純白の御旗

聖守護領域《セイクリッド・ガーディアン》 

 生徒証からの通信に起こされて、ミーリ・ウートガルドは頭が半分寝ている状態で体を起こした。相手も何も確認せず、通話を承認する。

「もしもし? あぁボーイッシュ? どしたの? ……うん、うんうん……ほえ、今から? ……うぅん、わかった。すぐ行くよ」

 すぐ行くとは言ったものの、その動きは遅い。ゆっくり着替えてのんきに朝ごはんを食べて、歩いて出発した。のんびりとした足取りで、数分かけてようやく学園に辿り着く。

 その門前では、電話をしたウィンフィル・ウィンとレーギャルンが待っていた。

「遅いぞミーリ! 何のんびりしてんだ!」

「マスター! 早く行かないと!」

「待ってよぉ、まだ眠くて……」

「起きろぉぉ!」

 眠いと言いつつ、ウィンの平手打ちを見事に受け止める。さらに大あくびまでしたミーリは、もう片方の手を差し出した。

「はい、じゃあ行こうか。二人共」

 差し出された手に、レーギャルンは口づけする。少女の姿は消え、残った箱はミーリの足元に倒れた。

 そしてウィンもためらったものの、結局その手に口づけする。赤い光沢を持った拳銃になって手に治まると、ミーリのポケットに入れられた。

 箱を背負って、真上に跳ぶ。足の下に複製した剣に乗ると、勢いよく飛び立った。

 学園上空を二周ほどしてから、向かうのは第二闘技場。先日のユキナ襲来以来、未だ修復も始まっていなかった。そのとき崩落してしまった屋根から入って、フィールドに降り立つ。

 ボロボロになってしまった観客席には何を聞きつけたのかかなりの生徒達がいて、フィールドにはロンゴミアントともう一人、見知らぬ女性が立っていた。

 赤い長髪と大きな旗を揺らめかせ、胸には銀十字のロザリオが光っている。容姿は比較的端麗で、顔の中で光る緑眼が印象的だった。

「ミーリ」

「ロン、挑戦状が来たんだって?」

「あなた宛てにね。あなたがなかなか起きなかったから、私が先に来て彼女を説得してただけよ」

「あぁそうなの。そりゃごめんね」

 ロンゴミアントを下がらせて、ポケットにしまった拳銃を手に一歩前に出る。

 女性は待っていましたとばかりに旗を振り下ろし、フィールドに突き立てた。

「待っていたよ、君がミーリくんだね。僕はオルア。オルア・ファブニル。北の対神学園・ミョルニルから来た」

「ミョルニルって最北の? また随分遠くから来たねぇ」

「転校生、という奴だよ。向こうでは一応、ここでいう七騎しちきのような立場にいた」

「それで、こっちの実力を試そうとかそういうこと? いいけど、無駄になると思うよ? だって俺強いもん、君より」

 オルアは一瞬ポカンとなって、そして微笑する。突き立てた旗を持ち上げて、槍のように振り回した。

「そうか。なら君の強いところを、僕に見せてくれ。学園最強くん」

「あぁ……やるしかないのねぇ」

 力強く伸ばした手に、ロンゴミアントは跳びつく。その勢いでミーリが回るその間に手の甲に口づけし、紫の長槍となって握られた。

「レーちゃん、ボーイッシュ、準備はいい?」

『はい』

『いつでもいける』

「じゃ行くよ、ロン」

『えぇ、私はあなたの槍、必ずあなたを勝たせてみせる!』

 ミーリの背後に現出する数十の銃口と、複製された剣の群れ。ミーリが肉薄すると剣の群れが続き、銃口もオルアに火を噴いた。

 剣と銃弾の大群が襲い掛かる。

 だがオルアはその場に旗を突き立てて、足元に陣を出現させた。そして呟く。

「あぁ人の生のなんと残酷なものか。泣けるものだ、嘆くものだ、酷いものだ。だが人々よ迷うな、振り返るな、立ち止まるな。我が旗を見上げよ。神はここにいる! “聖守護領域セイクリッド・ガーディアン”!!!」

 ひるがえる旗が光を放ち、オルアを守る結界を張る。光の結界にぶつかった剣と銃弾はことごとく消滅し、砂より細かい粒になった。

 それを見たミーリが突撃をやめる。

「何あれ」

『あの旗の能力か。面倒だなぁ、おい!』

『ど、どうしましょうマスター』

「どうするって言われてもなぁ」

 旗を引き抜き、結界を消し去ったオルアが肉薄する。旗を翻し、棚引かせながら突いた一撃は、槍によって防がれた。霊力同士の衝突に、周囲のまだ片付いていない瓦礫が動く。

 旗と槍の激突の連続の中で、オルアはまた呟いた。

「あぁ人の生のなんと残酷なものか。泣けるものだ、嘆くものだ、酷いものだ。だが人々よ迷うな、振り返るな、立ち止まるな。我が旗を見上げよ。神はここにいる! “聖守護領域”!!!」

