創世の開闢龍

童話の魔神

 むかしむかしあるところに……。

 そうして始まる物語。誰もが求めるハッピーエンド。

 敵は悪い悪い魔法使いに凶暴なドラゴン。はたまた森に棲む獣。とにかくそんな奴らを蹴散らして、駆けつけるのは白馬の王子様。勇敢でカッコいいその人と結ばれて、そして二人は幸せに暮らしました。

 そんな甘い甘い話に、一体誰がしたのだろう。世界はそんなに甘くないのに、一体誰の現実逃避なんだこれは。

 現実に、自身を救ってくれる白馬の王子様などいない。いるのは悪い悪い魔法使いに、龍種の神様。はたまた森に棲む凶暴な魔物。とにかくそんな奴らから逃げ出して、必死に生き抜いてきた。

 童話なんて所詮は作り話。作者による妄想の塊。求められるハッピーエンドに、応えるための素敵なお話。

 だからこそ、人々はそんなお話の登場人物――主に主人公であるお姫様に憧れる。

 自分を求めて邪悪な存在と戦い、勝ち抜いてくるイケメン王子様。なんて勇ましくて、なんてカッコよくて、なんて素敵なんでしょう。憧れる。そんな人に好きだよと、愛をささやかれることに憧れる。

 あぁでもきっと、そんな人はいない。現実を知り、知ったからこそ憧れる。誰もがみんな、憧れる。幸せな結末を。誰よりも幸福な終焉を。だからこそ人々は、幸福に関しては貪欲だ。

 幸福に貪欲な人間達のリクエストにお応えして、今日も誰かが物語をつづる。どこだかわからない場所でこの物語を読む、誰かのために。

 だからこそ、お姫様は幸せでなければならない。誰よりも幸福で、結末を迎えなければならない。誰よりも、素敵な王子様と結ばれなくてはならない。

 だが繰り返し言うが、現実はそう甘くはない。王子様など存在せず、憧れる自身はお姫様でもなんでもない。ただ幸せに憧れ、幸せに貪欲な人間。ただ、それだけなのだから。

 だからこそ、お姫様は幸せでなければならない。現実には叶わない幸福で、満たされなければならない。現実に生きるすべての人間の、憧れにならなければならない。

 だが最後に、もう一度だけ繰り返そう。

 現実は、そう甘くない。

「初めまして、人間さん」

 樟葉くずはと対峙するのは、水色のドレスを着た女性。

 ドレスの形はいわゆるウエディングドレスで、ベールはなかったが、耳につけた真珠のイヤリングが光っていた。おもむろに裾を持ち上げ、一礼する。

わたくしはエーラ。この世界では、魔神と呼ばれるものです。さて、あなたの名前もお聞きしましょうか。お互いに名乗るのが、この国の礼儀なのでしょう? さぁ」

「樟葉の名前は祖師谷樟葉そしがやくずはです。憶えていただいても結構ですが、ここで樟葉と戦うのなら憶えなくてもいいですよ。だって勝つのは樟葉です。あなたを斬り捨てて、それで終わりなのですよ」

「私を、斬り捨てる……? フフフッ、何を言うのかと思えば。残念ながら、私にそんな終焉はありません。私は最後、素敵な王子様に見初められて、結ばれるのですから」

「だったらここを引くといいのです。そうしたら、王子様でもなんでも探せるのですよ」

「生憎、こちらもそうはいかないのです。私が王子様と結ばれるには、どうしても彼女が必要なのですよ。ですから、渡していただけます? あなた達のお城にいる、黒髪の神様を」

「……どうやら、お互い引けないようなのです。だったら、仕方ありません」

 樟葉の掌で、長刀が躍る。そして地面に刃を突きつけ、霊力を溢れさせた。

「あなたを斬り捨てます。幸い、あなたの名前を樟葉は聞いたことがありません。故に、そこまでの伝説を残した人ではないと結論しました。そんな神様、樟葉の敵ではありません!」

 長刀を振るい、斬りかかる。

 だがその一撃は、エーラによって止められた。波動のように放たれた霊力によって、彼女が伸ばした手の前で、樟葉は空中で動きを止められた。

「フフフ……そう、そうでした。私は本名よりも、童話のタイトルとなっている名前の方が有名なのでした。仕方ありません。あなたが理解できるように、改めて名乗らさせていただきます」

 エーラは再び、ドレスの裾を持ち上げる。だが今度は頭を下げず、笑んだ顔をしっかりと見せつけた。その顔に、自分が負けるなど微塵も考えていないという自信が感じ取れる。

「シンダーエーラ。またの名を、シンデレラ。灰かぶりの姫です。改めて以後お見知りおきを、祖師谷樟葉さん。あぁ、わざわざ憶える必要はないですよね? だってあなたも、私を知っているはずですから」

