フィクション~春夏秋冬~

香村

第一部 フィクション~春夏秋冬~

第一章

 甘い薫りがする。匂いに誘われ、目が覚めた。身を起こして辺りを見渡すと、そこは小さな丘で、白い花が咲き誇り、光を反射して眩しかった。

 ここはどこ?

 こんなに沢山の花が咲いている丘は知らないし、どちらかと言えばインドア派だ。寝るなら、家で寝る。なのに、何でこんな所で寝てるの?

 考えていても仕方がないから、とりあえず前に進む事にした。

 木や花が沢山あって、自然豊かで、空気がおいしい。

 ここって結構な田舎?

 田舎は好きだ。それに比べて都会は嫌いだ。人が沢山いて、空気が汚いし、コンクリートと言う壁で囲まれて逃げる事を許さないみたいで……。人の醜い部分が固まっていて……。

 どうして人は、そんな所に集まるわけ?私だったら、そんな所に行きたくない。

 そんな事を考えていたら小さな村が見えてきた。

 どうしよう。私、人と接するの苦手なんだよね。でも、誰かに訊かないと……。

 あれ?どうして訊くの?私は、どこに行こうとしてるの?

「ユリー」

 私と同い年くらいの女の子が、私に近づいてきた。

「もう、何処に行ってたの?みんな捜してたんだよ?」

 ちょっと待って。私、あなたの事、知らないんですけど……。

「ほら早く。みんな待ってるよ」

 彼女は私の手を引き、村に入って行った。

 その村はRPGの始めの方に出てくるような、平和そうな村だった。ただ、人が居ない。

 私は、彼女に引かれるまま村の奥へと進んで行った。前方には、大きな岩が固まって出来たような洞窟がある。おそらくあの中に入るんだろう。



 予想は的中した。



 洞窟に入った私は驚いた。たくさんの村人と思われる人が正座をしていた。そして、私が入って来た事に気付くと、みんな頭を下げる。まるで、私が神に等しい存在だと思っているかの様に。

 この時、私はアホ面だったんだろうね。彼女は、苦笑いで私に言った。

「あの台座に」

 彼女に促されるまま台座に座った。

「あの~。ここは何処なんですか?あなたは誰?」

 少し躊躇い気味に言った。

「何言ってるのよ。冗談は後にして。今は、神の御告を」

 ……はぁ?『神の御告』?何言ってるの?私を誰かと勘違いしてるんじゃないの?

「あの~。私、神の御告なんて聞けないんですけど……」

 申し訳なさそうに言うと、彼女が私の耳元で囁いた。

「大丈夫。今、感じている事を言って」

 大丈夫って何が大丈夫なの?

 てか、今更だけど、何でこの人は、私の事『ユリ』って言うの?私の名前は『ユリ』じゃ、な――

 あれ?私の名前……。なんで分からないの?彼女は私の事を『ユリ』って呼ぶけど、それが本当の名前なの?

「ほら。早く」

 肩を軽く叩かれた。

 ま、まあ、適当な事を言って、どさくさに紛れて逃げればいいよね。

「じゃあ……。隣の国の兵士が攻めて来ます。三人の勇者が現れ救ってくれるでしょう」

 かなり適当な事を言ってみた。しかも、勇者が三人って……。自分の厨二過ぎる発想に笑えてきた。

 しかし、村人は笑わなかった。それどころか不安そうな顔をしている。

「隣の国って……トールウ国か?まさか……そんなこと……。だって条約結んでいるだろ?」

「でも、ユリ様が言ったことだし……」

「確かにここ数年トールウ国のやる事と言ったら信用出来ない事ばかりみたいだが……そんな、まさか……」

「でも、勇者様が救ってくれるって……悪い事だけじゃないんだろう?」

 よし。いい感じに騒ぎ始めた。にしても、バレバレな嘘を本気で信じるなんて……。

 逃げ出そうと私が腰を上げた途端、

 ドオオオオオン

「ああああーーーーーー!!!」

「きゃああああーーー!!!」

「やぁぁぁぁ!!!」

 何が起きたのか理解出来なかった。いきなり大きな音や悲鳴が響き渡り、赤いものが飛び散り、目の前が暗くなった。



 何だか分からないけど、私、死ぬのかな……?痛みを感じないってことは、もう……



「ユリ様……お逃げ下さい……あなたは、私達の希望……こんな所で……。リカ!ユリ様を連れて逃げなさい!」

 どうやら『赤いもの』は、私の血ではなく、この女性の血らしい。私に向かって飛んできた矢をかばってくれたみたい。

 女性は最後の力を振り絞って叫んだ。

「貴女は死んでは駄目!貴女は世界の秩序を――」

 女性が最後まで言う前に、矢が女性の心臓を突き刺した。私は思わず叫びそうになった。しかし、彼女――女性は『リカ』って呼んでいたから、おそらく、彼女の名前は『リカ』って言うんだろう――が私の腕を掴み、走り出した。

 洞窟には、入り口の他に裏口みたいのがあって、私達はそこから逃げ出した。外は森で沢山の草が生えていて走り難かった。しかも、私は走るのが苦手だ。でも、今はそんな事を言ってられない。

 止まって息を整えたいけど、そんな余裕はない。後ろから、何人か分からないけど、追い掛けられている。理由は全然わからない。けど、逃げなきゃ殺される。そんな恐怖心のおかげで、自分でも信じられない程、走り続けている。このまま、一山越える事だって出来そうな感じがした。

 しかし、無理だった。最悪な事に、私は、木の根か、草か、何かに足を取られて転んでしまった。

「大丈夫?」

 前を走っていたリカは、私が転んだ事に気付くと急いで戻って来た。私の手を取り、立つのを手伝ってくれた。幸い傷は浅い。痛い事には変わりないけど。

 ザザッ

 やばっ。追い付かれた。

「ここは私に任せて逃げて!」

「で、でも……」

「いいから早く!」

 私を庇うリカの必死な姿。どうして殺され掛けているのか全く分からない状況。

 リカを置いて逃げる選択しか私にはなかった。

「ごめんなさいっ」

 そう言って私は走り出した。

 矢が何本か飛んで来たけど、幸運な事に、私に当たることはなかった。



 とにかく走った。真っ直ぐに。

「おい!居たぞ!あっちだ!」

 やだ!どうしよう!てか、リカは?まさか……殺された!?

