第25話 制裁

「これはっ……」


 虎太郎は思わず声を上げた。壁一面に静かに目を閉じ佇む人、いやこれは人ではなくおそらくアンドロイドだろう。同じ外見を持つ少女型アンドロイドが目視できるだけで一〇体以上。


「雫!」


 次に声を出したのは碧だった。少女型アンドロイドたちの頭上には、壁に三メートルずつ間隔を置いて吊るされた男女が八名。その中の一番左の位置に藤田雫がいたのだ。しかし碧の呼びかけに反応する人質は誰もいなかった。皆顔を下げ目を閉じ、気絶しているようだった。


 そして見覚えがある人物がもう一人。雫の右隣で眠っているアースヴィレッジ代表取締役社長〝片山 劉玄りゅうげん〟。


 テレビで何度か見たことがある人物。本物を見るのは虎太郎、碧共々初めてだったが、スキンヘッドでラグビーやプロレスでもやっていたかのような、がっちりとした体格。さらに特徴のあるその厳つい顔はその人物で間違いないだろう。


「雫さんも……! やっぱり捕まっていたのか」


 虎太郎が動こうとしたその時――ひやりと冷たいなにかが首筋に当たった。


「――っ」


 見えないがおそらくナイフだろう。強めに押し付けられ、振り向くとその動きで首が切れそうなので、目だけでなんとか後ろを確認しようとするが、


「動かないでもらおうか」


「あんたは……」


 聞き覚えのある男性の声だった。数回会って話したこともある人物。


「よく来てくれた美島虎太郎くん。歓迎するよ」


「片山……郷剣!」


 クスッと鼻で笑う音が聞こえてくる。


「姉ちゃんは!?」


「大丈夫だ虎太郎、手足が動かせないが」


「動かないほうがいい。オーナーが怒る」


 碧はクリスに両腕を身体の後ろでロックされ、膝をついた状態で動けなくなっていた。雫の姿に気を取られ、この場にオーナーがいるということが頭から離れてしまったことを深く後悔した。


「あんたが今回の一件の首謀者なのか?」


 しかし片山は答えない。


「どうなんだよ!」


 虎太郎は苛立ち、つい怒鳴り声をあげる。すると片山はゆっくりと口を開いた。


「AnN全試作機、起動」


 すると先程まで壁際で佇んでいた少女型アンドロイド全機が目を開け、背筋を伸ばした。 

 彼女たちは、アルメリアが最初に着ていたスーツの色違いのようにも見える、白いエナメル調のスーツで身を包み、そのまま命令を待つようにじっとしている。


「制裁を……始めよう」


 虎太郎は目を見開いた。片山の合図と共に、吊るされている八名の前にそれぞれ立っているアンドロイドが振り返り、腰にさしてあった五〇センチほどの長さの細い剣を抜いた。


「ちょ、ちょっと待てよ! なんなんだよ制裁って! あれはあんたの父親じゃないか。それに雫さん……雫さんがなにしたって言うんだよッ!」


 虎太郎があの時電話で言われ一番気になっていたこと――それが〝制裁〟だった。制裁とは罪を犯したものに対する罰だ。あの八名が一体なにをしたというのか、なにに関わっているというのか――虎太郎や碧にはさっぱりわからなかった。


「大きな罪を犯したものには……それ相応の対価を……」


「だから罪って――」


 虎太郎の問いかけに答えることなく、片山はゆっくりと腕を振り上げ、勢いよく下ろした。


「あああああぁぁああああっああああああああああああああああッ」


 碧は目を背け、虎太郎もその光景に唖然とした。


 一番右側でぶら下げられていた四〇代くらいの男性が悲鳴をあげている。見ると左足に先ほど抜かれた細い剣が突き刺さっているではないか。一〇秒ほどの長い絶叫の後、少女型アンドロイドの一体が無表情でそれを勢いよく引き抜いた。


「な、なに……してんだよ、これが……制裁?」


「これでは終わらない」


 続いて隣の五〇代くらいの小太りの男性の前にいる少女型アンドロイドも、同じように剣を逆手に持ちかえ振り上げる。その瞬間虎太郎は目を背けた。


 すると先ほどよりも短めの絶叫が耳の中に突き刺さってくる。耳を塞ぎたくなるが手を動かさすことが許されない虎太郎と碧にとって、それは拷問に等しい。大人の痛がる様を見せ付けられるほど嫌なものはないだろう。


