第57話 駄菓子屋の娘っ子 2/2


 駄菓子屋の中を見て回る。

 うむ、本当に売る気がないんだろうな。コンビニに置いてあるような駄菓子はほとんどなくて、昭和からあるような昔懐かしのラインナップが多い。

 お、これとか懐かしいな。

「青。俺はこれにする。ココアシガレットとすもも漬けだ」

「はいまいど」

「葉山さん。わたくしは花串カステーラとブタメンを頂きますわ」

「ブタメンは駄目だ。若いエリーちゃんには高級すぎる」

「いや、売ってやれよ。60円だぞ」

「お湯を沸かすのがめんどい」

「ものぐさ過ぎるわ。水入れてスイッチ押すだけだろ」

「考えてみな。朝店を開けてお湯を作るだろ? そして一日、一人も客が来なくて店閉める時にお湯捨ててるあの空しさを」

 そう言いながら何だかんだでお湯を沸かす青。俺はその姿を見つめる。

 青い花模様の着物に銀鼠色ぎんねずいろの太い帯。足が素足なのもまた良い。そしてそんだけ和装で攻めているのに、髪はシルバー、耳には幾つものピアス、紫の口紅が完全にヤバい方のヤンキーっぽい。

 眉は細く短い。目は大きくない。頬はこけている。でも何だ、飾っているのに飾らない色気のようなものがある。はっきり言おう。タイプだと言っていい。

「何?」

 青が俺の視線に気付く。

「イイ女だなと思って見ていた。カレシはいるのか?」

「そりゃどーも。カレシはいるけど、間違いだよ」

「ん?」

「私は男だ」

 時が止まる。

「あ、ごめんなさい…」

「露骨にへこむなよ。私のルックス見てイイ女だと思ったんだろ? だったらそれでいいんじゃないの」

「そうだぞショー。自分で言うのもなんだが葉山っちは私よりもはるかに女だ。しかもバイだ」姉さんが言う。

「バイってなんですの?」エリーが小首を傾げる。

「エリーちゃん知らないの? 可愛いね。バイって言うのは男の子も女の子も好きって意味」青が答える。

「ふうん。それってわたくしが純さんを好きなかんじと同じ事ですの?」

「ほんでほんでっ! えっ、ほんでほんでほんでっ?」

 青がものすごい勢いで食いつく。

「落ち着いて葉山っち。エリーは本気で分かってない方の子だから」

「エリーちゃんいいねえ、その初心うぶなとこ。焼酎でも飲む?」

「いただきますわ」

 青とエリーが謎の盛り上がりをみせる。ん? ところで姉さんは何をやっているんだ?