「童話の、魔神……物語の中に登場する、幻想の人間。その人に憧れた人々の魂を霊力として、この世に召喚された魔神。そう、樟葉は記憶しています」

「よくご存じですね。人から神へと転生した魔神と違って、知っている人は結構少ないんですけど」

「だって大体のそういう魔神って、他の神との生存競争に負けますからね」

 そう、彼女達はあくまで物語の登場人物。人々が憧れたのは彼女達の武勇でもなければ偉業でもない。現実離れした幸せ具合だ。

 故に童話や絵本の魔神に、戦闘能力があることは少ない。あって魔女や龍の類、お姫様が戦えることはない。というか、戦えるお姫様はちょっと怖い。子供の夢ぶち壊しである。だから彼女達が無力なのは、読者の夢を怖さないためだと言ってもいい……はずなのだが。

「まぁ、ジュリエット辺りならそうでしょう。ですが私は――私達は違いましてよ。いつか出会う素敵な王子様のため、自身の幸福のため、魔女と契約までして力を得たパワーアップヒロイン。マークⅡと呼ばれてもネオとタイトルの前についても、なんら不思議はありませんわ」

 いや、それは不思議だし不自然です。いや、そんなことより――

「私、。何やらヤな予感がするのです。あなた以外にも、こんなに面倒な神様がいるというのですか」

「えぇ。現に今、あなたのお友達の相手をしていますよ。私よりもずっと、面倒な方々が」

 シンデレラ――エーラの言う通り。エリエステルは面倒な敵と対峙し、苦戦していた。

 ティアに負けず劣らずの黒い長髪を揺らす、緑と黄色を主色とした着物を着た少女。持っている鉄扇で自身を扇ぎ、長槍と短槍、二つの槍を持つエリエステルを空中に立って見下ろしていた。

 木の上に飛び乗り、さらに高く跳んで少女に斬りかかる。だが二本の槍は少女にぶつかるも斬らず傷付けず、弾き返されることもなくただ触っただけだった。

 木の上に着地して、エリエステルが槍を振るう。これまでにこのような攻撃を繰り返しいたが、どれも効果がなかった。

 少女の鉄扇が閉じられる。

「諦めなさい。あなたの攻撃は、一つとして届きません。大人しく、あの開闢龍を渡しなさい。そうすれば、見逃して差し上げます」

「そういう上から目線が、あたしは嫌いなのよね! リール!」

『イエス、マイレディ』

 黄色の短槍から霊力が溢れ出る。激しい電光を輝かせて、エリエステルは再び斬りかかった。

 が、それも少女には効果がない。当たるのだが、ダメージがないのだ。また弾かれることも吹き飛ばされることもなく、ただ何事もなく木の上に着地する。

「ハァ……無駄、という言葉の意味を知っていますか? あなたの攻撃は、私には通じません。潔く諦めて――」

「ルイド!」

 赤い長槍から、真っ赤な閃光が弾ける。大気を焼き焦がすようなその電光を浴びながら、エリエステルは少女を突き刺した。だがそれもまた、少女には届かない。刃先は彼女を貫かず、ただ当たっただけで、電光も彼女を焦がすことはなくただ二人を撫でた。

 その槍の先を握り、少女はまた吐息する。ただ掴まれているだけなのに槍が動かせず、エリエステルは槍を握ったまま宙に浮いていた。

「人の話を聞きなさい。あなたの攻撃は、私には何一つ届かないのです」

「どういうこと?」

「そのむかし、月の少女は隣の星に生まれて数年を過ごし、月に帰りました。そのとき星の人々は少女を月に帰すまいと、月からの使者を射抜こうとした。しかしそのことごとくは草木に変わり、何一つとして使者に届くことはなかった。結果、少女は使者に連れられて月へと帰った……それが月の力。あらゆる攻撃は月の霊力によって無へと変わる。すべての攻撃は無となり、すべての防御のみが有となる。それが私の与えられた力です」

「すべての攻撃は無……? あんた、一体何者なの」

「そういえば、名乗ってはいませんでしたね。槍使いの人。言語理解能力の乏しいあなたにもわかるように、ちゃんと教えてあげましょう」

 鉄扇をしまい、人差し指をピンと立てる。そしてその指を素早く動かし、宙に文字を書いた。

「月のけるに現れ、消える一人の君。名を、輝夜姫かぐやひめ。さて、名乗ったところでもう一度言いましょうか。あなたの攻撃は意味がありません、槍使いの人。大人しく、開闢龍を渡しなさい」

 そして、ミーリは森の中を駆け回っていた。杖を手に、前を行くリングフィンガーを追いかけていた。

 木の上に飛び移り、姿を消す。

 姿どころか気配まで消した彼女を追おうと、ミーリは霊力を限界まで広げて放出した。霊力探知で、位置を探る。膨大な霊力量を誇るミーリはより広い領域を探知できたが、探知したミーリは困惑した。

