第74話 クリームライス 2/2


「あれ、将じゃん」

 和子への報告も終わり、スーパーでも寄るかと思ってバス停の前を横切ると、そこに凛子が来ていた。

「おお。今からバイトか?」

「うん。週四でいれてるからね、今は。将は?」

「俺は買い出しだな。せっかくだから一緒に乗って行くか」

「オッケー。うちの店、今はサツマイモとか推してるらしいよ」

「イモか。サツマイモご飯でも作るかな。ああ、それと休んでいる間ごてんが世話になったな。ありがとう」

「礼なんていいよ。むしろ柊子がもっと預かりたいって言ってたくらいだし」

「そうか。しかし、みんなで行った夏休みの別荘警護バイトあったろう、あれの金がそろそろ尽きそうなんだ。また何か考えねばいかんのだ」

「ふーん。どうせなら短期でがっと稼ぎたいよね」

 話していると、バスが来る。

 車内は混んではいないが、座れるほど空いてもいない。

 吊革につかまって俺と話す凛子の姿を、同じ学生やサラリーマンがチラ見している。

「見られてるな」

「別に。気にしたら負けって言うか」

「俺も人の事は言えんが、こうやって見ると良い気がしないな」

「どいつもこいつも胸、胸、胸。女なら誰にでも付いてるんだし、珍しい物でもないのにね」

「いや、見てるのは胸だけじゃないと思うが」

「どういう事?」凛子が不思議そうに首を傾げる。

「スタイルとか髪とか顔とか。ふうん、意外だな。お前は胸以外もイケてるのに、自覚がないのか?」

「なくはないけど、やっぱ一番最初に見られるのは胸だよ。胸見て、顔見て、『まあいっか』みたいな反応ね。もう慣れたよ」

「俺は兄嫁に鍛えられて、人の人相を読むのが病的に上手い。普通の人間だってそれなりに見ているだろう。嫌な顔した美人もいれば、普通だが魅力的な女もいる」

「私はどうせ普通ですよーだ」

 拗ねんな、可愛いな。だが言うと後々困りそうだから無言でいる。

 横にいる凛子を見る。ポニーテールから軽く巻いたミディアムボブへ。勝気な印象から、随分と女っぽくなった。気を抜くと、全部放り投げて口説きたくなるから自制する。


「んーーーーーっ!! スーーパーーーー!!!」

「フランキーみたいに言うな」

 凛子にツッコまれて、「スーパー チビマンコ」の扉をくぐる。

 凛子はシフトまでもう少し時間があるらしい。そこで二人で店内を物色する。

「あら、凛子ちゃん。カレシかい?」「りんちゃん、隅に置けないねえ」「今度うちの子ともデートしてやっておくれ」

 おばちゃん人気が異様に高いな。しかも凛子がツレってだけで、魚屋のおっちゃんも大サービスだ。

 食料品に加え、ごてんの缶詰やトイレ用品をかごに入れていく。

「いろいろ買ったね。今日の夕食は?」

「うむ、ちょっと路線を変更して、かぼちゃとサツマイモのクリームライスだろ、サケと野菜の味噌焼き、豚肉が安かったから、豚汁もどきがお椀だな」

「なんかもう、普通に主婦だね」

「そうでもないぞ。面倒な時はそのまま総菜買って帰るし、カップ麺の時だってある。料理しないやつは、してるだけですごいとか思ってるんだろうが、こんな物は慣れだ。いいから一度作ってみろ。上手くできても失敗しても結構楽しいものだ」

「ふーん。でも、クリームライスって美味しそう。グラタンっぽいの?」

「ああ。シチューとグラタンの間くらいだ。どうせなら食ってくか?」

「あれえ、誘ってる?」

 凛子が悪い顔をしてくしゃっと笑う。

「それじゃあこうしよう。他は作っておく。クリームライスだけ一緒に作れ」

 そう言うと凛子は少し黙って、それからこう言った。

「ま、いっか。今さらさめさめに気を遣ってもね。七時に終わるから、七時半にそっち行くよ」

「了解だ」

「ふふっ、なんか、テンション上がって来た」

「じゃあ後でな」

「はーい。おっしゃ、じゃあバイト頑張るかな」


 七時半。予定より少し早く、凛子が部屋に来る。

「おう、来たな。って言うか私服相変わらずハイセンスだな」

「そう? んじゃま、おじゃましまーす」

 モンゴルの民族衣装にうさ耳を付けたような恰好の凛子が靴を脱ぎ部屋に上がってくる。

「あ、リンコ。いらっしゃーい!」ごてんがもてなす。

「なんかもういい匂いするね」

 入って来た凛子が口を開く。

「豚汁の匂いだな。サケの味噌焼きは下準備が終わってもう焼くだけだ。さっさと準備しろ。エプロンは俺のを使え」

 お手々を洗い、エプロンを装備してさっそくお台所へ。

「どうすればいい?」

「まずはかぼちゃとイモを洗って角切りだ。かぼちゃは固いから少しだけレンジで加熱する」

「おっしゃ。チンして切ると」

 レンジに入れて取り出したかぼちゃを切る凛子。手つきが危なっかしい。

「母親から言われなかったか? 猫の手だ。左手は指を丸めて、中指のここら辺が刃に軽く触れる感じだ」

「こう?」

「いや、見てろ。こうだ」

 すげえ基本からだな。まあいい。楽しんでやることが大事だ。

「切ったらサツマイモと一緒にまた適当にレンジに入れておけ。次だ。牛乳に小麦粉とコンソメを入れる。目分量でいいが、そう言うと分からんだろうな。ストップと言うから、少しずつ加えていけ」

