未来の空

音羽ヒカリ

序幕 開幕のベル


 ――紡ぎ人と救い人が集う時、伝記は開かれる。


 光の洪水が崩壊へ進む世界を蘇生させし時、全ての種族はこうべを上げるだろう。

 いにしえに眠る伝説を継ぐ者達は今、己の武器を携えて集った。

 未来の空を取り戻さん、と。


 善も悪もない。ただ、何かを成すために。


 伝記を開く時が来た。

 紡ぎ人と救い人の、生き残りを賭けた戦いが始まる――……。




 ◇




「たとえ離れてしまっても大丈夫。私達の間には、強い絆があるから」


 黄金色に波打つ髪を靡かせ、白い光が満ちる中で美しい女性は笑みを浮かべた。


「ああ、いつまでも――来世でもずっと一緒だ」


 女性の言葉に男性が首肯する。

 永遠を誓い合う二人。


「…………」


 ひっそりと佇む教会でキスをかわす男女が、少女の大きな瞳に映り込む。

 男女の周囲を取り巻く人々は一様に笑顔で彼らを祝福していた。

 少女もまた、惜しみない拍手を送って、笑顔で男女を見守っている。

 しかし、少女の心はひどく冷たい。

 ゆっくりと、目を閉じた。

 瞼の裏の血管が日の光に透けたと思ったら、黒に塗りつぶされる。


 ――少女はいつの間にか中空に浮かんでいた。


 いつも通り、過去を巡ったのだろう、と思って帰路につこうとすると――……。


「……誰だ」


 空気に溶け込むような、抑揚のない声がした。


 声の主を振り返ると、少女同様に中空に浮かんでいる少年の姿があるではないか。

 分厚い本を読んでいる少年を見て、少女は驚愕した。

 いきなり声をかけられたから驚いたのではない。少女が過去をたゆたう際、このように自分と同じ立場の者と遭遇したことがなかったため驚いたのだ。

 少女は目を爛々と輝かせて少年へ近づく。


「私は――――。あなたは?」


 返事はない。それでも、少女は嬉しそうに少年へ矢継ぎ早に話しかけた。



 彼女はそれからというもの、来る日も来る日も、少年がいる“場所”への道を辿った。

 粘り強く少年のもとを訪れる少女に根負けしたのだろう。少年は少女が隣に座ることを許し、彼女の話に対して相づちをうつようになった。


 そんな日が続いたある日。


「ねえ、あなたも紡げる人なの?」


 少女の問いに、少年は怪訝な顔を象った。



『決して他言してはいけないよ』



 いつか交わした約束。


 しかし、少年と過ごす日々があまりにも優しくて。


 少女は、絶対に言ってはいけないと言われていた秘密を唇に乗せる。


「あのね、私ね――――」


 ――……瞬間、空気が揺らいだ。



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