第28話 届かぬ声


 全てのアゾロイドが撤退して安全が確認された後、ダスト・プラントは急ピッチで修理に取り掛かった。幸いにもプラントの機能は失われていない。これなら修理も問題ない筈だ。


 あの真珠の様に輝いていた外壁は黒く変色して、所々が破れた様に穴が空いている。だが内部には届いておらず、遣られたのは外壁に位置していたダスト用広場や通路だけだった。


 そこへ次から次へと送られてくるダストへと対応する為、既に中は溢れて外にまで簡易テントを張って対応に追われていた。送られてくるのは大半が索敵型。ほぼ全員が最前線に投入された型式だ。…ここからは未だ青い空は見えず、赤黒い空だけが広がっている。


 地獄だ。そう生産型は唇を噛み締める。次から次へと送られてくる索敵型を床に寝かせて前の手術台にも寝かされて、その惨状を見る度に生産型は眉根を寄せていく。大半が五体の何処かしらを欠損している。手足が無い者はまだ良い。中には下半身が無い者。そして胴体、右半身、左半身。頭部が失われている者はその時点で廃棄処分だ。


 最低限の処置だけを施して次へ。そしてまた次へ。虚しい時間が続く。…何故なら、


「こいつも駄目だ。もう壊死し始めてるっ!」


 何度目だろう。そう生産型は悲痛な声を漏らす。その度に索敵型のダストは寝台から下ろされていき、廃棄リストへと記載されて処分場へと回されていく。余りにも虚しい作業だ。


 助かる見込みのあるダストは微少でしかなく、大半が修理不可能だったのである。しかし生産型は手を休めず作業を続ける。…アゾロイドの襲撃が遭った時、自分達は作業場の片隅に縮こまって時が経つのを待つばかりだった。何度もプラントをアゾロイドが襲った。でもその度に索敵型が守ってくれたのだ。本部の命令も指令型からの命令も無視して。ダスト・プラントが遣られたら全てのダストの生命線が失われてしまう。そう言って守ってくれた。


 だからと、生産型は必死に作業を続ける。一人でも多く助かって欲しいという一心で。


 それにダスト・プラントは都市の中にも存在する。尤もそちらは普段指令型や上位ダストしか受け入れない場所ではあるが、今回ばかりは手が空いたら下位のダストも受け入れると言っていた。だから後少し経てばここも多少は楽になるだろう。それまでの辛抱だ。


 必死に作業を続ける彼らの横には災害用テントが設けられており、そこには無事修理が完了したダストと、その親族や関係者達が集まっていた。その中にはマックスやスオウ達も居た。周りが喜びに満ち溢れる中、彼らだけが俯いて苦い顔をして黙り込んでいる。


 結論から言うとトウヤの修理は無事終わった。彼は命を繋いだのである。だが彼らの表情は周りとは懸け離れており、明らかに意気消沈して塞ぎ込んでいるのが判る。…それは、


「…おい、トウヤ」


 駄目で元々だと言わんばかりにシスが話し掛ける。しかし目の前に立っているトウヤの表情は欠片も動かず、微動だにせず能面のような表情を保っている。


 トウヤが修理から戻って来たのは先ほどの話だ。その時はトウヤが無事だった事を皆で喜び合ったものだが、そんな中で真っ先に異変に気付いたのはジュナだった。


 突然彼女が困惑顔を浮かべてきて言ったのだ。…トウヤ、一度も喋ってないわと。


 そこで気付いたのだ。戻って来たトウヤは一度も口を開いておらず、それどころか表情も変わっていないではないかと。異変に気付いて皆で話し掛けて、でもどれだけ話し掛けてもトウヤが反応を示す事は無かった。何も言わず黙って佇むばかりなのだ。


 確かに修理は完了したのかも知れない。あれだけ酷かった体の破損も服も全て新調されているし、その体の何処にも焼け跡も切り傷も残されていなかった。…体が無傷だった為に未だ補給すら受けられないマックスとは大違いだ。それなのにとマックスは顔を歪める。


