【日常】鮎川羽龍【クリスマスの話:本編 弐】

                    ◇


 剣月邸がどこにあるかというと、幻燈町で最も高い場所にあるらしい。

 つまりは小高い丘の上。中津国高校のある場所よりも更に登って行った先がそうだとか。

 学校よりも向こう側というのは普段踏み入れることがまずないわけで、感覚としては異郷へ踏み込むのと大差ない。ただそこまでの道のりはさっき降って帰って行ったところなので、少々二度手間のうんざり感も拭えないか。


 時刻は午後七時にそろそろなろうかという頃合い。

 この街を騒がせた殺人鬼事件も終わりを告げて、夜の道はイルミネーションに彩られた鮮やかなものになっている。部活帰りであろう鞄を背負った学生の姿がちらほら見えるあたりに人通りもそろそろ回復しだしてることを察せる通学路、


「よーす鮎川」

「ありゃま偶然」

「こっこんばんわっ」


 学校の近くの曲がり角を曲がったところで、いつもの三人と出くわした。


 一回家に帰ったせいか、委員長以外は私服姿に着替えている。


 宮雨はフードつきの緑のパーカー。フードは猫耳を差し込む部分があるタイプで、隠す目的というよりは防寒目的なのだろう。隠す気だったらズボンから尻尾がはみ出したりしてないだろうし。


 名賀さんはベージュカラーのファー付きコート。こちらもかなり防寒性が高そうだけども、蛇の下半身が丸ごと露出しているので、防寒できているのかには疑問が残る。


「こんばんわ。三人とも打ち合わせて?」

「んーにゃ俺とかがしは一緒に出たけど委員長とは下の方で偶然ばったりと」


 これも剣月さんの手引きなんだろうか。このタイミングで電話をかければぼくたちが偶然に集まるだろうということを狙ってのコーリング。

 考えすぎかもしれないけれど、そのぐらいやってのけそうだからなあの吸血鬼……。


「しかし謎に包まれた剣月邸にこれから突入って訳だけどもなんかドキドキしてくるな?」

「一夜城ならぬ一夜邸……うん、お姉ちゃん緊張してきたよ」

「一夜邸?」

「あー……。そっか鮎川知らないんだっけかこの辺の話」


 察したのか、宮雨の声のトーンが露骨に落ちる。


「剣月は今年の春にやってきた転校生ってのは鮎川覚え、じゃねえ知ってる?」

「すごい中途半端な時期だったのは覚えてますね。五月の後半でしたし」

「あー、私がこうなる直前ぐらいだっけ」


 蛇の尻尾を揺らしながらなんでもないように名賀さんは言う。

 それに関しての知識をぼくが持ってる訳ないので、当然のように首を横に振る。


「朝礼で飛倉さんが叫んでいたのはかなり印象残ってるなあ」

「『あーっ! あの時のー!?』なんてベタな反応をマンガの中以外で見たの初めてだったぜ。一体どこで出会ったのか問い詰めても答えてくんなかったけど」


 それはともかく、


「転校生ってことは恒例の質問攻めをかけられた訳なんだが、あいつその辺答えないキャラじゃん? どっから越してきたとかに関してはあの圧力のある笑顔でノーコメント」

「まあ確かにそんな感じだよね」

「んで数少ない答え返ってきた問いの一つが『今どこに住んでんの』。それで学校の上の方にあるって大雑把に場所教えて貰った訳よ」

「はあ」

「だけど誰も知らなかったんだわ。そんなとこに道とか家とかがあるなんて話」

「だから剣月一夜邸。誰も知らない一夜のうちに突如現れた謎の邸。見上げてみれば家の一部が見えたりはするんだけどね」

「単純に行く機会がないから気づかなかっただけなんじゃ?」

「ぶっちゃけ俺もそう思う。だけど夢とかロマンとかそういうもんどっかに持っておきたいじゃん?

