第197話 名実106 (252~253 本橋の犯行ノート4)

※※※※※※※


「……はホンマ助かったわ。それでな、今回も頼まれて欲しいんや」

「と言うことは、またばらしですか?」

「ああせや。悪いな。ただ、今回は永田町が絡んどるだけに、これからのウチにとっても、大層重要な案件になるんや。信頼出来るお前に頼む他ない!」

「永田町……、つまり(民友党の)箱崎の絡みですか?」

「ああ、そこの大島からの依頼や。知っとるやろ? 農林大臣やった大島、大島海路や。箱崎に、こっちのこと色々聞いたんとちゃうかな」

「となると、まさか、政治家相手やないでしょうね!? そうなったらかなり厳しいですわ」

「否、さすがにそうなると大事おおごとになる。ワシもまず引き受けられんし、お前にもよう頼めんわ」

「そうですか……。そんなら多少は安心しましたわ。……で、相手は」

「何でも、大島の過去の件で、ちょっかい出してきとる奴らしい。60は越えてるそうや。大島にとってかなり切実らしいわ」

「過去についてちょっかいですか……。まあ、親父がそこまで言うんですから、こっちとしても引き受けるより他ありませんわ」

「お前ならそう言ってくれるとは思っとった! ただ、もうちょっと詰める必要があるもんやから、また明日の昼頃、詳細は電話するわ。エエか?」

「わかりましたわ。明日待っとります」

「じゃあ、明日な」

「失礼します」


※※※※※※※


「……、幸夫か?」

「はい。待っとったとこです」

「早速昨日の話の続きやけど」

「はい」

「仕事の時期やけど、9月の末ぐらいまでにケリ付ける必要があるらしいで」

「今月の末!? えっと、今日は……15日やから、たった2週間程度ということになりますわな」

「おそらく、2週間はないと思うで。はっきり決まったわけやないが、日付としては、25日前後に殺って欲しいそうや」

「あ、そこもこっちの都合やのうて、依頼人の都合っちゅう話なんですか?」

「そうなる。北海道の大島の地元に、相手が訪ねてくる予定があって、そこで始末して欲しいそうや」

「北海道!? 親父、俺は北海道には、観光でちょっと行ったことがある程度で、相当不案内なところに、日付まで決められると、この期間では色々と厳しいんちゃうかと……」

「日付はともかく、現地ではお前に協力してくれる連中を用意してくれるそうや」

「協力?」

「ああ、大島の有力な支援者に、伊坂っちゅうのが居って、そいつとそいつの手下が現地で助けてくれるっちゅう話やで。北海道の山中は、人っ子一人居らん様な場所がぎょうさんあるから、相手をそこに連れ出して、おまえが殺った後、埋めるのも手伝ってくれるそうや。お前の仕事はたまぶち込むだけや。連れ出すのも、そいつ等がやるって話が付いとる。その点は前より気は楽やろ?」

「楽っちゃあ楽ですが……」

「まあ、それなりに気が重いのはわかっとる……。それで具体的な話やけど、北海道の北見に、22日までには行って欲しいと言われとる。これは厳守や」

「22日までに北見? 拳銃チャカ持っていかにゃならんわけで、鉄道で行く必要はあるもんの、まあ、ある程度の余裕はあるか……。北見っちゅうたら、『網走番外地』で有名な、網走の近くやったような記憶があります」

「さすがに、そういう知識は豊富やな。言った通り、健さんの網走番外地の傍や。『国鉄』なら、大阪から、途中どっかに泊まっても、3日見とけば十分(着く)という話を聞いとる」

「まあ、ガチで急いだら2日は掛かりませんわ。飛行機使えたらもっと速いんやけど、さすがにそれは無理やから……。ところで、親父! 国鉄は春に既に分割民営化されたんで、今はJRですわ」

「せやったな! うっかりしとったわ。せやけど、JRも国鉄もやってることは一緒やろ? お前も相変わらず細かいな。長生きせんぞ!」

「ハハハハ、さすが小さいことは気にしない、親父らしさが出とりますわ!」

「冗談はともかく、北見では既にお前の泊まる宿も決まっとる。駅の近くのクメ旅館とかいう宿や。一応、20日から予約しとるそうやから、早目に入ることも可能や。まあ、事前に何時から泊まるか、連絡しといた方がエエやろ。で、クメは久米宏の久米。電話番号言うから、メモしてや」

