未題
サトウタロウ
第0話
要は使いっパシリってことだろ?
「いいからさっさと服を着ろ!」
「拒否します!なんで家の中でまで服を着ないといけないんですか?納得いく説明を要求します!」
マンションの一室を長い金髪をなびかせて逃げ回りながら、少女は俺に言った。
俺が
そして俺はいつも、この無駄に天才な少女に勝つことはできないのだ。
相模柚葉は誰がどう見ても美少女である。
顔立ちが童顔ではあるものの、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいて、肌は一切焼かれておらずシルクのように真っ白できめ細かい。
ついでに言えば俺の雇い主でもある。
二十歳の俺が若干十七歳の少女に雇われているというのは大人としてどうなのかとも思うが、それでも彼女は、下手をすればその辺のサラリーマンのお父さん方の百倍は稼いでいる大金持ちなのだ。
そのおかげで、年上としてのプライドなんか割とどうでもよくなるような給金がもらえている。
しかしだ、いくら自分より遙かに社会的地位の高い人間相手で、相手が雇い主であったとしても、それとこれとは話が別である。
「常識的に考えれば判るだろ!たとえ自分の部屋でも男の前で全裸になったらダメだってことくらい常識だろ!」
「常識って何ですか?他の人たちが統一してやっていることを常識というのですか?そんなのは常識とは言いません、ただの洗脳です。集団心理が作用してるだけなんですよ」
「あぁ、また屁理屈を!分かったじゃあ常識とかモラルについては脇に置いておくとして、柚葉は男の前で全裸晒して恥ずかしくないのか?」
「そりゃあ恥ずかしいに決まってます。でも未来の旦那様である先輩になら見られてもなんとも思いません。むしろ今すぐ襲って欲しいくらいです!そして既成事実を築いてしまえば先輩はもう私と結婚するしか道がなくなってしまうわけです」
「よし、余計に服を着せる必要が出てきたな」
「絶対に着ません!」
実は俺も結構本気で服を着てもらいたいと思っている。
ここに先ほど述べたような常識で言っているわけではなく、個人的に柚葉の裸は俺のような童貞には刺激が強すぎて、それこそ柚葉が言ったような展開になってもおかしくないからである。
「では質問しますが、先輩は自分の家で外着と部屋着を使い分けて着ていますよね?」
「……見ての通り分けてるな」
「それは部屋着のほうがリラックスできるから分けてるんですよね?」
「……そうだな」
俺のその言葉を聞いた瞬間、柚葉の表情に勝利の色が浮かんだ。
そして俺も柚葉が何を言おうとしているのか、その確信を得た。
「つまり、先輩にとっての部屋着が私にとっての全裸ということです!」
「言うと思ったよ!なんとなくそう来ることは読めてたよ!」
「流石は先輩、私のことなら何でもお見通しなんですね(ぽっ)」
「別に流れで判断しただけだ、そんな頬を染めるようなことは断じてない」
「むぅ、先輩はいつになったらデレてくれるんでしょうか?私今までに先輩のツンしか見たことないんですけれど……」
「そりゃあ、柚葉にデレる要素がなに一つとしてないからだ」
とは言っていても、柚葉にいいところが全くないわけではない。
むしろ、可愛いし、懐いてくれるし、頭はいいし、褒め箇所なんていくらでも思いつくが、それを本人に言うと絶対に調子に乗ることが判り切っているから絶対に褒めない。
「全く、これだけ好き好き光線をぶつけてもダメとか先輩のツンデレには困ったものですね。しかし、それでこそデレさせ甲斐があるというものです。見ていてください先輩、いつか絶対デレさせてみせます」
「そんな意気込みしなくていい!」
柚葉の好意は確かに届いている。
俺としてもこんな美少女から好かれて悪い気は全くしないし、むしろ嬉しいくらいだ。
だが、問題は柚葉の年齢にある。
さっきも言ったように柚葉は十七歳、それもつい先月誕生日を終えたばかりだ。
確かに法律的にはもう結婚もできる年齢にはなっているが、社会的には今年二十一歳になろうとしている男が十七歳になったばかりの少女とお付き合いするなんて認めるはずがない。
それに俺は、他者からの好きとか恋とか愛という気持ちは信用できない。
それは俺の過去にも問題はあるのだけれど、そういう状態で誰かと付き合うのは相手に失礼だと思う。
それこそ倫理観だとかモラルとかの話だ。
だから今はお互いのためにも、たとえどれだけ思いをぶつけられようと、絶対に受け入れられないし、こんな状態で妥協するように受け入れても行けない。
