第19話 ショッピング

 ボロボロのスーツで出歩くと目立つと考えていた虎太郎だったが、実際にはそうでなくても目立っていた。


「くそ、こんなことなら外になんて出るんじゃなかった」


「みんなコタローを見てるの?」


「違う、お前だ」


「なんで?」


「なんでって、それは……」


 外に出るための応急処置として、アルメリアの外出用の服は後堂の〝AZ〟から借りた。サイズが違うので少し不格好になったが、人物の素材がいいのでなにを着ても似合う。だから街を歩くすべてが振り返るような美貌を持つアルメリアの隣を歩く虎太郎はただ恥ずかしいだけだった。そう言う虎太郎自身も背は高く大変整った綺麗な顔立ちをしているため、この二人が並んで歩くのを街の人々皆が見とれていた。


「とにかく服だ服。買ったらすぐ帰るぞ」


「はーい」


「といっても俺もここに来ることあんまりないしな。どこがいいか……」


 数えられないほど様々な店が溢れかえっているこの街は、当然服屋は巨万と存在する。虎太郎は頻繁に服を買うことがないため、この辺りの店についての情報はない。どこが若者向けの服屋なのかがわからなかった。


「お、あそこ良さそうだな」


 見つけたのはテレビなどで見たことがある一〇代から二〇代の女性に人気のショップだった。とても大きく平日でも客は多いため、男女で入っても問題無さそうだ。


「行くぞ。……っておい」


「待って……」


 アルメリアは虎太郎の少し後方で立ち止まっていた。そして道沿いにある小さな公園をじっと見ていた。こんな都会になぜあるのか疑問を抱くような、ブランコと砂場しかない――そんな小さな公園だった。虎太郎は軽くため息をついてアルメリアの元へ戻った。


「なにしてるんだよ」


「ううん。なんか……」


「は?」


「やっぱなんでもない。行こっコタロー」


 アルメリアは虎太郎の背中を押し先へ進んだ。虎太郎はその際公園を見ながら歩き出したが、特に違和感などは感じなかった。




 

 店内ではやはりアルメリアはほぼ全員の客に見られていた。モデルかなにかだと思われているのだろう。


「恥ずかしいから早くしろよ。好きなの買ってやるから」


「ホントに? わー、どうしよ」


 秋物の様々なタイプの服があり、アルメリアはそれに目移りしているようだった。服に悩むその姿はまさに人だった。それがまさかアンドロイドだとは誰も思わないだろう。


「これは?」


「あー、いいんじゃないか」


「ちゃんと見てる?」


「見てる見てる」


 気に入った服を体に当て、くるりと一回転。それだけの動きにも華があり、通り過ぎる客もその姿を見るために立ち止まっていた。すると若い女性店員が笑顔で近づいてきた。


「お似合いです、お客様」


「そう? ありがと」


「ええ、とても綺麗ですよ。よろしければそれに合うパンツかスカートもお探ししますが」


「いい? コタロー」


「ああ。じゃあお願いします。こいつ服のことなにもわからないんで」


「かしこまりました。ではご案内させていただきますね」




 それから結局一時間ほど試着を繰り返し、ソニアの服を数着と、更には弟としての気遣いで碧の服も買い、計一〇万円分ほどの買い物を行った。そして会計を終えると逃げるように店を出た。


「お前なあ、好きなの買ってやるっていったけどこれはダメだぞ……。普通の高校生なら破産してる金額だ……」


「そうなの? てか破産って?」


「はぁ」


 高性能AIでも金の価値はよくわからないらしい。虎太郎はネクケーの電子明細を見て長いため息をついた。割りと裕福な育ちをしてきた虎太郎であったが、一〇万という額はさすがに胸が痛くなった。


「帰るぞ」


「うん。ありがとコタロー、楽しかったよ」


「そりゃどうも」


 買った服をそのまま着たアルメリアの歩きは、どこか弾んでいるように見えた。

 帰り道のこと、先ほど通り過ぎた公園を通った時にそれは起きた。


「うっ」


「――っ。どうした!」


 突然頭を押さえ、立ち止まったアルメリア。さすがの虎太郎も心配になりすぐに駆け寄った。

「なんか……映像が流れてくる……」


「映像?」


「子どもが、一人……こっちを見て、手を振ってる」


 鮮明ではないノイズまじりの映像がアルメリアの中に流れこむ。わかるのは屋外で小さな子どもがこちらに向かって手を振っていることだけ。それ以外はよくわからなかった。


「大丈夫か?」


「……うん」


「なんだったんだ一体」


「わからない。わたしはこの前起動したばかり、あんなものを見たことはないよ」


 アルメリアが起動されてからまだ二日。外に出たのは初めてのはずだが、何故いきなり覚えのない映像が流れてきたのか――


「落ち着いたなら、とりあえず大学に戻るぞ」


「ん……」


 アルメリアは歩き出す時にもう一度公園を見た。そこでは母親と幼稚園児くらいの小さな男の子の二人がブランコで遊んでいるだけだった。あそこになにかあるのだろうか――もしくはなにかあったのだろうか。胸の部分をきゅっと握った。

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