1st Game 2D対戦格闘ゲーム編
追記1 LIFE WAS A BORE~純喫茶サーカス~
事の起こりは年の瀬に受けた、とある「依頼」だった。
師走。人々が
当時大学生だった私もそんな例に漏れず――まるで食い逃げや害虫の対応までさせられる料理ゲームのような――忙しない日々を送っていた。
進級の可否を問う重要な試験をよりによって寝過ごし、不合格になる大ポカをやらかしたのが数ヶ月前のこと。大学に通うという習慣が抜け落ち、結果として出来た湯水のような時間を使って、積まれたゲームの消化に勤しんでいた。
ただでさえ試験勉強でゲームが遊べていなかったというのに、年末は
積みゲー消化のその合間を縫って、PS4版を既にクリア済みの『デスストランディング』をPC版でやり直したりもした。崇拝してやまない「監督」が生み出したストランドゲーム。物資配達が題材であり、時に作業ゲーと揶揄されることもあるゲームではあるが、道を開拓し、設備を整え、配達が楽になっていく過程からは独特の充実感が味わえる。トロフィー集めを終え、全部の都市をジップラインで繋ぎ、戦闘が絡まないクエストを一通り最高評価でクリアして、ひとまず満足した。
日課と化している『マインクラフト』も引き続き遊んでいた。
やるのは専ら整地作業で、山を切り崩し、海を埋め立て、素材が尽きたら
拠点建築に勤しむこともたまにはあったが、芸術方面へのセンスは無いと見えて、いつも不格好な
側からは不毛にしか見えないであろう作業を、延々と続けられること。
それが私、霧雨祐の唯一誇れる長所であったし、そして
留年が決定したと実家に電話したところ、大学に合格してから私を放任してきた両親も流石に穏やかじゃなくなったようで、仕送りが減らされてしまった。
ゲーム実況の動画配信を辞めてからは、週に一度の家庭教師のアルバイトが唯一の正規の収入源となっていた。稼ぎはなかなか良かったが、それだけでは東京のマンションの高い家賃は払えない。
あまり気は進まなかったが、生きるためには仕方ないと『裏』の稼業にも精を出した。収益はデカイが体力の消耗が激しく、疲労で数日寝て過ごしては生活の破綻に拍車をかけていた。
ああ、なんと忙しい日々だろうか。
そんな訳で、日が沈む頃に起き出して日の出と共にベッドに潜るという、社会人がプレイする『どうぶつの森』のような昼夜逆転生活を送っていた私だが、その日は珍しく日が昇りゆく内に目が覚めた。
痛みにも似た空腹が襲う。蝙蝠の糞に当たっただけで残機が減りそうなほどに体が弱っていた。
果たして最後に食事をしたのは何日前だったろう。つくづく現実は不便だ。食べなければ生きていけないし、レーションを食べても直接LIFEが回復したりはしない。せめて、それこそ伝説の配達人のようにエナジードリンクだけで生きていければ良かったのに……などと、血糖がたりてない頭で意味もなく願った。
ベッド下に転げ落ちていたスマートフォンを拾い上げて時間を見ると、ちょうど行きつけの喫茶店の開店時間だったので、重い体を引きずるようにして部屋を出た。
東京は秋葉原、駅の昭和口側にあるマンション『メゾン・ド・ポルポ』が、当時の私の寝床だった。この物件には困ったことにエレベーターが無い。秋葉原に住めるなら多少の苦労は耐えられるだろう……そう思って選んだ物件だったが、こう満身創痍の時に限っては己の若き決断を恨んだ。
手すりにもたれかかりながらなんとか階段を下り、マンション一階に入居している喫茶店『純喫茶サーカス』へとたどり着く。
ちょうど店の主人がドアの看板をCLOSEからOPENにひっくり返しているところだった。
「いらっしゃい。朝飯、食べてくかい」
そう言って老店主が古びた木製のドアを押し開けた。漂ってきたコーヒーの芳しい香りと、軽やかに流れる
電気街、サブカルチャーの聖地と呼ばれた時代を経て、近年はオフィスビルに浸食されつつある秋葉原。
『純喫茶サーカス』は、変わり続けるこの町では珍しく歴史のある店だ。
タバコ屋を併業していた天ぷら屋も、黄色の看板が目立っていた駅近くの定食屋も無くなってしまったから、秋葉原で老舗と呼べる店はココか、電気街側の牛丼屋やトンカツ屋くらいかもしれない。
