第35話:魔法協会
喉元過ぎれば熱さを忘れると言うように、苦行というものはいざ覚悟を決めてやると案外楽になるものらしい。
いや、楽と言ってもこれから望んでやろうとか積極的になろうとかの楽ではなく、いわゆる諦観した故の行動であり、決して俺が女装癖に目覚めたわけではない。
さて、そうしてある種悟った俺は何故かアリアが持ってきていた変装用のウィッグを被り服に袖を通した。
今回は俺の願いを若干聞き入れてもらえたらしく、アリア曰くテーマは『看板娘verボーイッシュだけど基本的には静か』だそうだ。よくわからん。
具体的にはこの間つけた白(銀)のウィッグを所謂ハーフアップと呼ばれる髪型にし、上はラフなワンピース型、下は懇願した結果ズボンを履かせてもらえることになったためワンピース+ズボンだ。
そうしてなんとか変装を終え、帝都の街へと繰り出したのだ。
門兵?まあ俺ぐらいともなると滞在許可証パクって関所破りしたりは朝飯前ですよ。はい。
「さて、無事潜入はできたわけだが....とりあえず色々と視線がうざいから目的地に向かおうか」
「うむ、魔法協会だな」
なるべく顔を隠し逸らしつつ、街中を行く。
やはり絶世の美少女とも言われるアリアの隣にいると視線を集めるが、そのどれもが男からの視線であり、同じ男として不甲斐ない&気持ちが悪い。
まさか女子は四六時中こんな視線の十字砲火を浴びているとは....灯台下暗し、男は女になって初めて男の良さを知るものだな。うん。
「村から来た身だと.....どうもこの人の多さは不安にあるというか....アリア、逸れるなよ?」
相も変わらず一年中お祭りのように人がごった返す帝都の門前市は何というか凄まじい。人に酔える自信すら湧いてくるものだ。
どうやらそれはアリアにも適応されるらしく、さっきから段々と目つきが怪しくなっていっている。
「フフ、フ....吹き飛ばしたい気はすごいのだが....まあいい。よしユート...ではなくシロ、手をつなごう!はぐれたらまずい」
追加修正しよう。
目つきが怪しく且つ鼻息が荒くなっていた。
「おまえな.....まあいいか。ほれ手出せ手」
「.....へ?」
本格的におかしくなったのだろうか?アリアは唐突に同じ体制のまま固まり、表情はポカンとしていた。
歩も止まっているためこの人混みの中だと邪魔になっている。
いつものアリアからは考えられないような感じだが....
「ほれ人の邪魔だから」
「あっ....」
ぶらんとしていたらアリアの手を掴み引っ張るようにして先を急ぐ。計画的には問題はないが、やはり目立つのは色んな意味で避けたいのだ。
しばらくそんな状態で、しかもアリアはどこかぶつけたのか終始無言のままなんだかしおらしくなっていた。
どこか俯きがちだが頬は緩んでおり、その特徴的な緋色の髪に合わせるようにして耳は赤く、時折見える頬も仄かに赤く染まっている。
これは......もしかして照れているのだろうか?
いや、でもアリアは俺に夜這いを仕掛けてくるし事あるごとにそういったアプローチをしてくる性格だ。
それに旧知の間柄であり、一番最初に仲間に加えたのがアリアなため2人で出かけることなんてザラだったしなんなら最初のうちは同じ布団で寝ていた気がする。
その時、ふと俺の手に伝わってくる温かみを思い出し、ある意味合点がいった。というか確信した。
「なにお前、手繋ぐのに緊張してんのか?」
「なっ!?...なななな、何を馬鹿なことを!い、いやそれはさすがの私とていきなりつないできたときはびび、びっくりしたけれど?そ、それでもそんなことは断じて無い!」
これだけ饒舌になるということはどうやら図星だったらしい。
よくよく考えてみるとアリアが仕掛けてくるアプローチはどれも口先だけ、或いは同じようなことばかりだ。
夜這いの兼だって俺が応じないとわかっててやっていたとしたら.....どうやら人に恐れられし緋髪の魔王様は相当な初心だったらしい。それはもう今時の小学生にすら到底及ばないレベルの初心さ加減。
前回までの旅ではわからなかった新発見がここにきてあるとは思わなんだ.....
本当、リグリットと言いアリアと言い、なんともまあ....弄りがいのある仲間に恵まれたものだ。
思わずこの場で弄り倒してやりたいのだが、まあ公衆の面前で悶えさせるのは楽しいが品は無い。
あぁ、もちろん2人きりでやろうなんて命知らずではない。
まあでもそのうち、十二将が集まり始めたら否応なくいじられるのだから....その時を楽しみにしておこう!
