三対三

 修行三日目。

 ミーリは自身の修行を一度中断し、玲音の修行に付き合っていた。ティアがミーリから離れようとしないためである。

 木刀での攻撃を、ひたすら杖で受け続ける。杖は、ネキが武器化したものだ。ネキの扱い方を学ぶと共に、玲音の剣術を磨く。

「ホラ、また脇が開いてるよ!」

 スキを見つけ、杖で木刀を払い飛ばす。右手に絡まっているツルを伸ばして、玲音の首筋に巻き付けた。王手チェックメイトだ。

 玲音は両手を上げ、ミーリもまた武装を解く。

 ネキの神霊武装ティア・フォリマは他の三人と比べてより繊細で緻密ちみつな霊力操作が必要となるため、より神経を使う。故に少しの戦闘で、かなり疲れる。

 そうして汗を掻くミーリに、ティアは口にタオルをくわえて渡しに行った。それで褒められ、頭を撫でられる姿は、まるで犬のよう。そう見えるのは、彼女がミーリに撫でられて、背中から生やした尻尾を振っているからだった。

「ティアさ――」

 ティアが唸る。その態勢は明らか警戒で、髪の毛は逆立つように浮かび上がった。それを、ミーリの撫でが止める。撫でられたティアはミーリにすり寄り、大人しくなった。

 さすがに一朝一夕では、ティアも他の人にはそう慣れない。しかもスカーレットには怯えてしまっていて、実際懐いているのはミーリだけだった。

 玲音も仲良くしたいのだが、それはまだ先になりそうだった。

 とにかく、修業は一度休憩に入る。ティアはベンチに座るミーリの足元で寝息を立て、尻尾を絡め始めた。玲音もまた、水分を補給する。

「先輩も飲まれますか?」

「あぁ、ありがと。それでいいよ」

「え? でも、これ……今……」

 差し伸べられる手に、つい水筒を渡してしまう。そしてミーリがそれに口をつけるのを見てしまって、玲音は耳まで真っ赤に赤面した。

 間接キス……間接キス……先輩と、間接キス……。

「どしたの」

「ひぇ?! い、いえ……なんでも、ない、です……」

「飲む?」

「い、いえ! 大丈夫です!」

「ハァ……いよいよ、明日だけどさ。どう? 気持ちの整理はできた?」

 明日、玲音の神霊武装を召喚する予定になっていた。残り三日でその神霊武装を扱えるように、スカーレットが直々に叩き込む手はずだ。

 だがそれに間に合わないのは、玲音の気持ちだった。未だ、狂気の神霊武装を召喚してしまうのではないかという不安から、抜け出せていない。そのことを、ミーリは返答に困っている顔色を見て悟った。

「まぁ、当然か」

「先輩は……先輩は最初に神霊武装を召喚するってなったとき、不安とかなかったですか? どんな神霊武装を召喚しても、大丈夫っていう自信はあったんですか?」

「全然。むしろ俺だって、不安だったよ。どんな神霊武装を召喚できるのか、わからなかったからね」

「ロンゴミアントさんは、いつ召喚したんですか?」

「一年の秋頃、当時の七騎しちき加入テストをやるために、特例で召喚が許されたんだ。でも俺としては七騎なんて面倒だし、やる気もしないし。放っておいたんだよね。でもそうは言ってられなくなった。ある村で火の神様が大暴れして、村を壊滅させるってのがあったんだ。そこに俺も居合わせた」

「じゃあ、その神様に対抗するために?」

「何せ相手は中級天使クラス。普通の武器じゃ、歯が立たない。討伐依頼を受けた先輩もやられちゃって、仕方なくね。その村にあった教会で、召喚した」

 そのあとの結果をミーリは話さなかったが、結果は言うまでもなかった。ミーリはロンゴミアントを召喚し、村を襲っていた火の神を撃退したのだ。

「不安だった。俺はロンとじっくり話す暇もなく、いきなり実戦だったんだから。でもロンは、俺を好きだって言ってくれた。俺を勝たせてくれると言ってくれた。だから不安はすぐ消えたよ。俺も初めて見たときから、きっとロンが好きだったんだ」

「……」

「だからね、レオくん。君には話す時間がある。一緒に修行する時間もある。性格の合う合わないはあると思うけど、君達はじっくりお互いを知ってから戦えるんだ。俺よりは、ずっといい状態で召喚できるんだよ?」

