スカーレットの修行
北の山は多くの魔物の生息地である。神によって生まれた普通ではありえない生物達が、独自の生態系を作っている。故に北の対神学園の討伐依頼は神よりも、そういった魔物の方が多い。
そんな北山の中を、ミーリは走り回っていた。右手には、腕にツルを絡ませている先に刃のついた杖を握っている。そして腰にもまた、握り拳程度の小さな袋をぶら下げて、それを揺らして走っていた。
それを追いかけるのは、一角獣に双頭の蛇。さらには獅子の顔に犬の体、蛇の尾を持つ
地面を蹴り上げ、木の枝を掴み、木の上に跳ぶ。そして次々に目の前の木に飛び移り、魔物達を撒いた。
「まったく、師匠め……」
――魔物が好む妖精の
「簡単に言うよ。ここいらの魔物は凶暴だから、一般人は生活どころか踏み入りもしないってのに!」
最高位度危険地域。
人の生活などまずできない、人の介入を許さない自然。その一つが、今ミーリ達のいる北の山。名を、クラウン・メイヴ。
だがその昔はこの一帯に魔物なんていうのはいなくて、一時はある貴族の所有する土地だった。危険地域に指定されたのなんて、ここ数年での話である。
今や多くの魔物が住みつくこの地だが、その理由がスカーレットの膨大過ぎる霊力に引かれて来たのだということは、本人以外知るところではなかった。
そんな魔物達を相手に、全員修行を開始していた。
オルアは一人、龍種がいるという巣穴に行っていた。そして入り口で結界を張り、龍種の攻撃に耐え続ける。それを繰り返して一二時間。魔物や神でも最強に位置される龍種の一撃は重く鋭く、オルアは開始数分で汗だくになった。
玲音はスカーレットに直々に指導してもらう。以前契約していた
そしてロンゴミアント、レーギャルン、ウィンフィル・ウィンの三人は、城の近くでレジェンダを相手に戦っていた。舐めてかかっていたのは最初の一撃までで、そのあとはずっと殺されそうになりながら戦っていた。
樟葉とエリエステルもまた、それぞれに与えられた修行を開始する。
そうして時間は過ぎていき、地獄と比較してもいいくらいに過酷な一日が、全員にとってはようやく終わったのだった。
一日の疲れを取るべく、ミーリと蒼燕は風呂に入る。風呂というよりは大人数が入るための大浴場で、たったの二人では寂しさを感じた。
吸血鬼ブラドの城での入浴を思い出す。
「あぁ……生き返るなぁ」
「何、死んだの?
「魔神になれるほどの逸材になれれば光栄だが、ミーリ殿の方がよほど魔神になれそうだな」
「それよりミーリ殿、その……相談があるのだが、いいだろうか」
「相談? え、何、俺に? 何々、すっごい興味があるんだけど」
「……その、まぁ、なんだ。すでに彼女もいて他の女性からも好意を持たれるミーリ殿にしか、できない相談なのだが」
「いや、そこまでモテた覚えはないけど」
あなたのファンクラブがあるという事実を、あなたは知るべきだろう……まったく。大体、
「で、何。彼女の作り方でも教えて欲しいの?」
「いや、その……か、彼女はできたのだ」
「ほぉほぉ。もしかしてあの修学旅行のときの彼女? そりゃよかったね、おめでとう」
「あぁ、どうも。それで、近々デートに誘おうとしているのだが、私はデートなどしたことがなくてどうすればいいのか……だから、ミーリ殿は初めてのデートのとき、どうしたのだ? 本当のところ、それを教えて欲しいのだ」
「初めてのデート、初めて、ね……」
といっても、した歳がなぁ……。
ミーリがユキナと初めてデートをしたのは、八歳の頃。まだまだ子供の頃である。そんなときのデートといえば、近所の公園とか家の庭とか、そういう場所である。残念ながら、蒼燕に紹介できるようなことはない。
だが相談されている手前、それを流すのも先輩として格好がつかない。ミーリは湯船のお湯で顔を洗うと、普段目の位置までかかっている前髪をすべて後ろに流した。
「そうだね。俺はとくに場所を決めないで、歩いた先のお店とかに行ったかな」
あのときはおもちゃ屋とかそういうのだけど。