「ユート?何か企んでいないだろうな?」
「別にー、おっ、ついたついた」
肩をすくめながら前を見やると一つの建物が見えてきた。
看板にある文字は「魔法協会」、つまり目的地だ。
この魔法協会というのは簡単に入って仕舞えば帝国が認めた軍ではない公的な魔法師の集まりである。
主な理念はまだ末端の地域まで広まっていない魔法の存在を広めるのとそれに伴う魔法師の地位向上であり、故に仕事は魔法を使った雑用から今回頼むように家庭教師のようなことまでやってくれる....のだが、最近ではそうでもないらしい。
通行人の話を聞くに丁度2年ほど前に会長が退いたらしく、今会長となっている人物が前会長の考え方と違うらしい。
前会長は貧民から王族まで変わらない、という考えの元結構割安な値段で細かい雑用も受けていたのだが...どうも現会長は血統主義というのかそれなりの値段を払わなければ魔法師を雇えず、受ける仕事も雑用は基本的に受けてくれないそうだ。正直金にものを言わせて雇うこともできるのだが.....まあ知り合いがいるのでまだ生きていれば大丈夫だろう。
「アリア、入ってからは少しおとなしく、それでいて貴族っぽい雰囲気でも出しておいてくれ。足元見られるとうざいからな」
「ん、了解した。これでも魔族間ではちやほやされてきたのでな、たぶん大丈夫だ」
するとこれまたいつものアリアからは想像もつかないほどなんかおとなしい雰囲気を纏い始めた。
なんというかアリアのイメージであった活発からはかけ離れた深窓の令嬢まではいかないものの貴族感はすごい。
俺も俺で少し気をつけよう....あ、ちなみにこの潜入に際してどうやら設定まで考えてくれたらしく、俺とアリアは中央の貴族の遠縁で爵位こそ持っていないが今後功績をあげて貴族になる予定がある家の正妻と妾の娘、という設定らしい。
本当はもっと細かい設定があるのだが....今は割愛しよう。
握っていた手を解き、扉を開ける。
中では存外暇なのか数人の受付以外には奥の方に引っ込んでしまっており、側から見たら殆ど無人にも思える。
そんな協会内部を進み、ダルそうにしている受付の元へと向かう。
「魔法師を1人、教師として雇いたいのだけど」
「ん?あぁ、えっと....あんたは?」
もはや貴族相手ならこの場で因縁付けられて大変なことになる程無礼な態度だが....大丈夫か?この組織。
そしてこういう時の伝家の宝刀が、
「ニークスって魔法師はいる?」
無視だ。
質問を無視されて逆に質問を返される、と言うのは腹立たしいことだが人間、この手の問い返しは反射的に答えてしまうものだ。
ましてやこの世界において貴族なんて大抵こういうものなので通じる時は普通に通じる。
「ニークス....あぁ、あいつのことか」
ケッとまるで、というか完全に嫌っているように顔を歪ませる。
「あー...お嬢さん?どこでその名前を知ったか知らないけどやめといたほうがいいよ?それにあの人今部屋から出てこないそうだし」
「部屋から出てこない?どういうこと?」
「なんでも仕えるべき主人を亡くした、とかで2年前から時折出かけるくらいで部屋から出てきていないんだよ。それより俺なんかどう?今なら安くしとくよ?」
仕えるべき主人とな、確か前にそんなことを言われた気がしなくもないのだが.....まあ何はともあれ生きてはいた、ということなら良いことだ。今年で60代も後半だというのに。
そんなことより....ちょっとこの受付の態度はイラっとしたからギャフンと言わせてやろう。うん。
「それにほら、俺この歳で中級も幾つか使え」
「条件は、使用できる魔法は上級以上、初級は短縮詠唱か無詠唱、それ以下だと私の家に泥を塗ることになるからお断りだ。特に、貴方様のような軽くて弱いのは」
さて、一般的に魔法と言うのは都市部ほど発展しているがそれでもその程度はおおよそ軍の魔法師には遠く及ばない。
軍の魔法師はいかに強く速く放てるかを基準としているため、最低でも初級の短縮詠唱は出来るように仕込まれる。
対してこういった軍以外の魔法師はより多くと言った見栄えを意識する傾向がある。
そして俺が今突きつけた条件はおよそ宮廷魔法師にもなれるレベルの要求だ。
そしてこれをクリアしているのが、何を隠そう指名したニークスである。
その事と(側から見たら普通の)少女に馬鹿にされたのにイラっときたらしく、受付の魔法師は青筋を浮かべて顔をより不機嫌に歪ませた。
「そんな魔法師なんて殆どいねえよ!冷やかしなら帰れ!それにな、もしいたとしてもお前ごときの小遣いじゃあ雇えない」
男の言葉を最後まで聞く前に、アリアと共にカウンターへと膨れた袋を2つ叩きつねるようにして置く。
結ばれた口から見えるのは黄金の輝きの山、ざっと金貨にして1袋150枚、計300枚の大金だ。
「手附金として1袋、達成報酬としてもう1袋。それに加えて向こうでの生活費が月に金貨5枚、最初に2年分、つまり120枚を払える準備があるのですが?」
それでも文句はありますか?と目で威圧してやる。
金にものを言わせる、と言う行為は正直避けたかったところだが、受付の魔法師の反応が面白いのでついやってしまった。ついでにニークスへの嫌がらせも込めて。