柚葉に冷たく当たるのはそういう思いが強いからなんだろう。
「それで、一体いつまで全裸でいるつもりだ?」
「あれ?覚えてたんですか?上手く話を逸らせたと思ったんですが」
「ああ、上手く逸らせてたよ。正直さっきまで完全に忘れてた。でも思い出した以上絶対に着てもらうぞ?着ないというのならもう口利いてやらないからな?」
「はい着ます!すぐ着ます!今着ます!」
そこまでか……。
いそいそと服を着る柚葉から目を逸らし、改めて部屋を見渡す。
この部屋は非常に味気のない部屋だ。
なにせ、ここにある物と言えば、生活に必要な最低限の電化製品(冷蔵庫やエアコンなど)と一枚の布団、窓際に一台のパソコンの乗った木の机くらいのもので、十代の女子の部屋とは思えないほどに娯楽用品に欠けていた。
「なあ、柚葉。お前学校とかはいいのか?」
「三か月も一緒にいて今頃それを聞きますか?」
「確かに……。なんで今まで疑問に思わなかったのか不思議だな」
柚葉は基本的に、平日であろうと休日であろうと一日中家にいる。
そんなの普通に女子高生をしてたらできるはずのないことで、俺は今までそれを不思議に思うことはなかった。
もしかしたら。俺も高校時代は引きこもっていたから、この状況を異常だと思えなかったのかもしれない。
「実は先輩、私は別に登校する必要がないんですよ」
「なんだ?その羨ましい言い訳は?」
登校しなくてもいいなんて特例聞いたことないぞ?
「ほら、私って天才として有名じゃないですか?」
「少なくとも、ムカついても何も言えない程度には事実だな」
むしろ、天才が自分のことを天才だと言う時ほどムカつくことはない。
「で、天才で有名な私は、頼まれて仕方がなく学校に入学したわけなんですが、その時、〝名前は貸すけど、登校はしないから〟という条件を呑んでもらいました。だから今の私は学校に行く必要がないんです」
それを聞いて納得した。納得してしまった。
確かに、〝あの相模柚葉の母校〟という看板は、そんな特例を認めてでも欲しいものだろう。
きっとその謳い文句だけで、去年は多くの学生がその高校を志望しただろう。
そのくらい〝相模柚葉〟という名前の持つブランド力は強い。
でも、それだと柚葉は友達はいるのだろうか?気になった俺は本人に訊いてみることにした。
「……お前友達はいるのか?」
「え?友達?なんですかそれは?」
明らかに不自然に視線を逸らされた。間違いなく、これは友達のいない人間の反応だ。
俺自身がまさにそうだったから非常にわかりやすかった。
「待ってください!なんでそんな憐れみを込めた目で私を見るのですか!?言っておきますけど、私は別に友達なんて必要ないんですよ!いないんじゃなくって、作っていないだけです!作ろうと思えば百人でも二百人でも作るれますから!」
まあ、柚葉が誰かに「友達になって~」なんて言ったら、そりゃあ友達の百人や二百人は余裕でできるだろう(それがホントに友達と呼んでもいいのならだけど)。
そう、言えたのなら、だ。
この際だから暴露するが、柚葉は割と重度のコミュ障だ。
下手をすればコンビニの店員さんにさえ声がかけられないなんてことも十分にありを得る。
そんな人間が、「友達になって~」なんて言葉をどうやったら吐けるのか、むしろその方法を同じくコミュ障である俺に教えて欲しいくらいだ。
「そう言う先輩はどうなんですか?友達いないんですか?」
「なんで〝いるんですか?〟じゃなく〝いないんですか?〟と聞かれたのかは謎だけれど、初対面の時を思い出してみろ。俺に友達がいそうだったか?」
「すみません。とてもじゃないですが友達がいる雰囲気には見えませんでした」
「事実だけど、なんかムカつく物言いだな」
「でもそのおかげで私は先輩と出会えたわけですから、感謝感謝です」
「いったい何に感謝している?あと別に俺はいつもボッチだったわけじゃないからな?」
「………またまたぁ、ご冗談を~」
「いや、ホントに」
「……マジ………ですか?」
「ああ」
何年か前の話ではあるが、俺にも一人話し相手がいた。
彼女は周りに人がいなくなると、俺に話しかけてくれた心の優しい子だった。
俺は今でも彼女と話した内容を一字一句正確に覚えている。
だって、あの瞬間こそ俺が一番輝いていた
「先輩、ちょっとコンビニまでドクペ買って来てくれませんか?実はストックが切れてたのをすっかり忘れてました」
「たまには自分で外に出たらどうだ?確か最後に出たのって二か月前だったよな?」
あの時は確か、給湯器がぶっ壊れて銭湯に行ったんだっけ?