 少なくとも、夏休みの前の鮎川はそういうことを言っていたけど」

「…………」


 夢とかロマン、かあ……。

 知らないものに対して人間が抱いてしまう謎の感情。

 それそのものになったフォークロアは。果たして今は何を追いかけてるのだろうかと。

 そんなどうでもいいことを、闇夜を仰いで気に掛けた。


「そーいえば飛倉さんが吸血鬼になったのもそのすぐ後だっけか。私よりちょい前」

「あー、覚えてますね。突然銀アクセサリーを沢山つけてくるようになって」

「委員長めっちゃアタフタしてたよな。飛倉さんが不良になっちゃいましたって」

「副委員長が剣月さんに詰め寄ってたのも印象深いなあ。貴様まさか噛んだのかってすごい剣幕で怒鳴り込んだんだけど、剣月さん全く表情変えなくてうわこれは肝強いと思ったもん」


「……感染るの? 吸血鬼って?」

「んにゃ、しないしない。そんときも本人が否定してたし」

「だけどそれを説明する前にすごいことしたからね、剣月さん」

「すごいこと……?」


「キス。それもマウストゥマウス」


「うわぁ」


 それは確かに凄いことだ……。


「『たっぷりいただかせてもらったわっ』って言いながら見せつけるようにやってきてさあ、もうその場の全員唖然。鬼の形相で問い詰めてた副委員長ですら停止してなんか羨ましいもの見てる目になったりしちゃってな? そのまま無言で自分の席に帰ってった」

「いやぁ今では慣れたけどもあのときは本当驚いた驚いた」

「全く人前でいちゃつけるって凄いよなー。ところでかがし、肩にゴミついてる」

「あっサンキュー宮雨」

「おうこら自分たちの言動見直そうか。

 それにしても、人前で堂々とキスってアメリカ人だったりするの? 剣月さん」


 問いかけてみると、宮雨は腕組みしながら唸りだして、


「あー、んー、どうなんだろ……名前はモロに日本人だしな……」

「だけどあの金髪地毛っぽいんだよねー。まあそれだけから判断つかないけどさー」

「んー……」


 剣月まおりの謎、ますます深まる一方だった。


                    ◇


 家を出る少し前。フォークロアとの通話にて。

『へぇ。剣月さんの家にお邪魔するのかい。随分と人付き合いが良くなったじゃないか』

「大きなお世話だよ」


 一瞬だけお前はどうなんだと言いそうになって、すんでのところで押し込めた。

 少なくとも、ぼくよりはマシな感じであるだろうから。昔も今も多分きっと。


『俺も眷月とはそれなりに付き合いあるけれど、家に呼ばれまではしなかったからなー。ちょっと羨ましい気持ちがあるね。いやいやどうやってそこまで仲を深めたんだい鮎川羽龍』

「ぼくだってわからないよ」


『そうかい。とりあえず今回も行ってみようか神話伝承衒学コーナー。

 「吸血鬼」と聞いて思い浮かぶ君のイメージってどんな感じのものかな?』


 吸血鬼。おそらくは時代を通じて最も知られている部類の怪異の一つ。

 怪力無双、変幻自在、神出鬼没。

 霧に獣に蝙蝠に、姿を変える変身能力。

 合わせた視線は催眠の魔眼。鏡に映らぬ幽鬼性。即座に治癒する不死身性。

 其は永遠を生きる闇の眷属。ノーライフキング。ノスフェラトゥ。


「……全部真性怪異でもなきゃ満たせない条件だね」


 非物理非科学いいところ。

 ぼくがいうのもなんだけど、そんな生き物がいたりしたら生物学の敗北だ。


『そう。吸血鬼の魅力というものはそれが「吸血」するからではなく「鬼」――即ちオカルトの怪物の代表格であることに起因する』


 というか、


『吸血鬼というものはそもそも、西洋の怪物の集大成なんだよ。

 思ったことはないかい、吸血鬼はあまりにも弱点や特徴が多すぎるって』


 言われてみればその通り。


 闇夜に無敵を誇ったとしても、朝の日差しで灰になる。

 十字架を見れば逃げざるを得ず、流水を前にしては立ち往生。

 ニンニクの匂いからは退散し、ヒイラギに触れれば火傷をし、

 語られるスペックの高さに反し、とにかく彼らは脆弱だ。


『吸血鬼というのは一種類の存在ではなく、西洋各地で語られる複数の怪物の総称みたいなものでね。現在イメージされる吸血鬼がその形になったのは、十九世紀末にブラム・ストーカーが「吸血鬼ドラキュラ」を世に出してからのことだ。彼はドラキュラのキャラクターを作成するにあたって欧州各地の吸血鬼伝承を参考にしたらしくてね。その中から都合のいいものをかいつまんでいった結果現在の吸血鬼像が出来上がりました、と。ついでに言うと「影がない」「鏡に映らない」「牙が生えている」「生まれ故郷の土の上でしか眠れない」、この四点は民間伝承を元としないブラム・ストーカーの完全オリジナルという説が強いね。ところでドラキュラは個人名だということは今更言うまでもないよね、鮎川羽龍?』