「でもそういうのは、やっぱり男である蒼くんがリードしなきゃだよ? 女の子には選択権を与えて、選ばせてあげるんだよ。で、意見を求められたらちゃんと答える。よくあるけど、右と左でどっちかを訊かれたら、どっちかをちゃんと答える。両方なんて選択肢はないと思いな」
「さ、さすが、デート慣れしているな……」
島で自身の神霊武装三人とデートしただけはある。
「まぁ結局、君らしさが出ればいいんだよ。君らしさで、君のいいとこと悪いとこを出して、それが結果気に入られればいいんだから。これはデートだとか彼女を楽しませなきゃだとか、そういうので縛られちゃダメだと、俺は思うな」
「おぉ……」
なんだろう、ミーリ殿が今とてつもなく先輩に見える……いや、実際本当に先輩なのだが。
ミーリのレクチャーを受けた蒼燕はその後、だったらもうデートに誘ってしまえということになって、ほぼ強制的にメールを送らされた。
明らか楽しんでいるミーリに、蒼燕は最初相談しなければよかったと後悔したが、その数分後に彼女からの返信を見て変わった。楽しみにしています。その一文で、相談してよかった、に変わった。
一方その頃、ミーリの部屋ではパートナー四人そろっての勉強会が行われていた。スカーレット
与えられたスカーレット作の教本を手に、三人は頭を悩ませる。すでにスカーレットの元でマスターしていたネキが教える役で、とくに勉強という単語から苦手のウィンには多くの指導が入った。
「なぁ、これ本当に勉強しなきゃダメか?」
「理解している状態で操作するのとそうでないのとでは、得られる成果が違います。まずは一度教本を読んで、一通り覚えてしまいましょう」
こんなやり取りを、もう三〇回以上やっている状態だ。
「ネキさん、教本に書かれている意味がわからなくて……教えていただいてもよろしいですか?」
「はい。すみませんが、音読してくださいますか?」
レーギャルンは難しい言葉遣いに苦戦していた。難読漢字も多く出てきて、なかなか文章を理解できない。故に漢字はロンゴミアント、その意味はネキに教わっていた。
そしてロンゴミアントは、元々読書が趣味なだけあって教本を読むことは苦ではなく、二人よりずっと早く読み終えて早速簡単な霊力操作の練習に入っていた。
霊力を全身に張り巡らせ、循環させる。その量と循環速度に、
多すぎてはすぐにバテるし、少なすぎては意味がない。循環速度が遅くても意味がないし、速過ぎてもそれもバテる。調節の一つ一つが細かくて、少しズレてしまうとまた調節しなければならない。その調節に、ロンゴミアントは苦戦していた。
霊力の調節に失敗し、大幅に消耗する。立ちくらみのようになってしまったロンゴミアントは、力尽きるようにベッドに座り込んだ。
「参ったわ。こんなに難しいなんて……ミーリはもっと簡単そうにやってたのに……なんか、自分の主人のすごさがわかった気がするわね」
「スカーレット様が言うには、それでも主様の霊力操作は、他の二人に劣るとのことでしたが」
「冗談。もし彼女が求めているのが自分と同じレベルだというのなら、私には当分無理よ。この一週間でマスターだなんて、無理難題だわ」
「そんなことはありません。皆様には、私程度の操作を憶えていただければ充分なのですから」
「……じゃあネキ、お手本として一回。一回だけやって見せてくれない? それなら私も、何かコツがつかめるかもしれないの」
「そうですか? では……少しだけ」
そう言って、ネキは立ち上がる。数度の深呼吸を繰り返して、静かに、ゆっくりと、全身に霊力を張り巡らせた。
全神経を研ぎ澄ませ、ネキが霊力に包まれる。その状態のネキにウィンが消しゴムを投げると、全身を流れる霊力によって削られ、ついにすべて塵となってしまった。
この状態で武器となれば殺傷能力は格段に上がるし、防御力も増す。神霊武装として、これ以上の強化はない。
「……大丈夫、皆様ならできるようになります。一緒に頑張りましょうね」
昨日突然ミーリのパートナーとなったネキだったが、意外とすぐに溶け込んでいた。ちょっと大人しい性格と謙虚な姿勢。人に教えられるうまさが、ロンゴミアントとは違うお姉さん気質を漂わせていた。
これは主人としては嬉しいことなのだが、そのミーリはエリエステルと樟葉と共に、スカーレットの寝酒に付き合っていた。樟葉以外の三人、お酒を手に取る。
