第56話:暗がりと天災

夜は生物の本能的な恐怖を想起させる。

故に夜、人は眠る。だからそこをつく夜襲は非常に効果があり、卑怯と呼ばれるほどに有用な手だ。

故に実行する。騎士道なんて戦争には関係がない。

まして大軍相手に少数が立ち向かうには卑怯も何もない作戦を実行しなければならないものなのである。


(よし。全員配置についたな)


ユラがあらかじめ決められていた手順で送られてきた通信で部隊の展開状況を把握する。

敵はこちらに一切気づいていない。それもそうだ。

ユート直伝の隠形を誇る十二将とリグリット。その彼女らが教えた精鋭部隊。夜というのも相まってバレる方が難しい。

現在時刻は夜中を回った頃。そろそろ見張りも疲れや油断が出始めた頃。更には指揮官など見張りの義務がない奴らはようやく熟睡し始めたところだろう。

故に好機。


ユラは火矢部隊に準備を命じる。

火矢部隊は2人1組で1人が矢をつがえ1人が横で燃やす。兵士の贅沢な使い方だが奇襲部隊という名称上ギリギリまでバレルのを避けたいからの処置だ。

その他の部隊も準備に入る。


(....作戦開始)


ユラが合図を送る。

するとまず行動したのはリグリット率いる隠密部隊。その中でも選ばれた7人だ。

音もなく木から飛び降り一瞬で見張りを無力化する。呻き声も断末魔もあげさせない。これで目が潰れた。


次に火矢部隊が矢をつがえ、上空に狙いを定めて引きしぼる。

火矢の先端には油を染み込ませた布が巻いてあるため火花を散らせばすぐに着火する。

ユラが合図を送る。

矢に火がつけられ、瞬間放たれる。


特殊な加工により消音性が高い矢はほぼ無音で赤い軌跡を描きながら天幕の上空へとあがる。

目が潰された現状、それに気づける手段は敵方にはない。

そして火矢部隊はタイミングを見計らい、引く強さや角度を計算して次々と放って行く。

これは現代兵器で言うMRSI (Multiple Rounds Simultaneous Impact) 日本語で多数砲弾同時着弾、と呼ばれる砲撃の弓矢バージョン且つ改造バージョンだ。

本来は仰角や装薬などを調整して砲弾を連射し、同一目標に同時に着弾させるものだが、弓矢で同時着弾しても意味はないのであえてバラして射る。それによって火矢は同時に広範囲に落とされ、炎は一気に燃え広がる。

同時に殺傷目的の矢も放ち、天幕を貫く。


時間にして10秒ほど。それだけで天幕内にいた兵士は出てくることはなく、悲鳴や絶叫が響いていた。


「ここからは時間の勝負です!」


ここでようやく全員が降りて野営地に入る。

狙いは指揮官天幕の指揮官の殺害もしくは捕縛と機密情報の収集。既に悲鳴などによって周囲の野営地では何事かと騒いでいるころだ。時間的な余裕はわずかしかない。


しかし時間的な問題は入念な準備と的確な情報により作業を最適化することが出来るため問題はない。

更には運が良いことに放たれた矢によって指揮官は脚を貫かれており、捕縛は簡単であった。機密書類もご丁寧に纏められていたために回収は楽。指揮官天幕に入って10秒後には既に目的を終えていた。