「さすがにそのぐらいは知ってる」


『ならよし。今度図書館に行く機会があれば読んでみるといいぜ鮎川羽龍? 日光で即死しないこと以外はだいたい現代の吸血鬼イメージそのままの伯爵様がそこにあるから』


「あれ、しないんだ即死」


『弱体化自体はするらしいし主な活動時間は日没以降ではあるけどね。

 最初に日光で即死する吸血鬼を書いたのは二十世紀の映画『ノスフェラトゥ』であるというのが定説だ。この前の人狼には銀の弾丸が――という話同様、こちらもかなり新しい部類だね。

 面白いだろう、この手の知識。映画が古くからあるイメージを上書きして、概念存在に致命的な弱点だって創造付与しうるんだぜ?』


「…………」


 当の妖怪にとっては迷惑もいいとこだろうなと思ったけれども、ぼくは何も言わなかった。


『そしてドラキュラ公以前のヴァンパイアのイメージだが、これは即ちリビングデッドだ。

 生き返った死体。生者の精気を吸い取って衰弱させる存在が吸血鬼のエッセンスだ。


 ここで面白いのが吸「血」鬼と言われているが必ずしも血を吸うとは限らないって点でね。生命力を吸い取るもの、精神力を吸い取るもの、特になにも吸い取らないで変身や呪いの力を持ったそれただの魔女じゃねーかなとなるようなもの、神話伝承じゃないけど昔の漫画には姿を吸い取る吸血鬼なんてものもいたっけ? とにかく吸血鬼のくくりの中にはそんな色々な怪物が含まれるのさ』


「血を吸わないのに吸血鬼って一体……」


『この辺は日本語に訳す時の問題だろうね。血を吸う幽霊、復活した死体、死者の魂エトセトラ、それだけの意味をヴァンパイアという語は内包している。ついでにいえば「ヴァンパイア」の語源自体はっきりしてないものでね。リトアニア語で「飲む」を意味するwemptiだとか、トルコ語で魔女を意味するuberだとか諸説あるから、本来果たしてどういう特徴を持ったものを指してヴァンパイアとくくっていたのかについては謎だと見ていい。ただ吸血鬼に分類される怪物の個別の名称の方で行くと地中海のヴリコラカス、セルビアのヴコドラクなど、人狼を指す言葉が吸血鬼を指す言葉に転化した例は多いんだ』


「人狼?」


『そう。吸血鬼と人狼はかなり近いタイプの怪異でね。大人気漫画マジカルプリティ☆キルケーちゃんでは吸血鬼のヒロインに対してアプローチを続ける人狼の後輩サブヒロインとか出てきてるんだけど読んだことあるかい?』


「残念ながら」


『そうかい。面白いから興味がわいたら宮雨あたりにでも借りるといい。ところで同性愛といえば創作物の女性吸血鬼は同性愛的な趣向を持つことが一般的って話は知ってるかな。飛倉さんを手篭めにしている剣月さんという実例の話ではなくて、そもそもドラキュラに影響を与えたことでも有名なアイルランドの小説「カーミラ」がレズビアニズム文学の名作として――』


