追記3 The Splendid Performance~裏プロゲーマー碓氷精司~

(さて、どうしたものか……)

 行きつけの喫茶店『サーカス』で、虹川芸術大学に通う社長令嬢・夜光瑠美に会った翌日の夕方。

 秋葉原は旧万世橋駅高架下の小さなビアバルで、コンビーフの乗ったオープンサンドイッチをツマミにビールを嗜み、神田川を見下ろしながら考え事に図っていた。

 ついこの間までライバルであった男から教えて貰った店で、軽く酒をひっかけたい時には丁度良い。考え方をしたい時に、あるいは何も考えたくない時に重宝していた。陽が沈みゆく真冬のオープンテラスは、生姜の効いた度数高めのビールを飲んでいても堪える寒さだったが、頭のクールダウンには丁度良かった。


 探偵でも弁護士でも便利屋でも無い私が、夜光から引き受けてしまった「交際相手のプロゲーマーが何をしているか探って欲しい」という依頼。

 店に来るまでは「依頼をどう片付けるか」で悩んでいたが、この時はそうでは無かった。

 パイントグラスに注がれたビールが半分ほどになるまでの僅かな時間に、スマートフォンで少し調べ物をしただけで、求めた答えは殆ど出てしまったのだ。依頼があまりにも早々に解決してしまったので、どう顛末を付けたものか悩んでいたのである。




 プレイヤーネーム『Frezeフリーズ』。本名、碓氷精司。

 夜光瑠美の交際相手。

 大会に出ないプロ2D格闘ゲーマー。

 その足跡を辿るのには全く苦労しなかった。諭吉どころか、1000ベル、100ゼニー、10マグネタイトの報酬でも貰い過ぎなくらい簡単な仕事だった。


 今どきのゲームセンターのゲームは、どれもこれもネットワークと繋がっていて、戦績が記録されるようになっている。専用のプレイヤーズサイトを開けば、試合ごとの勝敗やキャラクターの使用率、対戦したゲームセンターといった情報が得られる。これを覗くだけで、アーケードゲーマーの足跡は一目瞭然だ。これを見てゲーマー達は、自己分析をしたり、自己顕示欲を満たしたり、憐憫を誘おうとしたり、他人を匿名掲示板に晒して叩くことで一時の満足感を得たりする。

 戦績が覗かれないようロックをかけるプレイヤーも居るが、碓氷は何一つ隠していなかった。己の実力に対する自信の現れだろう。

 直近のプレイ履歴を見ると、彼が最も得意だという2D格闘ゲーム『戦国の拳』の対戦結果が並んでいた。ほぼ全て、碓氷の勝利で終わっている。

 まず分かったことが一つ。碓氷はゲームへの熱を失ったわけでは無いし、実力も衰えていないということだ。


 問題なのは、対戦が行われた場所。現在入り浸っているゲームセンターが何処かということだ。

 碓氷はプロゲーマーになるまで、中野にあるゲームセンターへ足繁く通っていた。「スポーツアクションゲームの聖地」なんて異名で知られる名店で、ゲーム大会も頻回に開催されていると聞く。腕を磨くには絶好のスポットだろう。

 ところが、今年のある日―― プロゲーマーデビューしてから少し経った頃だ――を境に『ワイルドドッグ秋葉原店』という店舗名が並ぶようになっていた。


 『ワイルドドッグ』はeスポーツバブルに目を付けたとあるアミューズメント企業が、近年展開を始めたゲームセンターチェーンだ。クレーンゲームやプリクラ、子供向けのカードゲームといった軟派なモノは置かず、2D格闘ゲームや音ゲー、落ちものパズルゲーム、チーム対戦ゲーといったゲーマー向けゲームに絞って取り揃えた、eスポーツ特化のゲームセンター。

 ゲーマー達からは期待をもって迎えられたが、どの店も経営は苦戦していると聞く。プリクラはさておき、クレーンゲームまで廃したことでインカム効率が落ちているのだろう。高齢客層にウケが良いメダルゲームも無いので、時代に乗れているようで乗りきれていない訳だ。

 特にゲームセンター激戦区である秋葉原店の経営は厳しいだろうと誰もが予想したが――なお生き残っていた。それどころか、特に夜間になるとかなりの賑わいを見せているという。


 その理由は一つ。

 店が『裏』プロゲーマー達で潤っているから。

 つまり、ゲーム博打の賭場になっているということだ。





 ビアグラスが空になった頃、改めてプレイヤーズサイトを覗いてみると碓氷の対戦履歴が更新されていた。偶然にも、つい数分前から『ワイルドドッグ』で試合を重ねているようだ。今行けば会えるだろう。

 これだけの労力で謝礼を貰うのは如何なものか……という夜光への申し訳無さもあって、証拠固めのために私は問題のゲームセンターへと足を向けた。


 件のゲームセンター『ワイルドドッグ秋葉原店』は、秋葉原というよりは御徒町寄りの裏道に位置していた。古めのPCパーツ屋や飲食店が軒を連ね、少しばかりアングラな雰囲気が漂う。元来秋葉原はこういう街だったのだろう。

 10年ほど前にはこういう裏道で、違法ダウンロードしたROMを起動するための機器が、何食わぬ顔で路上販売されていたのが懐かしい。

 『ワイルドドッグ』は新興のゲームセンターであるが、居抜き――過去にあった店舗の内装がそのままの貸し物件のこと――に入居した形なので、新たに取り付けられた看板を除けば外観も内装も古ぼけた印象を与えた。

