第102話 名実11 (26~27)

 他にも色々聞いて、大内への取材を終えると、ビジネスホテルの北見ミントホテルを予約していた2人は、大学からそこへ向かった。本来であれば、当日中に紋別に戻ることは十分可能だったが、竹下は、敢えてデスクにそのまま北見で宿泊することを要求していた。デスクは、

「ホテル代を出張名目で出してやることは出来んぞ! ウチの予算なんて雀の涙程で、そんな余裕はない! それは自分で持て! その代わり北見泊は認めてやる」

と言って、何とか竹下の要求を飲んでくれた。そういうわけで、竹下は濱田の宿泊費も持ってやっていた。


 というのも、竹下は北見へ赴任してきた西田と吉村に、北見へ来たついでに会っておこう、否、おかねば、と考えていたからだ。刑事である2人も忙しい身分であるし、竹下自体も暇ではないので、そうそう会える機会はない。特に捜査情報を手に入れようというより、自身が関わった事件が解決へと少しでも進んでいるのか、それだけでも知っておきたいという欲求が内心あった。2人の北見への赴任を知ってから、沸々とそういう感情がほぼ、無意識の内に高まっていた末の行動だった。


 向坂も呼ぼうかと思ったが、その日はどうしても、警備会社の勤務の関係上都合が悪いということで、参加を見合わせていた。とは言っても、西田や吉村以上に、竹下が警察を辞めてからも交友関係があるので、それほど残念という感じもなかった。そして、事件の状況を知るという目的を考えれば、現役ではない向坂の存在は、今回は余り重要ではなかったとも言えた。


 ただ、西田が推測していたように、今の新聞記者と言う立場を考えると、現時点で余り立ち入ったことは聞けないという自覚はあった。これが刑事として一緒にやっていた経験がなかったら、むしろ逆にガンガン聞き出そうとするだろう。そこが通常のブンヤとしての立場とは明らかに違っていた。


 さすがに立ち入った話に、何の関係もない濱田を連れてくるわけにも行かないので、彼には小遣いを渡して、自分の選んだ店で勝手に飲み食いするように指示していた。しかし、よく考えれば、濱田としても、知らないおっさん共に囲まれるよりは、1人の方が気楽で喜んでいるだろうと、竹下は思い直してもいた。


 そして午後7時過ぎになると、携帯に連絡が入ったので、竹下は、西田に指定された店へとホテルから徒歩で向かった。西田の指定した店は、向坂とも以前よく飲んだ店ではなく、係長の遠賀に紹介された焼き肉屋だった。向坂が来るとなるとそっちにしたのだろうが、たまには別の店ということになったようだ。


※※※※※※※


 焼き肉屋「野付牛豚鶏のつけうしとんけい屋」は、ビジネスホテルから然程離れておらず、5分程で着いた。野付牛のつけうしとは北見の以前の地名である。北見は人口あたりの焼き肉店が多い街としても有名であり、旧名の野付牛と牛・豚・鶏肉を併せた店名のようだ。暖簾をくぐって、店の人に小上がりに居ると聞き、フスマをがらっと開けると、すぐに2人の姿が視界に入ってきた。


「どうもどうも!」

フスマを閉めながら、らしくない明るい声で挨拶すると、

「おう! 元気そうだな」

と、西田は声を掛けた。直接会うのは、竹下が札幌勤務時代以来だったが、吉村は、竹下が紋別に赴任してきてから2度ほど会っていた。


「左遷された割には元気そうだな」

西田は既に酔っていて、憎まれ口を叩くほどご機嫌だったが、

「まあやりたくないことを嫌々やるよりは、今の方が居心地は悪く無いですよ」

と答えた。決して強がりではなく、実際そう思っていた。勿論、西田も前会った時にそういう印象を抱いてはいたが……。


「竹下さんはホントそう思ってますよ、そういう男です!」

大して飲んでないだろう割に、やけに持ち上げるようなことを吉村に言われ、気恥ずかしくなったが、こちらも以前会った時に、熱く語り合った時のことを思い出したのかもしれない。


「ところで係長、あ……」

竹下が西田に呼びかけた時、思わず昔の癖が出てしまった。基本的に遠軽以降は、「西田さん」で通していたが、何となく遠軽署時代の感覚が蘇って、そういう言葉が口をついていた。

「あ! 竹下さん、今は課長補佐ですから!」

と言って吉村が茶化したが、西田は、

「正直な所、課長補佐よりは係長の方が、何かしっくりくるんだよなあ。『課長』だとそんなことはないんだが、語呂の問題かな?」

と首を捻った。

「まあまあ! 今日は久しぶりに遠軽時代の気分で、係長に主任に、おれが平! この関係でいいじゃないですか!」

吉村がそう言って場をとりなしたので、西田は

「じゃあそういうことで! 乾杯といこうか!」

と竹下のコップにビールを注いだ。


 しばらくは昔話に花を咲かせていたが、西田達が完全に酔わない内に、竹下は頃合いを見計らって、西田にそれとなく捜査状況を尋ねようとした。

「細かいことは言わなくて構いませんが、やはり昔携わったものとしては、事件がどうなっているか気になって、我慢出来そうもないんですよ最近は……。どうです、イケそうですか?」

