ドキドキ? 修学旅行

vs 黒翼の魔犬

 場所は南の廃遊園地。

 十年以上前に閉園となったそこの観覧車の上に乗っている、翼を宿した黒犬が一頭。他のアトラクションにも、それより一回り小さな犬達がたむろして、群がっていた。

 そんな廃墟上空に、鳥の群れが飛んでくる。V字型に列を作って飛ぶ彼らに向かって、黒犬は牙をむいて襲い掛かった。

 翼を羽ばたかせて飛び、先頭の一羽から食いちぎる。列を乱したそれらの翼を順に食いちぎって、下で大口を開ける子犬たちへと落としていった。

 骨ごと噛み砕き、内臓を食いちぎり、与えられた餌を奪い合いながらむさぼり喰らう。そんな子犬達の様子を見て、大きな一頭は再び観覧車へと降りる。だがすぐに飛び上がり、入り口前に降り立った。

 そして牙をむいて唸る。

 彼が警戒しているのは、恐ろしい量と質の霊力を持った、怪物のような人間だった。

 手には槍と銃、背中には大きな箱を背負った、青髪の青年。一見眠たそうな顔をしているが、すでに臨戦態勢に入るまで一秒とかからない状態にあることは、初見でもその満ち足りた霊力を見ればわかる。

 その一秒を稼ぐのに、いったい自分は何度死ななければならないのだろう。そう、黒犬は本能で考えた。

「魔犬グラシャ・ラボラスだね。今までこの廃墟に住みついて、食べた人間一二八人の命のため、君を倒させてもらうよ」

 銃口を魔犬に向けるのは、対神学園・ラグナロク四年、ミーリ・ウートガルド。眠気の残るその眼光で、犬の眉間に狙いを定めた。

 翼を広げ、グラシャ・ラボラスは飛び上がる。宙を飛び回って勢いをつけると、ミーリ目掛けて大口を開けてかかってきた。

 対するミーリは銃口を向け、グラシャ・ラボラスの口の中目掛けて、引き金を引いた。

 硝煙交じりの銃弾が、犬の体を貫通する。その一撃で、グラシャ・ラボラスは即死した。ミーリの側を横切って、吐血しながら倒れる。その身は次の瞬間には朽ち果てて、消えていった。

「ハァ……気が引けるなぁ」

 神とはいえ、人を食うとはいえ、子犬を殺すとなると気分は盛り下がるもので、ミーリは大きく吐息する。

 そんなミーリを励ますのは、パートナーである神霊武装ティア・フォリマ三人であった。

『やらなきゃもっと酷いことになるでしょ? ミーリ』

「だって、依頼書には親子の群れなんて書いてなかったし……」

『それでも依頼を受けたんだ、しっかりしやがれ』

『マスター、頑張りましょう』

「ハァ、やだなぁ……」

 奥に進むと、子犬達が目をキラキラさせてきた。久しぶりのエサだと思っているのか、それともただ興味津々なのか、それはわからない。

 だが子犬達は一斉に群がり、集まってきた。その顔は普通の可愛らしい子犬と、なんら変わりない。

 ミーリの罪悪感メーターが、大幅に振り切る。だがやらなきゃいけないということもわかっていて、ミーリはおもむろに手を上げた。

 数百の剣が一斉に複製され、天上を覆う。ミーリが跳びあがるとすぐにそれらは放たれ、子犬達を一網打尽に切り裂いた。

 剣と剣がぶつかり、爆発する。爆炎が亡骸を灰にし、血を蒸発させ、その場を炎上させた。そこまでしなければ、まだこの罪悪感から逃れられそうになかった。

「討伐、完了」

 三つの武装が人の形に戻る。

 長い紫髪を持つ槍脚の女性ロンゴミアント。背丈より大きな箱を背負った少女、レーギャルン。帽子がトレードマークのボーイッシュ女子、ウィンフィル・ウィン。

 ガックリ疲れ果て、ベンチでうなだれるミーリを励ますのも、パートナーである彼女らの務めである。

「お疲れ様、ミーリ」

「うん……」

「いつまで落ち込んでんだ。ホラ、帰るぞ」

「帰りましょう? マスター」

「そだね……うん、帰ろっか」

 気持ちを切り替えて、ミーリは立ち上がる。子犬達を焼いて黒焦げたその場に手を合わせてから、帰り道を歩き始めた。

 その背中を、三人は安心して追いかける。ミーリはその場ではかなり気にする方だが、気持ちさえ切り替えれば吹っ切る性格だと言うのを、三人はここまでの付き合いで知っていた。

