【あとおき】【そして年の暮れと続いて行くA HAPPY NEW YEAR】
◇
「やあおかえり鮎川くん。思い悩みの結果は結局どうなったのかとても気になる所なんだけども、その表情だとどうもあんまり気持ちいいものではなかったようだね。けれどそれでもボクは遠慮せず追求をするつもりだから、どうぞ何があったか話しておくれよ」
今日も今日とて居候の人魚姫は、質問をするのに容赦がない。
ぼくの気持ちをある程度想像してそれを披露した上で確認をして来るのだから、非常にたちが悪いと言える。
「――あんまし」
あの後、二人だけの世界に入り込んだ飛倉さんと剣月さんは、割り込む隙を完全に見失ったぼくと委員長を置いて帰って行った。向かった方向は登りだったので、多分今夜は剣月さんの家で一夜を明かすのだろう。おそらくは一生のものとなるような思い出を作って。
取り残されたぼくたちはなんとなくバツが悪い思いをしながら、言葉少なくそれぞれの家へと帰って行った。委員長の耳がしょげて倒れていたのが帰路の記憶に残っている。
結局、今回の騒動でぼくが果たした役割は発端になってしまったことぐらいで、それ以外何も出来ていない。飛倉さんを引き戻したのはほぼ全てが剣月さんの功績で、途中からはただの背景もいいとこだった訳で。
罪悪感に駆られてそうした訳ではないけれども。
対価を得るためにそうした訳でもないけれども。
あの思い悩んだ時間は、一体何だったんだろうと考えたりもしてしまう。
「くく、一体何を悩んでいるのかな鮎川くんは。キミの思考はキミだけのもので徹頭徹尾キミの中だけで完結する。外から何かを取り込んだとしても出ていくようなことはない。結果がついてくるのはその思考から発せられた行動に対してのものであって、キミの思考とは関係ないだろう。つまり、キミにとっては十分以上に意味があったと思えばいいさ。ボクとしては鮎川くんがだんだんと自由意志を獲得しつつあるのは見ていて面白いことだからほどほどのとこまでは歓迎してあげるつもりだぜ?」
「はぁ」
「……それにしても遊びではなく伴侶にすることを決意するなんて、彼女はそんなに少女に本気だったのか。まあ眷月は血縁ではなく流血縁で繋がる一族だ。次代に生物的な繁殖が望めなくとも最悪素質がある者を見繕って噛めばいい。確か今代の当主もそうやって一族入りした男だったはずだしね。くく、ボクを失って先がない憂里機関の連中が悔しがりそうな話だなぁ」
「……?」
相変わらず憂里の独り言は何を言ってるのかよく解らない。
おそらくは解る必要もないのだろう。憂里みくにが知っている世界とぼくの知っている世界は今のところたいして交わりもせずに続いている。今後もそうであってほしいと願う。
だから、解らないことは気にしないことにしておいて、解っていることに手をつけよう。
机の上に出しっぱなしにされている受話器を取る。
適当な番号をプッシュして、外線ボタンを強く押し込む。
どこにも繋がらないはずの電話はしかし、すぐにクリアな音になって。
『やあ、クリスマスパーティはどうだったかい? 鮎川羽龍』
「そんなことより、今回も黒幕はきみだよね。真性怪異フォークロア」
尋ねる。それはただの答え合わせに過ぎないけれど。
その問いかけにフォークロアは、悪びれもせずにそうだよと応じて。
『俺も俺なりにクラスメイトの心配はしてるんでね。いい機会だと思って恋人同士が素直になれるように後押し一つしてみようかとさ。コンプレックスが解消できてよかったじゃないか』
「……それ、本気で言ってるのかな」
『俺はいつでもいつも本気で生きてるぜ? そもそもがそういうものであるための真性怪異フォークロアだ。レゾンデートルは果たさなければ嘘だろう』
「…………」
『私は彼女が大好きだ。好き好き好き好き愛している。彼女の隣に居続けたい、それもできれば永遠に。けれど私は嘘つきだ。偽物で紛い物でイミテーションだ。彼女と決して釣り合わない、路傍の石と大差ない。嘘がバレたら破滅する。この楽園は崩壊する。軋む吊り橋。砂上の楼閣。爆弾で遊ぶ自殺遊戯。そんな不安を抱えて生きるその辛さが解らないとは言えないだろう、鮎川羽龍、キミだけは?』
「……半分ぐらいは」
イミテーションが抱える不安は確かに、ぼくが抱え続けていたものだけれども。
半年前のあの夏の日に、彼に出会うまで恐れていたことだったけれど。
そしておそらくは今もまだ。
「けれど、」
『けれど何だい? また誰かが死んでたかもしれないと、そんなイフでも語る気かい?』
「…………」
『俺だって馬鹿じゃない。一度してしまった過ちは繰り返さない。こちらに引き込む相手は性格や渇望を考えて今まで以上に吟味している。まさかの事態も考えて俺の仲間の見張りだってこっそり近くにつけていた。ちょっと窓の外を見てみろよ、鮎川羽龍』
言われて、顔を横に向ける。
窓の外の夜闇の中、誰かが手を振っているように見えて。
具体的な形を見通そうと目を凝らした瞬間に、しかしその影は消え去ったけれど。
『何かが起きそうになる前に止める準備は十分だ。これでもなお何か言いたいことが?』
「…………」
『そもそも吸血鬼が致死量の血を吸い取るまでに何分間ぐらいかかると思ってる? 流体力学の研究によると大体十五分以上、行動不能になる量だって約六分だそうだってさ。真性怪異だって権能外の物理現象は管轄外だ。吸血行為で人を殺すのは実はこんなにも難しい。
実際に出た被害だって多少貧血になった人が出ただけで、そんなこと日常の中で生きていればすぐに埋もれて忘れる事態にすぎない。一つのカップルの恋が成就するのに比べたら、その程度のことは些事だろう』
「……けど、」
『けど? けど一体何だと言うんだい?
