第228話 名実137 (328単独 大島の遺言3 国鉄分割民営化)

「JRもそこそこ成功してるんじゃないですか? JR東日本は今年、国が持ってた株売って完全に民営化したんでしたっけ?」

西田はそう口にしたが、

「何を言っとるのか? あれほど歪な民営化はない!」

と、大島に即座に切って捨てられた。

「でも国鉄時代より明らかにサービスも向上してるし、ストも無くなったし、利用者としても万々歳なんじゃないかと思いますがねえ……」

吉村は大島に気を使いながらも、まだ納得できない体を崩さなかった。


「その部分では確かに君の言うこともわかる。国鉄の終盤はストが横行するわ、職員の態度は良くないわと、親方日の丸意識によるサービス低下問題が如実になっていた」

高ぶっていた気持ちを抑えるように、わざとらしくゆったりと喋ったが、すぐになかったことの様に続ける。

「しかし国鉄の崩壊そのものは、組合運動により起きたというよりは、むしろ戦後からの無計画な政治の動きに左右されたということが、要因として大きいというのが現実だ。我々政治家が我田引水をもじった、我田引鉄(作者注1 後述説明)を地元票目当てに行い、採算の合わない様な所まで鉄道敷設を国側に要求(作者注2 後述説明)したり、同時期に車の普及を促す様に、地方まで過剰な道路整備を行ったりと、国鉄の経営をまともに考慮しない政治行動を乱発してしまった。高速道路整備も拙かった……。大都市圏ならともかく、地方で道路整備を過剰にやれば、更なる車社会へと移行を促し、中途半端な運行ダイヤしか出来ない地方の路線が一層衰退するのは当たり前のことだ。北海道であれだけ路線が増え、挙句赤字ローカル線として立て続けに廃止されたのは、時代的に私の要求ではなかったとは言え、私にも責任の一端は当然ある。鉄道についてだけ言えば、むしろ海東先生にも時代的には責任はあるかもしれない。無論、道路族でもある私は、北海道の高速の延伸には余り賛同していなかったとは言え、道路整備全体についてはかなりの責任は免れん。但し北海道の鉄道の場合には、道路開発による問題以前に、沿線住民が少な過ぎた路線も多かったが……」


 この時の大島は、最後言い訳染みた発言で誤魔化したとは言え、かなり苦渋に満ちた口調だった。大島の考える政策ミスが、伊坂の脅迫のせいがあったにせよ、或いは支援団体や票田の土建業者への利益提供の意味もあったにせよ、本人としては不本意なことは間違いなかったらしい。


