【日常】宮雨才史【お正月の話:七】


                    ◇


 昔、かがしに泣かれたことがある。

 まあ泣かれたり泣かされたりしたことはどちらも何度かあるのだけれども、特に記憶に残っているのが二件ある。

 一つ目は小学四年生の時の話。

 教室に忘れ物をしたのを思い出して取りに戻ったら、そこに半裸のかがしがいた。

 女の人がつけるというブラジャーを初めて意識したのは、確かその時だったはずで。

 そのあとの学級会のことは思い出したくも無いので割愛する。

 そしてもう一つが、去年の春の終わりのことだ。

 あいつが急に学校を休んで、見舞いに行っても来ないでって叫んで、無理矢理部屋に押し入ったら、そこに半裸のかがしがいた。

 あいつがクウェンディ症候群で人蛇になってたのを知ったのは、確かその時だったはずで。

 多分、どちらも泣いた理由は同じのはずだ。

 変わってしまった自分の体を意識されるのが嫌だったんだろう。

 今じゃ気にせず街にくりだせるぐらいにはなったけれども、それでも時々視線を気にするようなそぶりは見せていて。


 さっきの記者らしき男。あいつがやったことはその傷口を抉ることだ。

 かがしは泣いていなかった。けれども俺は許せない。そもそも幼馴染に不埒な真似をされて許せる男がそうそういるか? 俺はいないと考えたい。

 だから。


「追い……ついた!」

「なんだい、さっきの少年クンか。どうしたの? 君も雑誌に載りたいのかい?」


 先ほど蹴りを入れたことなんて記憶に留めてもいないような顔をする男。

 すぐにでも蹴り返したくなるが奥歯を噛んで我慢する。


「そういやさっきは気づかなかったが君のその耳……ふぅん。

 蛇巫女に比べると面白みが薄いけど、セット記事にするならアリかもなあ」


 こっちを値踏みするようにじろじろと睨めつけてくる。くそ、視線が気持ち悪い。


「ねえ君、さっきの蛇巫女の彼女と幼馴染と言ってたけど付き合ってるの? 告白はどっちからした? 初めてのキスはいつどこで? えっちなことは週何回やってる?」


 ……こいつは、だめだ。

 自分の聞きたいことだけを一方的に捲し立てて、それでいいと思っていやがる。

 特に取材を申し込んでおきながら名前で呼ぼうともしないその根性が特に気に入らない。

 相手が人間であるということを、これっぽっちも考えていない……!


「力づくでいい、さっきの写真は絶対に消してもらう!」

「へー、ふーん、暴力振るっちゃうんだー。最近の子供は切れやすいねー」

「一体それをどの口、でっ!」


 人をバカにしきった態度に怒りながら、体をひねって殴りかかる。

 けれど拳は宙を切り、代わりに、


「ふっ」


 つま先蹴りのカウンターが俺の腹部にモロに入る。

 一度目よりもさらに深く重く、さっき食ってたタコ焼きを吐き出しそうになる。


「がっ、はっ……」

「あーりゃりゃ、乱暴だねえー。けれどもその程度で大人様に逆らおうってのが甘いんだよ、クソ坊主!」


 そして背中に強い衝撃。

 突き刺さるような感覚からして、おそらくは肘打ち。

 痛みに立っていられなくなって、そのまま地面に崩れ落ちた。

 更なる追加の衝撃が背中に走る。踏みつけられた。

 ちくしょう……格好つけて出ておいて瞬殺かよ……

 痛みと情けなさで泣きそうになる。というか止められずに涙が漏れていた。

 そんな恥ずかしい姿の俺を保存しようとするように、カメラのシャッター音が響く。

 真上ではなく、少し離れたところから。


「『現役ジャーナリスト、少年相手に暴行を加える』。だいぶ不謹慎なタイトルの写真が撮れましたがどうでしょうか、盾祭様」

 まあ貴方の普段ほどではありませんが。と吐き捨てて、カメラを下ろしたその姿は、

「メイドさん……?」

「どうも宮雨様。剣月邸メイドのベルヴァレイにございます。

 遅れて申し訳ありませんが助けに入らせてもらいましょうか」


 メイドさんは一礼し、手にしたスマホをひらひらと振った。


「聞けば名賀様の不埒な写真を撮り、それを脅迫に使おうとしたとか。大変卑劣な行いであると申せましょう。それだけにとどまらず一般市民への暴力。これはもはや倫理の崩壊、警察等に訴えるべき悪行であるといえますでしょう」


 そしてスマホの画面をポチポチするメイドさん。


「待て、やめろそれは……!」

「やめません。要求できる能力を有しているとお思いですかそもそも。

 私は善良な一般市民、そちらは現行犯で犯罪人、存在の比重を考えなさい。

 ──というところですが通報は勘弁して差し上げましょう」


 代わりに、


「先ほど撮影した暴行現場のこの写真を、匿名でネットにあげてみましょうか。

 さようならジャーナリスト人生。こんにちは一般市民の正義感の槍玉にあげられる生活。

 因果応報感が漂って正直お似合いの末路だと思うのですがいかがでしょうか」

「こっ……この悪魔!」

「はい。そうでございますが何か要望苦情抗議賞賛などございますでしょうか。

 貴方様の人生を終了させるまであとワンタップというところでして早く押したいのですが」

「わかった、わかったから許してくれ! 写真は消すから! 謝る! この通り!」


 すごい……完全に手玉に取っている。

 暴力でどうにかしようとした俺や盾祭とは大違いだ。


 その後も盾祭はメイドさんから主導権を取り返すことはできず、散々弄ばれた末に写真を消した上で逃げ帰って行った。

 最後に残していった捨て台詞は「覚えてやがれ」。なんとも小物らしいというか今時漫画でも言わないセリフというか。


「大丈夫ですか宮雨様。肩をお貸ししますが」

「わあいメイドさんに合法タッチ嬉しいなー、みたく言えたらいいんですけどね。

 今回ちょっとダメージが大きいんすよね……」


 肉体的ではなく、精神的に。

 かがしを守って飛び出してみたはいいけれども、結局手も足も出ずボコられた経験はこれで二回目なワケで。

 一度目は相手が超常の存在だったからだけど。

 今回は一般的な人間だったから、言い訳一つ効かなくて。


「格好悪いっすよね、俺……」

「いえ、そんなことはないかと思われます。

 そもメイドさんのような超人ならざる人間、何事も上手くいく方が稀でございます。

 それでも挑戦するのが人間という生き物の美徳なのではないかと。そう私は思います故。

 三度目の正直、七転びすれば八起きとも言いますし、満足できる一度が手に入るまで繰り返し続けてもいいのではないかと」

「メイドさん……!」

「まあ二度ある事は三度あるとも申しますが」


 オチをつけられた。


「さあ、帰りましょうか宮雨様。

 己が恥と思うことでも、案外人は認めてくれたりするものです」


                    ◇


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