もう一度言う、俺だって俺の知り合い達のことは俺なりに案じている。幸せになってもらいたいと思っている。思い悩みのその果てが、報われて欲しいと願っている。
そして出来れば、世界中の
いいかい、
『世界には日常がある限り続き続ける悩みがあって、日常が続く限りは抜け出し得ない苦しみもある。日常そのものが痛苦である人間は存在する。それの否定は出来ないしさせもしない。
そして非日常が訪れなかった場合、その地獄は延々と続き続けるんだ。さもなければ取り返しのつかない形で破局するんだ。大抵は死かそれと同義の何かを以って。
俺はそんなのはごめんだね。見ていられない。看過できない。許せない。
見過ごせないから、救ってやりたいと切に願う。
真性怪異なら、劇的なら、非日常ならそれが出来る。
日常を破壊する一撃を持って、永遠に続くと錯覚しそうな拷問車輪を止められる。
街を歩く塵の欠片達にも、システムを廻す歯車達にも、何が幸福かも忘れてしまった灰色の男達にも成し得ない、これが俺の贈れる形のプレゼントだ。
それとも何か? ずっと秘密を抱えたまま、負い目を抱え続けたまま、破局の危機を孕んだままで付き合い続けているべきだったというのかい、鮎川羽龍?』
「…………」
フォークロアの言うことは確かに正しい。
正しいけれどもだけど――
答えなんてものは出ないまま、電話は切れて時間は過ぎる。
◇
そしてまた次の日の朝が来る。
クリスマスを過ぎた十二月二十六日は、今年最後の登校日。
出て来るかどうか心配だった飛倉さんは、今日は普通に登校してきた。
ただし、剣月さんと手を繋いで、幸福の絶頂みたいな顔しながら。
「ねえ宮雨ー、今日のあの二人、なんか凄いラブラブオーラ放ってない?」
「ん? いやかがしさん、それいつものことじゃね?」
言われてみればその通り。
結局ぼくの日常が何か変わりそうかというと、別に何もなさそうだった。
そもそも今回起きたこと自体、いつ壊れるか解らなかったものが危うく壊れる危機になって、それが壊れず逆に固まったという話であって。
それ自体はぼくの望むところで、そしてずっと続いて欲しいことなのだが――
「…………」
フォークロアの言っていたことを思い出す。
非日常の効用。
一歩背中を押し出すもの。
自殺遊戯の日常からの脱出手段。
その有用性を認めるようで、なんとなくそれが癪であって。
「……偽物、じゃないんだよな」
いつもの口癖一つさえ、うまく言葉にできなくて。
……話題を変えよう。
昨夜の戦いで燃えたコートと制服は剣月さんが新品をくれた。
ありがたいことではあるけれど用意するのが早すぎるとかなんでサイズを知っていたのかとか色んな疑問が尽きないが、彼女のことだからそれを気にするだけ無意味だろう。
あと、校庭の戦いの爪痕も綺麗さっぱりなくなっていたことをそれとなく話題に出してみたところ、意味深なウインクを返してくれた。
彼女は神様ではないと言っていたけれど。
それでもぼくからみれば、十分以上に超人めいてる。
ついでに彼女以上に超人めいたあの悪魔のメイドさんもいることだし、彼女たちにとっての不可能の線引きというのは一体どこに存在するのやら。
あと語るべきことといえば、飛倉さんからぼくへ向けての感情のことか。
失言から始まって言葉責めしたり戦闘したりと色々やってしまったから、印象だいぶ悪くなっても仕方ないかという思いはあった。クラスメイトの中に険悪な相手を作ってしまうのはこの先の日常に支障が出そうだけども、それも自業自得と諦めて。
だから。
「んー、あー、えっと、昨日のことなんすけど」
向こうの方から切り出されたのには、きょとんとする他なかった訳で。
「……えっと、何かな?」
非日常のことは知らなかったと誤魔化すべきか一瞬悩み、思わず普通に応じてしまった。
飛倉さんはきょろきょろと辺りを見回し、こちらに視線が向けられてないのを確認して、
「――ごめんっ」
勢いよく頭を下げた。
「えと、一体どういうことかな飛倉さん」