「総員撤退!殿はステラさんの隊です。道中でも警戒と作戦を忘れないように!」


ユラはそういうと返事も待たないまま天幕から飛び出し、一直線に森へと向かい、それの後に皆が続く。

しかしスピードは遅い。殿も含めるとおそらく追いつかれるレベルだろう。

そして当たり前のように追っ手がかかる。それも指揮官が拐かされているためその数は尋常ではない。追いつかれれば悲惨な乱戦になるのは避けられないだろう。

だがそれでも走る速度を速めない。


まるで誘うとばかりにしているが、それに気づく敵兵はいなかった。


後数歩進めば剣の間合い、というところでその兵士は消えた。正確には落ちた。


「ぎゃぁぁぁぁあ!!」


絶叫が鳴り響き、近くの兵士が落ちた穴を見るとそこにあるのは無数の針に貫かれた兵士。タチの悪いことに針にはいくつもの返しがついており、容易に外れそうにはなかった。

それにより兵士の士気は一気に下がる。


だが、これだけで罠が終わるほど、ユートの施した教育は甘くない。

まるで連鎖的に起動するかのように横合いから振り子状の砂袋がいくつも兵士めがけて飛んでくる。

糸が付いており、落とし穴が作動した故に起動した罠だ。

砂袋自体にさしたる破壊力はないが、相当な速度で落ちてくるためにそのノックバック効果は高く、反応できなかった何人かが砂袋の影響で穴へと落ち、絶叫が上がる

まだ終わらない。

今度は上空。まるで神でも降臨したかと思うほどの輝きが兵士達の視覚を奪う。

これはなんて事のない条件起動にした魔法であるフレアライトによる目くらましの罠。ただ同時に高周波と低周波の音をぶつけているために平衡感が狂わせてる。

そして目と感覚が奪われたため、再び穴へと落下する兵士が出る。


「て、撤退しろ!」


1人の兵士。おそらく隊長格であろう人物がそう叫ぶが平衡感覚が狂った今、容易に逃げることは叶わない。

フラフラとした足取りで後方へと撤退するつもりがかなりの人数が横の森へと逸れて行く。

そして再び上がる絶叫。


仕掛けられている罠の種類は多い。

先程の落とし穴、砂袋、条件起動魔法の他に、トラバサミ、矢、網、薬品、獣その全てが帝国兵士へと降りかかる。

極め付きは天幕が燃えたことによる飛び火。森はあらかじめステラによって防炎されていたため森に広がることはなく、天幕のみが燃える。


馬はいつにまにか殺されているため足を失い、食料を焼き払われたために持久力を失い、指揮官を捕らえられたことで頭を失った。


もはや、帝国軍に反撃の余地など残されているはずもなかった。


ユートの作戦立案のもと、リグリットとミーナ率いる斥候の情報と罠、ユラ、フィア、ステラ率いる奇襲部隊による夜襲により、完全勝利と言える勝利をブクスト区は初戦に飾った。



【仮名:ブクスト区=カリエント戦役】

第一回戦闘:ダーリ森林夜戦



ブクスト区

死者:0人

負傷者:1人(軽度)

物的被害:無し


カリエント帝国

死者:150人以上

負傷者:500人以上

物的被害:約1500人分食料、馬30頭

指揮官は行方不明


結果:ブクスト区側の完勝







side:Karient Empire



初戦が勃発した頃、軍総司令官を務めるカーディットは底知れぬ不安に苛まれていた。


「おかしい....ブクスト区だぞ?いくら魔法道具の産地とはいえ帝国に反抗できる戦力があるとは思えない....何か、何か見落としている気がする....」


自室に1人。書類を前にして頭を抱えながら自らの違和感を払拭すべく頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。

