第43話:智慧の都へ

さて、ブクスト区への道程はそんな山あり谷ありという訳ではないので、道すがらブクスト区とその関係について説明することにしよう。


ブクスト区は前にも言った通りカリエント帝国に属する地域の総称でムレン伯爵家が代々治めている土地である。

実を言えばこのムレン伯爵家代々と言うのは正確には正しくない。このブクスト区はブクスト区と呼ばれる前より街として存在しており、まだ伯爵領ではなかった自治区だった頃に幼少期の【智神】11代皇帝もここで学んだという。

それ以降、ブクスト区は【知恵の図書館】とまで言われるようになり、昔よりもより一層研究者等が集まって発展していったという。


ムレン伯爵については所謂成り上りの貴族だ。

元はブクスト区にいた一研究者に過ぎなかったのだが、その研究成果を国へ提供、それと多額の献金で爵位を得た、という噂がある。ただ今はおよそそんなことなどどうでもいいと思うほどに優秀な統治者である、というのが家の評価だ。

なんでも現当主はかなり優秀らしく、現当主になってからより一層発展していったという。

ただまあ根は研究者らしいが。


ブクスト区の様相はそこらの街とは打って変わり、国の命令により一種の城塞都市のようになってはいる。と言うものの、遺跡等を完全に覆うことは不可能であり、実質攻めようと思えば簡単に入り込める。

そのためか、ムレン伯爵はまず警備強化を図り、近代的な軍隊改革を成功させ、結果現状最も優秀な軍隊(警備隊)となったらしい。この手腕には俺も驚きだ。

武器的な問題は仕方のないものの、いわば戦国期の日本、特に織田家のような感じだ。


味方に引き込めば、かなり役に立つ。


もちろん軍隊だけじゃなくてそこに眠る古代の産物等も魅力だし、周辺の鉱山、広大で肥沃な土地も重要だ。


ここを手に入れれば非常に良い。ここだけで小さい国なら成り立つし十分やっていける。

貿易で儲け、知識提供で儲け、その金で増強しつつ近くの土地を農地として開墾....良い土地だよ。本当。


「ユートー?なんかすごい悪い顔しとるぞ?大丈夫か?」


「なんでもないさ。ティファ、それにリグリット、少し打ち合わせしよう。ハピア、クラーリ、御者頼んだ」


作戦会議と言うよりも策略会議をするために、ハピア達に任せて俺は後ろの居住用馬車に移る。

ちなみにティファとリグリットだけを呼んだのはもちろん理由あってのことだ。元々は非力な人間目線でないと無茶のものになりかねないからな。アリアとか絶対呼べん。いやまあ呼ぶ時は呼ぶけれど。


「さて、と....ティファ、目的はわかってる?」


「もちろんです。ムレン伯爵の調略、言い方を無視するならばブクスト区の奪取ですね」


「は?え、ちょっと待った。聞いてないんだけど」


「あーじゃあ今聞いとけ。これからやるのはムレン伯爵を調略して密かにこちらと手を組ませること。つまりは裏切らせることだな。無論、エレメンタリアの報告を待ってからだけど」