「粉とかって計量しなきゃいけないんじゃないの?」

「それはお菓子作りとかだな。小麦粉の目的はとろみだ。足りなかったらまた後で足せばいい」

「ふーん」

「んで、さっきの具材とほうれん草をバターで炒める。バターは多めでいいぞ」

「二面作戦か。いきなりハードル高いな」

「うむ、その調子だ。色が付いたらそっちのフライパンの小麦粉牛乳を入れる」

「なんかねっとりしてるんだけど」

「香りが付いたらあとで牛乳で伸ばすから大丈夫だ。沸騰させるなよ。適度に混ぜろ」

 順調だな。俺は今のうちにサケを火にかけ、オーブンの用意をする。

「将、なんかいい感じ」

「そうだな。次はこれだ。冷や飯を耐熱皿に乗せて、そのソースをかける。上にチーズをまぶせてオーブンに入れれば完成だ」

「もう?」

「な? 料理って言っても一個一個は簡単なんだ。ちょっとはやる気出てきただろ」

 オーブンで加熱している間は、やる事がない。

 お客様用のランチョンマットや食器を用意して凛子と茶を飲む。

「そろそろだな。チーズに焦げ目がついていたら完成だ。火傷するからこのミトンを使え」

「おぉー、これはめると、なんか料理してるっぽい」

 可愛らしい顔しちゃってるな、こいつ。

 なんか、今日の俺はやたらと凛子に甘いな。


 皿をこたつ机に運んで、二人で向かい合う。

「いただきまーす」

 俺はまだ食べずに、凛子がクリームライスをすくい口に運ぶのを見守る。

「うまっ! めっちゃ美味しい! 店の味だよ、これ!」

「お前が作ったんだ。よし、俺も食うか」

 うん。まあまあだ。粉っぽさも残ってないし、合格と言っていいだろう。

 冷ましたクリームライスを少しごてんにも分けてやり、食べながら話す。

「将は昔から料理してたの?」

「母さんが入院してからはぼちぼちやってたな。俺と桃で失敗しながらいろいろ試すとこから始まったな」

「桃ちゃんか。元気にしてるかな」

「モモはたまにこっち来るよ」ごてんが代わりに答える。

「そうなの?」

「宿題やってご飯食べて帰ったりとか。モモは際限なく遊んでくれるからボクは好きなんだ」

「あいつは小さい頃から兄嫁が働いていて、寂しい思いをしていたからな。その分、余計に遊んでやろうって思うんだろう」

「じゃあビビンバも忙しかったんだ。ずっとあの餃子屋さんやってたの?」

「いや。昔は親父、別の仕事してた。兄貴が死んで、母さんが入院してから、俺たちのために職を変えたが、結局そっちが忙しくて本末転倒って感じだな」

「じゃあほんと子ども二人で過ごしてたんだ」

 そう言われ、一瞬言葉に詰まる。

「違うの?」

「あの頃は、幼馴染みが来ていたな」

「へえ。男?」

「女だ。だがそれも中学半ばまでだな。聞いてくれなくていいが、俺はあいつを傷つけた。今どうしてるのかも知らない。あいつがいつの間にか幼馴染みじゃなくて女なんだって、傷つけて初めて知ったな」

「………」

「つまらん昔話だ。誰にだってあるだろ、しんみりしたくなる瞬間」

「だね。でも意外」

「あ?」

「そういう話、将がしてくれるの。将はみんなをすごく大切にしてくれるけど、言わない事も多いじゃん。だから、そういう話が新鮮」

「そうなのかな。確かに、話せない事を話せないで納めてたかもな。言える事は、これから言うよ。そうか、そう思われてたのか」

「たまにさめさめが愚痴ってるよ、ダーリンは自分の事話さないって。あの子も、ほんとはいろいろ我慢してるんだよ。見た目通り、能天気な人なんていないんだから」

「そうだな。そうかもな」

 なんか、高校に入って、みんなや氷雨と出会って、今まで自分がいかに自分しか見ていなかったんだって、そう思う。

 俺がずっと遠ざけていた、仲間と言う関係。

 家族以外の、気の置けない関係。

 凛子が優しい目で俺を見ながら飯を食っている。

 こんな普通の時間を、人は幸福と呼ぶのだろう。

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