「フォークロア、さっきから話が飛びすぎて何を言いたいのかわからないんだけど」


『何を言いたいって気づけよ鮎川羽龍。こうやって胡乱に話をするのが雑談ってものだろう』


 悪びれぬようにそう言って、フォークロアはけたけたと笑う。

 本当にこいつと会話をするのは面倒だなと思いつつ、次に向こうが電話をかけてきた時は話を聞く前に通話を切ろうと決意した。


『それじゃあ最後にこの問いをしようか。現代における吸血鬼には他の怪物が持っていることが少ないある凄まじいメリットがあるんだけどわかるかい』


「……メリット?」


姿


「…………」


『昨今の小説に多い弱点を踏み倒した吸血鬼は完全なるいいとこ取りを果たしている。怪物としての権能を大いに振るいながら人間社会に同化して恩恵を得ることもできる。

 ありとあらゆる道徳規範恐怖暴力、血縁にも税金にも囚われ縛られることのない、社会を俯瞰し支配するオーバーロードとして、現代の吸血鬼は羨望の視線を集めている』


「それは今の君のように?」

『そうだよ。今の俺たちのように』


「…………」


『気をつけなよ、鮎川羽龍。オーバーロードたる眷月の一族は底知れない。迂闊に気を抜いたりしたら、大事なものを吸い取られるかもしれないぜ?』


「……どうでもいいよ」


                    ◇


 学校を越えて歩くこと数分。

 ぼくらが歩んできた道は、街の道ではなく山の道に変わっていた。

 舗装自体はされているものの、歩道部分がない車用の道。

 その両脇は森の木々に挟まれており、まるで異郷への入り口じみた光景だ。


 ――闇夜の中、人里離れた山道を、人ならざる者達が歩いている。


 客観的にみた自分たちの印象を想像し、心の中だけで苦笑した。


 そうして。

 闇夜の行脚の目的地を、ぼくたちスリラーズは発見した。


「あっ、あれですかね剣月さんち」


 委員長が指差す先、夜の薄暗い闇の中に浮かび上がる建物が一軒あった。

 洋館だ。

 山道の果てに佇むそれは、まるでお化けでも出てきそうな――という形容が浮かんでから、実際に吸血鬼が住んでるのだと思い出す。


「豪邸だって聞いてましたけど確かに大きいですね」

「んー、でも豪邸というほどでもないなあ。うちの神社より規模小さいし」

「いやいやいやいやかがしさん、自宅じゃなくて神社の方と比べられる時点で大きくね?」


 少なくとも俺の家より大きい! と悔しがる宮雨。


「多分外国じゃこのぐらいが普通サイズかもしんないけど……見慣れないしな、洋館」


 剣月まおり外国人説、またも補強されていくのだった。


 剣月邸に近づいていくと、玄関口に人影があることに気がついた。

 いや、人影というのは厳密には違う。女性の体に生えているのはねじくれた角と熊の耳。クウェンディ症候群の症状を示す、それは異形のシルエット。


 だけどもしかし、それ以上に彼女の姿は、衝撃的な要素を持って。

 黒色を基調にしたワンピースの上に、白いフリルのエプロンドレス。

 そんな格好をする存在は、おそらくこの世にただ一つ。


、メイドさんですよ鮎川くんっ」

「…………」


 お伽話同然の存在をその目にし、興奮して袖口を引っ張ってくる委員長。

 普段のようにはしゃぐこともせず、忘我の表情をしている宮雨。


 かくいうぼくも我が目を疑ってぱちくりしている。

 ここは本当に現代日本か? 山道を歩いている間に神隠しにあってイギリスの片田舎に転移しているようなことはないか? そんな非日常的現象に行きあったのなら、果たしてどう対処すればいい?


 メイドさんの口が開く。

 囁くように、呪うように、とどめを刺そうと小さく開く。

 そこから放たれる宣告を、恐れるように待ちわびて――


「お待ちしておりました。鮎川羽龍様、真神はずき様、宮雨才史様、名賀かがし様。

 お嬢様が中でお待ちになっております」


 ちゃんと日本語で安心した。


「どっどうもこんばんわですっ」


 メイドさんの一礼に頭を下げ返す委員長。

 慌ててぼくも続いて頭を下げる。非日常の存在を前に変な挙動した脳を冷却する。


「うっわー本当にメイドさんだよメイドさん。お姉ちゃん実物初めて見た」

「いや待て落ち着くんだかがし。メイドの格好をしているからと言って本当にメイドとは限らないはずだ。剣月の家族がコスプレしてるだけの可能性もある」


「一体なんでそこまで疑う必要があるのかな宮雨」

「んなこた決まってんだろ、俺がメイドという存在を、愛し! 敬い! 焦がれているからで当然だ!」


 なんか急に熱が入ってガッツポーズを決める宮雨。なんか忘我から回復した途端にテンションゲージが急上昇しているように見えるけれども、いつものことなので気にしない。


 ……そういえばこの前も裸エプロンがどうとか言ってたな宮雨。エプロンフェチ?


