裏プロゲーマー放浪記『アルムナイ』 ~TASer vs チートバグ~

ベホイミProject

Prologue

追記0 Wake Up, Get Up, Get Out There~プロローグ~

 「全一」。つまりは全国一位。

 ゲーマーならば、誰もが憧れる響きだ。


 1980から90年代、ゲーム機がインターネットと繋がっていなかった時代には、沢山の「1位」が存在した。

 仲間たちの中で1位。クラスの中で1位。学校の中で1位。ゲームセンター主催の小さな大会で1位……そして例え小さい戦場であっても、1度でも玉座に座ることが出来たなら、こんな空想にうつつを抜かしたことがあるかもしれない。

「こんなにも強いのだから、自分こそが全国一位なのではないか」と。

 この頃、それを確かめるのは容易でなかった。「俺より強い奴に会いに行く」必要があった。大人ならまだしも子供には高いハードルであろう。それ故に、浸ろうと思えば空想に浸り続けることができたのである。


 だが、2000年代。

 ゲームセンターの筐体や据え置きゲーム機がLANケーブルで、携帯ゲーム機がWiFiで繋がるのが当たり前になって、そんな自惚れは吹き飛ばされた。

 クラス、学校、最寄りのゲームセンター……といった狭い世界で競争していたゲーマーたちは、日本国内・世界といった広大な戦場に放り込まることとなった。

 順位、レート、ランクといった尺度でもって、ゲーマー達の上手さ、強さ、時にカリスマ性が明確に可視化された。自分と実力が近しいプレイヤーと自動的にマッチングが組まれるようにもなった。

 もはや「俺より強い奴に会いに行く」必要は無い。強者の方からやってきて、弱者のプライドを蹂躙していく。自分が真の頂点からは程遠く、所詮は大海を知らぬ「井の中の蛙」であったことを思い知らせて去っていく。

 2000年代後半になって動画配信サイトが普及してから、ますますインターネットは残酷になった。トッププレイヤーの立ち回りを観ることが出来るようになったのだ。全国一位を争う者たちの、流れるようなコマンドの繋がり、超能力じみた正確な読み、神に愛されているかのような勝負運。

 初心者から中級者の内は観ることにそう抵抗もない。少しでも己の糧にしようと熱心に研究するだろう。だが強くなればなるほど、努力では埋まらない「真の強者」との実力差をわからされることにもなるのだ。


 インターネットの普及は、利便性と引き換えに、ゲーマーから夢を奪った。

 「1位」は、遠い存在となった。

 だから今、「全一」という言葉が持つ意味はとてつもなく重い。




 さて、某月某日。東京は秋葉原のありふれたゲームセンターで。

 全国一位の有名プレイヤーと、名もなき一般プレイヤーが、2台のアーケード筐体を挟んで向かい合っていた。2D格闘ゲームの2ラウンド先取制マッチ。

 試合内容は一方的だった。

 圧倒的に優勢なのが1P側だ。まるで敵が何をしてくるか知っているかのように、攻撃を最小限の動作で躱し、完璧なタイミングで防ぎ、数フレームの隙をも逃さず反撃を叩き込んでいく。アーケードのレバーを下から掬い上げるように持つ「ワイン持ち」のプレイスタイルで、高級ディナーを嗜むかのごとく優雅に立ち回っていく。

 対する2P側の戦いぶりは無様だ。蹴っても、殴っても、投げようとしても、飛び道具を放っても、軽くいなされてしまう。画面を睨み付けるプレイヤーの表情には明らかに、苦渋と混乱の色がにじみ出ていた。ゲーマー用語で言うところの「あったまる」というヤツだ。


 トッププレイヤーによる弱いものイジメ。

 そうであったならば、誰一人としてそのバトルを注視するものは居なかっただろう。腕に覚えのあるプレイヤーは、財布から硬貨を取り出すか、電子マネー搭載のカードや端末を取り出すかして、勝敗がついて席が空くのを待つに違いない。

 だがそうでは無かった。予想外の試合展開にギャラリーが騒めいている。勝敗が付く瞬間を映像に収めようと、慌ててスマートフォンのカメラを掲げる者もいた。あまりのざわめきでゲームの音が聞こえなくなり、近くの音ゲーマーも首を傾げながらプレイを中断して野次馬に加わる始末だ。


 そう。

 1ドットのゲージすら削ることが出来ず嬲られ続けるプレイヤーが、全国一位。

 そして、全国一位の称号を奪わんとしている名も無き一般プレイヤーが……


 この私、霧雨きりさめたすくであった。



 これは、私の「卒業」の物語だ。

 かつての自分からの、卒業。

 人間の能力の限界からの、卒業。


 裏プロゲーマー放浪記『アルムナイ』

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