3話 「君の眼差し」

 

 霞が入院してから一ヶ月が経過した。


 学校が終わると霞に会うために、病院へと向かう毎日を送っていた。今では歩きなれた病院までの道を、雪を踏みしめながら進み続ける。時々この道は、永遠に続く悪夢への入り口のように感じて好きになれない。


 この一ヶ月、次第に体力が落ち始め目に見えて痩せてしまった。

 抗がん剤のおかげか熱が出る回数は減ったが、副作用のせいで髪の毛が抜け始めている。

 

 最近ではニット帽を被り始め頭を隠すようになった。僕はそんな事で霞を嫌いにはならないのだが、女の子は髪をとても大切にしているようなので、気にしないなどと言えば僕が霞の怒りを買う可能性が非常に高いだろう。


 霞が居る病室の前に着くと、中から話し声が聞こえてきた。


「桜道寺さん我々も手を尽くしているのです、どうか納得してください」


「嫌! どうして私なの!? ステージ3なんておかしい!」


「いや、まだステージ3になった訳ではありません。ただそうなる可能性が高いと言うだけです」


 どうやら医者と霞の会話のようだ。だけどステージ3なんて本当だろうか? 

 白血病はステージ1からステージ4まであり、ステージが上がるたびに生存率が下がってゆく。僕もネットで調べたから霞の取り乱す気持ちは分かる。だけど霞はまだ元気じゃないか、ステージ3なんて信じられない。何かの悪い冗談のようにさえ感じた。


「とにかく桜道寺さんにはお伝えしましたよ? それでは失礼します」


 病室の扉が開き、医師と看護師が出て来ると足早に立ち去って行った。

 気を取り直してドアを開けると、窓を眺める霞が目に入る。外は雪がゆっくりと舞い落ちているけど、部屋の中はとても暖かく心地よかった。


「霞、大丈夫?」


 そう声をかけると、頬に涙を流している霞がこちらを振り向く。そんな姿を見た僕は、心臓を鷲掴みされたように動きを止めてしまった。


「たっちゃん、ごめん。ちょっと驚いただけだから……」


 そう言って、霞は病院着の裾で涙を拭いた。赤いニット帽は霞に良く似合った感じだが、僕はそれが好きにはなれない。なんだかニット帽が、霞を苦しめているように感じたのだ。


 ベッドの横の椅子にいつものように座ると、持ってきていた袋から小説を取り出した。


「これ、買ってきたよ」


「わぁ、ありがとう! 転生物で読みたかったやつだ! 良く手に入れられたね! 私も前に探したけど、見つからなくて困ってたんだ!」


「だろうと思ったよ。僕もかなり探したんだ。隣町まで行ってようやく本屋に売っていたから、大切に読んでくれよ?」


 霞は大きく頷くと早速本を開き始める。実は僕は買ってきた本の内容を知らない。と言うのも、以前から霞が探しているとぼやいていたことを思い出し、探し出して買ってきた本だからだ。本を見つけた時は、霞の喜ぶ顔だけが目に浮かんで嬉しかったものだ。予想通り喜んでくれたので僕は満足していた。


「ねぇ……たっちゃんは私の事どう思う?」


 ふと、霞が振ってきた話題に僕は生唾を飲み込んだ。そ、そりゃあ大好きだよ。でもこんな言葉を言えるのならすでに霞と付き合っているかもしれない、当然ながら無難な言葉を選んでしまった。


「大切な幼馴染かな」


「本当にそう思うの?」


 霞の眼差しは、僕の心を貫くように見据えていた。


 本当の事を言うべきだろうか? だが僕にはそんな勇気は湧いてこない、手にはいつの間にか汗が吹き出し、じっとりと湿らせている。

 霞は一体どんな言葉を望んでいるのだろうか? 幼馴染なんてお前には贅沢だ、なんて思っていたりするのだろうか? だったら僕も同意する。霞は出来過ぎた友達だ、ましてや恋人になりたいなんて妄想している僕には霞は眩しい。


「たっちゃんは、小説のようにハーレムを望む?」


 話題が変わり、今度はハーレムに関して問いかけてきた。


「ハーレムは読んでいて楽しいけど、僕は望まないかな」


「本当に? 実はハーレムしたいとか思っているんじゃないの?」


「しないよ、僕は霞が……」


 しまった! 危うく霞一筋なんて口に出してしまいそうになった。だが霞は嬉しそうに追い打ちをかけてくる。


「私がどうしたの? ねぇ、私が何?」


「ち、違う。僕は霞みたいに、逆ハーレムを好んでいないって言おうとしたんだ」


「ふーん。私は逆ハーレム好きじゃないんだけどなぁ」


 そう言いつつ、霞は再び本に視線を戻した。


 危なかった、危うく僕の気持ちがばれるところだった。でも、もし霞が好きだなんて言っていれば、恋人同士になれたのだろうか? いや、無理だな。霞には恋愛よりも勉強や小説だし、僕が入れる隙間がないように感じる。


 その日はたわいもない会話を楽しみ病院を後にした。


 帰宅すると、日課になっている”カクヨム”にアクセスする。

 

 このサイトは、膨大な作品が溢れ僕の心をときめかせてくれる。他にも様々な小説投稿サイトがある中で、このサイトに登録したのは霞の影響が大きいだろう。だけど今では、僕に一番合ったサイトだと思っている。


 好きなSFを読もうとして、霞の事が脳裏をかすめる。


 ファンタジーを愛する霞にもっと近づきたい、そんな思いに駆られファンタジー作品を読み始めた。霞が病気を治した時に、もっと会話が出来るようにしたかったのだ。もちろんファンタジー話でもっと仲良くなり、あわよくば恋人なんて考えていなかったわけではないが、ファンタジーは霞を感じられるような気がして読んでしまう。



 だが僕や霞の気持ちとはよそに白血病は進行し、二か月後にステージ3に到達してしまった。




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