第27話 生き延びたもの達


 同時期、幼いアイラを連れたオリビアは外に居た。ここは十六階層。普段であれば余程の用事が無い限り立ち入らない場所だ。見た事も無いような高級な建造物が建ち並び、避難民は各所に設置されている公園へと集められていた。…ここからは青い空が見える。


 そんな空を見上げつつ、オリビアは芝生の上に腰を下ろしてアイラを膝に座らせていた。未だ辺りには様々な言葉が飛び交い、誰もが不安を浮かべて所在無げにしている。


 そこへ一つの知らせが齎された。藍碧色のロング・コートを着て目元をゴーグルで覆った指令型のダストが避難民達へ知らせに走っているらしい。指令型は安堵を滲ませて叫ぶ。


「皆さんっ! もう大丈夫です。アゾロイド達が撤退を始めました。どうぞ御安心下さい!」


 それを聞いて避難民達がわっと声を上げる。しかしオリビアは堪らず立ち上がり、アイラの手を引っ張りながら指令型の元へと走り寄って行く。そして縋るように問い掛けた。


「…ダスト達は、ダスト達はどうなったんですっ! その中には妹が…シャルルが居るんです。お願いです。ダスト達がどうなったのか教えて下さい。お願いですっ!」


「そ、それは――」


 指令型は口吃り、それに答える事が出来なかった。すると避難民達から悲痛な声が上がり始め、いつしかそれは咽び泣きへと変わっていく。それでも指令型は何も言わなかった。


 そんな指令型の態度を、避難民達は誰も責めなかった。何故ならば、その指令型には片腕が無かったのだ。その為に他の作業が難しく、こうして方々へと報告に走っているのだろう。


 目の前の指令型を責めるのは見当違いも良い所だ。それでも避難民の中には責めずにはいられなかった者達がいたようで、何処からか「何してたんだ」「自分達だけが助かって」と罵る声が僅かに聴こえてくる。それに指令型は何も言わず、会釈して立ち去ってしまった。


 辺りから泣き叫ぶ声が聴こえる中、オリビアは地面に座り込んで自らの顔を両手で覆い隠してしまった。そんな母親の様子を心配してか、アイラが顔を覗き込んで訊ねて来る。


「ママ、どうしたの? どうして泣いてるの?」


「…アイラ」


 そんな娘を抱き締めて、オリビアは「ごねんね」としか言えなかった。アイラの双眸には不安が浮かんでいたのだ。何一つ理解していない訳では無い。きっと状況を理解している。


 そう思うと堪らず、オリビアは泣き続ける事しか出来なかった。こんな風に妹の事も抱き締めてあげていたら。そう思うと堪らなかった。何故もっと優しく接してあげなかったのか。


 シャルルには辛く当たっていた記憶しかない。女の子なんだからもっと淑やかにしなさいとか。女の子らしい喋り方をしなさいとか。ずっと叱っていた記憶しかない。


 何故もっと優しく接してやらなかったのか。何故もっと優しく、何故一度だけでもあの子を抱き締めてやらなかったのか。今更に後悔の念が渦巻く。何もかも手遅れになって初めて。


 オリビアはそんな自分を醜いと感じた。こうして生き延びた自分が汚いと感じた。彼らに守られて生き延びた自分が嫌で仕方なかった。…何故自分達だけが、何故彼らだけが。


 きっと生きている。何故そんな風に思えようか。思える筈が無いではないか。


 そうオリビアは泣き続ける。娘のアイラを抱き締めていつまでも。今はそれ以外に――。

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