どちらかといえば、謝るべきはぼくの方な気がしなくもないのだが。
こういうのは、先に原因を作ったほうが悪いことになるものらしいし。
「や、結構派手にやってしまったから、頭は下げといた方がいいかなと思って」
「ぼくとしては、別に嫌われてても構わなかったんだけど」
原因がこちらにあるというのなら、自業自得と諦めるのもしょうがないと。
そういう覚悟も一応は持っていただけに、少々毒気を抜かれてしまう。
「いや、できればそれは私も困るんすよね」
「……?」
「だって鮎川君、まおりと委員長の友達じゃないっすか」
今度こそ、ひときわ大きな感嘆符を得た。
友達、友達、友達、かぁ。
思えば委員長が楽しげに言ったその一言にモヤモヤを覚えていた訳だけども、なんだかそれに、嫉妬を感じていたようなのだけども、ぼくと彼女たちの関係も、周りから見ればそう呼べるものなのかと意外を得て。
「私の大事な人たちと仲良いから、私もその人とは仲悪くなりたくはないんすよ。
……こんな打算で頭下げるなんて、やっぱり憤慨するっすか?」
「……いや。うん、ぼくとしては、そのぐらいの方が解りやすい」
多分ぼくも、謝るならば同じ目的でやるだろうと。
あの二人を友達と定義したなら、きっとそれをしていただろうと。
なぜだか素直に思えたから、ならばやらねば嘘だろう。
「ぼくの方こそ――ごめん」
その一言を聞いた飛倉さんは、なぜだかくすりと少し笑んで。
「ところで鮎川君に聞きたいことがあるんすけど」
「……ん? なに?」
「キスマークつけて帰ったら怒られる相手って誰っすか?」
……なんでそんなところを覚えてるのかな?
とりあえず、なんとか黙秘することには成功した。
◇
年末の最終登校日という日常はこうして過ぎていき、冬休みという次の日常が来る。
長いお休みがやって来るけど、やりたいことがある訳でもなく。
果たしてどうして過ごしたものかと、そんな問題を考えながらの帰り道。
「あのっ、鮎川君」
「……何かな、委員長」
隣を歩く委員長から、突然の問いかけを投げられた。
はて、果たしてなんの話をする気だろうか。
まさか委員長まで昨夜の軽口を覚えてて聞き出すつもりじゃあるまいな。
「一月一日、何か予定が入ってたりはありますかっ。実家に帰ってのんびりするとか、どこか旅行に出かけるとかっ」
「いや、そういう予定は別にないけど」
実家に帰るも何も、鮎川羽龍の家族と過ごしたところで、特に意味などないのだし。
そもそも、あの人魚姫の世話を放置して旅行に行くのも無理がある。
という訳で冬休みのカレンダーは完全白紙。そもそも何かが書かれてる方が少ないが。
「それで、一体どんな話なのかな」
「えと、初詣とか、一緒に行ったりしませんか?」
「…………」
「名賀さんが巫女舞今年もやるそうなので、一緒に観に行きたいなって」
そう言えば、そんなイベントが残ってた――いや、待ち構えているというべきか。
今年が終われば新年が来る。それは当たり前の常識で。
そもそも年なんて人間が決めた程度の区切り。
世界は自然に当たり前のように連続性を保っていて、解りやすい終わりなど来るものか。
「あの、ダメです、か?」
「……いや、そういうのもあったなあって」
軽く息を吐く。
「それは昼と夜どっちの話かな。それともたまには昼に人目につく場所でってお誘い?」
問いかけに、委員長は苦渋の決断といったような泣きそうな顔で唇を噛んで、
「…………っ、人の話でお願いします……」
「了解」
「新年明けたら電話しますからっ」
別れ際、委員長はそう言って手を激しくぶんぶんと振って。
なんとなく、口端がほころんでいることを自覚した。
面倒だと思っていた非日常をなぜか心待ちにしている自分に気がついて。
「――偽物のくせに」
ぼくは大きく息を吐いた。
◇
【To be Continued……】
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