「トウヤ。…俺だ、マックスだ。分かるだろ? お前の相棒だよ。だから何とか言えよ」


「……」


 それでもトウヤは応えない。その視線は前を見つめてこそいるが、彼の瞳には何も映っていないのだ。彼には自分の言葉は届いていない。そうマックスは察して双肩を震わせ始める。


「何だよ、それ。…こんな時に思うぜ。やっぱ俺達も脳味噌だけは人間なんだなって。体は修理できるけど脳味噌だけは修理できない。表面上は治療できても心までは無理なんだっ。俺達ダストも人間なんだよっ! そういう意味だろ! それならせめて、せめて――」


 その先は言えなかった。もう少しだけでも人間として扱って欲しかった。こんな中途半端な体を与えられるくらいなら心を残して欲しくなかった。全部機械に変えて欲しかった。


 トウヤに縋り付いてマックスは叫び、トウヤはそんなマックスを抱き留めもせず空虚な瞳で見下ろすばかりだ。そこには一切の感情も浮かんでいなかった。音に反応しているだけ。そんな感じだった。感情の無いロボットを相手にしているような気分になる。


 ここにあるのはトウヤの抜け殻。そうとしか思えなかった。それでもマックスは続ける。


「なぁ、何か言えよ。…お前さ、今回の襲撃を知ってたから俺を置いて行ったのか? 俺を危険な目に遭わせたくないから。だから一人で戻ったのか? …お、俺さ。お前に言いたい事が沢山あるんだ。お前と話がしたい。お前ともっと喋りたいんだよ。だから――」


「……」


 だが、やはりトウヤは反応を示さない。やがてマックスは顔を大きく歪めていき、トウヤの体に縋り付いて双肩を震わせていた。そして声を上ずらせながら喋る。


「これが答えってか。都市を守る為に戦った末がこれかよっ! だったら殺してくれりゃ良かったんだ。中途半端に助けるなよっ! こんなの残酷なだけだろ! それとも何か? 俺達にはまだ使い道があるから廃棄出来ないってか。…そんなの知るかよ。俺達はそんなの望んでないっ! さっさと廃棄しろよ! もう俺達はそんなの望んでないっ!」


「マックスッ!」


 そこへスオウの制止が入る。余りの言い草に捨て置く事が出来なかったからだ。スオウは悲痛な顔をしてマックスを見つめていき、彼女を諭す様に静かに語り掛けていく。


「どんなに辛くてもそれだけは言っちゃいけない。君もトウヤも生きているんだ。何よりも今回は多くのダストが犠牲になった。生き残った君達がそれを言っちゃいけない」


 しかしマックスはそんなスオウを睨み付けていき、顔を歪めながら言い返していく。


「だったら今のトウヤは生きてるって言えるのかよ。…どれだけ話し掛けても反応しない。眉一つ動かさないっ! そんなのロボットと同じだろ。アゾロイドですら感情が在るってのに今のトウヤはどうだよ。今のトウヤは単純作業のロボットと同じじゃないか! 確かに俺達は生きてる。運よく生き残れたよ! でもその先に在るのは何だ? 何も無いじゃないか。こんなのは生きてるとは言わない。死んだも同然だ。死ぬより性質が悪いぜっ」


「…それは――」


 流石のスオウも何も言えなくなってしまい、弱り顔をしてジュナとシスを見つめていた。だが二人は頭を振るばかりで何も言えず、ただトウヤを見つめるしかなかった。


 確かにトウヤは感情が豊かな方では無かった。でも間違いなく通っていた感情が完全に失われてしまい、初めてその意味を知る。感情が何であったかを考えさせられる。


 自分達も心の何処かで思っていなかっただろうか。…所詮ダストはロボットなのだと。


 違っていたのだ。間違いなく彼らは人間だった。遠くから聴こえてくる絶望を知らせる声。

次々と廃棄リストへと書き加えられていく名前。あの名前一つ一つに心があった。彼らには人間として歩んだ人生があったのだ。今になってようやく思い知らされる。彼らもまた人間だったのだと。自分達と同じ人間だった。だからこそトウヤは――。


