PARTⅠの1(1) 気が付いたら棺の中で

 栃木県にある女子刑務所。


 夕方、所長の岩井は医師の内藤から、


「泉恵美音えびねという受刑者が肺炎で病死した」


 という報告を受けた。


 泉恵美音は奄美大島あまみおおしまの出身だった。


 幼い時、奄美に襲来した大きな台風によって起こった土砂崩れによって恵美音の家族が住んでいた家がつぶれて、


 両親と祖母は亡くなった。


 恵美音一人が助かって、島の児童養護施設じどうようごしせつで育った。


 中学卒業後、地元の農家に引き取られた。


 その農家の奥さんが入院した時、以前からその夫の目線に身の危険を感じていた恵美音は逃げ出した。


 去年のことだった。


 恵美音は東京に出て、駆け出しのアキバ系アイドルグループのメンバーになりながらアルバイト生活をしていた。


 クラブJBというクラブでライブを観て遊んでいる時に、そのクラブに警察の覚せい剤の取り締まりがあった。


 クラブは封鎖ふうさされ、一列に並ばされて荷物検査をされた。


 その時、なぜか恵美音のバッグから覚せい剤の入った白い袋が見つかった。


 身に覚えはないと言ったが、警察は彼女を逮捕した。


 彼女は有罪になってこの女子刑務所に収監しゅうかんされた。


 刑務所付属の工場でスニーカーを作っていたが、風邪をひき、肺炎となり、治療の甲斐かいもなく亡くなった。


 遺体は刑務所内の遺体安置所の安置台の上で一夜を過ごし、


 翌日の午前中、棺に入れられ、刑務所のバンで火葬場に運ばれた。


 死んだはずの恵美音は、暗い場所で目を覚ました。


 すぐに棺の中だとわかった。


 隙間からはわずかだが光が差し込んでいた。


 恵美音は無駄だと思いながら、ふたを押し上げた。鍵が壊れて蓋はあっさりと開いた。


 なにか腕の力がとんでもなく強くなっているように思えた。


 棺から外に出るとそこはバンの中だった。



 背後で音がした。バンの助手席に乗っていた職員はうしろを振り向いて体が凍り付いた。


 棺の中から死体が出てきていたのだ。


「ゾ、ゾンビ」

 助手席の職員は恐ろしそうに叫んだ。


「どうした?」

「う、うしろ」


「え、わ、化け物」


 運転している職員も後ろをチラ見して青ざめ、ブレーキを踏んだ。


 車は急停車した。


 うしろにいた恵美音はいったん前方の壁に叩きつけられたが、両腕でしっかりと衝撃を吸収し、


 ほとんどダメージをこうむらなかった。


――私、やっぱり力が強くなってる。よし。


 恵美音は後部のドアに蹴りを加えた。ドアのロックは壊れて、ドアは開いた。


 恵美音は外に飛び出した。外は雨が降っていた。


 彼女はそのまま脇の林の中に逃げ去った。

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