クリームライス

第73話 クリームライス 1/2


「うーん」

「どうしたんだ?」

 太一が近づいてくる。

「いやさ、俺、お前に風邪うつされただろ? それで例年より早くこたつ布団を出したんだ」

「それが?」

「それで昨日とか一日の半分をこたつの中で過ごした訳だ。そして一日の1/3は布団。さて、残りはいくらでしょうか?」

「えーっと、1/6だっ!」

「正解っ!」

「いや、どうでもいいわ! お前、このネタ絶対仕込んでたろ」

「バカを言え。さっき二分くらい考えてただけだ」

「なんでもいいけどさ。それよりさっきの話、聞いてたか?」

「ああ、その話か。俺はノープランだ」

 朝のホームルームで発表された、文化祭の出し物の案を帰りまでに考えておけという旨の説明。

 俺は参加していないが、先週に体育大会が終わって、そこからすぐに、来月の頭には文化祭。準備期間は四週間ちょっとだ。

「でも、高校の文化祭とかって何やるんだろうな」太一が言う。

「前にちょっと和子から聞いた話では、出店とか屋台を出すなら保健所とかの許可がいるらしい。他だと、何だろう。俺が知ってるのは劇にダンス、お化け屋敷とかもあるな」

「ああ、そういう感じか」

「なになに、なんの話?」テルが寄って来る。

「文化祭で何やろうかって。テルは何か考えてるか?」

「僕ね、喫茶店とかいいんじゃないかって思ってるんだ」

「なるほどな」

「やっぱさ、せっかくやるなら大勢の人と触れ合えるのが良いと思うんだ。二人だって女子がいっぱい来たら嬉しいでしょ?」

「確かにな」

もっともだ」


 んで、放課後のホームルーム。

 俺と氷雨が教壇の前に立ち、意見を募る。

「文化祭のクラスの出し物の案を出せ。今日は文化祭実行委員の任命まで決める。あるようで、日にちは少ないぞ。さっそく意見を出せ」

 何人かの手が上がる。

 出る案は予想通り劇にフリマ、出店などだ。出店にはテルの喫茶店も含まれている。

 ふむ。やっぱり飲食系が人気なのかな。さっきからいくつか案は出ているが、焼き鳥、もつ煮など、メニューが多いだけで、系統の種類は少ない。

「メニューは後回しだ。まず基本の方針を決めたい。飲食が多いが、他は何かあるか?」

「マッサージ」「手相占い」「腕相撲」モブから意見が出る。

「いや、お前ら女子に触りたいだけだろ」

「もういい。釜揚げうどんに決定だっ!」

 氷雨が無能な王様みたいな決定を宣言する。クラスからはブーイングの嵐だ。

「それなら、それなら俺は餃子屋さんをお勧めしたい。文句あるかっ!」俺言う。

 クラスが騒めく。「餃子か、別にいいよな?」「ん? うん、割と悪くないよね」「変わり種餃子とか面白そうっ!」

 あれ、意外な人気だ。嬉しいが、こんな風に決まっちゃっていいのか?

 そこに和子が助け船を出す。

「とりあえず案はこのくらいかしら。少しのあいだ、自由に話し合ってください。その後、投票で決定する事にしましょう」

 そうは言っているが、クラスの雰囲気はもう餃子一色だ。むしろ他にやりたい事があったやつもこの熱気に押されてどんどん駆逐され、洗脳されていく。

 んで。投票終了。

 満場一致で餃子屋さんになった。鏡花だけ小物屋さんだったが。

「まあいい。なら餃子屋さんに決定だ。貴様ら、この俺がいるクラスで半端な餃子など出させんぞっ! やるからには命を賭けろ! オーダー、秋に合う餃子だっ!」

『ウィームッシュっ!』

「麻生くん、みんな、落ち着きなさい。残りは店の名前と実行委員ね」

「クッパ城でいい人ー?」氷雨言う。

『はーい』

 あ、決まった。

 そして実行委員。

「エグゼクティブプロデューサーは俺だ。実行委員はやる気があって使えるやつ。てめーら、我こそはと思うやつは名乗りを上げろっ!」

『はーい』

 すげーな。九割のやつが手を上げている。上げてないのは鏡花くらいだ。

 クジ引きにより、実行委員は幽助ゆうすけ螢子けいこに決まる。似ている様に聞こえるなら、それは気のせいだ。


 家に帰ると、アパートの部屋の前に人影があった。

「おう、将。遅かったな」

「む、親父か。どうした、仕事はいいのか?」

「ああ、とにかく中に入れてくれ。ケツが冷えてしまった」

 仕方なく親父を伴い部屋に入る。

 親父をこたつ机に座らせて、温かい茶を持って俺も席に着く。

「それで、何の用だ?」

「実は、今日一晩泊めて欲しいのでちゅ」親父言う。

「可愛くねーんだよ、ばぶばぶ喋んな。何でいきなり泊まりなんだ、理由を言え」

 そう言うと親父は居住まいを正してこう言った。

「詩織さんに出て行けと言われたのだ。俺は何もしていない。たまたま詩織さんのパンツをスペリオルライド(頭にかぶる事)していた時と、詩織さんのメンスの日が被っただけなんだ。知ってるか? 生理の時って女はイラつきやすいらしいぞ」