「改めて自己紹介を。わたくし、当家の雇われメイド、ベルヴァレイと申します」

「……鈴谷ベルヴァレイさん?」

「ベルヴァレイです」


 目付きを鋭くして釘をさすベルヴァレイ(仮)さん。

 本名なのか格好付けなのか解らないけれど、どっちにしても、


「また濃いキャラが出てきたな……」

「何か言いました鮎川くん?」

「いや、なんでも」


 誤魔化す。

 わざわざ口にしなくても、あまりにもぼくの周囲では今更すぎることだったから。


「ところで本当に本物のメイドさん?」

「疑って何の意味があるのかな宮雨」

「そりゃメイドさんといえば男の夢ですし? ロマンですし? そんなものが目の前に現れたらこれは夢か幻かコスプレかと疑ったりもする訳ですよ、現実であると証明したいのよ。

 というわけで本物のメイドさんならその証拠を見せて頂きたいッ!」


 初対面のメイドさんに唐突に無茶な要求を突きつける男がそこにいた。


「証拠って一体何させる気なのかな宮雨……」


 名賀さんが呆れた顔になる一方、メイドさんは涼しげな顔を崩さないままで、


「お客様、我らメイドをなんだと思っていらっしゃるのですか」


 額を押さえた手を裏返し、指先でこちらを指し示して。


「袖口をご覧ください、宮雨様」


 言われて視線を下ろす宮雨。ぼくたちの目も自然とそっちのほうを向く。


「穴が開いておりましたので直しておきました。そのついでに刺繍も少々」


 その言葉通り、宮雨のパーカーの袖口には穴を塞いだかのような横一直線の縫い目跡。

 そしてそれを口に見立てた猫の刺繍が気づかないうちに施されていた。


「こんな複雑な模様いつの間に……」

「そもそも穴空いてたこととか俺も気づいてなかったのに! どんな観察力だ名探偵か!?」

「これが真のメイド――!」


「いえいえわたくしなど真のメイドの中ではまだまだ格下でございます。世界中に散らばっている七名の真なるメイド【栄光の七メイドメイドオブオナー】の残り六人はこのようなものではありません。主人が目覚める前に起床して光の速度で食事の準備、時間回帰にも例えられる完璧さでの整理整頓、一子相伝の暗殺秘術の知識を以って人体を活性化させるマッサージ、彼女たちならばこの程度軽々とやってのけるでしょう」


「メっメイドさんってすごいんですね……!」


 それはすごいというレベルで語っていいのだろうか。

 魔術師よりもマジカルで。

 UFOよりもミステリアスで。

 真性怪異よりオカルティクス。

 ぼくの人知を超えてる気がして、とりあえず思考するのをやめてみた。


「ああクソ俺の家にもメイドさん欲しいぃぃぃ! 朝はおはようございますって言ってもらって昼はスープをあーんしてもらって夜は同じベッドで寝ーてーみーたーいぃぃぃ!」


「確か序列第四位当たりが今年の【大冥闘祭フェスティバル・オブ・サーヴァント】のパートナーとなりうるご主人様を探していたはずなのでお取り次ぎいたしましょうか。バトルロイヤルに勝ち残るだけのご主人様力を身につけていただくために地獄の特訓を受けることになるでしょうが、まあ、そこは覚悟の上であると判断いたしましょう」


 メイドを欲しがり呻く宮雨に対し、ベルヴァレイさんは淡々と別世界の話を語りかける。

 何か新しい物語が始まってきそうな、そんな予感がし始める。

 というかそっち方向に行くとなんか異能バトルが始まるんじゃないか?

 そんな文脈で普通の高校生宮雨は果たして生き残れるのか?

 委員長やウェアウルフの時みたいな片手間ならともかく、がっつりと異文化社会に関わり合いになって助けに行くだけの義理と気力は持ってないぞ?


 ぼくの日常が思わぬところから蝕まれる、そんな危険が訪れそうで。

 一体ぼくはどうすればいいか、悩み始めた瞬間に、


「ベル、私の友達を修羅の道に投げ込むのはやめましょうっ?」


 今夜のクリスマスパーティのホスト。

 メイドのベルヴァレイさんの主人。

 クラスメイトの吸血鬼。

 剣月まおりが現れた。


 紅いドレスを纏った彼女は、裾をつまんで軽く会釈し、こちらに笑顔を向けてきて、


「ようこそみんな。今日のパーティ、歓迎するわねっ」


 夜の始まりを口にした。


                    ◇


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