「…っ」


 思わずスオウは苦悩を浮かべて視線を逸らしていた。マックスに慰めの声も掛ける事が出来ない。自分達は何一つ理解していなかったのだ。彼らダストが何であるかを。


 何一つ理解していなかった。…そう彼らが打ち拉がれている時だった。テントに集まった人込みを掻き分けながら一組の老夫婦が近づいて来る。そして彼らの前に立って言った。


「ならばトウヤはこちらで引き取らせて頂きましょう。あなた方の手に余るのでしょう? でしたら私共家族が引き取るのが道理。違いますかな?」


「…え?」


 突然の事にマックスは反応できず、小さく声を上げて二人を見ていた。その老夫婦の年齢は七十歳前後といった所だろうか。間違いなく裕福層だ。多額の税金を納めて不老を解いて貰ったのだろう。そして二人はトウヤを見て「家族」と、確かにそう言った。もしや――。


 咄嗟にマックスはトウヤの前を遮る様に立ち、目の前の老夫婦を睨み付けていた。すると男性の方が目を細めてきて、そんなマックスの態度に険のある物言いをしてくる。


「お嬢さん、何のつもりですかな? その子は私共の孫。孫を連れて行って何が悪いのです。それに孫の様子を見るからに、どうやら今回の騒動で癒えない傷を負ったようだ。その孫を連れて行くと、こちらはそう言っているだけですぞ? 現にあなた方の手には余っているでしょう。何せお嬢さんはダスト。そしてそちらの御三方はハウンド・ドッグのメンバーと御見受けいたします。あなた方に出来るのは野蛮な争いだけ。その手で傷付いた孫を癒す事が出来よう筈もありません。だから連れて行くと、こちらはそう言っているのです」


「「「……」」」


 それにスオウ達は何も言えず顔を俯かせていた。老夫婦の言い分が的を射ていたからだ。今のトウヤにしてやれる事は何一つ残っていない。いいや、何も出来ないのだ。


 言われてマックスも唇を噛み締めて苦渋を浮かべていたが、やがて頭を振って叫ぶ。


「あんたらはこいつの肉親だと言った。…だったら余計に連れて行かせる訳にはいかない。こいつはあんたらの事を何一つ語らなかった。むしろ自分の出身を隠したい様にも見えた。確かに一度は口にしていたさ。あんたら祖父母はこいつに少しは目を掛けていたようだな。でもそれだけだ。どうして今更ここに来た。今になってこいつを迎えに来たっ! どうしてもっと早く迎えに来なかったんだよ! 今更なんだよ! こいつがこんなになって声すら届かなくなった今になって、そんで涼しい顔をして連れて行くってか。冗談言うなっ!」


「ですからお嬢さん、今のトウヤはあなた方の手には――」


 そう男性は言い掛けたが、直後に苦い顔をして押し黙っていた。その中でマックスは言う。


「誰が連れて行かせるかよ。こいつは俺の相棒だ。こいつを連れて行くのなら俺を廃棄処分にしてからにしろっ! あんたらなら簡単だろ。こんなちっぽけなゴミを処分する程度の事なんだからな。あんたら咲耶グループの人間になら簡単だろっ! 俺を処分してからにしろ! 何なら今この場で廃棄するか? 俺の頭をかち割れよ! そうすりゃ簡単だろ!」


「…お嬢さん」


 マックスは泣いていた。その小さな両手を目一杯に広げて泣いていたのだ。その様を見て男性は何も言えなくなってしまい、どうしたものかと妻である女性を見る。しかし女性の方もどうしたものかと困惑するばかりで、二人は途方に暮れて黙り込んでしまった。すると、


「御二人共、ここで何をなさっているのですか。…年端もいかない少女を泣かせるなど」


「っ!」


 そこへ見知らぬ男性の声が割り込んで来る。それにマックスは驚愕していって、トウヤを後ろ手で抱く様に守りながら現れた男性を睨み付ける。それはトウヤの父マサツグだった。