 もっとも、気持ちを切り替えるまでが大変なのだが。切り替えた、あともである。

「最悪……」

 帰りの汽車の中で、ミーリはうなだれる。

 駅で買った弁当の肉がまさかの犬肉で、開けて食べるまで気付かなかった。それが忘れかけていた子犬のことを思い出させて、より肩にのしかかっている。

 弁当を買いに行ったウィンは、やっちまったと後悔した。

 しかし犬の肉を食べてはいけないなんて、伝説名高い異国の槍兵の名を思い出すわね。

 そう話をずらそうかとも思ったロンゴミアントだったが、それがかなり皮肉めいてると言うまえに気付いて、その作戦は自ら却下した。

 結局ミーリはその後犬の肉には手を付けず、隣のレーギャルンにすべてあげて窓の外に目をやってしまった。

 花より団子のミーリが、景色を見て忘れようとしている。これは重傷だ。

 しかし、今まではこんなことはなかった。

 人間を害する敵は、敵以外の何物でもない。そう割り切って、ミーリは今まで神々を射貫き、倒してきた。それがたとえ赤ん坊の姿をしていようと、人を食うなら問答無用だ。

 それが今回こんなに落ち込んでいるのは、ミーリに変化があったとしか思えない。

 そしてその原因が、一ヶ月まえの討伐依頼で撃破した吸血伯爵イアル・ザ・ドラクルであることは、間違いなかった。

 だが当然か。

 今までの過去をさかのぼっても、彼女ほどミーリと接し、分かり合った神はいない。そんな相手を殺したことが、ミーリに影響したのは、当然といえば当然だった。

 どんな変化があったのかは、まだわからないが。

 このまま神様を殺せなくなれば、人類はまた、破滅の一歩を進んでしまうだろう。学園最強たるミーリは、人類の希望になりえる存在なのだから。

「あの、マスター……ゆ、遊園地で思い出したのですが、今年の修学旅行には参加されるんですか?」

 対神学園・ラグナロクの修学旅行は、少しというか、かなり変わっている。

 行くのは学園の五〇組。行く前に選考会という名の戦いの場があり、そこで勝ち残った五〇組が行く。故に学年は関係ない。

 だがそれでは強い生徒が毎年行くことになってしまうので、行った翌年はその生徒は行けない仕組みだ。

 行ければそれはパラダイスな七泊八日間で、行動は完全自由。部屋も個室で、寝不足し放題である。

 しかも旅行先のテーマパーク料金が、すべて学園で払われてタダなのだ。一週間パスポートなんてものを取るらしい。一体、いくらかかっているのやら。

 まぁそれくらいしてくれなければ、高い授業料を払っている意味もないのだが。

「あぁ……俺一昨年行ったから、去年は行けてないんだよなぁ……今年はどうしよ」

 これは話を逸らし、さらにミーリの気分を盛り上げるチャンス!

 三人は目で合図し、ミーリ元気づけ作戦を決行に移した。

「じゃあ、今年は参加したら? ミーリの実力なら絶対残れるし、行けるわよ」

「そう?」

「私は、スルト様のご意向で一度も行ったことなくて……だから行きたいです」

「ま、まぁいいんじゃねぇの? 俺も行ってみたかったし、参戦してみようぜ」

「そっか……よし、じゃあ行こっか」

 成功。

 三人は視線を交わし、無事作戦が遂行されたことを内心でホッとする。そんな三人の気遣いには気付かず、ミーリは修学旅行へと意欲を高めるのであった。

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