「怪獣大戦争」

消雲堂(しょううんどう)

第1話 「登場」

東北の海岸沿いの小都市、福富県岩尾市。季節は春の平日、郊外の山や公園だけでなく街中にも桜が咲き乱れている。渋滞する街の道路、桜が咲き乱れる公園で雑談しながら楽しそうに過ごす老人たちや子供を連れた若い女性たち、街路樹を楽しそうに眺めながら歩く人々。


そのとき、地鳴りがして徐々に揺れだす。地鳴りは最大となって、ついに大きな地震が発生する。大地は割れて大きな地割れがいくつも出来る。次々に人や車や多くの生物をのみ込んでいく。さらに高層ビルは倒壊して、海岸沿いにある建物は液状化によって地中に沈み込んでいく。建物内の人々も叫びながら建物と運命を共にする。古い建物が密集する地域から火災が発生して街は大混乱に陥る。道は寸断されて人々は逃げ惑う。建物が倒壊して下敷きになる者、液状化によって大地に吸い込まれていく者、燃えながら全力疾走してついに力尽きて死ぬ者…。この数百年間に経験したことのない阿鼻叫喚地獄の様相を呈す。


岩尾市の海岸に建つ原子力発電所も想定外の揺れで建物の一部が倒壊した。発電所に勤務する者たちは一部を除いて発電所から脱出を試みるが…。


街中を走る川の水が海に吸い込まれるように干上がっていく。それを目撃する数人が叫ぶ「津波が来る!」周辺の人々が高台を求めて走る。みな携帯電話を手にしているが通信容量が満ちて通話不可能になっている。


家族に知らせようとして走る人々。道が地割れで遮断されて車は使えない。


5分後…最初の揺れがおさまると、人々は建物の下敷きになった人の救助にあたり、怪我した者を介抱したり、発生した火災が彼らを襲う。また自宅に帰り人心地つく者もいる…。渋滞の車中で地震後の動きを待つ者も多い。


街の近くに建つ原子力発電所…。建物の一部は倒壊して、冷却プールから放り出された燃料棒が地表に転がり出す。炉の冷却水もなくなり炉内の燃料棒が溶けてメルトダウン状態になる。


地震の10分後に地震状況確認に飛ぶ自衛隊機が、海側から街に近づく大きな津波を目撃する。通信士が「こちらCP3、福富県岩尾市沖4キロメートル海上に津波発見、高さは推定20メートル…その後方からも第2波、第3波が発生した模様…あ、たった今、第1波が岩尾市に到達しました」と伝える。


ほとんど平坦で高台がない岩尾市の海岸に第1波が到達する。徐々に浸水していく海岸から音もなく市街に向かって進んでいく津波。河口に入った津波は川を遡上して川沿いの町並みを破壊していく。


先ほどの自衛隊機は、逃げ惑う人々があっという間に津波にのみ込まれていくのを目撃する。「津波は人々をのみ込んで岩尾市街に向かっています。ああ、もうだめだ…岩尾市はだめだ…」


自衛隊機の後方の海上から第2波と第3波の津波が岩尾市に到達する。平坦な岩尾市は壊滅状態。原発にも津波が到達した。建物全棟を破壊し水没させてしまう。


海上に第4波…いや、数え切れぬ程の津波が発生して岩尾市全体が太平洋の一部となった。もはや生きているものは皆無だ。


海中から巨大な生物が現れる。怪獣である。この世のものと思えぬ程の恐怖の雄叫びを発しながら岩尾市があった場所に向かっている。


胸から上が海中から姿を現す。原始時代に生きた恐竜の子孫なのだろうか? それとも極地で冷凍状態になって眠っていた生き残りなのだろうか? 海上に見える上半身は、がっしりと筋肉質の胸部に小さな頭部ががっしりと密着しているように見える。怪獣は二本足で立ち、体に比べると細くて短い印象の腕が左右にぶら下がっている。


溶岩のように凸凹した皮膚に醜くこびりついた貝と海藻…。遠浅の岩尾市沖に達すると腰から上が姿を現す。怪獣は、水浴した犬が体毛から水分を弾き飛ばすように体をブルブルとふるわせると凸凹した皮膚から貝や海藻が剥がれ落ちる。


水深20メートルの海中に存在するであろう脚部を含めると推定60メートルの強大な怪獣だ。怪獣は岩尾市があった場所に進んでいく。原子力発電所があった場所から水蒸気が吹き上がっている。怪獣はそちらに目を向けると海水をかき分けながら原発が沈む場所に向かっていく。


怪獣がそこに到達すると、グアァアアアア!と雄叫びをあげて口を海中に沈めて水蒸気が立ち上る周辺の海水をガボガボとのみ込んでいく。しばらくすると顎の脇に空いている魚の鰓のような穴から海水を物凄い勢いで排出している。怪獣は放射能を好んで吸収しているらしい。大気中に飛散した放射性物質をも怪獣は凸凹した皮膚で吸収しているようにも見える。怪獣の皮膚は徐々に赤く染まり、しばらくすると目が眩むような光に包まれた。そこに大気は渦を巻いて怪獣の皮膚に取り込まれていく。やはり怪獣は原発から放出されたすべての放射性物質を吸収しているのだ。


いつの間にか怪獣の手には海中から拾い上げられた原発の燃料棒が握られており、怪獣はそれを頬張ると口中で燃焼させて溶かしながら体内に吸収しているようだ。


グアオォーーーーーン!!!怪獣はあっという間に海中に沈んだ原子力発電所のエネルギー源を吸収し尽くしてしまった。



2.