「お前が、これまで余り聞き出すつもりが無いようだったから、俺としても、遠慮してんだろうなとずっと思ってたんだぞ」

竹下の言葉に、西田はそう返した。

「ちょっと遠慮してたのは確かです。今は警察から色々聞き出すのが仕事になってしまったんで、対立関係にありますから」

「竹下のことだ、そこら辺はきちんと区別してくれると俺は信じてるから……。勿論、教えられることに限度はあるけどさ……」

西田がそう言いながら牛タンを頬張ると、

「と言っても、竹下さんにわざわざ話すべきことも、起きてないんじゃないですかねえ」

と吉村が絡むように西田に話し掛けた。


「あれ、鏡の件は、報道もされたから知ってたんだよな?」

「西田さん、それは勿論把握してます。前電話で話した時も話題の上ったでしょ?」

「そうだったっけ? まあ、あれはニュースにもなったから、当然だな……。その件で、アベが鏡相手の共犯と見て洗ってたが、今まで何も出てこなかった。竹下も、その後ニュースになってないということは、そういうことだと想像付いてただろ? それが俺達が赴任してからもまだ続いてる。最近ちょっと怪しい話はあったが、すぐに無関係だとわかっちまってな」

そう言うと悔しさをにじませるように、ビールを一気に飲み干した。


「佐田実の方はどうですか?」

「年末には、いよいよ時効迎えるから何とかしないといけないが、全く何もわからん。まあ仕方ないよな、みんな死んじゃってるんだから、大島以外は……。奴に直接吐かせるぐらいしかない。頼みの綱は、病院銃撃事件に大島が関わっていることを立証し、そこから更に佐田の事件についても大島の関与を導くだけだが、最終的には大島自体に吐いてもらわないとならんだろうな。やる気を持って引き受けたが、先を考えると嫌になってくるわ……」

そう言うと、多少酔っていたこともあったが、わざとへたるように上半身を突っ伏し、机に顎を乗せた。

「そんな弱気じゃ困りますよ。2人にはしっかりしてもらわないと!」

ここに来て、竹下の遠慮度合いは影を潜めつつあったが、西田と吉村が諦めたらそこで終わりだということを意識したのだろう。


「そうは言いますけど、『主任』の方はどうなんですか? 紋別でも不満はなさそうですが、これから先も、地方の支局でくすぶってるつもりですか?」

絡み気味に、やや挑発的な言動をした吉村をあしらうように、

「ああ、それなりにやってるし、そのままならそれでも構わん! 今日も取材で佐呂間から北見まで駆けまわってた」

と告げた。

「取材? 何の?」

西田に尋ねられて、

「あ、そうだ! 『湧泉』の大将の相田さん憶えてるでしょ?」

と話題をそちらに向けた。

「ああ勿論だ! 大将なあ。懐かしいわ」

「大将がどうかしたんすか? 昨年遠軽に寄る機会があったから、顔見に店で飲食したけど、相変わらず元気そうだったけど」

西田に続いて、吉村が反応した。


「その大将、父親が機雷の爆発事故で亡くなったって話してたの憶えてます?」

「おうおう! 言われてみれば、吉村に連れられて初めて湧泉に俺が行った時に、そんな話になったような記憶があるわ」

西田は思わず手を叩いて、記憶がすんなり蘇ってきたことを無邪気に喜んだ。どうも最近は年齢のせいか、記憶力に自信がなくなっていたからだ。

「その大将の亡くなった父親ですけど、血のつながりがない、継父だったみたいです。しかもその継父は、事故当時、遠軽署所管の芭露駐在所勤務の警官だったそうで」

それを聞いた西田と吉村は、

「へえ! 遠軽しょの先輩だったんだ。なんで同じ警官の俺達に言わなかったんだろう?」

と同様に疑問を呈した。特に吉村は、大将とは最も仲良くしていたはずで、

「どうして黙ってたんだろ……。なんか気分悪いなあ」

と納得いかない様子だった。

「黙っていた理由はわからないけど、それは間違いない事実。取材で大将の実質、従兄弟、例の佐呂間で漁師やってて、店に魚介持ってきてくれるって言ってた人のことですけど、その人に今日会って直接聞いたんで」


 今度は「実質従兄弟じっしついとこ」なる、「面倒な」言葉を聞いて、更に酔ってイマイチ頭が働いていない2人は、意味がストレートに入ってこず渋い顔になっていた。

「もう1つ。大将のお母さんがアイヌ人なんで、大将はああいう顔立ちみたいですよ。父親は和人、つまり自分達と同じ普通の日本人だそうですが」

そう竹下に伝えられると、

「取材がなんだか、聞いてるだけじゃよく話が見えてこないが、大将の店で初めて見た時、やけに端正な顔立ちしてるなと思ったら、アイヌと日本人のハーフだったか。そりゃああいう顔にもなるわ!」

と、西田は妙に納得していた。


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