 そんな事あるわけないよ。だって、あのリカが……って、あれ?何で私……。リカとは、さっき逢ったばかりなのに、昔から知っているみたいな感じじゃない。リカは私の事、知ってるみたいだったけど、私は知らない……。

 ぐいっ

「ぁあ!」

 追手に腕を掴まれた。

「言う事を聞けば殺さない」

 男は、私を自分の方へと引き寄せ、私の首に短剣を突き付けた。

「トールウ皇の后になれ。そうすれば、殺さない」

 何言ってるの?何で私が?胸なんて全然ないし、スタイルだってそんなに良くないし。てか、皇様って誰?何でそんな話が出てくるの?

「あっ、ああああああの!」

 ヒュンッ

 首に感じる冷たい感触の恐怖から舌が上手く回らないでいると顔を横切る風が吹いた。

 同時に何かが刺さる音と叫び声。

「……え?」

 首に当てられていたはずの冷たい感触と私を捕まえる腕が、いつの間にかなくなっていた。

 恐る恐る後ろを見ると、私を捕まえていた男が顔を押さえてもがいていた。

「ひっ!!」

 目に矢が刺さっている。

 私は腰が抜け、尻餅をついてしまった。恐怖のあまり脚に力が入らない。

 ぐいっ

 私が動けないでいると、誰かが私の腕を掴んだ。しかし、再び風と共に直ぐに離れた。何が起きたのか、その時は解らなかった。ただ、私の腕を掴んだ人は『皇の后になれ』と言った人の仲間だと言う事、その人が何故か倒れていること、その事だけ理解出来た。それ以上の状況を理解しようとするのは失神する恐れがあると脳が判断したのか、目の前の状況を把握できなかった。

「大丈夫か?」

 私はゆっくり、声のする方を見た。

 緑色の髪に水色の瞳が印象的な男の子が私に近づいてくる。敵のようには見えない。

 この男の子は味方だと思う事で少し余裕が出来たのか、私は辺りを見渡した。

 私を追い掛けてきた男が四人。全員倒れていた。皆、頭や顔、左胸に矢が刺さっている。

 今の状況を把握してしまった。

「いっ……やぁぁぁぁぁ!!!」

 私はその場から、数メートル離れた。

「お、おい、大丈夫か?」

 私は泣きながら、その人を見た。

「大丈夫じゃないです!あんなの見たら……。一歩間違っていたら私がああなってたんですよ!それを思うと……」

 私は恐怖のあまり、声が裏返りつつ、言い放った。そして、ある事を思い出した。リカを置いて逃げた事を。

「そうだ!リカって子を助けて下さい!私、あの子を置いてきちゃって!」

「それなら大丈夫だ」

 その人は笑顔で答えた。すると、森の奥からリカが出てきた。

「ユリー!良かった。怪我はない?」

 リカは私に抱きつき、少し涙声で、そう言ってくれた。なんか嬉しいよね。心配してくれる人がいるって。



 そうなの?



 え?あれ?私……なんか……まあ、いっか。

 ガサガサッ

 リカに続いて水色の髪の男の子と赤茶色の髪の男の子が出てきた。

「ユリ。大丈夫?」

 あの人達も私の事知ってるみたい。私はあの人達の事知らないのに……。なんか、申し訳ない気分になる。

「はい……」

「ユリ。どうしたんだよ。さっきから敬語なんて使って」

 緑色の髪の男の子が言った。

「あ、あの。私……」

 少し躊躇った。けど、言うことにした。

「ごめんなさい。私、あなた達の事知らないんです。気付いたら、白い花が咲いてる小さな丘で寝てて……」

 真剣に訴えた。しかし、四人は笑った。

「なーに冗談言ってんだよ」

 緑色の髪の男の子が代表して言った。

 いや。私は大真面目なんですけど……。



 しばらく話して、やっと信じてくれた。

「それって記憶喪失じゃないのかな?」

 水色の髪の男の子が言った。

「記憶喪失……?」

「ユリが本当に僕達の事分からないなら、そうでしょ?」

 まあ、確かにそうだよね。

「俺はトウナ」

 緑色の髪の男の子が言った。

「そんなに落ち込むなよ。ユリは知らなくても、俺達はユリの事知ってるし、これから知っていけばいいじゃん。俺達は友達なんだからな」

「そうだね。僕はハル」

 水色の髪の男の子が言った。

「俺はシュウ」

 赤茶色の髪の男の子も続いて口を開いた。この人は、無口な人みたい。出逢ってから初めて声を聞いた。

「私はリカ。わからない事とかあったら遠慮なく私に訊いてね」

「ありがとう」

 今、初めて笑った気がする。記憶がないから、初めてかなんて分からないけど、あの丘で目覚めてからは、初めて。

 この四人の顔を見ると安心出来る気がするのって、やっぱり友達だからだよね。私にも、こんな友達いたんだね。って、記憶ないから比較するものがないけど……。

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