第27話 AZへの憎しみ

 突然の言い出しに社員たちは互いに顔を見合わせる。


「逃げていいって言ってるの。ただし逃げ切るチャンスは五分間」


 クリスは右から順番に手を縛ってある縄を切り離すと、血で濡れた脚を引きずりながら社員たち全員はゆっくりとこの部屋から出て行った。


「ほーら逃げて。ただし五分後に追いかけるわ。さ、早くしないと死んじゃうわよー?」


「なにをする気だ雫!」


「あの時と同じ再現をしたかったけど、こっちのほうが怖そうじゃない? あははははははははははははははははははは――――――――――――――――言い忘れてた」


 雫は甲高い笑いを突然止め、表情を殺した。そして虎太郎たちを見据えてこう言った。


「あんたたちもだから」


「――っ!」


「わたしねぇ。あんたたち家族が大ッ嫌いだったのよねー。なぜかあの時生き残ったあんたたちがわいわい楽しくやってるの見てさぁ。いつ舌打ちが出ちゃうか怖かったわ。だからこの機会にさ……二人とも死んでよ。来なさい一番」


「なにを言って……雫」


 雫の命令に従い、クリスは虎太郎たちの元にゆっくりと近づいてくる。ヒラヒラとした袖の中から光るなにかが見える。おそらく片山を刺した時もそこから凶器が飛び出してきたのだろう。

 虎太郎は、親友の雫から言われた今の言葉にショックを受け固まっている碧の前に出た。


「雫さん……俺はあんたを助けたかった。誘拐されたと思って心配してたんだ」


「だからなに?」


「それ以上に姉ちゃんはあんたを心配していたんだ。わかるだろ? あれだけ外に出ることを嫌っていた姉ちゃんが今ここにいることがどういうことか」


「そういえばそうね。雰囲気が本来の碧に戻ってる――でも……」


 雫は一拍おき、満面の笑顔でこう言った。


「もともと碧をそうさせた原因はあたしだから。あはっ」


虎太郎の思考が停止した。雫の言っていることの意味が全くわからない。


「ふふっ。実はね、碧ってもともとアースヴィレッジに内定決まってたのよ。でも、わたしが取り消してもらった」


「な、なにを……言ってるんだ雫」


「わたしは人をドン底に落とすためだったらなんだってするわ。そう、なんだってね」


 雫は碧の反応を見て長い笑い声を上げると、虎太郎に視線を変えた。


「あー、虎太郎くんにも今の碧みたいな表情してもらうにはどうしたらいいかって考えてみたの。今両親は遠いところ行ってるみたいだしなにもできなかったけど、近くに蒼穹ちゃんがいるじゃない。虎太郎くんをいじめるには蒼穹ちゃんがもってこい」


「蒼穹になにを!」


「今頃どうなってるかなー。そこにいる試作機たちを何体か送り込んどいたんだけど。試作機って言っても完成版第四世代の六割の力が出せる。たとえ警察とかに預けてあったとしても、まあ無事じゃ済まないわよねー」


 ソニアがまだ到着していないのはそういうことかと虎太郎は強く舌打ちした。ソニアならすぐに到着できるはずなのに、今まで連絡もなしにこれだけ遅れていることにもっと早く気づくべきだったのだ。


 しかし今の雫の言い方では、ソニアがこちら側についたということまでは情報が入っていないと受け取れる。まだ望みはあるということだ。


「あっはははははははっ。いい顔ね虎太郎くん。大丈夫よ、この悲しみも今終わるから」


「雫さん……あんたって人は」


「やりなさい一番」


 クリスが腕を大きく振りかぶった。


「――ッ」


 その時、突然建物に隕石でも衝突したのではないかというほどの強い衝撃が皆を襲った。

 虎太郎、碧、雫の三人は立っていられずに膝をつく。クリスと試作機全機は起立したまま天井のある方向を一点に見つめていた。


「オーナー」


「なによ! 早く言いなさい!」


「A106が――」


 その瞬間、天井が突然砕け、目に見えないほど加速した黒い物体がクリスの立っていた位置を直撃した。

 この衝撃で床は大きくひび割れ、虎太郎たちはこの衝撃で数メートル後方に飛ばされた。


 土埃が舞い咳き込む虎太郎たち。視界がだんだんと良くなっていくと、そこには飛行型戦闘マシン《ゼクスト・フリューゲル》が床に突き刺さり、銀髪の美しい少女が髪をかきあげながら立ち上がっているのが見えた。


「お待たせコタロー、アオイ」


「アルメリア!」


 アルメリアの登場に雫の顔が歪む。


「なんで、なんで六番がここにいるのっ。四番はどうしたのよっ!」


「四番? ミルトニアのこと? それなら――」


「ここに、おりますわ」


 穴のあいた天井からか細い声が聞こえ、皆は顔を上に向けた。


「申し訳……ございませんオーナー。わたくしは……」


 右腕をおさえながら飛び降りてきたのは、衣服がボロボロになったミルトニアだった。


「あんたなんでっ。もう動けないんじゃ」


「あそこで倒れていては、オーナーに顔向けできませんわ。あなたを……倒すま――」


 言い終わる前にミルトニアは力尽き、受身も取れずに倒れた。


「チッ。あーあーあー。ほんっと使えないわね。もうただのゴミだわ」


 そう言いながらスーツに付いた土埃を払う雫をアルメリアは睨んだ。


「あんたがこの子たちのオーナー?」


「そうよ」


「自分勝手に利用して、それでも忠実に従ってくれた子たちのこと、なんとも思わないの?」


「はっ? 思う必要がないわ。ただの機械だし、それに〝AZ〟はわたしにとって世界で一番憎い存在。壊れようがなにされようが別に関係ない。ああそうそう、わたしが作った痛覚プログラムすごいのよ? 三番が最初言われたこと守れなくて痛めつけたときの顔は最高だったわ。気づいたら動かなくなっちゃったけど」


「じゃあ、あいつは」


「どっかのゴミ箱」


 三番――つまり最初に虎太郎が出会った紅い髪の幼い少女型〝AZ〟ダリア。NMTが来たことにより帰ってくれたが、まさかその後そのようなことが行われていたとは知らなかった。 

 その時虎太郎はソニアがアルメリアと戦っていた時に叫んでいた内容を思い出した。



 ――わたしは! あなたが起動しオーナー登録した時点で本当は任務を失敗してるんです! これじゃ、これじゃあ――〝今度〟はわたしが壊されてしまうッ――



 ソニアはあの時自分がダリアのように壊されることを怯えていたのだ。

 第四世代に痛覚がなぜあるのかようやく理解できた。あらかじめ備わった機能ではなく、すべては雫の〝AZ〟に対する憎しみからできたものだった。

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