初恋を成就させるためのありとあらゆる方法

夢月九日

第一部

プロローグ

邂逅

 ――初恋は実らない。

 そんな言葉をよく耳にする。けれどその理由については諸説あり、曰く、

 ――恋愛経験が無い状態で上手くいくはずもない。

 ――そもそも想いを伝えることがないまま、終わってしまうから。

 他にもいくらでも後付の理由で溢れかえっている。そう、結局のところ全ては言い訳にすぎない。

 後悔したくないならば、行動するしかない。認めるわけにはいかない。

 ――初恋は実らない。

 そんなこと一体どこの誰が決めたというのだろう。否定する。絶対に、何がなんでも。

 ありとあらゆる方法で成就させてみせる。

 ――この初恋を。



 それは一般的な感覚からすると、酷く凄惨な場面と認識されるであろう光景であった。薄汚い路地裏にはひと目でただ事ではないと理解できる大量の血だまりとそこかしこに散らばる肉片。

 そしてそこに転がる二つの死体。一つは性別や年齢は分からないものの、身に着けているスニーカーやジーンズなどから人間の死体であることが窺える。

 何故、下半身だけで判断したのか。というのもには上半身が無く、本来あるべき場所には無理やり噛みちぎられたような後を残す、むき出しの臓器や骨があるだけであった。

 これだけでも充分異常な状況であるが、ではそもそも人間であるか判別しなければ行けなかった理由とは?

 それは同じく血だまりの中に横たわるもう一つの死体。そこに明確に異質な存在があった。

 筋骨隆々とした身体は均整という言葉とは正反対の歪なもの。その造形はまるで、子供が稚拙な腕で粘土をこねくり回して作ったかのようであった。しかも至る所で皮膚が裂け、真っ赤な肉が剥き出しになっている。

 また、部分的には獣のような体毛に覆われており、手足の指先からは触れただけで切れてしまいそうな鋭利な爪が伸びている。おまけに尻尾のようなものまで生えている始末。

 更に驚愕するのはその胴体の中心に穿たれた穴である。この見るからに頑丈そうな鋼じみた肉体に風穴を開ける存在とは一体何だというのか。

 こんな得体の知れないものが一緒に転がっていれば、もう一つの死体の失われた上半身が同じ異形の存在であったと言われれば、信じてしまいそうになるのも致し方ない状況である。

 そしてそんな存在が横たわっていれば、当然その頭部はどうなっているのかと意識してしまうであろう。しかし、その死体の首から上は力任せに引き千切られたような断面を残して所在不明。

では一体どこに……と、いつの間にか雲に覆われていた月がその顔を覗かせ、月明かりが辺りを照らす。するとそこに答えはあった。

 佇むのは一人の少女。人形めいた端正な容貌は無表情ではあるが、それが逆に神が創りた出したような完璧な造形美を思わせ、より美しさを際立たせている。その肌は白磁を思わせる純白で、それと対象的な漆黒の黒髪は腰まで届く長さであり、そのコントラストがよく映えている。

 神々しさすら感じさせる美しさを持つ彼女だが、この場に相応しいだけの異常性を持ち合わせていた。

 前身に赤黒い血を浴びており、衣服はあちこち裂けてボロボロである。さらには肉片すら纏わり付いている。苦痛に表情を歪めることもないので恐らくは彼女に負傷は無く、全て返り血なのであろう。だからこそ、その触れたら折れてしまいそうな細腕に抱えるものから想像できる、にわかには信じ難い恐ろしい事実。

 彼女が抱えるもの――それは虎を彷彿させる外見の頭部。通常の虎との差異を挙げるとすれば、その大きさである。特にズラリと牙が生え揃った口は大きく裂けており、人間の程度なら一口で丸呑みできそうである。

 そんな外見とは酷く不釣り合いであるが、この場においてはある意味相応しいアクセサリーを抱えた少女。そんな彼女がやはり相変わらずの無表情のまま、感情を感じさせず、抑揚のない言葉を発する。


 

 「……あなたは人間なのでしょうか?」

 

 


 

 

 

 

 

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