「でも、もしまた、私を利用するような人だったら……」

「レオくん。確かに君は、狂気の神霊武装と相性がいいのかもしれない。でもね、君はそれだけじゃないじゃない。君は俺ともこうして話せる。師匠とも、他のみんなとも接することができる。君はもっと多くの人と、繋がれるんだよ? もし神霊武装が君を悪くするんだったら、俺に言えばいい。みんなに言えばいい。俺は助けてあげる。みんなもきっと助けてくれる。召喚するのも契約するのも君だけど、君は一人なわけじゃない。大丈夫、俺達がいるよ?」

「先輩……あ、ありが――」

 立ってお礼を言おうとしたら、ミーリの脚に巻きついていたティアの尻尾につまずく。そのまま倒れてしまいそうになるのを、ミーリによって受け止められた。

「大丈夫、転んだらこうして受け止めてあげる」

「あ……あ、ありがとう、ございます」

 その後も激しくも厳しい修行をこなし、その日を終えた。他のみんなももうクタクタで、時刻はまだ夕暮れだというのにご飯も食べないで寝てしまいそうな勢いだった。

 だが全員レジェンダの作るご飯を前にすると食欲を回復させ、その日で消費したエネルギーを補充しようと夢中で食らいついた。ティアもまた、ミーリの手から直接食べる。

 その日の夕食にもスカーレットはいなくて、彼女は一人部屋にこもって何かをしていた。全員、それが何かはわからない。だが気になるのも事実で、エリエステルはこっそり覗く計画を企てた。

 が、それはいつの間にか戻ってきていたスカーレットに聞かれ、実行に移す前に計画は破綻してしまった。

 そんな楽しい食事の最中に、ティアがビクリと体を震わせる。それと同時、スカーレットとその弟子三人も気付き、窓の外を一瞥した。

 レジェンダもまた、スカーレットの反応を見て遅れて察する。

「何か来たのね、スカちゃん」

「あぁ。おまえ達も感じているな」

「はい、ここから十数キロ先。こちらにまっすぐ向かってきています。ものすごい速さ……今から十分後には、ここに到着するでしょう。人数は……三人、ですか」

「この速さ、人間でも魔物でもないわね。神? それも魔神クラスの大物かしら」

 霊力探知できていない玲音と蒼燕、オルアはミーリに視線を送る。そしてまたミーリは足元で外を見て唸っているティアを一瞥し、師匠に指示を仰いだ。

「フン……何か目的があって来ているのか。ただ移動する方向に私達がいるだけか。だが魔神クラスの神なら、それなりの知識もある。ここを単に通過はないか」

 窓を開け、外を見る。緋色の瞳は光を宿し、遠くから向かってきている霊力を視認した。もうすでに距離は数キロまでに迫ってきている。これらに城に突撃されれば、ひとたまりもないだろう。

 というより、速度を今落としたのが見えた。確実に、この城に向かってきている。そうなれば、取るべき行動は一つ。

「敵は三つか……」

「向かってきてるなら、僕らもこうしちゃいられない。すぐに行かなきゃ――」

「待て、オルア・ファブニル。その必要はないだろう」

「でも……」

 旗を持ったオルアも、それに応じようとした蒼燕も固まる。スカーレットは至って冷静で、テーブルにあったグラスの一つを取って中身に口をつけた。

「落ち着け。何も私は、応戦するなと言っているのではない。全員で行く必要はないと言ったんだ」

「相手は神様なんでしょ? どんな敵かわからない。だったら、みんなで一緒に戦った方が確実――」

「そうだな。あぁ、そうだ。だが、それは戦争での話だ。今は戦争ではない。相手が三人で来たのなら、こちらも三人で相手すればいい。エリエステル、ミーリ、樟葉くずは、行けるな」

 全員、一斉に立ち上がる。その目はすでに臨戦態勢で、全員霊力を研ぎ澄ませていた。

「「「はい!」」」

「ミーミー?」

「すぐ戻ってくるから。ここで待っててね、ティア」

 ティアの頭を撫でて、テーブルの下にやる。そうしてからミーリはネキの手を取り、抱きかかえて窓から飛び降りた。

 エリエステルも二人のパートナーを連れ、樟葉もまた立てかけてあった長刀を握る。そうして二人ともミーリに続き、飛び降りた。

 弟子三人を魔神――神の中でも強敵に値する相手にぶつけたというのに、スカーレットは落ち着いたもので、ミーリが座っていた席につくと骨付き肉にかぶりついた。

「いいのかな、本当に……」

「いいんだ。ミーリ達にとっても、いい修行相手になるだろう。それよりも、ちょっと来てくれるか? オルア・ファブニル。今から私が、個人指導をしてやろう。覚悟しろ?」

 窓から飛び降りた三組は、城の前でこちらに向かってきている霊力を待ち構えていた。すでに武装は完了し、霊力も充実している。あとは敵が来るのを待つだけなのだが、三人の臨戦態勢は時間がたつと共に解けていた。

