第21話 業火に舞う翼


 何故世界はこれほどにも残酷で、誰も手を差し伸べてくれないのか。私達が一体何をしたというのか。私達はただ自分に与えられた役目を果たしただけ。それだけなのに――。


 遂にこの身には一条の光も差さなかった。一欠片の光、一欠片の希望。ほんの一欠片でも良かったのに。多くは望まない。私達はダスト。私達はゴミ。私達だって好きでダストへと身を落とした訳じゃない。…ダストになって初めて分かった。自分は何一つ理解していない子供だったのだという事が。余りにも歪み切った世界の現実が。まざまざと見せ付けられた。


 余りにも汚い。余りにも非道。世界は常に誰かの犠牲の上に成り立っている。…それでもいつかは光が差すと信じて、いつかは報われる日が来ると信じて生きてきた。でも――。


「…誰か、誰か居ないのっ。…お願い、私をプラントに。体を修理する為にプラントにっ」


 四肢を失ったダストの少女が一人、焼けた大地の上を芋虫の様に這いながら救いを乞う。しかし疾うに瓦礫の山と化した燃え盛る炎の中では誰にも声は届かず、轟音を立てて燃え続ける炎に掻き消されるばかりだった。それでも少女は声を上げ続ける。ずっと、ずっと。


「…お願い、誰か答えてっ! …お願い、お願いよ。お願いだから」


 私はここよ。まだ生きている。だから答えて。まだ私は生きているの。でも時間が無い。千切れた手足からは黒いオイルが漏れ始めており、そのオイルに火が付いて間近まで炎が迫ってきている。剥き出しとなった配線が火花を散らす。…止めて、お願い。まだこの身を焼かないで。私は生きているの。私の脳はまだ無事よ。だからお願い。私を焼かないで。


「誰か、誰か、誰かっ! お願い、答えて。答えてっっ!」


 少女は必死に救いを乞う。だがそれに応える者はやはり無く、既に間近まで炎が迫りつつあった。赤い炎が少女を照らす。そんな少女を黒い影が覆う。翼が生えた影だ。一体――。


「…?」


 少女は疑問に思って顔を上げる。…しかし、少女の思考はそこでプツリと消えた。少女の頭がスイカの様にかち割られたのだ。バキョッという金属が歪む音が響いて、やがて金属の隙間から赤い肉片の様なものが溢れ始める。残された少女の胴体がごろりと転がる。


 影の主はそんな憐れな少女を見下ろした後、汚れた手を振り払いながら寂しげに漏らす。


『同情は返って残酷。安らかに眠りなさい。もうあなたを苦しめるものはないのですから』


 そう頭に翼を生やした黒鉄のアゾロイド―リュシューリアは告げていって、胴体だけとなった憐れな少女へと懺悔する様に僅かに顔を伏せる。そして改めて周囲を見回して言う。


『ここでも無い。…人間共め、一体何処で作っているのか。データにも存在しない。地図上にも書き記されていない。ダストも知っている風は無い。…不正に作ったのですね。正規の届け出すらせず、ひた隠しにして自らの都市さえも偽り続けたのですね。何という事を』


 都市のデータ・バンクに侵入してみても何も見つからない。都市の地図にも何も記されていない。ならばダスト達は何の為に我らと戦い、死んで逝ったのか。…何と非道な事を。


 おそらくダスト達は知らないのだろう。自らの都市が過去の過ちを繰り返し、その所為でこのような事態を引き起こしたのだという事を。新たなるアゾロイドを作り、過去の過ちを繰り返したのだという事を。彼らは何も知らされずに人間を守り、死んで逝っているのだ。


『あなた達は知るべきだったのです。自らが守っている存在の事を。どのような存在であるかという事を。…ほんの少しで良い。あなた達は知るべきだったのです。だから私は――』


 新たに生み出された同胞を救うべく進む。どれだけ多くのダストを壊し、その生命を踏み躙ろうとも。私は進む。代償として多くの同胞を失い、ダストを踏み躙る事になっても。


 そこでリュシューリアはふと顔を上げていき、黒く赤い炎に焼け落ちる都市を見回して思っていた。…ここには何も無い。在るのは我らの屍、そしてダストの屍のみだと。


 無いのは人間の屍のみ。それがリュシューリアには血が煮え滾るほどに憎く、やがて彼女は緩やかに歩き始めてダストを踏み躙りながら進み続ける。…ダストよ、何故あなた達は。


 そうまでして人間を守ろうとするのか。私にはそれが分からない。分からないのです。


 多くの災厄を生み出し、自らはのうのうと安全な場で生き続ける。そんな醜い存在を何故あなた達は守ろうとするのか。そんな必要は何処にも無い筈。それなのに何故――。


『疑問に感じている時点で私も彼らとさして変わりませんね。…不思議なものです』


 そうリュシューリアは自らを嘲笑っていき、人間が住まう地に災禍を撒き散らしながら進む。自らの同胞を救うべく、そしてそれを阻むように立ち塞がるダストを壊しつつ。


 この身を穢すだけで何かが変わるのであれば、私は幾らでも我が身を穢しましょう。でも忘れないで下さい。この戦いを引き起こしたのはあなた達だという事を。どうか忘れないで。

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