80年代初頭、『インベーダーハウス』とも呼ばれる『スペースインベーダー』を並べた施設としてオープンし、ブームが収束した後で喫茶店に鞍替えしたのだという。
そんな純喫茶サーカスの唯一にして最大のウリは、レトロなゲーム筐体……特に懐かしのテーブル筐体が今なお現存しているところだ。
私がこの日最初の客であるからには、テーブルは選び放題。この頃マイブームの『ペンゴ』の卓に付こうと思ったが、故障中の張り紙が貼られていたので、仕方なく『テトリス』のテーブル筐体を選んだ。
ガイドラインが制定される前の古い作品なので、T-SpinはおろかHold機能すら無い。メンテナンスは定期的に行われているようだが、何しろ古いのでジョイスティックの反応は怪しい。だが、これで良い。これが良いのだ。
不自由さや理不尽さもまた、ゲームの味の一つである。
ところどころに破れが目立つソファへと腰掛けると、店の主人が注文を取りに来た。
店長の名前は
「ご注文は?オススメは新メニューのゲーミング……」
「ナポリタンとコーヒー、ブラックでお願いします」
店オススメの新メニューは真スルーして、いつものセットを注文した。玄爺がにらみつけて来たが、慣れたやりとりなので私のぼうぎょはもう下がらない。
「……ところでこの曲、知ってるかい?」
玄爺がポツリと呟く。耳を澄ませると、老舗喫茶店のBGMには似合わないリズミカルな曲が控えめに流れていた。
曲名はすぐに分かった。体感ゲームシリーズの金字塔、美女を傍に載せて赤いスポーツカーで疾走するドライビングゲーム『アウトラン』のBGMだ。だが――
「マジカルサウンドシャワーですね。でもキーが違う……?同人アレンジか何かですか」
「不正解。歴とした公式曲だよ。今日はサービス問題のつもりだったんだけどな。残念」
玄爺はニヤリと笑った・・・。
懐かしのガラパゴスケータイを取り出して何か操作してから、カウンターの向こうに戻っていく。
玄爺はゲーム音楽という概念が無かった頃からのゲームサウンドマニアで、店では選りすぐりのゲーム音楽が流れている。
『サーカス』という店名もレトロゲームに因んで名付けられたもので、ゲームサウンドという観点からは殊更に思い入れの深い作品なんだそうだ。
彼がときたま出題する曲名当てクイズに正答すると、会計を値引きしてくれる。それもこの店を訪れる理由の一つであったのだが、この日は私の思惑が空振りに終わった。
サイフォンで丁寧に入れた玄爺自慢のブレンドコーヒーと、鉄板に乗せられた熱々のナポリタン――玄爺のふるさと名古屋ではこれが普通らしい――が運ばれてくるのと同じ頃、ドアが勢いよく開いて、二人の女性客が店に入ってきた。
「こんにちは!ゲーミングパスタとゲーミングラテ、お願いします!この子にはゲーミングココアをください!」
入店するや否や、メニューも見ずに大声で注文したのは、店の常連の
もう一人は知らない顔だ。ファッションに疎い私でも分かる高級ブランドのハンドバッグを始め、高そうなアクセサリーで着飾っている、宝石魔術でも使いそうなお嬢様。
おそらくは呉藍と同じ虹川芸術大学の生徒だろう。虹川芸術大学には家が裕福な学生が多い。実学が志向されるこの時代に、好きなことをして生きていくことを許されるためには、相応の金銭的基盤が必要ということなのだろう。
二人が入ってくるのを見た玄爺がノートパソコンを操作して、店のBGMを変更した。先刻私が答えられなかった曲の、サンバを思わせる軽妙なイントロが再び流れ出す。
「みりあちゃん、この曲……」
玄爺の問いに、呉藍は長考することなくイントロの間に答えた。
「マスター、アウトランのマジカルサウンドシャワーですね!それも、XBOX版『アウトラン2』のユーロミックス!」
「正解。セガサウンドは外さないか」
呉藍は、ヘビーという言葉で言い表せないレベルのSEGAマニアである。子供の頃、自宅に「セガサターン部屋」「ドリームキャスト部屋」を作ると言う、週刊少年誌の漫画に出てくる金髪お嬢様みたいなことをリアルでやってのけた奴だ。
そして――
