ホームレスゆん

@ebiyou

第1話


★ご主人との別れ ☆


「ゆん、ご主人はフランスと言う国へ引っ越しをするそうだよ。俺はフランスの言葉も分からないから行きたくないよ。ゆんはどうする?俺はあしたご主人が会社へ出かけた後、家を出るから」

トラとゆんは、トラ模様と三毛の日本猫。二歳の兄妹だ。トラは虎の模様なのでそういう名前になった。ゆんの名前はご主人が昔好きだった女性の名前(あだな)らしい。ゆんのしっぽは、付け根から三分の二は茶色で、先のほうが黒いので、まるで筆を引きずっているようだ。飼い主はフランスへ転勤なので、この二匹も一緒に連れて行くつもりのようなのだが

「お兄ちゃん、ゆんも出て行く。お兄ちゃんと離れたくないもん」

「そうか、じゃ、今夜までここにいて、あしたには出て行こう。でも、ゆん、これからはご飯も今迄みたいに満足に食べられないんだぞ、それでもいいのか?」

「ゆんは、外のゴミ箱で拾ったバナナを食べた事あるよ。ゴミって宝の山だよ。大丈夫だって」

ゆんが不憫にも思えたが、トラもゆんと離れたくないので連れて行くことにした。

二十八歳でまだ独身の飼い主の男性は、生まれたばかりなのに捨てられていた二匹を拾って、大切に育ててくれたのだが、フランスには行きたくないし、家猫でぬくぬく生きて行くのも、少し退屈にもなっていたので、これを機会に少し修行に出て強くなろうと思っていた。

ご主人が選んでくれた首輪だけは、持って行こうと決めていた。居間で、ご主人がテレビを見て笑っている。あの声がトラもゆんも大好きだ。もう、明日からこの温かい声を聞くことができなくなると思うと、気持ちが揺れそうになったが、頭をぶるんぶるんと振って、できるだけご主人のことは考えないようにした。


十二時を過ぎるとご主人の寝息が聞こえてきた。


運命の朝が来た。

ご主人はいつものようにトラとゆんのご飯の用意をして、二匹の喉を何度も撫でて出かけていった。

「ゆん、そろそろ行くぞ。後ろを見ないようにしてついてくるんだ」

「うん、見ないように頑張る」

そう言うゆんの目には涙が溢れそうなのだが、歯を食いしばって早足でトラの後をついて行った。(さようならご主人様、今までありがとう。フランスでも可愛い猫を飼ってくださいね)とトラは心の中で頭を下げながら、いつも通る道とは違う、行った事のない道をドンドン走って行った。


ご主人、工藤隆は建設会社で建築士をやっている、今度大きなプロジェクトのメンバーになって毎晩十時過ぎて帰ってくることが多くなっていた。


「トラただいま。ゆん遅くなってごめんな。すぐ飯作るからな」

しーんとしている。おかしい、いつもは足元にまとわり付いて来る猫たちがいない。いつもと違って家の中が寒々と感じる。二年も飼っていると、猫の表情で気持ちも読み取れるようになる。トラに転勤の話をした時の、トラの寂しそうな顔が今浮かんでいた。フランス行きは中止になったから、今夜はトラに報告して安心させようと思っていたのに、遅かった。トラのことだ、もう、随分遠くまで行ったと思える。疲れもあったのか力が抜けた。探すのもやめようと思った。窓の向こうで、ゆんのしっぽが揺れたように見えた。そのままベッドに倒れたように眠ってしまっていた。

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