幕間 ―桜鹿―

 トールウ国の皇太子様――ジン皇太子様御一行がザフリイ城を出発され、賑やかさが落ち着いた夜。私はお姉様の部屋を訪ねた。

 お姉様とジン皇太子様がお話しされているのを止めに入る前、ハル様とお話ししていた事を明かした。

「本当に、ハル様は凄い方です。私と一つしか違わないのに、とても大人に見えました」

「父上との会談中も大人しくされていて、本当に六歳なのかと、私も疑ってしまった」

「元々孤児だったと仰っておりました。私なんかが想像出来ない苦労を沢山されていらっしゃったのだと思います。だからこそ、しっかりされていらっしゃるのですね」

「そうだな」

 本当にハル様は凄い御方です。

 僅かなひとときでしたが、私の中にハル様の存在が大きく刻まれているのを感じていた。


 ――僕は先程のオウカ様の笑顔が再び見られる事が何よりも幸せなのです――


 そう仰って跪くハル様の姿は、本で読んだ事のある皇子様そのもの。本の中でお姫様は素敵な皇子様と結ばれる。まさに夢の世界。それが現実に訪れたような感覚だった。

 思い出すと自然と頬が熱くなる。

「オウカ?」

 お姉様に名前を呼ばれ、此処がお姉様の部屋である事を思い出した。

「どうした?顔が赤いぞ?まさか熱でもあるのか!?」

 そう言ってお姉様は私の額に自らの額を当てる。

「大丈夫です。ハル様の事を思い出していただけですから」

「何!?ハル殿!?まさか!!?」

「え?」

「オウカ、まさかとは思うが、ハル殿の事!?」

「え?あ!ち、違います!」

 ハル様を本の中に登場していた皇子様に重ねて見ていただけで、お姉様が思っているような感情を抱いているわけではない。

「た、確かに、ハル様は素敵な御方です!でも、それだけです!」

 そう!それだけ!

「っ!!!」

 私が発した一言にショックを受けたかのように、お姉様は寝台に崩れ落ちた。

「お、お姉様!?」

「オウカは私のもの……オウカは……」

 枕に顔を埋めて唸っている。

 言ってはいけない事を言ってしまったのでしょうか。

 単純に、ハル様は素敵な御方だと思っただけなのですが、それを素直に口に出したのが間違っていたのかもしれない。

 お姉様の肩が震えていた。

 泣いている?

 そして、はっとした。

 思い出したのはお姉様とジン皇太子様の会話。


 ――ジン皇太子様、私は……私は!――


 思わずハル様の耳を塞いでしまったあの会話を私は全て聞いてしまった。


 ――初めてお会いした時からお慕い申しております――


 それは第一皇女として誰かに聞かれてはいけない一言。次期皇である者が他国の次期皇に恋心を抱いているなど知られるのはあまり良いとは言えない。

 以前から薄々気付いていた事ではありますが、お姉様の口から直接訊いたわけではないので確証はなかった事実。それが明らかになった一言。

 今、お姉様が泣いているのは、私がハル様を好きになったと勘違いされたせいなのか、お姉様がジン皇太子様に想いを告げた事によるものなのか、将又両方なのか、真意は分からないけれど、お姉様の心が弱っているのは確かな事。

 私はお姉様の頭を優しく撫でた。

 触れた瞬間、驚いたようにお姉様の身体はビクつきましたが、今は枕に顔を埋めたまま大人しく私に撫でられている。

「お姉様……」

 私は一呼吸置いて続けた。

「お姉様がザフリイ国の皇となった時、私が必ず力になります」

 ハル様に言われたように、私にしか出来ない事がある。



 お姉様がジン皇太子様にぶつけた感情。私は決して無駄にさせない。

 ジン皇太子様も、決してお姉様の気持ちを拒絶したわけではない。ジン皇太子様はトールウ国を背負っている。それと同じようにお姉様もザフリイ国を背負っている。決して交わる事が出来ない者同士なのです。

 私も、自由に恋が出来る身分ではないのですから、ハル様に抱いたこの気持ちは恋ではない。


 私はザフリイ国が有利になるよう動くための駒。

 それは私にしか出来ない事なのだから。

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