老騎士達

 ミジンコは王との面会を果たすと、食事を済ませ、図書室へ入った。利用者は一人もいなかったが、今日は明かりがいて、係りの年寄りが棚を整理していた。昼食の前に早速老騎士達を訪ねたのだが、ミジンコの世話をしていた彼らは、今何処にいるのかわからなかったのだ。近臣の者はあまりミジンコと口を利こうとしなかった。

 ミジンコはさきの面会が叶うまでの間は、古代の神話や星の話ばかりを読んで、ヨグルトとの対峙は考えないようにしていた。しかし王から正式の命を受けた今は、南海方面の歴史と地理書を手に取りぱらぱらとページをめくっていた。ここには古い地図の載っている書物しかないが、かつての中原大火の乱のため、これらの地理誌にある兎蟻とぎ州や、国鉄州の西部諸郡の名前はもう実際にはなかった。名もない焼け野原が残っているだけだ。世界地図の真ん中あたりにぽっかりと穴が開いた状態だ。この一帯は三十年経った今でも熱を帯びて、無論人間は住めず、通り抜けることも侭ならないのだった。復興支援に力を入れる国鉄州の東部や、王族の生き残りが住まうミコク州を通るか、臨海沿いに進み、あるいは船を使うことも考えられた。

 いずれにせよ、まずは騎鈴きりん州を東に抜けて、レクテルナルを越さねばならなかった。レクテルナルは深い森に覆われた峡谷地方だが、そこを越える時には美しい青い花の咲く谷を見渡せる絶景としても、旅人に知られていた。国への反乱者を投獄するケムの流刑地るけいちがその対崖に作られてからは、通る者の数も減ったのだという。そこには大火の乱の首謀者の一味や血族も捕らわれていた。ヨグルトもここを通っただろう。

 南海地域に関しては、一冊比較的近年の報告書があったが、中原の乱が起こってからは随分州王や太守の入れ代わりが激しいようだった。

 南海の書物を探っていると窓の外はもう陽も暮れかかり、ふと外を見れば、光り出す魔法使いの木々の横を三人の騎士が駆けていき、一人は兜をかぶっておらず禿頭のようだった。「あれはミーミケクではないのか。すると、他の二人もケクックやケィンベルかも知れないぞ」

 ミジンコは図書室を出て階下へ降りようと思ったが、彼がここにいると聞いて来たのか老騎士達の方がすぐに階段を駆け上ってきた。ケクック、ミーミケク、それにミガだった。

「おお! 無事お戻りになりましたな! わしらも皆生きとります。ケィンベルもおります、今ケルンルナを呼びに行っとりますわ」ケクックは相変わらず元気で明るかった。

「うん。久しぶりだ……と言いたいが、随分早い帰りにはなったと思う。聞いているだろう、ヨグルトのおかげということになるが、いずれにせよ任務もちょうど終わるところだったんだ」

「あのヨグルト殿がなあ。心の痛むことでしょう」ミーミケクが同情するように言った。

 ミジンコは何故か、悲しみも怒りもなかった。ヨグルトとは、とにかく会えば何らかの話し合いがもてる、ことによってはそれで解決するという気がしていたのだと気付いた。いやそうしないわけにはいかない、とミジンコは強く心に思った。

「明日のうちの出発だと聞きました。もうあらかた準備はできています。今回ばかりは、王の許しが出なくとも、我らは着いていくつもりでいたのです」ミガはそのことを言って叱られたが、皆決意は同じだったようだ。ミジンコは嬉しくなった。

「レクテルナルを越えることになるのだろう?」

「そういうことになります。もうすっかり雪の解けてしまった時期でよかった。お、これは、去りゆく冬の落し物でしょうな」

 また、小粒な雪がはらはらと舞ってきた。皆が揃って寄宿舎の食堂へ向かううちにそれはもうやんで、雲間にアラタナス座の星の一部が顔を見せた。

「レクテルナルは深い谷ですが、妖しい生きものなぞはいません。囚人の影も今は見えなくなったといいます。我々は、すぐそこを抜けて青い花畑を眺めることになりましょう」


(序幕了)

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