「国内未発売の『OutRun2006 Coast 2 Coast』でも聴けるけど、リージョンの縛りがあるから、プレイステーションポータブル版以外は国内版ハードで動かせないんですよね。PSP版を買いましたけど解像度が物足りなくて……カジノステージとかチラついて凄い見にくいんですよ。コーナーで何度車がひっくり返ったことか。だから海外版のPS2をわざわざ買って遊びましたよ。
アウトランと言えば、セガ3番館の『2SP』が無くなったの残念でしたよね。私が子供の頃は『F-ZERO AC』とか、『アフターバーナークライマックス』とかも稼働してて楽しかったのに……。
今のセガも大好きだけど、『サービスゲームズ』の魂を思い出して欲しい!スクエニの『星と翼のパラドクス』を見習って、今こそ体感ゲーム機の復興を!フェラーリの赤い……」
カオスエメラルドを集めきったかのようなスピードで語られるセガの蘊蓄。呉藍は一度火が付くとお喋りが止まらず、しかも話があちこちに飛ぶので、なかなかピリオドが打たれない。
しばらくは玄爺も頷いて聞いていたが、4、5分ほど続くと相槌が適当になってきた。
助け舟を出さねばと、私はフラスコに少し残っていたコーヒーをカップに注いで飲み干し、呉藍の話を遮るようにコーヒーのおかわりを頼んだ。
玄爺はこれ幸いと、「注文入ったからまた後でな」と言って、そそくさと引っ込んでいく。
マシンガントークが止んだ。店内BGMはとっくに次のトラックへ変わっていた。
「開発されないかなあ、『アウトラン3』……」
店内に静かさが戻って、呉藍がテーブル筐体で頬杖をつきながら呟くのが聞こえた。激しく同意しつつ、無言でコーヒーのおかわりを啜った。
呉藍とその同伴者は、大学で先輩後輩関係にあるらしい。そして、ジャズバンドのプレイヤーとそのファンという関係でもあるようだ。
二人の会話を聞いていると――呉藍の声が大きいので聞き耳を立てるまでもなく聞こえてくる――その話題は専ら音楽のこと。
「インプロビゼーションの時は何を考えてるんですか」とか「あの曲の変拍子のリズムキープにはコツがあるんですか」とか、後輩と思しき連れの女が質問や称賛を投げかけては、呉藍が多弁に得意げに答えていた。
呉藍の側はというと「今度のライブのフライヤーのデザイン、どうしよっか」なんて相談をしていた。同伴者の方は美術系の学科に通う学生だろうか。
話が「今度のライブでは『Cuphead』のアレンジを演奏するんだ!」なんて話に差し掛かったころ、玄爺が二人に料理と飲み物を運んできた。
「ゲーミングパスタとゲーミングラテ、お待たせ。それからゲーミングココアね」
呉藍の前にスパゲッティとカフェラテ……のような物体が置かれた。どちらも虹色に光り輝いていて、およそ食べ物とは思えない 。まさに、キーやボタンを叩く度に無駄に輝くゲーミングデバイスの様相である。
玄爺曰く「eスポーツブームにあやかって考案された起死回生のメニュー」らしいが、食欲を奪うサイケデリックでアシンメトリーでアバンギャルドな見た目なので、常連客はまず頼まない……呉藍を除いては。
呉藍が料理のような何かを夢中で食べ始める。連れの女はゲーミングココア――勿論これも無敵になれそうな色に輝いている――を舐めて、微妙な顔をしていた。果たしてその表情は、見た目相応の味だったからなのか、あるいは予想に反して普通の味だったからなのか……。
そのあと彼女は立ち上がって……何の縁も無いはずの私の卓へと近づいてきた。
「あの……霧雨さん、ですよね。相談に乗って欲しいことがあるんですけど……」
申し訳なさなさげな表情で彼女が言う。私に相談?そもそも彼女と私は初対面のはずだが。
「呉藍先輩から聞いていたんです。eスポーツのことなら、霧雨さんに相談するのが良いって」
そういえば私が店へ来た時、玄爺がどこかへ連絡していたような。二人を呼び出していたということか。
して、私への依頼とはなんだろう。
「あるプロゲーマーの裏の顔を、調べてほしいんです」
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