【非日常】飛倉ちぎり【真性怪異ヴァンパイア 壱】

                    ◇


 恋って一体なんだろう。

 少年少女の永遠の疑問に、私はこう回答する。

 世界人類百億人、星の数ほど数多の中から相手に自分を選んで欲しいと。

 彼女に拾ってもらう夢、その為ならばなんでもしよう。

 贈り物でも自分磨きも愛の言葉を囁くのも、徹頭徹尾はその為で。

 自分という捧げ物が彼女の心へ届くようにと、全身全霊全てを込めて。

 彼女が味わう私のキスを、美味しくなぁれと育て上げる。


 そう、恋とは自分を相手に捧げる気持ち。

 あらゆるものを差し出して、余すとこなく献上し、一滴残らず彼女のものに。

 心も体も愛情も血液も、そして果てには、命でさえも。


                    ◇


 葉桜も散り、幽玄の名残も無くなる春の終わり。

 私はその日もいつもと変わらず、退屈で虚無的な日々を送っていた。

 朝起きて。学校へ行って。家に帰って適当に音楽でも聞いて時間潰して夜に寝る。

 お金が貯まった休みの日には、CDショップに買い物に行く。

 不満はないんだけど満足もない。

 潤いに欠けた乾いた日々。

 今日も、明日も、来週も来月も来年だって同じような毎日を送るんだろうなとそんな諦観に似た確信があって、そんなおぞましい未来から目を反らすのに必死になっていた。

 隕石が落ちてくるだとか海の底から怪獣が蘇るだとかそういった終末的光景に想いを馳せて憧れて見たりはしたけども、そんな物語のような悪趣味が起きるだなんてこと、これっぽっちも信じていたりはしなかった。

 自分が動けば世界は変わるなんてお題目があるけれども、私みたいな人間が動き出してできるようなことなんてきっと大したことないだろうと根拠もなしに信じ込んでいた。

 それでも諦めきれない憧れを吐き出すために夜の散歩をしていたけれど、そんな行為に意味なんてものはないと心の中では考えていた。

 運命なんてものが私の前に降り立つだなんて奇跡、夢想の欠片もしていなかった。


「――――」


 だから。


「――あら?」


 運命が目の前に現れた時、私は呆然とするしかなかった。


 月光が照らす夜の道。

 昼間とは違う別世界。

 血も冷めるような夜気の中で、しかし心臓は跳ね回っている。

 どきどきの理由は、私が見ている少女のせいだ。


 少女。そう。女の子。

 幽鬼のように紅い瞳を輝かせて。

 月光に映える金色の髪をなびかせて。

 異国のお姫様のような真っ赤なドレスで身を包んで。

 そして、そして、腕の中には、気絶した人を抱いていて。

 金髪の少女の口元から滴っているのは赤い色。

 それが血だって気付いたのは、抱えられた人の首からも同じ色が溢れていたから。


 吸血鬼。

 怪物の名前が頭に浮かんだ。

 ただの嗜好の好血じゃない。

 ただの病気の変異ではない。

 御伽噺の、ホラー映画の、オカルティクスの吸血鬼だと、一目で彼女を看破した。

 夢じゃないかと疑うことすら出来ない程に、寒さと鼓動はリアリティを持って。

 現実なんだと信じることすら出来ない程に、彼女の美しさはファンタジックで。

 現実と幻想の狭間に落ちて、私の思考は停止していた。


 私を視線で射抜きながら、少女は軽く微笑んだ。

 妖艶、という二文字が的確だった。

 どくどくと加速していた胸の疼きが、更にもう一度大きく跳ねて。

 私は一体どうなるんだろうと、解りきった疑問が頭に浮かぶ。

 眼前の相手は吸血鬼だ。人間以上の捕食者だ。ならばすることは決まっている。

 細い腕に抱き寄せられて、熱い口づけを首筋に受けて。

 そうして多分襤褸切れのように、省みもされずに捨てられる。


 それはやだな、と私は思った。

 死んでも構わないなんて思っていたのは確かだけれど。

 枚数を忘れられるようなパンのようにはなりたくなくて。

 彼女に殺してもらえるのならば、愛された果ての結果がいい――


「――へ、へぇ」


 だから。

 思わず。

 なんでもいいから。

 気をひく言葉を放たなくちゃと。


「あなたも吸血鬼なんだ」


 そんなデタラメを言っていた。


                    ◇


 これから語られるのは、彼女の嘘の清算の話だ。

 崩れ去った儚い願いを積み上げ直すための物語だ。


 そもそも、嘘つきが救われる道というのは二つしかない。 

 もっともありふれている道のりは、嘘を嘘と認めて投げ捨てることだ。

 だけどもそれは面白くない物語だ。

 あまりにも常識的すぎて劇的さの欠ける物語未満だ。

 そんなものでは意味がない。

 そんなものでは価値がない。

 積み上げてきた嘘そのものを無意味無価値にするような道は、認めるにはつまらない。


 故に。

 彼女には、もう一つの道を届けたいと俺は思う。

 意味を作って、価値を与えて、ついた嘘さえ輝けるものとなるような道を。


 それでは本編を始めよう。

 彼女の嘘の種が茨と成長したその結末を臨みとして。

 どうして劇的が必要なのか、その問いの答えを俺は見せよう。





【NeXT】

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