いくらなんでも確証がないことを理由に裏切らせはできん。

グレーゾーンではあるのだが契約書を騙すことはできる。もちろん細かく記述されれば契約違反で俺が死ぬことになるので滅多に行わないけれど。


「あー...誰?」


「そうか、そう言えば紹介してなかったな。戻ってきたときに紹介するから安心してくれ。まあ、十二将の1人だよ」


「なんか聞いたことがある名前な気もするが....まあ頼むよ。あと、なんで私は呼ばれたわけ?誇るわけじゃないけど教養なんてあったもんじゃないぞ?」


「それはまあ、普通の人間代表ということで」


残念なことにうちの所帯に普通の人間は少ない。というかリグリット以外いないのが現状だ。

ハピアとクラーリも獣人であり、差別するわけではないがやはり獣人と人間の間には明確な身体能力的な差がある。

獣人はその種の特徴上、獣に似通っており個体数も少ない。代わりに獣の如き身体能力を持つのだ。

余談だが獣人の国であるエスコバル獣国の軍隊は少数精鋭であり、だいたい300人の部隊で1000〜1500人の人精鋭部隊に値する。


では何故力で遥かに劣る人が台頭できたのか、これはまあ複雑な事を言えば複雑なのだが、極々簡単に言ってしまえばその知能と数故だ。

弱さを知り補完しようと知恵を絞る、という点では人に勝る種族はない。故にここにはリグリットとティファを呼んだのだ。まあ、ハピアとアリアは戦闘狂な一面があるしフィアは頭を使うことがあまり強くはない。クラーリはまだ分からないだろうから、妥当な選択と言えるだろう。ちなみにシスルスは寝てる。


「まあ、打ち合わせと言っても軸の部分は俺とティファで考える。リグリットにやってほしいことは情報についてだからな」


「...また忍び込むのか?」


「それもある。が、他にもある」


今回、リグリットに担当してもらうのは前回同様に忍び込んでの情報収集に加えて、より実戦形式の情報戦も担当してもらう予定だ。

例えば汚職の証拠であったりを見つけ、それを盗み相手を焦らせることもできるし隠し通路等を予め見つけておくことでそこを封鎖したり罠を張ったりもできる。


「もちろんこれらは所謂保険になる。使わなければ幸い、といった具合だな」


「....わかった。とにかく私はバレないように忍び込めばいいわけだな?」


「そうですね。リグリットにはユート様の隠密能力を授けられているので大丈夫だと思いますが、あそこは魔法道具の宝庫、十分気をつけてください」


そう、そこが問題なのだ。

ティファが指摘した通りブクスト区では魔法道具が多く産出される。さすがに珍しいだけあって総数は年に100も満たないのだが、魔法道具というのは稀に恐ろしいまでに強力な力を兼ね備えていることがある。

例えば記録上、最強クラスの魔法を内包して数人を生贄に威力と範囲を倍加して放つとか言う代物があったレベルだ。無論即座にぶっ壊したのだが、そんなものが出ていれば俺とて本気で潰しにかからねばならなくなる。

そして魔法道具の中に俺がリグリットに授けた隠密能力を察知する魔法道具があっても不思議ではないのだ。


「まぁ、そんな無理する必要はないさ。どうにか話し合いでおさめるつもりだから」


力で征服しても意味ないだろうからな。

得てして暴君のようになれば身内にやられるのがオチと言うものだ。それに力尽くで打ち倒すのは否定しないけれど暴力で支配するには好かん。


「ではユート様。本題に入りましょう」


「そうだな....と言っても話し合い内容を考えるだけでいいからな。認識と目的の共有が第一だ」


「?ではどう乗り込むのですか?さすがに一見すればただの行商の私達がすんなり入れるとは思わないのですが....」


おっと、これはちょっと予想外だ。

ティファにしては珍しく俺が考えていることがわからないらしい。というか俺の事を忘れていたらしい。


「ティファもまだまだってわけか...」


そうボヤきつつポケットから取り出したのは手のひらほどの銀のロケットペンダント。

表面には欠けた太陽と月が彫られており、その意匠の細やかさは素人目でも安物ではないとわかるだろう。

それもそのはずで、これが俺を貴族と示すものであり、俺の貴族としての紋章なのだ。


余談だがこの銀のロケットペンダントは皇族が一対の銀剣であるのに対し貴族を示すものである。

表面に彫られているのが貴族、つまり家の家紋であり旗印を示す。開けた中には偽装防止用の特殊な魔力回路が彫られているだけで殆ど普通のロケットペンダント(この世界では写真が無いので形見であったり大切な物品当の小物を入れる)となる。