 集中を切らしているわけではない。それだけ三人共、リラックスしているという証拠だ。現に今から戦えと言われれば、すぐさま戦闘を開始できる。

 そんな中でもとくに緊張していなかったのは、三人の中では一番年長でお姉さんの、エリエステルだった。

「まったく! 今日は疲れたから、このまま寝ようと思ってたのに! 呼ばれざる客って、こういうことを言うのね!」

「でもいい機会です。今回の修行でどこまで強くなったのか、樟葉は試したいと思っていました。今日戦った龍種は物足りなくて。これは絶好の機会と言わざるをえません。お兄ちゃんもそう思いませんか?」

「いや、俺はこの三日間の中で初日しか自分の修行できてないからさ。成長も何も、みんなと比べたらないんだよね。だから……」

「ご、ごめんなさいお兄ちゃん……樟葉は気が回りませんでした」

「いいよ。それよりどうするの、エリ姉。誰がどれやる?」

「そうねぇ。じゃあ今立ってる位置でいきましょう。あたしは右、クーは左、ミーリは真ん中ね」

「了解です。ついでに、誰が先に相手を倒すか、勝負なのです。絶対に負けませんよ、エリ姉ちゃん。ミーリお兄ちゃん」

「よしきた!」

「仕方ないな、付き合ってあげる。ま、結局俺が勝つけど?」

「ム、言いますね……じゃあ、イチニのサンで行きますよ……イチ、ニーのぉ、サンッ!」

 全員、一斉に駆け出す。エリエステルと樟葉はすぐ森の中に消えていったが、ミーリは森に入るまえに立ち止まり、杖を構えた。

 臆したわけでもなければ、躊躇したわけでもない。ただ森の中に入らずとも、すでに敵がそこまで来ていたからである。

 全身を緑の布地に包ませた、小柄な少女。その腰にカッターナイフを巨大化させたような刃物をぶら下げて、彼女はフードと赤い前髪の下でミーリのことを見つめていた。

「君は誰? とりあえず、名前を聞かせてくれるかな。俺は、ミーリ・ウートガルド」

「リングフィンガー……と、名乗ったところで知りもしないでしょう。私は自分でも、何故魔神として転生できたのか、不思議でしょうがないほどの認知度ですから」

「リングフィンガー、か。じゃあリンさんだね。それでリンさん、ここに来た目的は何? 俺としてはこのまま何もしないで、帰ってくれるとありがたいんだけどなぁ……」

「それはできません。私にも、叶えたい夢がある。そのためにも、その城にいる開闢龍を渡してもらいます」

「開闢龍? 何それ、神様?」

「そこにはいるはずです。黒髪の女性の姿をした、名のある神――ティアマトが」

 黒髪の女性の姿をした神様。たしかにいる。今、食事が並んでいる部屋のテーブルの下に。だがそれを言ってはならない。そんな気がした。

 言えば彼女が――ティアが、殺されてしまう。そんな気がする。

 故にミーリは杖を掌で回し、伸びるツルを腕に絡ませて握りしめた。ツルは伸びに伸び、ミーリの肩まで伸びて絡まった。

「ティアマト? さぁ、どうだかね。よくわからないから、お引き取りしてもらえるかな。あそこは今、俺の師匠の家でさ。師匠はあまり人を入れたがらないんだ。だから帰ってくれると、ありがたいんだけどなぁ」

「しつこいですよ。私には彼女を狩る理由があり、あなたには彼女を守らんとする理由がある。なら、戦うまでではないですか」

「……ハァ。まったく、溜め息が出た。まぁ、俺にはティアを守る理由なんて、そんな大したものはないんだけどさ。でも……ここで引くのも問題だよね」

 リングフィンガーが刃を抜く。ミーリは杖を水平に構え、再び掌で回してみせた。

「行くよ、ネッキー」

『主様に、神のご加護があらんことを』

 ミーリ対リングフィンガー。その戦闘は、日が沈むと共に始まった。






 

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