 後ろに若い部下を一人連れただけのマサツグはそんなマックスを見つめていき、続いて老夫婦の方を見て溜息混じりに言葉を向けていく。


「もうトウヤは我らの手を離れたのです。どうしてそれを理解して下さらないのですか? この子はもう一人前です。それに今のトウヤには傍に居てくれる者がこんなにも居るではありませんか。それの何が不満なのです。トウヤの為に泣いてくれるお嬢さんが居る。私はそれだけで十分だと思いますがね。今のトウヤはダストです。我らの口出しは返って迷惑。彼らには彼らの遣り方があるでしょう。我らの様に金で解決する亡者では無いのですよ」


「マサツグ、今更なんです! トウヤをこんな目に遭わせたのはお前でしょうっ!」


 すぐさま女性の方がそう怒鳴り付けていくが、マサツグはそれを涼しい顔で聞き流していく。そしてがなり立てている両親を部下に預けて、自らはマックスに向き直って言った。


「お嬢さん、迷惑を掛けたね。どうか許して欲しい。私達もトウヤの事が可愛いのだ。今になってと憤りを覚えるかも知れないが、それでも私達もこの子の事を愛しているのだ。本当は連れて帰りたい。私は息子への愛情表現を間違えてしまった。その代償はとても大きく、気付いた時には手遅れだった。だからお嬢さん、あなたがトウヤに愛情を注いでください。私達には出来なかった事をあなたにお願いしたい。身勝手だとは思いますが、どうか――」


「…え」


 それにマックスは眼を見開いており、マサツグに頭を下げられて狼狽していた。そうしてマサツグは老夫婦を連れて去って行き、そんな彼らの背中を見て寂しそうだと、何故かそう感じた。そして改めてトウヤを見つめていき、そこに浮かんでいたものに気付いて口吃る。


「トウヤ、お前――」


 泣いていた。その瞳から一滴の涙を流して泣いていたのだ。マックスはそれに驚いて手を伸ばそうとした時だった。再び人込みの中から近づいて来る人影があり、真っ直ぐこちらに向かって歩いて来てマックスの目の前で立ち止まり、双眸を潤ませながら言ってきた。


「シャルル、無事だったのね。…良かった。本当に良かった」


「っ! 姉さん」


 それはオリビアだった。その足元には姪のアイラの姿も在り、マックスを見るや嬉しそうに顔を綻ばせて「シャルルお姉ちゃんっ!」と抱き付いてくる。マックスはそんな姪っ子を全身で受け止めていき、小さな体を抱き締めながらオリビアへと訊ねていった。


「どうしたんだよ、こんな所まで来て。ここは都市の外だぞ。それなのに――」


 危ないだろと言外に責めていくと、それにオリビアは微笑みながら言ってくる。


「今は特別にシャトルが出てるから。それに他の人達だって来てるじゃない。当然私だって来るわよ。あなたが無事だって連絡が入ったの。だから居ても立っても居られなくて」


「…、そっか」


 そうだったと、マックスは困った様に笑みを返す。避難民から強い要望があったとかで、今はこのダスト・プラントへの直行便が特別に用意されている。だからこの災害用テントにダストの親族が駆け付ける事が出来ているのだ。市の行政が特別に用意したからである。


 こんな事になって初めて人間扱いか。そんな皮肉が漏れそうになる。マックスは漏れそうになる不満をどうにか呑み込んでいき、困り顔で笑いながらオリビアへと言っていった。


「俺はこうして無事だから。だからもう行った方が良い。ここは危険だ。いつアゾロイドやキメラに襲われるか分かったもんじゃない。だからアイラを連れて――」


「シャルル」


 だが最後まで言い終わらない内に、オリビアの険しい声に遮られてしまう。嘗てない姉の様子にマックスは眉根を寄せていき、オリビアはそんなマックスへと怒り眼で言っていた。


