第9話:グリフィア②&暗殺者

さて、今現在俺は少し前に経験したことと非常によく似た光景というか被害に遭遇している。

実際に体験したので既視感ではないのだが、打ち合わせでもしていたのかそれは全く同じ感じになっているのでちょっと怖いものだ。


ではどのようなことになっているか、今回は赤い毛並みの大型犬ではなく栗色の毛並みの鷲獅子(人型)に抱きつかれているのだ。


「....離せ」


「......」


俺の腹部へと顔を埋めている鷲獅子、フィアに向かいそうお願いではなく命令を投げる。

だが返ってきたのは無言でキツく締めるという行為のみでありそのおかげで肋とかは圧迫されちょっと苦しくなってきた。


「いいから離せ、死ぬぞ。主に俺が」


「.....ユート様は死にません....」


「違う、そうじゃない」


何を根拠にそう言っているのか理解できない。

俺の身体は前にも言ったが至って普通の人間の身体だ。直前で威力を落としたり結界を張ったりして攻撃を受けても傷つかないようにしているだけであって普通に潰されるし骨も砕ける。

そのことは十二将全員が知っているはずなのだが何故か死にません、と言った後にすぐさまキツく締めだすのでアリサの時と同様に肋が軋みだしそろそろ回復魔法をかけ出さないと本格的に死んでしまうかもしれない。


「いやマジで。そろそろ肋ごと俺の身体がひしゃげる」


そう言いながらギブアップを伝えるべくポンポンと叩いたところでようやく俺の肋が解放された。

かろうじて生き残った己の肋を褒めつつフィアに恨みの念を込めた視線を向けるが....すぐにその念は引っ込んだ。


「よかった....本当によかった....」


いつもは毅然としており常に凛々しくまるで水流のようなフィアがその目から大きな雫を流していた。


「あの時....ユート様が消えた時....もうダメかと思いました....」


消え入るような声で震えながらそう呟いていた。

どうやら相当堪えていたらしい。

おそらくあの決闘紛いのものもそんな気持ちを発散するのが目的、と言ったところだろう。

俺が現れたことは淡い希望程度にしか感じていなかったが、思いの外早く現れた、というわけだろう。


「....フィア、ただいま」


アリアの時と同じようになってしまったが俺は一旦離したフィアを抱き寄せる。

一瞬フィアの身体はビクッと震えたがすぐに収まり身体をこちらに預けながら2、3度深呼吸をして離れた。

その顔からはさっきまでの思いつめたような悲しげば表情は消え失せており、その顔立ちも相まってか母のような表情を浮かべていた。


「ユート様、おかえりなさい。ずっと、お待ちしておりました」


ゆっくりと頭を垂れる。


「ただいま、変わりはなかったか?」


「はい、一時はダメかと思いましたがユート様が残したこれがありましたので」


そう言ってフィアは近くに立てかけてあった蛇腹剣を示す。

他にもステータスアップ用のアクセサリーとか渡していたはずなのだが、武器を選ぶあたりなんともフィアらしく、とても懐かしい、と感じることができた。

たった数十年前、こちらでは3年前の出来事だったが、どうやら俺自身も相当堪えていたらしい、もうちょっと感情がはっきりしてればおそらく俺自身も涙を流していただろう。

それだけ仲間と再び出会えるのは嬉しい、というものだ。


だが、感動の時は一転する。


「さて、もう知ってると思うがここにはアリアがいる。今は何故か席を外しているが、他にシスルスと新たに仲間になったハピアとクラーリという奴もいる。仲良くしてやってくれ、もうすぐ帰ると思うから....って、どうした?」


この一言であきらかに場の空気が張り詰めたのだ。

原因は無論目の前にいるこの剣士。

先ほどまでの優しげな表情から一変、まるで浮気を問い詰める恋人(経験談ではなく観察の結果)を思わせる雰囲気と何故か満面の笑顔を浮かべる。


「ユート様?そのハピアとクラーリというのは、女性ですか?」


天を堕とし地を分かち海は荒れる。

一瞬、昔誰かに言われた『女性が怒った時の特徴』という言葉を思いだすほどの底冷えするような声を出すフィアは、何故か立てかけてあった蛇腹剣を手に取り立ち上がる。


「ユート様、昔言いましたよね?女性には正直興味がない、十二将がいれば十分だ、と」


フィアは鬼気迫るというかその鬼気を纏ってゆっくりとこちらへと歩を進める。


「ま、まてフィア。確かに言ったが彼女らは奴隷だ、十二将とは違っ....なんで魔力を込める!?」


「奴隷....奴隷?奴隷とはあの奴隷ですよね?いやらしい事を強制する奴隷ですよね?」


何をどう聞いたら性奴隷になるのやら。

フィアはその素晴らしいとも言える脳内変換で奴隷という言葉を曲解し、蛇腹剣に魔力を込め出す。

ちなみにこの蛇腹剣、魔力を込める事で自在に操る事ができ、同時に強化もされる代物だ。

そんなものに魔力を込める、という事は....


