第28話 戦いの狼煙 2/2


 山の清流で顔を洗う。痛い。傷に染みるな。気が付けば満身創痍である。

「将。水筒、全部満タンにしたよ」凛子が川際から立ち上がって俺に声をかける。

「そうか。なら少し休むか」

「私は全然疲れてないんだけどな」

「お前は昨日一日寝てばっかだったからだろう。俺は朝から熱闘を繰り広げていたからお疲れなのだ」

「自業自得だ。しかし、碓氷のエーテル探知能力はずば抜けているな。加えてテルの傀儡人形の斥候。ほとんどモンスターに会わないでここまで来れたな」太一が石ころを川に投げ入れ、波紋が表面で揺れる。

 流れの早い、白く煙る水面。太陽の光がちかちかと表面で乱反射されて、肌をくすぐる山間の冷気が心地良い。

 川沿いには俺たちの他にも何組か生徒がいる。みなちょうど昼食の時間なのだろう。

「そろそろ戻ろう。さめさめとテルにだけ食材調達させるのも悪いでしょ」

「そうだな。将、行くぞ」

 キャンプ地に戻るともう氷雨とテルが帰ってきていた。早いな。しかも山菜に木の実、野生の鳥の肉まである。

 調理と言ってもここまで食材に恵まれていれば苦労する事もない。キノコと山の実を鶏肉と一緒に炒め、鳥の骨の髄を使って味付けをする。サバイバルキットの固形スープと山菜で汁物、栄養管理のウエハースと果実が主食だ。

「ランデブー地点まであと二時間と言ったところだろう。どうする? 時間的にはまだ余裕があるが」太一が鶏肉にかぶりつきながら口を開く。

「一気に行こう。この山のレベルのモンスター討伐が私たちの訓練になるとは思えん。むしろ合流地点に一番乗りを目指したらどうなのだ」氷雨が意見を言う。

「この先は、一度登ってからの下りだったな。恐らく、ここからが一番敵との遭遇率の高いポイントだろう。山も深い。急な遭遇戦に注意すれば、本当に一番乗りできるな」

「そうだね。じゃあちゃっちゃと食べて、ちゃっちゃと出発だ」凛子、体操服のおっぱいに肉汁が垂れてる、エロいな。

 食後、すぐに移動を開始する。

「二時方向。敵気配あり。迂回を進言する」氷雨が言う。

「待って。九時方向にも戦闘の気配あり。このままだとどちらかにぶつかるよ」テルが傀儡人形の遠目で報告する。

「最短距離で進む。戦闘は一撃離脱のみ許可する」太一が言う。

「了解」

 だが、そこまで甘くなかった。

「二時方向から四時方向まで敵気配あり。抜けるなら十時方向しかない」

「そっちは崖だ。どうする?」

「敵中突破。二時に進んで吊り橋まで最大戦速。場所は昨日の頂上から確認したな?」

 とうとう戦闘か。俺は盾と槍を握り直し、みんなも息を整える。

 来たっ!

 ウォーウルフの群れ。敵前衛集団が突撃してくる。テルが威嚇射撃をする。散った。木々の間を、奴らはまるで流れる水のようにするすると滑っていく。

「碓氷! 距離100に入った敵を狙い撃て。テルと連携して右側面を守れ。前衛二人は正面突破っ!」

 氷雨とテルの射撃が始まる。俺と凛子は隊の前面に展開して防御壁を作る。

「来るぞ。先頭三匹。俺が誘導する。お前は仕留めろ」

「オッケー」

 俺は突撃する。一頭目を槍で串刺しにする。二、三匹目、あの比較的開けた空間へ誘導だ。左から回り込んで火炎系魔法を撃ちこむ。ウルフは跳躍して躱す。さすが野生の獣。動きが良い。だが。

「ライオットジャベリン!」

 凛子が雷の短槍を投擲する。宙に飛んだウルフを貫く。三匹目が低い姿勢で左右に揺さぶりをかける。凛子の目は鷹の目だ。ウルフのフェイントなど、止まっているに等しい。ミホークと名付けたい。