「私達が危険だって事は、つまりあなた達だって危険だって事でしょう。どうして私達だけ安全な場所に居なきゃいけないの? 傷付いたあなた達はここに居るのに? 真っ黒な姿で傷付いたあなたはここに居るのにっ! それを見捨てて私達だけ逃げろってあなたまで言うの? 私は嫌よ。もう嫌なの! 私達人間を守る為に沢山のダストが目の前で死んで逝ったわ。私達はそれを見ている事しか出来なかった。何も出来なかったの! そんな姿が何度あなたと重なった事か。あなたも何処かで見知らぬ誰かを守って戦っている。そう思うと辛かった。嫌だった! もう止めてちょうだい! もう危ない事は止めてちょうだいっ。もう十分でしょ? こんなにもなって戦ったんだから十分でしょ! 一緒に帰りましょう。私達と一緒に帰りましょう? 私達と一緒に暮らせばいいじゃない。だからっ――」


「…姉さん」


 姉の思い掛けない悲痛な告白を聞いて、マックスは困惑して何も言い返せなかった。だが弱り顔をしてどうにか笑い返していき、小さく頭を振りながらオリビアへと言っていく。


「ありがとうな。…でも、そんなの無理だよ。だって俺、ダストだから。ダストには都市内への永住権は与えられていない。確かに寝泊まりするくらいなら許可されてるけど、基本は都市の外で任務に就くのが俺達に課せられた義務だ。だから無理なんだよ。そんなのは」


「そんなの知った事じゃないわよっ! 義務だから? ダストだから? もうそんなのは知らないわよ! そんなのに従ってあなたを失うよりは全然いい。今回それが嫌ってほど分かった。もう自分を偽り続けるのは嫌よっ! …ねぇ、逃げましょう? 私達と一緒にっ」


「…姉さん」


 驚くべき姉の発言を聞いて、マックスはどうしたものかと途方に暮れてしまった。しかしそれだけは駄目だと表情を引き締めていき、改めて頭を振ってオリビアに言い聞かせる。


「俺達が逃げたら都市は終わりだ。俺達は人間を…いいや、俺は姉さんやアイラを守る為に居るんだから。その為に戦うんだ。見知らぬ誰かを守る為なんかじゃない。姉さんやアイラを守る為に居るんだよ。だから踏ん張れるんだ。俺の後ろには姉さん達が居るって思うから戦えるんだ。その為に俺はここに居るんだよ。多分他のダストだって同じさ。だからさ」


「お願い。お願いよ、シャルル。…どうか私の話を」


 必死にオリビアはそう言うが、マックスは頭を振って拒否するだけだった。そして時間が来てしまったのか、オリビアはアイラを連れて後ろ髪を引かれるように立ち去って行った。


 マックスがそんな後ろ姿を見送っていると、悲しげな顔をしたスオウが言ってくる。


「ねぇ、マックス。僕も君の姉さんと同じ意見だ。…いいや、少し違うかな。今の君達を、今のトウヤをここには置いておけない。だから一緒に行こう。僕達のプレハブに戻ろう? 今の君達には少し休息が必要だ。それにダスト本部の方にも君達との、トウヤとの契約状態を再確認したんだ。まだ君達との契約は続いているんだ。だから戻ろう。僕達と一緒に」


「……」


 マックスは返答に困り、トウヤに訊ねる様に視線を向けていた。だがトウヤが反応する事は無く、その様を見てマックスは寂しげに俯いてスオウへと答えていく。


「…そっか。スオウ達の所に戻るならいいよな。きっとトウヤも戻りたいだろうしさ」


 本当は彼がどう考えているかなど判らない。それでもそう信じたかった。…去り際に彼が語った言葉が真実だと思いたくなかった。きっと彼は都市の危機を知っていたのだ。だからわざと一人で都市へと戻った。そう信じたかったのだ。今となっては信じるしかない。