「まてフィア、何故今ここで本気の戦闘態勢に入ったかはわからないが、さすがにそれは俺でも死ぬ」


「大丈夫です。ユート様は死にません」


「待て待て待て、二度目だけどそれどこソース!?俺は別に不死身でも無ければサイボーグで壊れても直せる、とかないよ!?」


前にも...と言うかついさっきも言ったが俺の身体は至って普通だ。

スキルにより常時強化されてはいるがベースはただの一般人、斬られれば血は出るし心臓が止まれば死ぬ。

一応やばい時は自働的に治癒魔法が発動するようにはなっているが脳を破壊されればそんなもの発動しても意味がない。


「ユート様.....これはおそらく十二将の総意でしょう。なので....お覚悟を!」


その後の出来事は話すのも憚れる。

ただ...もう二度とこんな目には会いたくない、とだけ記しておこう。





あの後、主の危険でも察してくれたのか思ったよりも早めに帰ってきたアリア達。

そして現在、なんとか助かった俺はどうにかこうにか場を自己紹介にまで持っていった。


「それでは改めまして。十二将が1人、グリフィアです。この度ユート様の旅に同行し再び十二将としてユート様の為に力を振るう予定です。よろしくお願いします」


ぺこりとお辞儀をしてフィアが自己紹介をする。

無論自己紹介の相手は新しく仲間に加わったハピアとクラーリである。

そして、それに対し2人も自己紹介をする。


「初めましてユート様に買われました奴隷であるハピアです。こっちはクラーリ。微力ながらユート様のお役に立てるよう精進したいと思っています。よろしくお願いします」


「クラーリです、よろしく、お願いします」


イメージ的にハピアとフィアは頑固で真面目なところなど根本的な部分が似ている気がする。

その為同じ性格同士仲良くなれそうな気もするのだが....どうしてだろう、さっきからフィアの2人を見る目が厳しい.....


「ハピアとクラーリですね、わかりました。では先に一つ。ユート様のお世話は私がやりますので、貴女方は手を出さないでもらいたい」


「......何言ってんのお前」


果たしてこの脳筋剣士は何を言っているのやら。

だがしかし、残念なことにハピアも負けていなかった。


「いいえグリフィア様、私どもは奴隷の身、主人に尽くすのは義務であり最優先事項です。ですのでユート様のお世話は私達が行います。十二将の方々はユート様の家族も同然と聞きますのでどうぞゆっくりしていてください」


訂正しよう。


「何言ってんのお前ら」


「「重要なことです!」」


実は仲がいいのではなかろうかこの2人。

だがやはり、言っていることが少々どころかかなり変というかもはや異常の域だ。

確かにこの世界でメイドや執事の文化は裕福な家庭に限るが普通に存在している。

だが。


「ちょっと待てお前ら。俺は別に世話をされなくていいし、どちらかというと世話するのは俺のほうだろ」


食事の用意、金銭の管理、方針の決定、その他交渉の類は全て俺が一括でまとめているのだ。

ハピアは興味があるのか食事の用意を手伝ってくれることもあるのだが基本的には俺が主となっているのだ。


「第一ハピアとクラーリはいいとして、ティファ、ミーナ、アデル以外料理どころか家事すら出来ねえだろ、お前ら」


通称:十二将家事不可組

苦手ではなく不可という表現は案外適切であり、悲惨なものだと質量保存の法則を無視して材料よりも質量が増したダークマターを生み出すものもいる程だ。

掃除も前より汚す、壊す、滅するといった悲惨ようである。


「ハピアは俺が料理を教えてやるからクラーリにも教えてやれ、これ以上家事不可組を増やしたくない。フィアは鈍った剣の稽古、わかったか?」


「はい!よろしくお願いしますユート様」


ガバッとまるで何かの勝負に勝ったような表情の明るさでこちらへと激しく頭を下げるハピア。

....何故だろう、他の十二将と変わらない気がしてきたぞこれ


「あ、あのユート様?私には稽古をつけていただけないのですか?」


どこか焦ったように、それでいて期待感を含ませた声でフィアがそう聞いてきたのに対し俺は、なるべく柔和な笑顔を浮かべる。

その笑みにフィアは自身の希望が通ると思ったのだろう、顔はパァッと赤くなっていくが....