 入り口は狭く、店は暗く、おまけにプライズゲームの類は一切置かれていない。ゲーマー以外が入るには勇気が要りそうな見た目だった。私が生まれる前、ゲームセンターは「不良の溜まり場」だったと聞いたことがあるが、こんな感じだったのかもしれない。

 店の入り口横には『太鼓の達人』が置かれ、申し訳程度に客寄せの役割を担っていた……が、自作のドラムスティックを持参したプレイヤーが鬼の形相でおに譜面を叩く姿を見て、道行く人はチラ見して立ち去るばかりであった。

 この店はオープンしたときに一度行った時以来だったので、私の記憶とはゲームの配置が随分変わっていた。碓氷が得意とする『戦国の拳』が何処にあるのかも分からなかったが、彼の居場所はすぐに分かった。

 一つのゲーム筐体にギャラリーが集中していたのである。


 碓氷を囲む観客たちは、隣の、更に隣の筐体にまで跨っていた。普通のゲームセンターならこれだけで注意されるところだ。

 そのうえ、悪びれる様子もなく派手に札束が行き交っている。

 にも関わらず、店のスタッフは見て見ぬ振り。こういう客達で潤っている店なので、お咎め無しという訳か。

  

 ギャラリーの中に飛び込んで、少しずつ歩みを進め、3マッチほどが終わる頃にようやく碓氷の姿を拝むことが出来た。

 ゲーミングデバイスのロゴが入ったTシャツにハーフパンツ、という12月らしからぬ軽装の青年がそこに居た。店舗内は暖房が効いているから良いが、来る時に寒くは無かったのだろうか。「バカは風邪引かない」というヤツだろうか。

 とはいえプロゲーマーの中では割と整った顔をしていて、夜光が告白を受け入れたのが分からないでもなかった。


 彼は退屈そうにパネルを叩きつつ、試合中でありながらよそ見をしたり、飲み物に手を伸ばしたりしていた。2D格闘ゲームという修羅のジャンルには、延々続くコンボを食らって対戦中でありながら暇になるゲームがあったりもするが、碓氷は暇にならなくとも平気でそんなことをする。黄金鎧の弓兵アーチャーに勝るとも劣らない慢心っぷりだ。

 だがそれでも、私が見ている間に碓氷が負けることは1度も無かった。


 特筆すべきは敵との間合いの取り方だ。敵の攻撃がギリギリ当たらない有利なポジションに位置し、逆にギリギリで命中する攻撃を叩き込んでいく。「今の攻撃が当たるのか」と驚く場面が幾度もあった。

 ミラーマッチ――同じキャラクター同士で戦うのは不得意らしく互角の勝負になる場面もあったが、一方で異なるキャラクター同士の戦いでは快勝を重ねていた。


 碓氷の戦いぶりはそんな感じで見事なものであったが、それよりも傍らに立つ一人の観戦者に私の興味は吸い寄せられた。


 賭場には似つかわしくない制服姿の女子が、碓氷の真隣に控えていたのだ。

 女子高生であるなら年齢は15から18歳の間だろうが、漂わせる静けさのせいか、それよりずっと大人びて見えた。

 大学生でありながら小柄な体型と落ち着きの無さのせいで中学生くらいに見える『純喫茶サーカス』の常連、呉藍みりあとは真逆のタイプだ。

 私以外のギャラリーは出たり入ったりと度々入れ替わっていたが、彼女はじっとその場を動かず、無表情で碓氷のゲームプレイを見つめていた。

 碓氷はその少女に時々少しだけ言葉を交わして、飲み物を買いに行かせたりしていた。頼まれると仏頂面であった彼女の口角も少しだけ持ち上がって、素直に指示に従っては頼まれた物を携えてすぐに戻ってきた。

 碓氷の熱心なファンか……あるいは浮気相手かもしれない。


 夜光にはますます気の毒な結末だ。交際相手が博打という犯罪行為に手を染め、更には浮気疑惑まで持ち上がるとは。苦労してゲームをクリアしたのに、十字架を入手して2周目をクリアしてこいと言われるくらいの理不尽さである。

 だが夜光には包み隠さずに伝えようと思った。早々に距離を取ったほうが、夜光の将来のために良いだろう。

 そう結論付けて、試合が終わるタイミングで筐体に背を向け立ち去ろうとしたのだが――


「もしかして、『TAS』さんっスか?」

 その時、碓氷から呼び止められて思わず振り返った。

 彼が呼んだ『TAS』とは、私――霧雨たすくの、あまりに捻りのないプレイヤーネームだ。動画配信で収益を得ていた頃は、そのユーザーアカウント名にも用いていた名だ。

「やっぱりTASさんっスよね!実況配信、よく見てたっスよ!」

 碓氷はゲーム中の退屈そうな様子とは打って変わって、少年のような笑みを浮かべた。

 それにしても何故私が分かったのか。ここに来てからは一言も喋っていないはずだが……。

「例の大会もストリーミングで見てたから、顔も知ってたんスよね!」

 例の大会――私が以前出場した、あるRTA大会のことだろう。ネット配信もされてアーカイブも残っているから、彼はそれで姿を知った訳だ。

 ……それにしても『フリーズ』なんて冷たげなプレイヤーネームを名乗っている割に、太陽てぃだのような喋り方だ。

「いつか話してみたいと思ってたんスよ!ちょっと待っててくださいね。試合をさっさと片付けるっスから」

 言葉通りものの数秒で相手を下し、賭け金を受け取る碓氷。


 敵に回したくない強さだと思った。

 ――残念ながらこの数十分後、私は彼に勝負を挑むことになるのだが。

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