第2話

★星になったトラ☆


それから一年過ぎて、公園の土管の中を住処にして、近くのごみ箱をあさりながら、どうにか生きていた。ある日、ある家のゴミ捨て場に捨ててある絵本に、トラは、自分に似ている動物の絵があるのをみつけた。それは、本物の虎の絵だった。大きくて、堂々としていて、強そうだった。

「俺も、いつかこんな風になるのかなぁ」

と思い嬉しかった。その家のキッチンの窓が開いていた。そこから、魚の焼けるいい匂いがしてきた。お腹が空いているトラはたまらなくなって、ゆんを待たせて窓から忍び込み、その魚を取ろうとした。ところが、取る前に見つかってしまい、必死で逃げ出した。

ゆんには

「そこに隠れていろ」

といいながら、どんどんどんどん逃げた。

気がつくと、いつもゆんと遊ぶ竹林に来ていた。お腹は空いているし、一生懸命走ったので、もうクタクタだった。その時、お尻の下から声がした。

「あのう……ちょっと、痛いのですが……」

トラは、びっくりして、飛びのいた。そこには、笹になる竹の子がいた。

「びっくりしたよ。ごめんな」

「いや、いいのですよ、それより、一つお願いがあるんですが」

「なんだ?」

「実は、もうそろそろ竹の子取りの人が来る時期なのですが、小さな私でも取られてしまいそうなのです。私は、このまま育って、七夕の笹になるのが、夢なのです。二、三日私を、隠してもらえないでしょうか。二、三日経つと固くなるので、もう私を持って行くことはなくなりますから」

トラは、この竹の子の夢を叶えてやりたくなっていた。

「よし、いいよ任せとけ!」

竹の子取りの人が、いつ来るか分らないので、ずっと、そこにいなければならなかった。何人もの人間が竹の子をみつけて掘り起こしていく。ゆんが心配しているだろうなと思いながらずっと、その場所にいた。しかし三日目のお昼頃になると、トラは、お腹が空いて空いてどうしようもなくなってしまい、そこにいた竹の子取りの人のおにぎりを、そおっと、盗もうとした。ところが、また、見つかってしまい、どんどんどんどんどんどんどん逃げた。


気づいた時、そこは崖っぷちだった。戻れば捕まる……。トラは思い出した。

「俺は、あの絵本の虎のように強いんだ、きっと、この崖を向こうの崖まで飛べるんだ」

空腹で思考回路も普通じゃなくなっていたトラは、そう言うと崖を飛んでいた。

しかし、猫のトラに、そこが飛べるわけはなかった。まっさかさまに、落ちて行ってしまった。

竹の子は、逃げたトラが心配だった。逃げた方向には、崖っぷちが待っているからだ。トラのおかげでもう身体も固くなり笹の木らしくなっていた。竹の子取りの手に掛かることはなくなった。それから二日して、トラの聞きたくないような噂を聞いた。そうしているうちに一匹の三毛猫が誰かを探しているように見えたので、思わず声をかけてみた。

「あのう、もしかしてトラさんを探しているのではないですか?」

ゆんは驚いて、その小さな笹の木に怪訝な顔をしながら

「はい、兄のトラのことご存知でしょうか?もう、一週間近く探しているのですが」

「あなたのお兄さんは私の命を助けてくださった為に、人間に追われて、この先の崖っぷちに行ってしまったようなのです。噂では、向こうの崖まで飛ぼうとして…」

そこまで言うと、笹の木は涙で声が詰まってしゃべることができなくなってしまった。

「そうですか、死んでしまったのですね、兄らしい死に方をやってくれたものです。そうですか……」

と言うや否や、おぉおぉおぉと大きな声で叫ぶように泣くゆんの声は、周りの竹に変わり代わり波打って響いていった。

「笹の木さん、七夕の日は、きっと兄が見守ってくれると思いますよ。りっぱな笹の木になってください」

笹の木は、身体が折れるほどしなって何度も頷いていた。

ゆんの頭の中では、星になったトラの

「おーい、トラだよ!よかったね、夢が叶って」

と七夕に夜空を仰ぐ飾りをたくさんつけた笹の木にそう言っているような声が聞こえてくるようだった。

ゆんは思いっきり泣いた後、笹の木にとびっきりの笑顔を残して、ひとりだけで街へ下って行った。


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