「お前はしばらく1人でやれ」


現実はいつでも非常である。





夜、酒場でこそ毎日のように酒宴が開かれてはいるが城砦都市アルンの街はすっかり静けさに覆われていた。

だがこの世界において夜とはもう一つの世界が往々にして出現することになる。

これは広く知られ、重大事件が起こらなければ黙認すらされることがあるため、無闇な外出は皆控えるのが普通だ。

だが、ここに一組の男女が街を歩いていた。


男性の方も女性の方も身長はさほど高くなく、付かず離れずの距離を維持しているところを見ると恋人でもなく、どちらかといえば兄弟に見えなくもない。

だがその髪色は純銀を思わせる銀髪と炎を思わせる赤髪と暗がりでもわかる明確な違いがあった。


さて、ここまで説明したらわかるだろうが、一組の男女とは悠人とアリアであった。


「......」


「......」


だが別に夜の街にデート、という訳ではないため2人の間に会話は一切なく、どちらかというと2人の間には微妙な緊張感が存在していた。


しばらく2人は暗い街の中を歩き、あるところで突然立ち止まった。


「.....アリア任せた、久し振りに見せてくれ」


「ふむ、了解した」


たった一言、アリアがそう応えるとアリアは急速に魔力を活性化させ、その場から消えた。

そしてそれと同時に丁度俺の背後50mあたりの所から急激に膨れ上がるこちらへの敵意。

振り返った先にいたのは全身黒づくめの男性か女性かわからない、いかにもな暗殺者であった。


魔法による暗視効果でよく見えるが、手には濡れたように輝く短刀を持っており、一目で毒塗りのナイフということも分かった。

つまるところ、辻斬りや通り魔などではなく、確実にターゲットとして殺しに来たのだろう。

適当な推理ではあるが、おそらく依頼主は帝国であり、脱走者とみなされた俺を殺しに来たのだろう。

だがそうなるとこの暗殺者もかわいそうになってくる。


国からの依頼となると最終的には消されるだろう。

そしてなにより.....対象が俺らなのが一番の不幸だ。


「お前さんも不幸だな、暗殺者よ」


「なっ!?....ちっ!」


氷の剣を思わせる底冷えするような声に黒づくめの暗殺者は驚くが腕がそこそこいいのだろう、舌打ちしつつもすぐにその場から離れる。

手にはあのナイフの他に直接戦闘用なのか大ぶりのコンバットナイフのようなものを逆手に持ち、臨戦体制へと入っていた。


通常ならばバレてもこれで仕留められるだろう。

或いは逃げることだってできたかもしれない。

だが、それでも決定的に相手が悪すぎた。


「炎よ」


轟と猛々しい炎が2人を囲むように展開された。


「さて、舞台は整った....開演だ」


そしてよるのまちに地獄は現れた。


「....誰だお前は」


「誰だとは心外だな、中級程度だと思っていたが....まさか調べていないのか?それとも情報を与えられていないのか....どちらでもいいか」


はぁ〜やれやれ、といった感じで首を振るアリア。

些か暗殺者を前にしてスキのありすぎる感も否めないが、暗殺者は全く手を出せないでいた。

中級程度と侮られたからではない。

暗殺者にとって目の前に立つこのスキだらけの少女はどうしようもなく奇怪な存在に見えて仕方なかったのだ。


暗殺者はそのほとんどが初仕事で命を落とす。

死因は失敗であったり都合よく使われただけであったりと様々ではあるが無能な者はそこでふるいにかけられることとなる。

そんな中でこの暗殺者は中級と呼ばれる程にまで上り詰めた紛れも無い有能な部類である。

有能、とはつまり相手の人柄を見たりすることも当てはまり、特に依頼人の人柄、対象の強弱を見極めるのはもっとも重要な素質であるとも言えるだろう。

なのにも関わらず、暗殺者はアリアの実力を測りかねていた。


「さて、今回は久々の我が王の御前なのでな、少し楽しませてもらうぞ」


芝居がかった口調でこれまた芝居がかったおおきな動作でアリアはまたも虚空から炎を喚び出した。


「.....疾っ!」


先手必勝、暗殺者はそう思ったのだろう。

およそ人の身体能力では到達不可能な速度で暗殺者はアリアへと近づき、確実をきすべく大ぶりのナイフを喉笛へ、毒塗りナイフを肌が露出している手首へと動かす。


だが


元魔王はそんなに甘くなかった。


「なっ....つっ!」


暗殺者の繰り出したナイフは虚空を切っており、まるでそこには元々誰もいなかったように陽炎のようなものだけが揺らめき立っていた。

つい先ほどまでそこにいたはずのアリアの姿が忽然と消えていたのだ。


『この程度か』


どこからか声が響いた。

だがその声がどこから聞こえるのか、それとも直接頭に響いているのかは暗殺者はわからずにいた。


聴覚には自信がある。

暗殺者にとって自身の足音を極限まで殺し、聞こえる音を聞き分ける能力は必要不可欠なものだ。

なのにも関わらず暗殺者は一向にアリアの居場所を見つけることができない。

炎で照らされたリング内にも、その炎の光で照らされているリング外の路地にもその姿は見当たらない。

上空には飛翔している物体はなく、地には割って地へと潜った形跡も無い。


ならばどこだ、と思った瞬間、暗殺者の意識は暗闇へと落ちていった....




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る