「だがそれだけじゃない。戦後、外地や戦地からの引き揚げ者という余剰労働力を、国鉄に引き受けさせた(作者注・直後に触れますが、正確には、当時は「国営鉄道」)ことで、その時に雇用した労働者の年功序列による労働コスト上昇が、国鉄の財政を逼迫させたのも確かだ(作者注3 後述説明)。昭和39年には、既に赤字体質になっていたのだから、その後頻発するストは赤字経営に拍車を掛けたことがあっても、主因ではなかったと見るのが正解と言えるだろう。そもそもだ! 労働組合側が暴走する理由には、国側の政策の問題もあった(作者注・ここでは詳しく触れませんが、いわゆるマル生運動)。他にも国民受けが悪くなる値上げを、赤字になった直後から政治がほとんどさせることが出来ず、ジワジワと経営状態が悪くなっていった訳だ。そこでいよいよ民営化が俎上に載せられたのだが、経営効率を上げる為、北海道と九州で大規模な合理化が行われた。これは、人員削減による経営効率を目的とするだけではなく、ストで暴れた労働組合を弱体化させる目的があったのは間違いない。更に労働組合と結びついた、当時の野党の社協党(作者注・実際にはご存知の様に社会党)の票田を分解するという裏の目的も、当時の中根内閣は持っていた。それがある意味暴走したのが、民営化に加えて分割を導入した愚だ。NTTは3年前に、更に東西で2社に別れたが(作者注4 後述説明)、それでも2つだ。国鉄をわざわざ6つ(正確にはJR貨物も含めると7つ)にまで分割して、しかも経営状況の厳しい、北海道、九州、四国をそれぞれ独立(作者注・いわゆる3島会社)させるなど、当時の感覚でもキチガイじみた判断としか言い様がない。一応罪滅ぼしとばかりに、経営安定基金とやらで、経営補助を図れるようにはしたが、そもそも分割民営化自体がバブル時期に立てられた計画だったから、バブル期にはある種成功したように見えたが、バブル崩壊後には経営安定基金の利率などの運用面含め、やはり当時の見通しより厳しい状況に陥った。特にJR北海道は顕著だ。田村の丸(作者注・田中角栄モデル)さんが健在であれば、分割までは認めなかったんだろうが、健康を害して影響力が落ちたことで中根が暴走してしまった……。将来的に3島会社は、路線を維持出来なくなり、地域住民の足が無くなり、より過疎化が進行するだろう。我らがJR北海道も、会社本体の存続の危機に陥る危険性は高いと見ている。一部のJRが極端に得をし、一部が逆に切り捨てられる。それがあの分割民営化の本質だったと言われても、まさに仕方のないやり方だっただろう。そしてその結果として、地域の足が失われるのだとすれば、地方に居住する国民の生活安全保障上も、公共交通機関としての国鉄民営化は本末転倒としか言い様がない」


※※※※※※※作者注まとめ


◯作者注1

上越新幹線建設が新潟選出の田中角栄絡みだったことは有名ですが、東北新幹線も当初は仙台までだったものの、この小説でも話題に出した鈴木善幸元総理が、地元岩手の盛岡まで延伸させたことは有名です。https://news.yahoo.co.jp/feature/705 ソース元はかなり戦後日本の政治・官僚史を振り返る上でかなり面白いので御覧ください。尚、この相澤英之氏の息子は、元WINKの相田翔子さんと結婚しています。因みに大将の「相田」姓は実はこの相田翔子さんから取りました。


◯作者注2

正確には、1964年に発足し2003年解散の、旧・鉄道建設公団が出来てからは、基本的な鉄道建設は国が、その後の経営は国鉄が、という形です。但し盛岡までの東北新幹線など、国鉄自身が建設した鉄道路線もあります。


◯作者注3

奥田の友人である田中清の回顧独白場面でも以前触れましたが、昭和24年の6月に、それまでの国営鉄道から独立採算制の国有事業体である日本国有鉄道=国鉄が発足した直後にも、10万人弱の大規模レイオフを行っています。


◯作者注4

正確には他にも幾つか事業体があり、それを持株会社としてまとめたものをNTTグループと呼称しています。


以下、別内容の、当文全体に関する注意書き


 JRの民営化において、分割の方針が遂行されたのは、「分割することで地域に密着した経営が出来る」ことなどを表向きの目的としたようですが、そもそも保有路線の採算状況を無視して(特にドル箱の新幹線を保有していない3島会社について。但し新幹線については正確に言うならば、1991年までは「新幹線鉄道保有機構」がJR東日本、東海、西日本に路線を貸し出す形でした。その後は貸出先が直接保有することになり今に至ります)分割したのは、どう考えても大失敗でした。


 と言うよりも、特定のJR会社の企業経営を何らかの意図を持って優遇しようとした可能性が高い(あくまで私の推測ですが)とすら思えます。特にJR東海の存在意義(運行路線距離に比較して、異様なまでに有利な経営基盤を持つ)が問題でしょう。因みにJR九州は、JR東日本、東海、西日本に続き、2016年に株式上場したものの、鉄道事業は完全な赤字で、不動産事業が助けることで黒字化しているだけです。現に都市部以外の鉄道運行については縮小傾向にあります。