「確かに。それは親父悪くないな。兄嫁のパンツをかぶるのは日々の儀式みたいなもんだしな」

「じゃあ泊めてくれるか?」

「それとは話が別だ。俺は敏感だから、いびきどころか他人の寝息があるだけで寝れなくなるタイプだ。安いホテルにでも泊まれ」

「金がないのじゃ」

「公園で寝ろ」

 俺がそう言うと、親父が突如キレた。

「冷たすぎるぞ! 今日日きょうびヤドカリだって宿があるのに、なんで俺が屋根のないお外で寝なきゃいかんのだっ!」

「ヤドカリは昔から宿があるだろ。って言うか今日日って今日日使わんぞ」

「お雨、実のパピーの危急をスルーするつもりかっ!」

「うるせーんだよ! パピーならパピーらしい事してから物頼めや!」

 怒鳴り合っていると、それまで犬小屋でごろごろしていたごてんが口を開く。

「ショウ、落ち着きなよ。ビビンバも頼み事してるくせにベジータくらいキレてたらダメでしょ。せめて飛影を見習おうよ」

「いや、どっちもどっちだぞ」

 親父は息を吐き、そして言った。

「ラーメンの汁って、なんであんなに美味いんだろうな…」

「なんの感想だよっ!」

 いかん、こいつアホだ。アホだとは知っていたが、まさかここまでとは…。

「どうしてもだめか?」

 親父がトイプードルのような目で俺を見つめる。なんか、実の父親とは言え、いい歳こいたおっさんがここまで必死だとさすがに憐れだな。

「仕方ない。廊下だったら泊めてやってもいい。ただしタダではダメだ。ちょうどいいことに、うちのクラスは文化祭で餃子を出す。だから餃子の作り方を連中に教えてくれ。それが条件だ」

「いいお」

 あさっり決まったな。そしてあっさりなんだが、なんでここぞという時に赤ちゃん言葉なんだ? まあいい。それもこれも文化祭のためだ。


 翌日。放課後。ホームルーム。

 教室に肉親がいるという違和感。

「女子集合ー。男子は息を止めて気配を殺しておけー。いいか、処女諸君。餃子とはクリトリスを包む皮だと思え。中の肉芯をいかに…」

 ごめんなさい。こんな親でごめんなさい。俺は心で謝る。

 親父が女子に餃子作りの基本をレクチャーしている。残った男子はビラやポップ作成、予算の組み立て、学校側への申請書など、内職に追われている。それもできないダメな男子たちはホウキでホッケーをしている。

 俺たちいつもの六人は作戦会議だ。男子女子のまとめ役は幽助と螢子に任せておけばまあ何とかなるだろう。

「クラスの意見では変わり種餃子も、という事だったな。入れる具材もそうだが、皮の素材や仕上がりも味に影響する。そこをどうするかを話し合おう」

「なるほど」

「話の焦点が定まっていると意見しやすいよね」

 ふっふっふ。俺を優しいだけのジャニーズ系だと思うなよ。餃子に対しては逆にストイック! めっちゃめちゃ厳しい人たちが不意に見せた、優しさのせいだったりなかったり。

「どうした、今にも霊丸打ちそうな顔して」太一が言う。

「気にするな。あの曲を聞くとテンションが上がるんだ。それで、なにか良い意見はあるか?」

「ピザ餃子」「釜揚げうどん餃子」「唐揚げ餃子」

「いや、お前たちの好物は聞いてない」

「なんか色々言ってくるけど、じゃあ麻生くんは何かあるんですか?」鏡花言う。

 俺に意見するとはいい度胸だな。さすが血液型B型だけの事はある。ちなみにサザエさんもB型だ。

「そうだな。今何となく考えていたのは、皮に味を付ける事だな。そうすればタレは用意しなくて済む。具体的に言うと皮にカレー粉を混ぜて、具材はジャガイモと人参とかな」

「ダーリン、あなたは天才かっ!」氷雨がすごい勢いで賛成してくる。

「なるほどね。今のカレーとか、ブイヨンベースなら生地に粉末を入れて混ぜるだけでいいな」太一がまとめる。

「スタンダードの餃子とデザート餃子は決定でいいと思う」

「まだ分からないけど、コンロの関係で、焼き餃子も揚げ餃子も水餃子もって訳にはいかないだろうね」

「あとはメニューの味とインパクトですね」

 うん。方向性が決まってきたな。

「何にするかはともかく、味のバリエーションは三つから五つくらいだな」

「だね。それ以上だと手間がかかり過ぎる」

「そうブヒね」

 氷雨がボケる。だが、全員スルーだ。氷雨は悲しい目をして空を仰いだ。

「よし、じゃあ明日までにそれぞれ三つ案を考えておこう。今日はお開きだな」

「そっか。太一部活もあるもんね」

「わたしも弓道部が」

「氷雨、お前はどうする? 部活行くか?」俺聞く。

「くるなっ! 私の中に、入ってくるなあっ!」アホが言う。

「最近よく聞くよね、そんなセリフ」凛子言う。

「ほっといて帰ろう。俺はちょっと和子に用があるからこれでお開きだな。誰か、氷雨を何とかしといてくれ」

「僕が見てるよ。それじゃみんな、お疲れさま」

「んじゃ、明日」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る