は数メートルの距離を蹴り飛ばされた。

 全身火傷。そしてたった今喰らった蹴りによってろっ骨を数本骨折。対して相手は片耳のみ。この怪我の状態から見ても、どちらが有利かは一目瞭然。

 勝てるという考えは変わらないものの、勝つための術が思いつかなかった。そこから生じるわずかな諦めが、樟葉の立とうとする気持ちを揺らがせる。

 が、同時に感じられた霊力が、樟葉に気力を与えた。ミーリの霊力だ。すさまじい勢いで膨れ上がっている。その質と広がる領域に、樟葉は感動した。

 ミーリお兄ちゃん……すごいです。こんな、こんなすごい霊力……そうです。樟葉は、樟葉はお兄ちゃんの妹弟子……負けませんよ。こんなところで、負けるわけにはいかないのです!

 樟葉は構える。自身の背中に長刀を回し、両手で握る。そして静かに呼吸し、息を整え始めた。

 シンデレラが、歩み寄る。

「私はシンデレラ……灰かぶりの姫! 私の幸福は義務なのです! 私の幸福は必然なのです! 母を殺してでも、姉様達を蹴落としてでも、私は幸せになる必要があるのです!」

「幸福は決して義務ではないのです。幸福は訪れるもの。突然不意にやってくる、神様に与えられる一つのご褒美。それを受けるのが人間の義務です。人間は自ら幸福になっても不幸になってもいけないのです」

「ふざけないで! 幸せになるのは義務です! 幸せになる者はなるべくしてなるのです! 私が幸せにならずして、一体! 誰がなるというのですか?!」

 両手に光線を溜め、シンデレラは駆け出す。まるで深夜零時の時計の音を聞いて、階段を駆け下りるように。

 だが樟葉は動かない。シンデレラとの距離を、ただ待って縮める。見る限り呆然と立ち尽くしているように見える樟葉を見つめ、シンデレラは諦めたのだと悟った。

 そう、幸せになるべき人が幸せになるのです。私はそうで、あなたはそうでなかった。ただそれだけ……。さぁ、甘んじて受けなさい。あなたの耐久力に限界を与えましょう。この一撃で、吹き飛びなさい!

 あと数歩のところまで距離が縮まる。だがまだ、樟葉は動かない。ひたすら、呼吸の調整に集中する。

 そして次の踏み込みで攻撃が炸裂するという次の瞬間、樟葉の呼吸が止まった。

 一閃。二閃。

 斬撃が、シンデレラの両腕を斬り落とす。攻撃力に限界を与える力は間に合わず、光線を溜めていた手が体と切り離された。

 この世の終わりがごとく、シンデレラは悲鳴する。それが彼女のスキだった。次に来る樟葉の連撃に限界を与え、回避することができなかった。

 切り上げ、切り落とし、切り払い、体と長刀を回転させて斬り続ける。その連撃回数、一六回。故に、この舞うような連撃の名は――

「“十六夜演武いざよいえんぶ”」

 舞い踊る一六連撃を喰らわせて、樟葉はようやく呼吸する。それと同時、シンデレラは血飛沫をまとって宙を舞った。

「本当はミーリお兄ちゃんに見てもらいたくて、とっておいたんですけど。仕方ありません」

 そん、な……。

 想像だにしてなかった、自身の敗北。自身の能力が事象の一つにしか対処できず、同時に二つ以上は対処できないという弱点もあった。

 が、樟葉はそんな弱点も知らぬまま、能力が発動するまえに斬り捨てた。本当に、斬り捨ててしまった。ただの実力で。

 血飛沫を浴びて、シンデレラは地に転がる。全身から絶えず血が流れ、地面と近くの木の根を赤く染色した。

 その色を見て、思い出す。

 首をへし折って殺した母親。その罪を王族に漏らすまいと、口封じに両目をくり抜いてやった二人の姉。みんなみんな、血を流していた。みんなに、血を流させた。

 すべては、自分が幸せになるために。自分が幸せになるんだったら、なんでもよかった。王子様と結婚もしなくてよかった。掃除だって炊事だってなんだってやった。本当に、幸せになりたかった。

 ただそれだけだった。

 だが知ってしまった。一人の人に恋する心を。その人と結ばれる幸せを。あの幸せを知ってしまったら、もう戻れない。

 掃除も炊事もしたくない。継母も姉もどうでもいい。ただずっと一生を、愛する人と過ごしたかった。

 あぁ、愛する私の王子様。どうか私を見つけ出して。今度はあなたにわかるように、ガラスの靴を置いて行きます。だからどうか探し出して。だからどうか……私ともう一度――

 灰かぶりの姫。その名のとおり、彼女はその身を灰と化して消えていった。片方だけ脱げた、ガラスの靴を残して。

 だがその靴もまた、遅れて砕け散る。彼女が愛した人が見つけてくれるまえに、彼女の愛する人はここにはいないと、告げるかのように。

「さようなら、シンダーエーラ。あなたの言う通り、能力に頼って技を見せまいとしていた樟葉では、勝つことができませんでした」

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