 一人じゃない。彼女と同じ霊力が、一つ、二つ……いや、もっとある。しかもそれらが自分を囲うように移動し、まるでスキをうかがっているようだ。

 一二。数えた結果、一二の影がある。どれが彼女なのか、他の反応は何なのか、一切わからない。ミーリは急ブレーキをかけて立ち止まり、杖を構えた。

「……ネッキー、あの子分身でもできるのかな」

『分身能力、ですか。でもそれだと、能力発動のための霊力の動きがあるはず。私の探知では、それは感じ取れませんでした』

「じゃあ前もって分身しておいて、ここに来て合流したとか?」

『ですが分身なら、攻撃力はありません。本体さえ見極められれば、あとは対処できるはずです』

「そだね」

 木の中から、飛び出してくる。その少女から繰り出される斬撃を杖で受け、右腕に絡まるツルで捕まえた。

 攻撃に実体があるということは、彼女が本体のはず。故に残り一一人には、攻撃力はないはずだ。今隠れている影が攻撃してきたところで、意味はない。

 だがその計算は、あくまで一一人が分身だった場合に成り立つ。そして今その計算式が成り立たないということを、ミーリは背中に受けた一撃で文字通り痛感した。

 即座、背中を斬りつけた彼女に杖を振るう。だがその一撃は避けられ、そのスキにツルで捕まえていた少女も逃がしてしまった。

 肩にかけているだけの上着が脱げ、背中の傷をさらす。戦闘中にミーリの上着が脱げたのは、学園に入学して以来これが初めてだった。

『大丈夫ですか、主様』

「霊力を出してたから、そこまで傷は深くないよ。けど……」

 体ダルっ……刃に毒でも仕込まれていたかな。

 ミーリは全身に力を入れると、背中の傷口を開いて血を噴き出し、まだ傷口に残っていた毒を出した。もうすでに体に回っているが、これで死にはしないだろう。もっとも、致死性の毒ならばだが。

 杖を回し、構える。ツルはより太く長く伸びて、傷のあるミーリの背中を覆った。

「さて……分身じゃなかったわけだけど、何か他にある? ネッキー」

『単純ですが、相手が一二人だったということなのでは?』

「だとしたらなんで全員同じ霊力なのか、不思議だね」

『そのような逸話がある、ということではないでしょうか。霊力の質も量もまったく同じ一二人が、一つの神として転生した。つまり……』

「それぞれ異なる一二人の神様じゃなくて、一二人で一人の神様ってことか。なるほど、そういうのもありなのか」

 再び、少女が斬りかかる。その一撃を受け止めると、後方からさらに二人飛び掛かってきた。それをツルを伸ばして捕まえ、近くの木に縛り付ける。

 だが攻撃は止まらない。さらに三人、ミーリの頭上を取って飛び掛かる。それを避けたミーリに向かってうち二人が追撃し、その斬撃をまた跳んで躱した。

 森の中を駆け、一度距離を取る。だがそこに追いついてきた二人が斬りかかってきて、ミーリはまたツルで絡め取った。

 ここまで八人。まだ四人出てきていない。もっと言えば、最初に言葉を交わした少女、リングフィンガーが出てきていなかった。

 その四人が、同時に出てきた。四方から一斉に飛び掛かり、斬撃を立てる。

 それらを高く跳んで躱したミーリは、杖を回して大量のツルを伸ばした。だがそれは躱され、残り八人と合流した全員に囲まれた。

「本当に一二人いる……ってか、え?」

 一二人。誰が誰だかわからなかった。

 服装はもちろん、フードの下から見える前髪も顔も、身長も雰囲気もすべて同じだった。それでいて霊力も同じなのだから、見分けなんてつかない。おそらく見分けられるのは、彼女達本人だけだろう。

「えっと……リングフィンガーはどの子? あれ、全然見分けつかないんだけど」

「誰ではありません」

「ここにいる一二人全員が」

「リングフィンガーです」

 ヤバイ、声まで一緒だ。

「私達は一二人で一体の神」

「一人の姫の願いから集結した一一人」

「一つの物語を築いた一二人。この存在こそが」

「一つの霊術にして魔法」

「“一二人の狩人。ツウェルフ・ディス・イェーガース”」

「たった一人で挑もうというあなたに」

「勝ち目はありません」

「さぁ大人しく」

「ティアマトを私達に渡してください」

 すごいな、順番に喋っても結局一人が長台詞言ってたみたいだ。にしても、一二人か……面倒だな。一人で戦うには、たしかに厄介だな。

 まぁ、の話ではあるけれど。

 杖を振り回し、そして構える。ツルは腕から杖へと伸び、緑の杖を覆い隠した。

「さて、やろうか。ネッキー」

『はい、主様。私こと神霊武装ティア・フォリマ――宿り木の剣ミスティルティンの力、存分に発揮くださいませ』

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