ではなぜこれが重要か、まあこれは単純に貴族社会の常識というより一般常識に近い。

目上の人から頼まれたらとりあえず聞きましょう、いうものをもっと厳格にした貴族バージョンと言ったところだ。


特爵として爵位第二位の侯爵と同等の階級を持つ俺に対し相手のムレン家は伯爵。少し特殊な伯爵ではあるものの、やはりその差は大きい。

そして貴族間において格上の爵位を持つ貴族に訪問された場合は拒んではならない、というのが不文律である(というか断ると無礼であり、相手が影響力の強い家ならば貴族内から村八分にされかねない)。


「こう見えても貴族だったんですけど?忘れてたか?」


ハハハと笑いながらティファを見てやると、案の定ティファの顔が驚愕の色....から絶望?の色に変わっていった。

そして何を思ったのか徐に立ち上がった。

ユラユラとまるで流されるがままの海藻のように。


「ユ、ユートさま....介錯を....私はやってはいけないことをやってしまいましたぁ....」


「....落ち着け?ブレーンがトチ狂ってどうすんだ」


どうやら俺の情報を忘れていたことが相当ショックだったらしい。いつも以上に凹んでいるのが目に見えてわかる。


「あぁぁあ!!このさいリグリットでもいいので...」


「....それで、なに、ユートって貴族だったの?」


なんかリグリットが見事なスルースキルを発揮した。

常日頃何故かティファには頭が上がらない(正確にはわかりやすいくらいに恐れている?)リグリットだが、たぶんめんどくさいのを感じ取ったのだろう。良い判断だ。

酔っ払いとこの手の者はスルーに限る。


「貴族のなり損ない、かな。前に人を殺したって言っただろ?あれ以来人類の敵だからな。領地貰う前に還されるし」


「還る....?まあいいか。そうか...貴族か」


「なんだ?言っとくがそこらの貴族と一緒にされてたら困るというか著しく不本意だな。領地どころか領民すらいないんだから悪政も善政もない」


具体的に言えば少し前、リューター大洞窟のジョルト伯爵あたりと一緒にされるのは勘弁して欲しい。

というかまあ貴族と言っても俺は特殊な例すぎて比較対象がないのだが、やはり貴族と言われて感じるのはあまり良いものが多くない。風評被害だ。


「いや、昔貴族の親戚を殺した時は大変だったな..と思い出しただけだ。あいつらしつこいからな」


「思い切ったことをしたもんだな。さて、ティファ〜、そろそろ戻ってこい」


「.....はい」


渋々と言った感じでまだ引きずっている様子ティファだが、真面目に会議をやりだすと普通に戻っていった。ここらの切り替えは早いので嬉しいものだ。と言うか楽だ。


会議の内容だが、具体的にはムレン伯爵の調略についての意見交換と細かい情報の確認であった。

時間にして1時間程と決して長くはないが内容的には大体そのくらいが妥当だろう。

そしてその話し合いの結果、交渉担当は俺、リグリットは潜入、ティファは俺の補助と言った感じであり、他のメンバーは基本的に待機となった(シスルスのみ刀として威圧目的で帯刀するつもりだ)。


詳しい内容は交渉時にするが、その交渉の際に結ぶ条約のようなものは先に説明しておこう。

まず俺ら側の要求としてムレン伯爵との同盟、こちらの要請がある以外は不参戦、つまり中立となってもらう。

こちらの譲歩はあらゆる害意からの守護、知識の伝達。

どちらも交渉材料として弱くはあるが、それでもムレン伯爵は食いつくだろう。

ムレン伯爵はよく言えば計算高く、悪く言えば風見鶏の一面がある。これは元々ムレン伯爵が研究者のような家柄出会った故であり、彼らは記録を見ても必要最低限の税しかとらない代わりに研究材料の提供や研究の優先権等を得ている。

兵が強いのも研究材料を守るためである。簡単に言えばとにかくまあ研究者体質だそうだ。


つまり何が言いたいかと言うと、俺の推測上、ムレン伯爵は貴族としてのプライドは最低限だが俺のように知識欲が人並みはずれているのだ。故に調略は楽になると考えられる、と言うことだ。


「....」


ふと見上げた山の上にある暗雲は何を表しているのか、そんな得体の知れない何かが気になりつつもブクスト区への道程を進み続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る