「お、お前ら....どこの家の...」
「それは言えないけれど、まあさる中央貴族様の遠縁で、もう直ぐ功績をあげて貴族としてのし上がる予定の家、とだけ言っておきましょうか」
「そんなの不可」
「これを見てもそう言えます?」
またも魔法師の言葉を遮って今度は惜しげもなく底無しの鞄から一振りの剣を取り出す。
取り出したのは薄青く輝く細身の刀身に華美でない程度に装飾をつけた1本の片手剣。
普通の刀剣でないのは一目瞭然だが、魔法師は剣を見るなりその目が見開かれていき、信じられないものを見たといった表情にまでなった。
「まさか...精霊が鍛えた剣」
「その真打が1本です」
精霊の鍛えた剣。
俺が鍛えた武具等がそう呼ばれている、と知ったのはあの城で兵士に剣を渡したすぐ後のことだった。
たかが"試し打ち"したものでもそう呼ばれてまるで決戦兵器みたいな感じに扱われているのは製作者として身悶えするレベルに....実際身悶えしたレベルに恥ずかしいのだが、同時に今回利用できると踏んだのだ。
そして今回、取り出したのは俺が言った通り試し打ちなどのものではなく、真打、俗に神が鍛えたとまで言われてしまっている真打の1本だ。
俺の異空間収納とか底無しの鞄にはそういうのが結構転がっているのだが、その中でも今回は見た目に若干インパクトがあり、女性が持っていても似合いそうなのを選んで取り出してみた。
素材はハピアの双剣に使った瑠璃色金をふんだんに使った氷剣とも言える一振り。
その刀身は常に薄青く輝き、冷気を纏っているという俺渾身の一作だ。
「これを市場に流す、そうですね....白金貨にして100枚、あるいはそれ以上でしょうか?」
「馬鹿な!神が鍛えた剣など国に一つあるかないかのものだぞ!?そんなものが一介の貴族なんかに...」
「試してみます?魔法協会程度なら簡単に氷に閉じ込めることもできますが?」
そう言って少し魔力を込めてやり冷気の範囲を拡張させる。
もちろんやる気はないしそんなことをやれば雇うどころの騒ぎではない。ただでさえ裏で狙われているというのに反逆罪で表向きも狙われるとか勘弁願いたいものだ。
この狙いはこの剣を使用して、"近々起こるであろう戦争"において確実に功績を挙げられる、と思わせること。それとうざかったので天狗の鼻を圧し折ることだ。
無論、後者が本命だ。
その狙い通り、魔法師の顔から血の気が引いたのは何も冷気だけのせいじゃないだろう。
「これでよろしいですか?」
「ぐっ...だがニークスの奴が出てこなければ意味がないぞ!」
「ご自分が何を言って....まあいいです。『カミヤが来た』と伝えてもらえたら大丈夫だと思いますのでよろしくおねがいします」
いい加減少し貴族っぽい高圧的な口調、というのも疲れてきたので手っ取り早くニークスにだけ分かる合図を伝える。
これは基本的に俺の名前がユート・カミヤではなくユートで通っていることから案外使える合図であり、たぶんここらでカミヤだけで通じる異世界人はそうそういないものだ。
故に受付の魔法師は苦い顔に?を浮かべながら、一応は取り合ってくれた。去り際の舌打ちがなければ完璧。
数分後、奥からガタン!と激しめの音が響き、すぐにドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。
魔力感知をせずともその足音の主が誰なのかはすぐにわかった。
「カミヤ!カミヤはどこだ!」
慌ただしくやってきたのは1人の老人。
顔に刻まれた皺と傷は彼の実力を何よりも雄弁に語っており、その場にいるだけで威圧感を感じるほどだ。白髪と顎から生える長い白髭は雰囲気と相まってか完全に賢者の風格だ。
実際にかなり強いのだが....そんな老兵も今の顔はまるで何年ぶりかに孫を探すおじいちゃんのようであった。
「ニークス爺さん、ここだよ」
「カミ....ヤだ..な?」
最後疑問系になったのはまあ仕方がないとして、手を振ってやると、一瞬集中した顔になってからその顔を綻ばせ、仏頂面に戻っていった。
「ふん、3年ぶりに姿を見せたと思ったら"女"の姿とはな。別に待っていたわけではないが連絡くらいよこさんか」
「少し事情があってね。久しぶりニークス爺さん」
「....本当久しぶりだな」
そっぽを向きながら再開の挨拶を交わす。
.....はい。これだけの会話でわかったかもしれませんが、このニークスとかいうおじいちゃん、ツンデレ入ってます。
「それで....少し2人で話をさせていただけますか?」
「かまわんな?」
方や先ほど一国に匹敵する武具を取り出したのは(男だが)女、方や厄介者でありながら凄まじい実力持ちの厳つい老人の頼み事というより命令に魔法師はこくこくと激しく首を縦に振る。
一応その許可を得てから、アリア含め3人で受付横にある防音の会議室へと入っていく。
去り際、どこか安堵したような悔しがるような表情を受付の魔法師は浮かべ、奥へと駆け込んで行った。
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