第16話 式部さんと二人で王道展開の物語を作ってみたら、どこかで聞いたようなストーリーになってしまったんだが。
「それほど、物語が溢れている未来だったら、中宮様がお喜びになるような物語の参考になるものもあるだろうか」
と、式部さんは私に尋ねた。
「そうですね、私は昨日話したように、業平のような人物が一度零落れても再び栄華を掴むという筋立て自体は変えたくないんです。それを骨格として、そこに若い女性が喜ぶような要素を盛り込んでいきたいと思うのですが、どうでしょうか?」
「それでいいのではないか」
と式部さんは頷いてから
「私には、若い女性の喜ぶものというのが、まったくわからないのでそなたの助けがあると嬉しいのだが」
と、言う。
ええ、ええ、そうでしょうとも。
式部さんの無邪気な顔を見て、私は心の内で「この鈍感!」と呟いた。
ツンデレキャラのまだデレが来ていないだけなんだと思っていたけれど、式部さんの場合はけして意識してツンとしていたわけではない。単に“恋愛”や“女性”について、鈍感なだけではないのかと、今朝からの様子を観察していてようやく私も気がついたのだ。
しかし、それも当たり前かとも思う。
昔の日本は、同性との恋愛に関してかなり緩やかだったはずだけれど、式部さんの様子を見る限り、男性ともそのような経験はないのではないかと思われる。
そのような、恋愛オンチな人が、お后様の喜ぶような話を作るのは難しいだろう。
とはいえ、私だって実際の恋愛経験はまったくない。
ただし、私は式部さんとは違って、恋愛が描かれているフィクションに向き合ってきた。その分、式部さんよりも、アドバンテージがあるというだけの話である。
単に乙女ゲームの中で、さまざまなタイプの男性たちを多数攻略してきたに過ぎないのだ。
つまり、二人とも現実での経験値がゼロの状態で、若い女性、それもリア充が喜ぶ物語を作らねばならないのである。
「ちなみに、中宮様はいまおいくつでいらっしゃいますか?」
読者、ターゲットのニーズに応えることは一番重要である。リア充という他、いまのところ情報がないターゲットについて私は式部さんに質問をした。
「確か、御年15歳ほどであらせられるかと」
この時代ならば数え年であろうから、現代で言えば中学生ぐらいだろうか。
それでもう、いまの帝と結婚して后になっているということか。その若さにまず驚かされた。
女子中学生ぐらいだと、やはり少女マンガの王道展開がツボだろろうか。
「未来で、そのぐらいの女性が好んで読むものに、少女マンガというものがあります。その王道的な展開はまず鉄板でツボ……間違いなく喜ばれるでしょうね」
「王道的な展開とは?」
式部さんは、また紙を広げてメモを取り始めた。
「そうですね。主人公は、特にかわいくもなく、頭がいいわけでもなく、つまりはたいしたことがないのに、学校一人気のある男子になぜかモテるんです」
「学校というのは、大学寮みたいなところと考えてよいのだろうか?」
と式部さんに問われ、
私は惟規さんのことは嫌いではないし、むしろ好感を持っている。これがゲームだったら、スルーしないで攻略している、と思う。でも、一般的には一周目に攻略するキャラじゃない。なんというか、ほっこりしたい気分のときに相手をしてもらいたいキャラだ。
王道の男性キャラとは、乙女ゲームなら、一周目で攻略したいと思う人が一番多いであろう、パッケージに一番大きく中心に描かれたキャラであるはずだ。となると、この時代の大学寮は……ない、と思う。
「う~ん、この時代の王道ってまさに、王……帝ではないでしょうか? 学校を大学寮と捉えず、この都が舞台と考えるなら。しかも、お后様が読むとしたら、相手は帝ですよね?」
「なるほど、やはり香子殿は頼りになる。とすると、たいした身分はないけれど、後宮に入内することになり、どこがいいのかわからない平凡な女性なのに帝のご寵愛を得てしまった、と」
いえ、単にマンガやゲームをやり尽くしているオタクなだけです、と内心で思いながら、
「式部さん、それ! それですよ、王道とは、まさに! しかも、プリンセスになる、玉の輿に乗る、これはハーレクインでも王道ですし、グリム童話でもやはり最後は王子様に見初められてめでたしめでたしなんですから、これはもう王道中の王道と言えましょう!」
「ぷりん……? はあれ……? ぐりむ……?」
つい興奮して、式部さんにわからない用語を大量に使ってしまったと後から気付き、
「失礼しました。外国の女性向けに書かれた恋愛小説や、外国の子ども向けの童話のことです。よくある展開で、だからこそ万人が望んでいる展開だと思います」
と、フォローを入れる。
「なるほど」
さらに、私は『伊勢物語』のハッピーエンドがやりたいわけだ。男女は逆転するが、身分の高い帝とたいした身分ではない姫の恋愛は成就させてあげたい。政治的な思惑の方が、恋愛に負けるという現実にはあり得ない展開にして、業平のような苦しみを味わった人たちの溜飲を下げる物語としたいのである。
さらに、
「たいした身分ではない、というだけではなく、元はいい家柄だったのに最近の政権争いに負けて、
と、式部さんに尋ねた。
何度も何度も、敗者からの逆転というテーマを物語に織り込むのだ。
「それもよいのではないか。そして、その姫はどうなる? 帝の寵愛を糧にすんなりと后になるのか?」
その先はどうなるのだろうか。私は、人気のある少女マンガのプロットをいくつか脳内で思い出してみた。
「いえ、帝からモテた直後、十中八九、先輩たちからのイジメに遭いますね。『あんた、身の程知らずなのわかってるの?』『あんたにはこれがお似合いよ』って、トイレの便器に顔を突っ込まれたりします」
「といれ……?」
「ええと、汚物です」
実は、この時代にはトイレはまだ独立した部屋になってはいなかった。タイムスリップしてきて一番困ったのが実はそこだったのだ。便器は箱状のもので、部屋の中でそこに用を足すと、使用人が片付けておいてくれるというシステムなのである。いまもまだ正直慣れてはいない。
「ということは、先に
「ちょっとえげつない話ですけど……、少女マンガの筋立てをそのままこの時代の後宮に移せばそういうことになりますね」
汚物をまくなんて展開大丈夫なんだろうか、と思いつつ式部さんを見ると「ふむふむ、なるほど」と言いながら、私の話す筋立てを真剣にメモしているので、大丈夫なのだろう。
「その後はどう展開する? 帝は先に入内した女御たちの顔を立てて、一人だけ寵愛するのはやめるのだろうか? 現実では、政治的なことを考えてそうなりそうなものだが」
「いえ、逆に二人の愛が燃え上がります。そのイジメによって二人の結束が強まり、ますます愛が深まるのです」
メモを取っていた式部さんが突然
「あ!」
と大声を上げた。
「どうしたんですか? 何かいけない展開にしちゃいましたか?」
「これは……楊貴妃ではないか!