 ウルフが凛子の喉元めがけて飛ぶ。短刀が閃いた。ウルフを十字に切り裂き、凛子が着地する。

「開けた。全隊前進っ!」

 凛子の合図で戦線を押し上げる。林の奥、崖が見える。吊り橋は目と鼻の先だ。

「井上! 右側面から敵影20、多いぞ」

「橋まで走れ! ここが正念場だ」

 あと距離300が遠い。敵の展開速度が速い。さすがに狼。前面に回り込まれる。

「山統べし森の賢者よ。来い、弓引人馬ケンタウロス

 亜空間から弓引人馬が現れる。雄々しきその姿、森の賢者の名に相応しい知恵。ここで活躍せずしていつ活躍しよう。

「紅蓮の弓矢」

 弓引人馬が、弓先に炎を纏い引き絞る。三本の紅蓮の弓矢が炎を纏い敵を殲滅する。

「まだだっ! 敵さらに60。無理だ。西に逃げて他の生徒と合流しよう」氷雨が声を張り上げる。

「それしかないな。殿しんがりは俺と碓氷。生徒と合流するまで走れっ!」

 太一の一声で進路を変更する。群れの中枢に踏み込み過ぎたか? だが吊り橋のある最重要ポイント。教師たちがここまでの敵侵入を許すのか?

 何かがおかしい。吊り橋は、ほぼ全ての生徒が通る場所だ。当然教師もそこにいる。だが、目と鼻の先にいた教師が俺たちを見捨てる物なのか? とにかく、今は西にエーテルを感じた生徒との合流だ。

 敵は半ばで兵を退いた。多分、あのエリアが敵のテリトリーなのだろう。しかし困ったな。あいつらを殲滅するとなると一オウカでは少々荷が重い。

「どうする? あの数では橋を渡るのは絶望的だぞ」

「橋は中継エリアだ。先生方が全滅するとは考えられないな。とにかく全貌が知りたい。一旦他部隊と合流だ」

 林を抜け、開けた大地を進む。渓谷の傍、高台のその場所に教師と生徒の姿が見える。

「おーい。こっちだ」

 やはり教師も避難していたな。崖の際、守備的には適した場所に仮設テントが張られている。

「橋は渡れないのか? 何があった?」

 聞くと、教師の一人が口を開く。

「ウォーウルフの群れが南下して来てこの辺りをテリトリーにしたらしい。我々教師は毎年、風紀委員と共に下見に来ていた。しかし、今年は生徒襲撃事件が起こってそれができなかったのだ。やはり下準備は必要だったという事だな」

 あ、それ俺とテルのせいだ。だが空気の読める俺はそれを口にしなかった。

「ならばどうする?」

 聞くと、和子が説明する。

「今、山に散った生徒をここに集めているのよ。収容率はまだ三割。先生方は生徒の誘導で手いっぱい。今生徒の中から討伐部隊を編成中。あなたたちの中からも何人か出撃してもらうわ」

 討伐部隊のブリーフィングまでは三十分あるらしい。今のうちに身体を休める。その間にも生徒が続々とテントにやってくる。その中にエリザベスの部隊もいた。

「あら、将。また会いましたわね。今朝の戦闘、見事でしたわ」

「エリザベスか。俺は今お前の相手をする気分じゃない。氷雨に遊んでもらえ」

「断る」

「わたくしも嫌ですわナシシャーベット」

「今考え事をしている。黙っていろ」

「何を考えておいで?」

「狼の群れは組織だ。モンスターの中でも知能の高い部類に入る。それがなぜあの橋の付近に陣をひいた? 賢い奴なら人間との戦闘は避ける筈だ。だが奴らは積極的に交戦しているように見える」

「モンスターとは言え所詮は下等生物。考えなんてないの事よ」

「お前、ウジ虫よりバカだな。その下等生物に追い詰められているのだ。思考を止めてはならない。考えなければ、人ではない」

「わたくし難しい事は分からなくってよ。でも、敵がそこにいる。だから倒す。それでいいのではなくって?」

「バカは単純でいいな。まあいい。お前の意見にも一理ある。問題は次、どう動くかだ」

 エリザベスと話していると和子がテントに来る。

「西脇さん。討伐部隊に加わってください」

「よろしくってよ。わたくしのムチの威力。とくとご覧あれ」

「麻生くん、井上くん、碓氷さん。来なさい。うちのクラスからの選抜は三名よ」担任の和子からの厳しい口調での指名。

「待ってください。私たちは?」

「僕たちだって戦える!」凛子とテルが食い下がる。

「足手まといよ。三人とも。来なさい」

 空気は、張りつめていた。

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