同じ頃、熊宮県の活火山、明日香山でも異変が起きていた。


平日でも多くの観光客で賑わう明日香だから、この日も老若男女が観光バスや自家用車でやって来た観光客が外輪から火口をのぞき見ながら記念写真を撮影したりしている。

そのとき、火口を覗き見る子供のひとりが火口の変動を目撃した。火口の少し右側にいくつもの穴が空いて水蒸気が吹き出し大きな溶岩グラグラと動いたのだ。


「パパ、あそこに何かがいるよ…」



「火口にか?ははは、ノドンでもいるんじゃないのか?」


ノドンとは古代生物プテラノドンの一種で、鹿児島の桜島に現れた。同じ古代蜻蛉メガネウラの幼虫を食料にしながら桜島の地下でひっそりと生息していた怪鳥のことだ。それが昭和31年になって番らしき2体が地上に現れ、鹿児島だけでなく長崎や博多の街で暴れまわったあと、桜島の火口に墜落して絶滅した。


「ノドンってなに?」


「昔、桜島で死んだ怪獣だよ。すげーでっかい怪獣で大勢の人が死んだんだよ」


「怖かね…でも、あそこがさっきからグラグラ動きよるんよ」


「ん?」父親が火口を見ると確かに大きな溶岩がグラグラと動いている。


(噴火か?)


次の瞬間、轟音がして先ほど動いていた溶岩を跳ね上げて巨大な噴煙が立ちのぼった。跳ね上げられた溶岩は先ほどの親子をたたき潰して火口を転げ落ちていく。溶岩はひとつだけでなく数え切れない程の大小の溶岩が観光客を襲う。溶岩は観光バスや自家用車を押し潰して山肌を転がっていく。火口目指して上ってくる観光バスや自家用車も次々になぎ倒されていく。


ズズズズズズ…地鳴りを発生させつつ明日香山は遂に火口の瘡蓋を吹き飛ばして噴火した…否、噴火ではなかった、火口から吹き出したかのように見えたのは溶岩と噴煙ではなく巨大なコウモリのような怪鳥であった。


グェ!奇声を発しながら怪鳥は火口上空に飛び上がる。羽ばたきによって明日香山の周辺には台風のような強風が発生して建物や車を吹き飛ばしていく。火口上空には竜巻が発生して破壊された建物の瓦礫や観光バスや人などを上空に巻き上げていって円を描いて身震いするような竜巻から吐き出されていく。竜巻はひとつだけでなく、周辺にいくつも発生しているようだ。


怪鳥は火口上空を数周飛び回ると、そのまま東北方向に向かって飛び去った。


3.


南海の孤島インフェルノ島。開闢以来、いずれの国にも侵略されず、隷属せずに存在できた島だ。

怪獣が日本に現れた同じ日、島の中心にある火山ヴィギレミ山が噴火した。島民たちは噴煙を吐くヴィギレミ山を見て「猿神ディオス・モノの祟りだ」と恐怖した。島民たちは島の老呪術師ヨト・コミヒに猿神を鎮める呪いを依頼した。


火山が見える丘の上に祭壇が置かれ、その左右に太い杭を打ち込んで生贄の豚を1匹ずつ繋いだ。豚はキーキーと鳴いて暴れた。自分たちの身の危険を察知したようだ。


ヨトが「ヨーケホラマテ ディオスモノ ヨーケブラウゾ ディオスモノ・・・」と同じ呪文を繰り返して唱えると島民は彼女の呪文に合わせて太鼓のような打楽器を叩いて踊った。島民の女性たちもヨトの呪文を原始的なメロディに乗せて「ヨーケホラマテ ディオスモノ ヨーケブラウゾ ディオスモノ・・・」と歌いながら踊っている。見れば呪術師ヨトも島民たちも赤い液体を飲みながら踊り狂っている。どうやら赤い液体は島の植物から抽出したものらしいが、島民の「視点の定まらない呆けたような表情」から、幻覚作用のあるものらしい。


島民たちが踊り狂っていると火山の麓のジャングルの木々がバタバタとなぎ倒されていく。巨大な何者かが豚の生贄を目がけて物凄い勢いで進んでくるようだった。


「グァアアアア!!!」猿神がついに姿を現した。それはゴリラを巨大にしたような怪獣だった。怪獣は前屈の姿勢のまま恐ろしい形相で走ってくる。ところが、あまりに勢いすぎて祭壇の前で止まれずに祭壇にぶつかって島民の中に倒れこんだ。呪術師はもちろん、島民も数十人が倒れこんできた巨大な怪獣に押しつぶされて死んだ。


「ディオスモノ!!!ディオスモノ!!!」と叫びながら生き残った島民は、太い木の骨組みにシュロのような植物の繊維を結びとめただけのような華奢な小屋に逃げ込んだ。


怪獣は頭を右手でおさえて痛そうに表情をゆがめながら立ち上がった。自分の足元にできた真っ赤な血の海の中にたくさんの島民が横たわっているのを見て不思議そうな顔をしながら首を傾げた。潰れたひとりの島民を右手の指でつまむとダラダラと滴り落ちる血に驚きながら「ウォウウオオ・・・」と動かない島民を左手の指でつついた。島民の死体はブラブラと左右に揺れるばかり。怪獣はいくらつついても動かない死体を見つめて涙を流した。そして叫んだ。「グァオオオオオオォォ!!!」


その様子を見ていた島民たちが恐る恐る小屋から出て怪獣の傍に歩み寄って来た。「ディオスモノ!」「ディソスモノ!」「ディオスモノ!」島民は怪獣の落ち込みを癒すように、叫びながら、また踊り始めた。








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「怪獣大戦争」 消雲堂(しょううんどう) @kesukumo

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