式部さんは満足そうな笑みを私に向けるが、これはまったくの偶然である。私は、ただ少女マンガの王道を語ったに過ぎない。
「楊貴妃ということは、この後は悲劇の展開となるのか?」
そう問われて、私はううむと考える。少女マンガだと圧倒的にこの後ハッピーエンドになることが多い。乙女ゲームも、ハッピーエンドを目指して頑張るわけで、よほどのマゾ的性格でなければわざわざバッドエンドを好んで見る人は少ないだろう。そこにトロフィーでも設定されていれば、また別の話だが。
他にこの年代の女子が好む媒体は何かなかったか、と脳内を検索する。ネット環境がない現在、私の脳内グー○ル先生だけが命綱である。
そして、私は思い出した。
この世代の女子が好んで読み、あるいは自分で書くことすらする、携帯小説という媒体を。
「“携帯小説”という物語のジャンルがあるのですが」
私は携帯電話についての説明を放棄して、“ジャンル”と、かなりいい加減に大ざっぱな紹介をした。
「このジャンルも、中宮様世代の女子にとってはとても人気があるんです。そこで、よく描かれるのは、不治の病。若くして出産。そして、志なかばで死……。主人公を愛し続ける男性。これも、携帯小説だと王道ですね。死は二人を分かつものではない、君は俺の心の中で生き続ける! いまでも愛しているよ! 的な……」
式部さんは意外にも、ベタ過ぎる展開の携帯小説の筋立てにも興味を示してくれた。
「そういう悲劇もなかなかよいな。主人公は、帝の子を産んだ後、不治の病で亡くなってしまう、と。しかし、二人は比翼連理の仲。ゆえに、死が二人を分かつとも二人の愛は壊れることなどない……と」
確かに、それでエンドでもいいのだが、と私は考える。
それでは、そもそも最初の目的であった、式部さんの溜飲を下げるための物語からはずれてしまう。やはり、敗者復活戦が必要だ。
「そこで終わりにせずに……、ここから物語を始めてはどうでしょう。これは物語の序章に過ぎなかったのです。この身分の低い、圧倒的に不利なところからスタートする悲劇の皇子こそが本当の主人公です!」
僕たちの冒険はこれからだ! で連載終了ではなく、本当にここから物語をスタートさせるのだ。
「しかし、外戚はいない設定から、帝となるのは難しいのでは?」
確かに式部さんの言う通りだ。摂関政治のこの時代、後ろ盾がなければ帝になるのは難しいだろう。ここで無理にこの皇子を帝に仕立てたら、一気にファンタジーとなってしまう。
「だったら、業平のお父さんみたいに……」
「臣籍降下する?」
「それです! それで、出世していくんですが、政変に巻き込まれて一度は
ああ、これで式部さんたちも共感できる物語になるのではないか。
「香子殿、私としてはそれも面白いが。と、なるとこの先は政治の話ばかりとなってしまう。中宮様のような女性が喜ばれるであろうか?」
「そうしたら、その悲劇の皇子を、全女性の憧れ的なスペックの高いイケメン……美形に設定して、表向きは恋愛の物語にしたらどうでしょう?」
「なるほど!」
「一応、中宮様の萌えツボがわからないので、その男主人公と他の男性とのBL的展開も入れておきましょうか」
「びーえる?」
「あ、失礼しました。え~と、男色です。男性と男性の恋愛です」
「ああ、なるほど了解した」
さすが、男色に理解が深い。というか、高貴な人たちの間では当たり前に男色行為が行われていることを実感させられる受け答えだ。すんなり採用されてしまった。
そして、式部さんは、すごくいい物語のあらすじができたように喜んでいるけれど、私からするとベタ過ぎるストーリーに感じられる。本当にこれでいいのだろうか。
しかも、どこかで聞いたことのあるようなストーリーに感じるのだ。もちろん、王道設定ばかり盛り込んだのだから、手垢にまみれたストーリーにならざるを得ないだろうが、この時代の式部さんにとっては、新鮮な話に思えるのだろうか。
「臣籍降下した後の姓ですが……、やはり
「え?」
“アンナの変”とかいう、また聞き慣れない政変の名前が出てきたけれど、私にはそこよりも引っかかった箇所がある。
……『源氏の君の物語』……それって。
『源氏物語』!?
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