「ショー、こっちおいで」

「なんだ?」

「これ知ってる? 銀玉鉄砲」

「ああ、これか。氷雨が好きそうだな」

「ふふっ」姉さんが笑う。

「何だ?」

「ショーってさ、頭の中氷雨でいっぱいなんだね」

「な、なんでそうなる。ただ名前を出しただけだろうが」

「ショーの良いところはね、女大好きなくせして、絶対に惚れた女をプライオリティワンにするとこだよ。だから気に入ってるんだ。優先順位、間違えちゃダメだよ」

「勝手に人の内面を脚色するな。俺は姉さんと付き合えるなら全てを失う覚悟があるのだぞ」

「私と付き合ったら、氷雨と別れるんだよ」

 姉さんはその綺麗な顔を、イタズラなクソガキみたいに歪めて俺の目を覗き込む。

「む」

「さあ、どーっちだ?」

「う、うるさい。興味ない癖にからかうな。俺は腹が減った。青、とんぺい焼き早く出してくれ」

「将ちゃんいい感じで遊ばれてるね。私も将ちゃん嫌いじゃないよ。特大のお好み焼きも作ってやる。私のオゴリだ」

 青が笑う。

 店の隅に鉄板がある。その上で青は慣れた手つきでとんぺい焼きとお好み焼きを作っていく。

 おたふくソースが熱せられる香ばしい香りがする。エリーはブタメンをすすり、俺と姉さんはココアシガレットを口に挟む。


 んで。

 食べ物が出来上がり、みなで鉄板を囲む。

「ショーはさ、最近ハマってる事とかあるの?」姉さんが聞く。

「うーむ。ちょっと待ってくれ、今考える」

「そんな悩む事か?」

「小学校の頃から鬼の兄嫁と毎日修行ばっかしていたが、でも修行ってハマってるものじゃないだろ。ウノやタロット占いは好きだが」

「意外、占い好きなの?」

「うむ。毎日、星の正位置が出るまでやってから眠りにつくのが日課だ」

「それもう占いじゃないだろ」

「マンガとかはどうなんですの?」エリー聞く。

「昔は好きだったが、最近は自分で買う事ないな。借りて読む派だ。実家にあるのもほとんど親父の買ったやつで、今アパートにあるのは電影少女ビデオガールくらいだ。あれは名作だぞ」

「私もあれ好きだ。エロいところばっかりフィーチャーされてるけど、実際あの切なさはもっと評価されていいと思う」青言う。

「どんな話ですの?」

「借りたビデオから女の子が出てきて恋愛する話だ。貞子の元ネタと言われている。ちなみに貞子もビデオガールだ」

「ツッコまなくていいか?」

「青はなんかあるか?」

 そう聞くと青は金属のヘラで鉄板をとんとんと叩く。

「DIYの話はしたしな。なんだろう、パソコンの三国志の顔グラを替えてプレーする事かな」

「微妙に古くないか?」「アニメキャラに替えるって事なの?」「顔グラってなんですの?」

「顔のグラフィック。画像を入れ替えるの。主に高校の卒アルからスキャンして、嫌いだったやつらをザコ武将にして一騎打ちでぶった切るプレイが好きだ」

「アホの見本やな」

 青、けっこう多趣味だな。そして多趣味なんだが病んでるな。

「そう言えば青さんの出身って桜花高校なんですの?」

「違う。私勉強が嫌いでね、県立の魔法工業高校行ってた。でも周りがすごくガキ臭く見えて、私も仲良くする気なくて、浮いてたな。しかもその頃からバイだったしね。キモがられて、ケンカばっかしてて、いつも一人だった。私は一人が好きだけど、一人でいる事と、一人しかいない事とは違うんだって、毎日禅問答。ははっ、若かったなあ」

 遠い目が、寂しい色を帯びている。

 青はこうやって生きてきて、そういう過去と今があって、今、余生みたいに気ままに暮らす青が少しだけいじらしくて、愛でも恋でも友情でもない気持ちが、俺の胸を締める。

 そんな落ち着かない気持ちを抱えながら、俺は言った。

「もう一度言おう。青はイイ女だ。今そうであるのは、全て過去から繋がる青の人生がそうさせているからだ。その嫌だった日々は、今の青になるための糧だったのだろう。最低な高校生活? 大いに結構だ。そんなイイ女になるためだったら、青春の三年間くらいどうでもいいだろう。俺だけ盛り上がって申し訳ないが、俺は青が好きだ。そんな生き方も、今目の前にいる青も、すごく魅力的だ」

 場が静まり返る。いかん、またやってしまったな。気分が盛り上がると、俺ってけっこう多弁になるみたいだな。

 気恥ずかしい沈黙の後、青が呟く。

「これは、ははっ、勘違いしなくするの、大変だな」

「私もだよ」

「わたくしだって」

 勘違い? なんでこいつら意味通じ合ってるんだ? 意味が分からん。

「将ちゃん」

「なんだ?」

「ありがとうね。でもね、そういうのはカノジョさんだけに使いな。将ちゃんの言葉は、優しくて、そして女の子には毒なんだよ。凄く伝わる。あんたの気持ちも、あんたがほんとはどういうやつなのかも。知ってるか? イイ男の傍にいる女はね、大変なんだ。将ちゃんと付き合っているカノジョさんは、たぶん一番大変だ。大切にしてやりな」

 氷雨が、大変? あのバカみたいに一途に想ってくれる氷雨の、何が大変なんだ?

「おい、意味が分からん。謎の女語を使うな。分かりやすく言え」

 そう言うと、女三人はそろって笑って、こう言った。

「将ちゃん」

「ショー」

「将」

 ………。

『天然でモテアソブんじゃねーよ』

 よく分からん俺を置いてけぼりに、女たちは声を上げて笑った。

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