姫の火~プリンセス・フラグメンツ~

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prologue 姫の死

 レイピア湖に浮かぶムクの塔が、ほの赤く燃えていた。雨もそれを消せなかった。淡く、しかし目に焼きつくような火だった。湖の畔で人々は、ただ、静かに見守る他なかった。

 

 

         *

 

 

 成人の儀の七日前、騎鈴きりん城の姫は行方不明になっていた。これと前後して、蛹から生まれるというセンチピデアの流民が州境へ入ったとの噂が流れた。干からびた人魚の卵を売り歩く商人が州内の方々で見られた。涸れ谷レクテルナルに雨が降り、増水により囚人が流れ出した。氷漬けになったひなが盲人によって王の間に運ばれた。その雛が氷を破って北の方角へ飛び去ったのは、儀式の四日前だった。そしてその夜、レイピア湖に浮かぶ橋も扉もないムクの塔に火がついた。

 姫は見つからず、火は成人の儀の前夜まで燃えつづけた。夜も更ける刻、城付きの占星術師はようやく禁忌の間を下り、告げた。姫は辱めを受け、ムクの塔の頂上で自らの身を焼いたのだ。そして間もなく、その命は火と共に尽きようとしているのだと。

 

 今、レイピア湖に高く聳えるムクの塔は最後の灯を放っていた。美しく、しかし悲しげな火だった。湖の畔で、王と一族の者、騎士達が立ち尽くしそれを見つめていた。翌朝雨は止んで、高僧の執り行う儀が済む頃、火は消えた。

 

 四人の騎士が成人の儀を拒み、聖騎士の称号と任務を与えられた。

 

 王は四人の聖騎士に命じた。姫の燃え残しの、髪と血と指と灰を探しに行け、それを必ず持ち帰って来いと。

 預言者は言う。

 ――火を放った指は最後まで残った。

 ――火は姫のしゃれこうべにわずかな髪を燃え残して消えた。

 ――血は体から流れ去った。

 ――灰は飛び去った。

 今、それらも何処かへ失われつつある。取り戻さなければならない。二度と戻らないところへ去ってしまう前に。

 四人の騎士はヨワリス、ヨグルト、マコ、ミジンコといった。四人はそれぞれの探し物を求め、旅立つのだった。

 


      かつて四人の騎士 旅立てり

      麗しき姫君 死せる後

      ヨワリス その灰を

      ヨグルト その血を

      ミジンコ その髪を

      マコ   その指を

      求め四海へ遣はされり

      麗しき姫君 火となりて

      ヨワリス 地に帰り

      ヨグルト 流れ去り

      ミジンコ 冷たく眠り

      マコ   消え失せて

      そして四海は世界となり

      麗しき姫君 神々となる

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