「どうだった、今日の修行は」
「しんどかったぁ。あたしもう、死ぬかと思っちゃった」
「樟葉はまだいけます。もっともっと強くなるためにも、明日も頑張って修行なのです」
「ミーリはどうだった」
「辛かったけど、久し振りの修行が楽しかったよ。なんかこう、懐かしいというか、なんというか」
「そうか。まだ昔を懐かしむ余裕があるか。それを聞いて安心した。明日はまたべつの修行をしてもらうからな。今日はゆっくり休むのだぞ?」
「はぁい」
スカーレットにつられて、ミーリも一口酒を飲む。だがその一口が、ミーリの人生最初の飲酒であることを、ミーリ以外の誰も知らなかった。
勉強会も一段落し、休憩の時間。疲れてしまったレーギャルンはベッドに倒れ、眠気と戦っていた。ミーリの帰りを待ちたいのだ。
ウィンも生徒証に入れたゲームで時間を潰し、ロンゴミアントは教本をもう一度頭から読んでミーリの帰りを待つ。ネキは椅子に座りながら、一人ウトウトしていた。
時間はすでに深夜。明日のことを思えば早く寝たい。そんなことを思っていると、ミーリが帰ってきた。三人、主人を出迎える。
「遅ぇぞ、ミーリ。どこで何を……ミーリ?」
様子がおかしい。ずっと俯いたまま、何も話そうとしない。あまりにも寡黙で怖いミーリの顔を、ウィンはそっと覗き込んだ。
「おい、どうした――」
不意に、ウィンの手が取られる。その速度は通常ではなく、ウィンは本当に反応できなかった。さらにそこからもう片方の手で顎を持ち上げられたことにも反応が追いつかず、固まってしまった。
「ウィン……俺の神霊武装。君は、君は……やっぱり綺麗だね」
「な、な?!」
ロンゴミアントもレーギャルンも、その場で固まる。だが一番動けないのは当の本人であるウィンで、耳の先まで顔を赤くして硬直していた。
そんなウィンに対してミーリは止まらず、ウィンの帽子を脱がせてジッと顔を見つめる。
「なんで帽子なんて被ってるの? 顔を見せてくれた方が、よっぽどいいのに。まぁ帽子を被っている君も、とても素敵だけれどね」
「ど、どうしたミーリ……ってか、なんだこの臭い、酒か? もしかして、酔ってるのか?」
「酔う? あぁそうだね。俺は今、自分のパートナー達の美しさ加減に、充分に酔ってるよ。もちろん、君の美しさも例外じゃないよ、ウィン」
なんだか言われてるこっちが恥ずかしくなってきた。ウィンの顔はもう限界まで赤くなって、今にも倒れてしまいそう。そんなウィンに助け舟を出そうとしたレーギャルンが、次の犠牲だった。
「ま、マスター……」
「どうしたの、レーギャルン。そんな困ったような顔をして。何か相談? なら俺が乗ってあげる。君の悩みは、俺の悩みだ。安心して、全部吐き出すといい」
「あ、あの、マスター……あの、あの……」
目線を合わされ、ジッと見つめられる。普段は見上げている顔が近くにあって、しかも自分を見つめていることに、レーギャルンは顔を紅潮させた。本当は今すぐ寝かせたいのだが、緊張でその言葉が出てこない。
するとミーリはまた突然レーギャルンを抱き上げ、そのままベッドに寝かせてしまった。
「今日は疲れたでしょ。ゆっくりお休み、お姫様。君が寝付くまで、俺がずっと側にいてあげる」
「えっと……あの、マスター……」
ロンゴミアントの咳払いが、その場を一掃する。ベッドに座るミーリの隣に座り、ミーリの顔をその手で包み込んだ。
「お酒に弱かったのね、ミーリ……知らなかったわ。さ、もう寝ましょう? 明日も厳しい修行が待ってるわ」
「そう? 俺はロン、君とこの夜を一緒にしたいよ。今なら月明りが綺麗だから、きっと君の槍脚も映える」
「そう。えぇ、私もあなたとなら、いつでも一緒にいたいわ。でも夜を満喫するのは、また今度。今日は休んで、明日に備えましょう」
「そうか……残念だな。なら今日は、夢の中でデートと行こうか。大好きだよ、俺の神霊武装」
「えぇ、私もあなたが大好きよ」
結果、ロンゴミアントの愛を
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