第81話 デイ オブ ザ ハルジオン 2/3


 翌日。祝日。場所は自宅。

 いつも通り、六時に起床して、朝飯と、ごてんの餌を用意する。

 今日は文化祭前日。十時から学校に行って、餃子屋さんの最後の仕上げだ。

 今日の体調は? 俺は一心して体を包むエーテルの状態を確認する。ふむ、今日が休みで良かったな。昨日の練習、少し張り切り過ぎたか。だが、今日一日大人しくしていれば、明日には全快だな。

「ショウー。文化祭、ボクも行きたい」

 ごてんがごろごろしながら口を開く。こいつほんとに獣か? 腹とチンコ丸出しで、完全に野生を忘れているな。

「明日は一応平日だが、文化祭二日目は土曜日だ。土曜ならいいぞ。あとで親父か桃に連絡を入れておく」

「やりい、もうけ、女子見放題だぜえ!」

「自重しろ、クソ犬」

「じゃあ今日と明日どうしよっかなー」

「仕方ないな。実はもう手を打ってある」

「えー、ナニナニ?」

「今日の午後は大人しく部屋にいろ。良い事が起こるぞ」

「ウソじゃない?」

「うむ、信じて待て」

「うん。分かった。じゃあ午前中はサカリのとこでも行こうかな」

「お前サカリに甘えるのもほどほどにしとけよ。この前氷雨がふて腐れてただろう」

「そうだった、えへへ」


 んで。学校フェイズ。

 校庭に行くともう、うちのクラスの準備が始まっていた。売り子のハッピを着たクラスメイトが、餃子屋さんで使う具材を魔法で冷凍保管し、機材や屋台の骨組みを設置しているところだった。

「奇人くん、おはよう! 設置もう始めてるよ」

「あっちが神なら、こっちは女神だ」

 文化祭実行委員の螢子と幽助が俺に話しかける。

「ああ、構わん。実行委員はお前たちだしな。太一たちは?」

「井上くんたちなら今日も演舞場。絶対優勝するって、意気込んでたよ」

「マジか。本番明日からだぞ。大丈夫か、あいつら?」

「分かってないなあ」螢子が笑う。

「あ?」

「負けたくないんだよ、お前たちにね」幽助がそう言い、霊丸のポーズで走り去っていった。小学生か、あいつ。

 さて、では俺は何をするかな。考えていると、テルの姿が目に入った。

「テル、こっちだ」

「あっ、将くん。おはよー」

「うむ。今日も平和そうな顔してるな。それで、人手はどこが足りない?」

「うーん。今は別にどこも手伝わなくていいよ。それよりね、これから試しに餃子焼いてみるんだ。出来上がったら味の批評して欲しいな」

「そうか。あ、そうだ。それだったら頼みがある。聞いてくれ、ごにょごにょごにょ」俺はテルに耳打ちをする。

「えっ、ホント? 分かった、みんなにはまだ内緒にしとくよ」

「そうしてくれ。俺は今から演舞場に顔を出すが、お前はどうする?」

「僕はクラスを手伝ってるよ。氷雨さんが来たら、将くんは演舞場だって言っておくね」

「ああ。頼む」


 演舞場に入る。

 お、やってるな。太一、凛子、鏡花。そして大原正人と小原めぐ美、越前トーマ、森島瑞穂が模擬戦を行っている。

「バイト、あと何分だ?」

「あと二分。って言うか高校生のくせしてバイトって言ってくんな」

 懐かしい顔だ。みなさん、覚えておいでだろうか? さかのぼって「桜花高校の奇人 Ⅰ」の「リードホッパー」の後編で登場していた「ジャッジメントですの」の、あのバイトの監督官だ。

「あいつら、どんな調子だ?」

「ここ二週間くらい彼らを見てきたけど、間違いなく伸びてるね。でも根を詰めすぎ。桜花祭明日だろ。これが終わったら上がるように言おうと思ってたところだ」

「そうか。で、実力としてはどうだ? 桜花大学の先輩として、あいつらは」

「うん、まあ、悪くはない。いや、良いと思う。でも悲しいかな、僕も彼らも、お前みたいに天才じゃない。この短い時間の中で、彼らは努力の上限まで自分たちを持って行ったと思う。でも、優勝は厳しいだろうな」

「そうか」

「あと一分っ!」バイトが叫ぶ。


「お、将か。どうしたんだ?」

 模擬戦後、ミーティングも終わり、更衣室に向かおうとする太一が俺に気付く。

「いや、どんな感じかと思って最後の練習見せてもらってた」

「そうか。どうだった? いや、今は敵同士だったな」

「固いこと言うな。良かったぞ。むしろいつもより太一の色が出ていたな」

 そう言うと、太一は笑顔を引っ込めて俺を見る。

「俺さ、この機会があって良かったと思う。いつもはさ、劣勢になっても結局将や碓氷の力押しでどうにかなる状況だっただろ? でも今回は違う。連携も個人の持ち味も、限界まで操り尽くしたい。キングの醍醐味ってやつを今感じてるよ」

「学年選抜のオウカに霧沙ってやつがいるんだが、あいつはまたお前とはタイプの違うキングだったな。連携を慣熟させると言うよりも、状況を連携に持っていくタイプだな。結果として、連携として成立しているみたいな感じだ」