「あ、ちょっと今用意しますわ……」


「はいどうぞ」

「0157-◯◯-△△△△」

「書けたか?」

「親父、書けたんは書けましたけど、一気に全部言わんと、ゆっくり言って欲しいですわ。せわしくてしゃあない」

「せやけど、お前の記憶力やったら、そんぐらい朝飯前やろ? 時間の節約や!」

「まあ、エエですけど……。で、0157-◯◯-△△△△で合ってます?」

「合っとる。でな住所は、北見市……………」

「住所言われてもチンプンカンプンですわ」

「それもそうやな。電話掛けて直接聞くか、交番にでも聞くかする方がええな」

「交番ってのは気が引けますわ」

「ああ、悪い冗談や!」

「相変わらず冗談キッツいわ、親父は」

「で、お前の協力者の伊坂っちゅう男……、そいつも年は60超えとる爺さんらしいが、北見に着いたら、そいつと、大島の北見に居る秘書の中川っちゅうのに、すぐに電話して欲しいそうや。と言っても、こっちも旅館同様、着く前日ぐらいには連絡しとった方がエエかもな……。ほんなら、そいつらの電話番号を言うで」

「はいどうぞ」

「まず伊坂からや。0157-◯△-△△◯△……。エエか?」

「0157-◯△-△△◯△でエエですか?」

「合っとる。じゃあ次は、秘書の中川や。0157-△△-△◯◯◯……」

「えっと、0157-△△-△◯◯◯で?」

「ああ。それでエエ。とにかく、今回は、殺ったことがバレんようにすることが、前回との大きな違いや。そこがバレると、大島の側にも色々とヤバイらしい。まあ、お前の役目は殺すことだけやから、後は、協力してくれる連中に任せれば良いっちゅう意味では、そこをお前に強調してもしょうがないかもしれんな」

「しかし、準備期間はこの程度で大丈夫なんやろか……。相手にもちゃんと会えるんか心配ですわ」

「『お膳立て』はあっちの仕事。お前の仕事は、相手を確実に仕留めることだけや。そこに注力せえ」

「ま、今から気に病んでもしゃあないのは確かですわな」

「そういうことや。で、肝心の報酬かねの件やけど……」

「おっとすっかり忘れてましたわ」

「何なら、ずっと忘れてくれてても良いんやで!」

「そないな殺生なこと言わんでも!」

「それは冗談として、手付に200万、成功したら残り800万の大仕事や!」

「そいつは、また景気の良い話ですわ!」

「逆に言えば、そんだけ重い仕事ってことでもあるんやで。抜かるなよ。で、手付は前回と同じようにするんやけど、成功報酬の受け渡しは、ちと違うんや」

「と言いますと?」

「無事済んだら、お前から、その中川に電話してくれや。それから、北見のどっかで落ち合って、成功をじかに報告してくれ。中川は北見には居るが、今回の件には、事後まで直接は一切絡まん。せやから、全てが済んだ後、直接会って、お前の口から結果報告して、そこで中川から、直接残りの800万を受け取る算段や」

「いやあ、こっちとしては、すぐに手に入るのは正直ありがたいんやけど、また随分イラチ(関西弁で『せっかち』)な対応やなと思いますわ、その点も」

「どうも、すぐに、東京に居る大島が結果を知りたいみたいやな……。お前は、俺がもっとも信頼しとる子分の1人やと伝えとるから、大島もお前の報告は、そのまま受け取ってくれる様やで。とは言っても、お前と一緒に協力してくれる奴もいるわけやから、そいつらの話も含めてやろうけどな」

「なるほど。その点もわかりましたわ。しかし、北見なんて不案内なところで、何処で会えばエエんやろか……」

「旅館でもエエやないか?」

「まあ、最悪それでもエエですわ。相手次第やけど。で、言いにくいんですが、現地に行くまで、気分を落ち着かせる意味も込めて、観光しながら行きたいと思っとるんですが、エエですか?」

「その話については、相手が22日までに入ってくれ言うとるから、その間については、ワシもノータッチや。お前に任せるわ」

「そないに言ってもらえると助かります」

「ということは、すぐに手付を渡せるようにしとかなアカンか?」

「いや、手付と言っても、後でも構いまへん」

「今回は、お前に色々と無理難題を押し付けてるから、そうはイカン。明日の昼までに用意しとくわ。それ以降なら何時でも大丈夫や。それから、旅行中は、俺んとこにも一度連絡してこい」