 JR北海道も民営化直後は、今流行りのリゾート列車を開発したり、都市間輸送のスピードアップ、最近ではJR札幌駅の駅ビル再開発事業など経営努力を重ねてました。ただ何しろ北海道の路線は札幌一極集中型で、路線沿線周辺住民がまばらな区間が非常に長く、冬季の除雪の必要性や年間の気温変化による鉄道施設・車両の老朽化の進行の速さなど、利益前提の鉄道事業には相当厳しいと言うより、はっきり言えば不可能な環境です。


 JR北海道に所属する労働組合側とJR北海道側とのパワーバランスの問題も、よく経営課題として挙げられますが、それは安全運行などの面には密接であっても、もはや経営上の業績を根本的に改善することとは、はっきり言って無関係です(JR移行後も職員数はドンドン減っているため。公的な資料ではないのですが、1つの資料として個人の方のブログを参照させていただきます。http://fortysonseason.blog.fc2.com/blog-entry-2188.html)。むしろ職員数が減りすぎた弊害も、安全運行維持の面で出ているぐらいですので、合理化の限界を超えてしまっているとも言えます。


 とにかく、民営化当時より職員数はかなり減少(ほぼ半減)していますので、JR北海道の窮状は人件費の問題ではありません。更に経営安定基金が、バブル崩壊に加え低金利で当初の予定より機能せず、道内の人口減が当初の予測を遥かに超えているという点でも、政治・行政側が「未来予測を完全に見誤った」か、或いは「最初から将来的に切り捨てるつもりだった」というのが、ほぼ正確なところでしょう。


 また分割民営化においては、民営化はあっても分割は許さないという立場の政治家が自民にも居て、その代表が、ロッキード事件以来、表向きは陰に隠れて、裏から院政を敷いていた田中角栄(文中では「田中の角さん」ではなく「田村の丸さん」扱い)でした。


 しかし体調不良で倒れたことから、中曽根内閣が分割を実行出来たとも言われています。今のJR北海道とJR四国の惨状を見ると、東西2社分割か一括民営化がベストだったと断定して良いと思います。


 因みに労働組合弱体化目的と政局目的については、当時の総理・中曽根康弘がその後自白(「文藝春秋」2005年12月号 他テレビインタビューなど何度か明言)していますので、これは憶測ではなく単なる事実です。


 更に「存在理由がよくわからない」と先述したJR東海という、地理的にも謎の「存在」が成立した理由としては、当初、東海道新幹線はJR西日本が運行管理する予定だったものの、その場合JR西日本がJR東日本と比較して有利になるため、当時の運輸大臣(今の国交省大臣に該当)の「三塚 博(清和会を担った「三塚派」のトップだった)」が待ったを掛けた為とされています。


 これについては、JR東海の葛西元社長・現会長が回顧録に記載しているので、おそらく事実と思われますが、三塚が宮城県選出の議員だったことで、西日本側に有利になることを心情的に嫌ったとされています。そうなると、まさに実にくだらない理由で1社増えたことになります。ここにもっと別の「理由(つまりJR東海を政策上優遇すること。現状の葛西元社長の経済界でのポジションを見ると疑わざるを得ない)」が存在していたのではないか? という疑いの目を個人的には向けていますが、いずれにせよわかっている事実だけを取っても、ここでも分割(民営)化が、(国民の為ではない)政局と化していた一端が窺えます。


 尚、分割民営化決定後の国鉄末期には、実は黒字化していたというのも皮肉と言えますが、それまでの累積赤字額の解消、サービスの低下を考えると、さすがに民営化は避けられなかったでしょう。因みに国鉄の負債自体は、清算事業団へと引き継がれました。


 他にも小説上で記述したことは、台詞の関連でちょっとごちゃごちゃし過ぎたので、国鉄の民営化の流れのまとめとしては、

http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1704/07/news021.html

がわかりやすいかと思います。


尚、3島会社への「経営安定基金」については、

http://www.fromhc.com/column/2011/10/jr-1.html

が参考になります。


※※※※※※※


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る