 少しだけ距離を取ってまた槍を突き立てる。現出した陣と結界に、ミーリはオルアと一緒に閉じ込められた。そしてすかさず、超重量の大気に襲われる。

「そういうこと、か」

 普段の数十倍にも重力がかかり、ミーリに膝をつかせんとしてくる。この結界の中ではおそらく、術者であるオルア以外はこの制裁を受けるのだろう。

 だがミーリは銃口を向けた。オルアではなく、自分の頭上に。

「師匠、名前借りるね……“空貫魔弾ガ・ボルグ”」

 撃ち出された弾は空間を裂き、貫き、重力の波を揺らがせる。結界にぶつかった弾は砕け散ったが、それと同時に結界自体にヒビを入れた。

「僕の結界にヒビ!? しかも重力の束縛まで解いて――!」

 ほんの少しの距離を、ミーリはフィールドを蹴って詰める。銃口で額を、槍で胸倉を、ほかを複製した剣で触れ、そして囁いた。

「レンコンになるのとここで負けるの、どっちがいいって思う? 俺は断然、負ける方を薦めるけどさ」

 動けば刺す。

 光の欠けた目がさらに脅す。

 その目の本気度と触れている槍の切っ先とが後押しして、オルアに旗を下ろさせた。

「参った、降参。僕の負けだよ」

 結界が消え、ミーリもすべての武器を下ろす。三人が人の姿に戻ると、大きくあくびした。

「もういい?」

「あぁ。聞いてた以上だね、ミーリくんは」

「聞いたって誰に」

「ミョルニルで。北でも、君のことは有名だよ。それぞれの学園最強っていうのは、その学園ではもちろん、他の学園でも注目されるものさ」

「そなの?」

 そういうことにまったく興味のないミーリは背後の三人に訊く。すると同時に頷かれて、ミーリはその事実を知った。

「それで? 俺の実力を測った感想は何かある?」

「うん、これならあの神様も倒せそうだ。僕は安心して、背中を任せられるよ」

「あの神様?」

魔神まじんとカテゴリされてる神のことだよ」

 どこからともなく、学園長の帝鳳凰みかどほうりゅうが現れる。パートナーである透明な髪の少女も、鳳龍が羽織っている上着の裾を掴んでいた。二人の接近に、全然気付けなかった。

「うちでも討伐メンバーを作ろうと、試験をしていただろう? あれだ」

「そういえば、討伐部隊はいつ出発するんすかぁ? まだメンバーの発表もないですよね」

「メンバーと出発日は、明日発表だ。それまで待ってくれミーリくん。それに今僕がここに来たのは、別の用件でね」

 肩を組み、鳳龍は四人からミーリを少し離して背を向ける。そして誰にも聞こえないよう、声量を抑え始めた。

「いい話だか悪い話だか僕じゃ決めかねる話があるんだけど、聞きたい?」

「拒否権あるんですか」

「いや、ない」

「じゃあどうぞ」

「しばらく彼女を泊めてやってほしいんだ」

 鳳龍が今いったが、誰であるのかはなんとなく想像できた。オルアの方を一回向いて、彼女が首を傾げたのと同時に首を戻し、顔を覆った。

「なんで俺んなんすか。女の子んに泊めればいいでしょ」

「君、君の彼女と戦った際、ロンゴミアントと上位契約をしただろう? そのペナルティーだ」

 ミーリは何も言い返せなくなる。

 数日前学園を襲った自分の彼女――ユキナとの戦闘で、ロンゴミアントと上位契約を交わした。それは仕方のないことで、みんなを助ける術だったのだけれど、それでも校則違反に違いなかった。

「たしかに君が契約したことで、学園は救われた。だが校則違反もまた事実。なんのペナルティーもないのでは、示しがつかない。そこで、相当に軽いものにした。どうだい? いい話かな、悪い話かな」

「どっちつかずの話ですね。わかりました。でもオルさんへの説得はしてください。俺じゃ無理です」

「いいだろう、それくらいの面倒は見よう」

 鳳龍から解放されて、ミーリは三人を手首を曲げて呼ぶ。

 顔を見た三人はミーリが珍しく困っていることに、少なからず驚いた。

「ミーリ、どうしたの?」

「マスター、大丈夫ですか?」

「みんなぁ、あとで相談ね。ちょっと問題が発生しそう」

 フィールドから出て行くミーリ達を、オルアはしばらく目で追う。だがすぐに鳳龍へと歩み寄って、後ろにいる少女に手を伸ばそうとした。背中に隠れられてしまったが、微笑を浮かべる。

「どうだった、オルアくん。ミーリくんの実力は気に入ってもらえたかな」

「はい、ありがとうございます学園長。無理を言ったのに」

「何、無理を言ったのはこちらの方だからね。それでどうだった? 似た者同士、見た感想は」

「正直感動です。あんなに神霊武装ティア・フォリマに慕われて、神様にも愛された人は会ったことがなかったですから。一体どこで、彼を見つけたんですか?」

「何、古い知り合いが連れてきたというだけさ……さて、じゃああとは頼んだよ。彼のことをよろしくね、オルア・ファブニル――いや、ジャンヌ・ダルク」

「わかったよ、鳳龍くん」





 

 

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