3
青年は自身の首に絡みつく女を、甘んじて受け入れる。
「貴方はわたくしが救ってあげる」
何度も、
「ならば、私は貴女を救いましょう」
そっと耳許で彼が女に囁き返せば、女の頬が紅潮した。彼女は鈴を転がしたような声で笑んだ。
広い室内に女の声が反響する。
まるで恋人同士のように甘えてくる女を、青年は内心疎ましく思っていた。しかし、賢明にも顔には出さない。
彼のそんな貼り付けた――まやかしの笑顔に女は微塵も疑いを抱いていないようだ。
分厚いカーテンの隙間から、薄く光が射し込んでくる。
光は波打ち、窓際だけを幻想的に染め上げた。
……青年は、その光から目を逸らした。眩しい光は時として、濃い陰を浮き彫りにする。
しばらくして。
「……どうしました?」
青年はようやく女が震えていることに気が付いた。女は彼の胸に顔を埋めて「わたくしの行おうとしていることが、間違っていたらと思うと、恐くて……」と弱々しく呟いた。
青年は女の背中を軽く叩き、口角を持ち上げた。
「貴女の行動は正しい。誰よりも正しいのです。それが明日の平和に繋がると思えば、多少の犠牲は必要不可欠なこと。憂いは捨て去るのです」
「ええ……そうね。そうよね」
女は青年から離れ、窓辺に寄る。白くほっそりとした彼女の手が、カーテンを勢いよく引いた。
途端に眩い陽光が青年の目を直撃した。彼は眉根に皺を寄せる。暗闇に馴染んだ瞳孔が急激に縮まった。
「綺麗だわ」
皮膚を掻き毟ったような、紅く滲んだ空を見て、綺麗だという感想が浮かぶ女に目を丸くしつつ……青年は女の横に並んだ。
凍える風が部屋へ滑り込んでくる。
それと同時に、女は再び青年に抱きついてきた。
柔らかなぬくもり。
青年は目を伏せる。
彼は、このぬくもりがもうすぐ喪われることを、知っていた。
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