 そんな時だった。仄かにトウヤが微笑み、彼らへとこう言ったのだ。


「俺も…お前達の元へ戻りたい。迷惑でなければ、どうか――」


「っ!」


 慌ててマックスは顔を上げてトウヤを見るが、既にトウヤは無表情に戻っていた。しかし間違いなく喋ったトウヤの声を聴いて、マックスは涙ぐみながら声を立てて笑い出す。


「そっか、そうだよな。戻りたいよな。そうだよな。…俺も戻りたいよ。お前と一緒にさ」


「「「……」」」


 そう涙ながらに語るマックスを、三人は苦い顔をして見つめるしかない。確かにトウヤは喋った。でもそれだけだ。また無表情に戻ってしまった。こんなで果たして彼は――。


 それでも彼は生きている。今はそれだけを胸に刻むしかない。彼は生き延びたのだ。


 再びトウヤを交えた彼らは隊長のゲイボルグへと一報入れた後に、事前にプレハブから取り寄せていたジープに乗って都市を後にする。そんなジープの頭上には元の様に二頭のペガサスが飛んでいた。その背にはトウヤとマックスの姿があり、しかし二人は一つも言葉を交わす事無く静かに飛んでいる。…マックスは思った。どうして隣が寒いんだ、と。


 存在感が無いのだ。トウヤが居る様に感じない。自らの隣には確かにトウヤが居るのに、どうしても彼の存在を感じる事が出来ない。今の彼は人形の様で、余りにも希薄だった。


 確かに居るのに何も喋らない。顔色一つ変えない。それがこれほどにも辛く、そして残酷な事だとは思いもしなかった。間違いなく彼は自分の隣に戻って来たのに。それなのに、


「それでも俺はお前の相棒だ。だから、だから――」


 自らに言い聞かせる様にマックスは呟く。そして手綱を強く握り締めていき、真っ直ぐに青い空を睨み続けた。俺はお前の相棒だ。だから何処までも共に行く。その為の相棒だ。


 だからお前も何処にも行くな。俺達はダスト。廃棄処分されるその瞬間まで共に在ろう。俺はダストだから人間の様な感情は持っていない。でも人間だったなら、きっと俺は――。


 生身の人間として出会えていたなら、きっと俺はお前に恋をする。お前の傍にずっと一緒に居たいと願ったと思う。でも俺達はダストだから。…だから廃棄されるその瞬間まで。



 リュシューリアはロボットを連れて孤島へと戻って来ていた。他のアゾロイドも自らの場所へと戻って行き、イルフォート・シティを襲った時の軍勢は既に彼女の傍に無い。

 ロボットは未だ目覚めず、昏々と眠り続けていた。イルフォート・シティで見たロボットの形相が忘れられない。この世の全てを呪う眼。存在する全てのものに向けた破壊衝動。

 あれほどに救いを乞うていたトウヤにそれを向けたのだ。ならば他の存在であればまだ激しい憎悪を向けるであろうなと、そうリュシューリアは心中で憐れむ様に思っていた。

 何もかも遅かったのだ。もう少し早ければ間に合ったかも知れないのに。ただ無駄に命を費やしただけだった。…ダストもアゾロイドも、多くの存在が失われたというのに。

 そのトウヤでさえと、リュシューリアは不憫に思っていた。あの時に相対した彼はあの時の損傷が致命的な故障へと繋がったのか、一切の感情を失って人形の様になってしまった。

 もう彼には助力を望めまい。このロボットに何かあっても彼の助力は望めないのだ。またロボットの方から彼に救いを求める事も有り得ないだろう。それが不憫でならなかった。

 何もかも壊れてしまった。ならばイルフォート・シティを襲撃しなければ良かったのだと言われれば、それにはリュシューリアは否と答えるであろう。それはイコールしない。

『何事も上手くいかないものですね。…放置も出来ない。改善も出来ない。互いに歩み寄る事も叶わない。何一つ不可能だったからこそ衝突した。私も分かっているのです。他に道は無かったのだという事くらいは。それでも探さずにはいられない。私も愚かですね』

 まるで人間の様だと、リュシューリアは自らの事をそう感じていた。でも不思議と嫌ではない。何故か心地よく感じる。あの醜く汚い人間と同じだと感じたのに嫌ではない。

 何とも不思議な感覚だった。そしてリュシューリアはロボットを抱きながら呟く。

『私には生物の様な温もりは無い。…それでもあなたは私に温もりを感じてくれますか?』

 愚かな質問だ。そうリュシューリアは自嘲の笑みを漏らす。それに未だ目覚めない相手が応える筈も無く、また判り切った答えだと自らの発言に呆れ続けた。

 それでも思うのです。この鋼の体にも温もりが通ってさえいれば、と。

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