「ええ、そのつもりですわ」

「じゃあ頼むで!」

「頑張らせてもらいます」

「ほな!」

「失礼します」


※※※※※※※


 ここで一度、竹下は、おもむろに停止ボタンを押した。そして感慨深そうに、

「助かりました……。我々が長年追っていた事件にとって、大きな証拠が……、やっと……、やっと出てきました」

と、噛み締めながら喋った。


「ようわからんが、この会話が事件の証拠になるんか?」

黒田が尋ねてきたので、

「勿論、さっきの会話は会話で、別の事件の証拠になるんですが、我々が追っていた事件については、まさに今のテープの内容が、相当重要な証拠になるんじゃないかと考えてます。本橋さんが、我々にわざわざ、証拠があると伝えたかったのも、これをまず念頭に置いたものだったはずです。他の事件についても、他の担当警察の重要案件の証拠となり得るはずですが」

と返した。


※※※※※※※


 このテープの内容で大きかったことは、やはり、北見の「番頭」である中川秘書と本橋が、殺人の報告と報酬の受け渡しのために、実際に会うことが、事前に予定されていたと言うことだった。殺害実行後、北見駅構内で現実に会っていたことは、五十嵐の同僚である鳴尾記者の証言が期待出来ると共に、1万円札と切符に残った2人の指紋という、確たる物的証拠も含んでいた。そこにこの電話の会話により、2人が「会っていた目的」が明確になったわけだ。つまり、佐田実の殺害においても、中川に対し、新たに殺人幇助の立証が可能になる。


 他にも、瀧川が本橋に、「大島の依頼で、佐田を殺すように」指示していることが、会話内で語られていた。これを声紋分析に掛ければ、その会話が実際に2人によってされていたことを以て、瀧川による、本橋への殺人教唆もしくは共謀共同正犯としての殺人罪適用が、「表向き」は立証出来る可能性が出て来た。


 しかし、残された大きな問題は、この依頼の大元が、大島からの依頼であるということは、あくまで瀧川の口から語られているだけであるということだ。明確な裏付けは、大島が認めない限り、面倒なことになってくる。つまり、この会話だけでは、大島海路を殺人教唆(本橋への、瀧川を仲介とした、大島による殺人間接教唆)や共謀共同正犯としての殺人罪で有罪にすることは、まず無理なはずだ。又聞きの内容を、そのまま裁判上の証拠採用は出来ない(但し一定の条件では可能)という、いわゆる伝聞証拠禁止の原則という問題に引っ掛かるからである。


 ただ、それは別の手段で解消出来る目も出てきていた。まず前提条件として、この録音音声の中にあった、中川と本橋で、殺害の事後報告と成功報酬の受け渡しの為に会う予定が、証言と証拠で明確に裏付けられる以上、この会話内容の全体の信憑性が高まるという点だ。


 そして、その上で最も重要なことは、中川の殺人幇助を立証出来れば、ボスである大島と中川秘書と言う、絶対的主従関係を通した、佐田実殺害、最悪でも殺人幇助の教唆犯、或いは、殺人幇助の共謀共同正犯をも立証する可能性が出て来ることだった。その意味で、この箇所が核心部分と言えたのである。無論、立件は簡単ではないだろうが……。


 本橋が、一体どこまでの立証を「復讐」の為に考えていたのかは、今となってはわからないが、予知能力でもない限り、時系列上は、死後に出て来た鳴尾記者の証言を前提にしていたことはあり得ない。当然、伝聞証拠の禁止についても、さすがにそこまで頭は回っていなかっただろうと、竹下は一応は推測していたが、死刑を待つ間、刑事訴訟法についても学習していたのならば、全くあり得ない話でもない。そうなると、ひょっとすると復讐の為に、大島の関与は無視し、あくまで瀧川の立件についてのみ考えていたことも、手紙の暗号記述からは考えられなくもないが、それは本橋にしては、別の意味でややザル過ぎるようにも思えた。


 いずれにせよ、必然と偶然のミックスにより、目標の大島海路を、現状は部分的ではあったが、射程内に捉えるだけではなく、思いもしなかった瀧川の立件も、否、むしろそれの方が、確実に視野に入ってきたと言えた。そして、竹下は再び再生ボタンを押した。


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