 さすがにこれらの叫び声を聞いて、他の気絶していたアースヴィレッジ社員たちは次々と目を覚まし短い悲鳴を漏らす。しかし雫や片山劉玄はまだ気づかない。


「な、中村さん! 遠藤さん!」


 右から四番目にぶら下げられている四〇代くらいの女性が震える声で叫んだ。


「だい、丈夫だ」


 最初に刺された中村という男性が答え、隣の遠藤も同じくという意味合いで頷いた。しかし足は動脈を傷つけたのか血が溢れ出しており、放置しておくのは危険だと誰でもわかるような状態だった。


「やめさせろよ片山さん! あの人達がなにをしたかは知らないけど、こんなこと許されることじゃない!」


「これは君にも関係のあることだ。虎太郎くん、そして碧さん」


「なんだって」


「彼らは〝あの事件〟のすべてを知っている」


 この瞬間、理由はわからないが、虎太郎は片山のつきつけるナイフから解放された。同様に碧もクリスによる腕の拘束が解かれた。このまま片山に少女アンドロイドを止めさせるよう襲いかかることもできたかもしれないが、虎太郎は片山の話をそのまま聞きたいと思ってしまった。


「〝あの事件〟って、まさか」


「その通り。七年前に起こった――アンドロイドによる殺人実験だ」


「殺人……実験」


 碧がぼそっと呟く。虎太郎は黙って続きを待った。


「アンドロイド博物館の館内にいるアンドロイドにウイルスを流し込み、倫理プログラムを書き換える。そして人を襲うことができるかどうかの実験だった」


「ウイルスだって? でもそんなものどうやって」


「そうだ、あの時」


 碧は思い出したように頷く。


「変な音がスピーカーから流れてきたんだ。その瞬間からおかしくなった」


「そのとおり。その音が原因だよ」


「でもあの時おかしくなったのはうちのと……直接は見てないがもう一体だ。あれだけの数がいる中で何故その二体が選ばれたんだ?」


 碧はそう片山に問いかける。あの時見た限りだと、展示されていた他のアンドロイドは特に変わった様子は見られなかったはずだ。


「我社が開発した第三世代アンドロイド〝AZ〟に対する実験だったからさ。当時の〝AZ〟はとても高価だった。現在とは違い手軽に購入できる額ではない。だから博物館にアンドロイドを連れてくることを許可し、〝AZ〟が来るその時を待っていたんだ」


「まさか、一般人を最初から巻き込むつもりだったのか!? どうして!?」


 虎太郎の問いに片山は「自分が殺されてまで実験する研究者は残念ながらいなかった」と軽く受け流した。


「ネットワークに繋がっている個体に関しては直接クラッキングによって書き換えができる。しかしあの時いた〝AZ〟二体はどちらも初期ロット。ネットワークには家庭でしか繋ぐことができないモデルだった。よって念のため作成されていた音による倫理プログラムの破壊実験も兼ねて殺人実験は執り行われた。正直言うとこちらの方法のほうが試してみたかったようだ」


 さらに続ける。


「数名の犠牲者を生んだが実験は成功。この時点ではターゲットを絞ることができないにしても、無差別に人を襲うことはできた。研究者はそれはもう喜んだそうだよ――そう、あの人たちがね」


 片山が体と視線の向きを変える。その方向には八名のぶら下げられた男女が。そしてとうとう三人目の絶叫がこの空間をこだました。


「あの人たちに質問はあるかい虎太郎くん」


 虎太郎は質問事項など考えることなどできなかった。自分たちがあの時どれほど怖い思いをしたか。そして――どれだけ大切なものを失ったか。今は怒りという感情を持てばよいのか、それ以外に違う感情を持てばいいのか、よくわからなくなり混乱した。


 ぐるぐると頭が回っている間に四人目から六人目が皆同時に同じ目に遭わされていた。虎太郎はその悲鳴にハッとする。そしてついに七人目――片山劉玄が目を覚ます。


「郷剣……貴様は――ぐあっああああああぁあぁぁああ!」


「これで七人……次は」


 片山の視線が父の劉玄から雫に移ると、


「片山」


 突然発せられたクリスの言葉に虎太郎は振り返った。


「ここまでなの」


「……そうか」


 虎太郎は首を傾げる。一体なんの話だろうか。


 片山はふうっと長く息を吐き出すと、虎太郎に目をやった。そして――

「虎太郎くん、すまなかった――――――――すぐに逃げてくれ」


「え?」





 ――その瞬間、片山の腹が細いなにかで貫かれた。

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