部下には見せられない、士気が下がるような光景だがカーディットはそう言わざるを得なかった。


カーディットは他国からしてみればかなり危険な人物として認識されている。理由はその類稀な頭脳に加えて卓越した指揮能力にある。

カーディットは血統主義の色が濃い帝国には珍しく、商人の三男からのたたき上げで軍の指揮官を任じられた経歴を持つ。まさに異色の天才である。

その才能は既存の作戦から的確なものを選び取り、奇策を正道で打ち破る能力。つまり戦場の細かな変化にも気づき、的確な選択をする戦術眼だ。

これは才能もあるが商人という家系から多くの知識を得、努力した結果である。


故にこの状況をカーディットは不審に思っていた。


総数およそ7万の軍勢を任せられ、そのうち先発隊としておよそ1500人を先行、第二陣は5000人、第三陣で2万人、本軍とそておよそ4万5000人。

対する相手のブクスト区はせいぜいが2万。

攻め側は守りの兵の三倍は必要だというが戦力差は現時点で既に三倍以上。加えて多数の勇者がこの戦線には加わっているため、どう考えても勝てる戦である。

だというのに使者を殺し、最も相手を侮辱する形で宣戦布告してきたのが理解することができなかった。

そんなことをすれば相手に大義を与えるようなもの。民意を戦争に傾けてしまい、兵の士気を上げてしまう。逆に味方の士気は下がる。


「それにあの聡明なムレン伯爵だ....いくら煽られたからといって使者を殺す愚を犯すはずがない....」


カーディットはその出自柄情報通である。故にムレン伯爵のことは知っていたし、会って互いに意見を述べあったこともある。その際に受けた印象は【慎重且つ聡明な賢人】だ。

まだ若年ながらしっかりと芯を持ち、【智慧の図書館】と呼ばれるブクスト区を纏めるに値する知識量。何よりこちらに対して決して警戒を怠らない用心深さ。悪く言えば臆病で相手からしたら不快に感じるがよく言えば慎重。それがカーディットには良く映る。

だと言うのにこんな愚の骨頂とも言える行為をしたのが謎で仕方がない。


「誰かに騙され....いや、ムレン伯爵に限ってそんなことはないだろうし....裏で操られてる?人質か?」


その考えは7割ほど誤ったものであったが、3割は見事に的を射ていた。つまり黒幕がいる。

カーディットもそれからしばらく熟考し、あらゆる選択肢の中で黒幕説が最も強いと考えた。


「ムレン伯爵を今失うのは帝国にとって痛手だろう.....何とかして連絡を取れないか....」


そして結論としてはじき出した黒幕からムレン伯爵を助け出すため、カーディットは独自に行動を開始した。


それが自身の首どころか帝国すらも絞めるとは知らずに。




初戦からおよそ5時間程が経った。おそらく今頃は敗残兵が何とか第二陣と合流した頃だろう。無論、別働隊の斥候が常に張り付いているため規模とか場所とかは丸わかりだ。

そして、今回向かわせるのは天災。誤解のないように言えば人種の天敵とさえ言われる吸血種、竜種、鬼種だ。つまりドラキュリア、ミラ、ヒスイの3人だ。

そして今回はメンバーがメンバーなだけあって少し暴れさせる。具体的には第二陣が壊滅するくらいには地形ごと粉砕する予定だ。そのためにわざわざ専用武具まで持たせているのだ。今なら3人で一国くらい軽く落とせそうな程。


「久しぶりだな、ユートが専用武具これの使用許可なんて出すの」


そう言ってヒスイは無骨な大剣をブンブンと振り回す。

ヒスイの専用武具は天乃尾羽張アメノオハバリと名付けた大剣だ。極めて実践的かつヒスイ本人に合うように作ったため、名前の由来である刀とは大きく異なってはいるが、神話に登場する名を冠するだけあってその能力は強力となっている。端的にいうならばその能力は強化。

持つだけで周囲の魔力を吸い取りそれを持ち主の身体強化に当てる。また、その魔力を消費することで刀身が当たった場所を爆発させることもできる。

まあ、普通に打ち合ったら負けの武器だ。ある意味で防御不能。


「そうですね。私も久しぶりに暴れられます」


ミラは身の丈を超える鎌をくるりと回転させる。

専用武具:クロノスと名付けられた鎌だ。

全体が黒く、鏡のように光を反射する刀身をもつ大鎌。由来は知っての通りギリシャ神話における大地と農耕の神クロノスからだ。効果は反射と吸収。

相手の魔法や魔力を刃が吸収、また反射できる。

それと専用武具とシスルス以外ならば大抵のものは両断できる切れ味も持っているため、ある意味使用には注意が必要な武具でもある。


「私は専用武具を使える、というよりもユートの血を飲むことができたのが良かった。とても美味しい....」


結構物騒なことを言っているドラキュリアの腰に下がるのは彼女の専用武具であるダーインスレイヴ。

名前の由来は北欧の血を吸う魔剣からで吸血種であるドラキュリアにち丁度良かったため名付けた。

効果は血液強化。血液を強化するのではなく血液で強化されるものだ。血を浴びることによって様々な効果が発揮するものだが、副作用として所有者に吸血衝動を与える効果をもつ。