しかも、十月も半ばに入った辺りでちょうど冷え始めた時期に、銭湯の前で一時間くらい待たされたんだっけ?
「嫌ですよ!今何月だと思ってるんですか!?十二月ですよ!?こんな寒空の下に出たら、私凍え死にますよ!」
「いや、流石にそれは言い過ぎ…………でもないか……」
そういえば柚葉って冬用の服一枚も持ってないんだっけ?
だから必然的に夏用の半袖Tシャツを着るしかないわけなんだけれど、今は暖房の利いた部屋にいるからいいものの、もしこのまま外にでも出ればホントに凍え死にかねない。
今度適当に長袖の服でも買って来ておいたほうがいいだろうか?ついでにマフラーや手袋みたいな防寒着も一緒に。
「そういうわけなので、どうかお願いします。買って来てください」
「別にいいけど、その…なんだ……一つだけ問題があるんだけど」
「なんんです?」
キョトンとする柚葉(めちゃくちゃ可愛い)に俺はあまりにも残酷な事実を告げた。
「ドクペって最近コンビニとかには売ってないんだよ」
「え……?う、うそ……」
「ホントだ。少なくともこの辺のコンビニでは一回も見たことがないな。というか、いつもみたいにネット通販じゃダメなのか?」
「ダメに決まってます!私は今飲みたいのに、通販で買ったら最短でも明日にしか飲めません!」
とか言いながらパソコンを起動して、いつも使っている通販サイトを開く柚葉。
「しかしさっきの話はホントですか?ドクペがコンビニに売られていないという都市伝説は」
「都市伝説じゃなく、れっきとした事実だ。大体こんなこと普段から外に出てたら当たり前に知ってることだぞ?」
「!?」
「そんなに驚くことか?はぁ、ホントたまには外に出たほうがいいぞ?これは俺の体験談だけど、二年近く引きこもってたら外の世界に置いて行かれてたからな」
知らん間に新しい建物なんかが建ってるし、道が判んなくなるしで大変な思いをした三年前。
あの時はスマホの地図アプリのおかげで難を逃れたが、連絡ツールをすべてパソコンに頼ってスマホを持っていない柚葉が同じ状況になったら絶対に帰って来れない。
「確かに少しは外に出ないと先輩と同じ悲劇を味わうことになりそうですね」
「お?ということは?外に出る気になってくれたのか」
やっと俺の想いが通じてくれたらしい。
でも、不思議と嫌な予感しかしない。
そうだ。この流れで柚葉が言いそうな一言と言えばあれしかない。
「だが断る!」
「ですよねぇ!」
ああ、分かってたさ!柚葉のことだからそう答えることくらい分かってたさ!
「だって先輩、考えてみてください。確かに引きこもり歴が長いと外の世界に出た時にいろいろ苦労するでしょう。だったら一生外に出なければいいだけの話じゃないですか?」
「………」
「ということは、一生外に出るつもりのない私には全く関係のない話です。何せ私には代わりに外に出てくれる
「お前今なんつった?先輩って言葉に変なルビ打たなかったか?」
「嫌ですねぇ、先輩のことをパシリなんて言うわけないじゃないですかぁ」
「誰もパシリなんて言葉一言も言ってないぞ?」
「謀られた!?」
「謀ってない。お前が勝手に自爆したんだろ?」
天才って変なところでバカなんだよな。
「どうやらお前が俺のことをいったいどう思ってるのか、一度本気で話し合う必要がありそうだな?」
「だから言ってるじゃないですか。私は先輩のことを愛してるって」
「愛してる相手をパシリ呼ばわりする人間が一体どこにいるんだよ?」
「そんな人間いるわけないじゃないですか?」
「お前だよ……」
ここまで白々しいと怒るのも面倒くさくなってくる。
それだけ言い残して俺は玄関に向かう。
「せ、先輩?どこに行くんですか?ま、まさか私を見捨てて出ていくつもりじゃ…!?」
「ドクペは無理だからコーラ買って来てやるだけだ。お前は大人しく仕事でもしてろ」
「せ、せんぱぁいっ!何だかんだ言ってやっぱり先輩も私のことが大好きなんですね!」
「勘違いするな、仕事だから行って来るだけだ」
「またまたぁ、照れちゃってぇ。ホントに先輩はツンデレなんですらぁ」
うぜぇ。やっぱ行くのやめようかな?
なんて言ったら流石に泣くだろうなぁ。
「カロリー高いほうでいいか?」
「はい、お願いします」
というわけで、俺は渋々柚葉の部屋を出たのだった……。
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