「型がないって事か。天才肌ってやつかな」

「たぶんな。本人はロジカルだと言っていたが、どんな時でもロジカルがすぐに出てくるなら、それはファンタジスタだ」

「すごい奴がいるんだな」

 話していると、鏡花と凛子が近づいてくる。

「あれ、麻生くん、どうしたの?」

「将じゃん。なになに、偵察う?」

「いや、お前たちが今日も練習だって聞いて、オーバーワークしてないか見に来たんだ。どうだ、やれそうか?」

 聞くと、凛子が笑顔を浮かべる。

「うん。手応えあり。それにね、小さい事なんだけどさ、将と組んでいる時は、私サポートが多いじゃん? でも今は大原くんと入れ代わり立ち代わり波状攻撃っ! 太一に言ったんだ。普段からこれしてよって」

 続いて鏡花も口を開く。

「わたしはビショップだけど、攻撃参加が前よりも多い感じ。ドキドキするけど、楽しんでるよ」

「俺や氷雨がいない方が充実してるって何か複雑だな」

「将。それは違うぞ」太一が言う。

「俺たちにとって今は積み上げている時間だ。本当の意味でお前や碓氷と肩を並べたい。だから、いくらでも頑張れる。そうだよな?」

 鏡花と凛子が頷く。

「まあ、士気が高いのは結構なことだ。でも、本戦で当たったら容赦しないぞ」

 そんな話をしていると…。

「ダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンダーリンっ!!!」

 氷雨がこっちに向かって走ってくる。

「うるさい。今日も可愛いな、氷雨」

「え、か、可愛いか、そうか。っていやそうじゃない! ダーリン、緊急事態だ。絶対に、絶対に今クラスの屋台に行ってはいけない」

「なんでだ? ああ、そうか。麗美が来たんだな」

『えええっ!』みんながハモる。

 麗美。平野ひらのれい、アイドルでタレントの、桜花高校卒業生の事だ。

「し、知っていたのか。いや、ていうかダーリンが呼んだのか?」

「ああ。あいつ明日と明後日は仕事らしくてな。でも桜花祭には来たいって言うから、仕方なく前日の今日に呼んだんだ」

「ダーリン、ひど過ぎるぞ! なんで私に相談してくれないんだ! 未来の妻に隠し事とは何事だ!」

「妻って、なに、お前らそんな話してるの? ははっ、意外な発見だな」太一が笑う。

「ワイフー、落ち着きなよ」凛子がからかう。

「氷雨」

「なんだダーリン。何を言っても私は…」

「先に言っておく。愛してる」

「ダ、え、あ、ダダダダーリン! ダダダダーリン!」

「興奮すんな。良し、問題は解決した。行くぞ」

「相変わらずすっげえチョロいよね、碓氷さん…」


 クラスの屋台に行くと、麗美が餃子を食べながらみんなと写真を撮っていた。

「あ、将くん。みんな。久しぶりだねん」

 麗美の横にはテル。そして正人とめぐ美。三人にガードされたブタ、越前トーマは何故か興奮の面持ちだ。

「麗美。よく来たな。どうだ、うちの餃子は?」

「すっごくおいしい。あとね、この前撮影の差し入れにビビンバさんの餃子持っていったら、みんなすごく喜んでくれたのよん」

「平野さん。最近忙しそうだね。テレビでよく見てるよ。あと、映画のチケットありがとう。みんなで見に行ったよ。すごい良かった」太一がここぞとばかりに話しかける。

 みんな気付いている。俺、普通にリーダーだから、みたいなテンションで話しかけているが、いつもより爽やか気取ってるところが逆に可哀想だ。

「あれ、凛子ちゃん。髪切ったの?」

「うん。結構気に入ってるんだけど、ほんとは色も変えたいんだよね。親睦試合の練習があってまだ美容院行けてないんだ」

「へえ。でも似合ってるよ。大人っぽい。なんか年上なのに私の方が子どもっぽいな」

「柴田鏡花です。その節はお世話になりました」

「うん。鏡花ちゃんでしょ。覚えてるよ」

 餃子を食べ終えた麗美が俺たちを見回す。

「という訳でえ、私ちょっと色んなクラス見て回ってくるねん」

「ああ、それがいい。俺たちは準備があるからまた後で合流しよう。何かあったら連絡をくれ」

「了解りょうかいー。じゃあ麗美行っちゃうぞお、きゅるるん!」

 麗美が駆けていく。

「平野さん、気のせいかもしれないけど、前より明るくなったよな」太一言う。

「そう? 前からあんな感じじゃなかった?」凛子が答える。

「僕もね、そう思ってたんだ。何でだろう」テルが首を傾げる。

「分からんが、お前たち。今日は俺ん家に麗美を誘ってある。みんな来れるよな」

「もちろんオッケーです」鏡花が頷く。

「俺たちも。な、みんな」

「そうだね」

「まずは餃子屋さんの最後の仕上げだな。明日は売って売って売りまくるぞ!」

『おおー!』

「私はダーリンに愛されている…、私はダーリンに愛されている…、私はダーリンに愛されている…」

 盛り上がる仲間を尻目に、氷雨が悲しい自己暗示をかけていた。

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