見た目は鮮やかな赤色の刀身をしたレイピアだ。


「まあ、こういう時じゃないと血はあげられないからな。さすがに治癒でも血は戻せんし」


「とかなんとか言いながら割と毎日少量飲ませてくれるのがユートのいいところ」


「うるせえ」


仕方がないだろう。吸血種は血を吸わなければ死ぬ、というわけではないが娯楽が吸血なのだ。士気を保つのとかの目的でやらなければいかん。というか少なくとも1日1回は吸わせないと翌日機嫌が悪い。

余談だが再会した夜にかなり吸われた。


「ふむ...そう考えると毎日ドラキュリアだけずるいよな?ミラ」


「そうですね。ドラキュリアさんだけズルいですね」


おっと、なんだこいつら?


「.....何かしろと?」


「私は晩酌に付き合ってくれればいいぞ。無論、私とユートだけ、でだ」


「では私は乗ってくだされば満足です」


誤解の内容に言っておくとミラの乗ってくださいは騎竜として騎乗してください、という意味だ。他意はないと思う。


「まあ...いいけど」


渋々だが許可した。

ヒスイは鬼だけあって大酒飲み。ザルだ。俺も比較的ザルではあるのだが、さすがに飲みすぎると翌日嫌になる。

ミラはミラで竜種。しかも黒銀竜とかいう希少種のため飛ぶだけで大騒ぎだ。なんなら討伐隊が組まれるレベル。

それに乗る、という時点でおそらく学者勢、特にトゥールが暴れかねない。

まあ、1番の問題はこれを機に十二将の奴らが何かしら要求してくるだろう、ということだ。


「言質はとった。それで?今回の作戦のことについてだけど....本当に暴れてもいいのか?」


「ああ。全力出してもいいし遊んでもいい。ただ本体には手を出すなよ?今回お前らが手を出していいのは第二陣だけ。そこだけなら何しても構わん」


作戦名:衝撃と畏怖

某国の作戦から取ったものだが、その内容は文字通り衝撃を持って的に畏れや恐怖を刷り込ませること。

この作戦の重要点は簡潔に言えば抗えない戦力があると思わせることで相手の士気を下げることにある。

本来ならば攻め側が防衛側の軍事目標に集中的かつ圧倒的な火力で早期制圧を図るものだが、今回はそれを防衛側にアレンジしたものになるため、攻めはしない。というか現状攻めるのは下策だ。十二将使えば可能だけど。


「なんなら1人ずつ突貫してもらってもいいぞ?ミラも元の姿になってもいいし。とにかく好きにやれ」


「承知した。いいねえ、血が騒ぐってもんだ」


「竜形態になるつもりはないですが....暴れましょう」


「ユートの血を飲んだ今他の血に興味はないけれど....専用武具この子には久方ぶりですからね。存分に」


牙を出して凶暴に笑う鬼ことヒスイ。

礼儀が正しいながらも鎌を光らせる竜ことミラ。

恍惚の表情を浮かべる吸血鬼ことドラキュリア。


うん、危ない連中である。頼もしくはあるが。


「よし、作戦開始は翌朝だ。第二陣に関しては斥候がいるから連絡を取って合流....したらトラウマものか。作戦開始前に撤退させてくれ」


「ああ。期待してろよ」


「主人殿。ではまた」


「では言ってまいります」


「存分に暴れてこい」


最後にそう言葉を交わし、3人は出発した。

明日はきっと地獄絵図。青空に白い雲、緑の平原に血の海だろう。

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