◆第十六章 Stage5(エントランスⅡ)

 目が覚めた。


 どのくらい眠っていたのか……。

 後ろの戸を見る。開けられた形跡はない。俺も生きている。つまり、また別の誰かが――。


 意識が覚醒してくると、とある異変に気づいた。

 鼻を突く異臭。血の臭いだ。今の時間が分からない。ここを離れたものか……。だが回りは静かだった。ミノタウロスが現在進行形で暴れているようではない。

 意を決して移動する。血の臭いのする方へ。エントランスだ。近づくほど臭いが強くなる。エントランスに出た瞬間――凄惨な光景を目の当たりにした。

 ――血塗れでバラバラになったライブラの亡骸だ。これまでと同じ刃物で切断されたような傷跡、腹部に切開の痕跡、内臓が見当たらない。槍はブツ切りにされ、宝石は奪われている。

 今まで襲われた場所は部屋だけだったのに、何故エントランスで襲われたのか。謎はすぐに解けた。槍の尖端が血塗れていたからだ。これは――戦った跡。つまり――。

「そんな、――どうして?」

 ライブラは一人でミノタウロスと戦ったのだ。手洗いに行くだけなら、エントランスを通る必要はない。わざわざ戦うために移動したとしか考えられないのだ。

 俺が眠り扱けている間に、ライブラは死闘を繰り広げていた……。だが何故一人で戦おうとしたのか。それだけが疑問だった。


 左手の甲に痣が見える。『Νニュー』の文字だった。

 アリエスを起こしに行く。

「アリエス、起きろ、起きてくれ……!」

 服を纏わずに、毛布の中で蠢くアリエスを起こす。呟きを零す。

「――お母様」

 咄嗟に手を引っ込めるが――目覚め寝惚け眼でこちらを見た。

「え……? あ、そうか……私……ごめんなさい、寝ちゃって……」

「そんなのは良い。それより、大丈夫か? その――体調とか」

「え? い、いえ……問題、ありません」

「そ、そう……。あと、一つ悪い知らせがある」

「何ですか?」

「ライブラが殺された」

 途端、アリエスの顔が神妙になる。肯いてから服を着て、共に外に出た。

 二人で戻って来た時にはレオがいた。

 俺は暫定第一発見者として、発見時の状況を伝える。

 その後手分けして皆を起こした。

 ライブラ以外に死者はいなかった。


「ライブラ、ライブラ、ライブラ……。汝の遥かなるエリュシオンへの旅路に無病と息災のあらん事を。風と共に去りぬ、安らぎの地へ――」

 ライブラの死を悼む最中、何故か子どもの死を語った際の顔を思い出した。非常に淡白な表情で、感情が漂白されきった顔をしていた。頼りになる女性だった。冷静で筋が通っていた。なのに何故、一人で戦うような無謀な真似を――。


 ライブラの葬儀を済ませた後、オフィウクスが「ボディチェックを行うべきだ」と言った。

「ライブラの槍の尖端が血塗れているということは、ミノタウロスは大きな深手を負った筈だ。体のどこかに傷が残っているかも知れない」

「でも前に確認した時には――」とジェミニが口を挟んだが、「やるだけやろう」とレオが言った。

「それじゃ、男女別々に、同時にボディチェックを行う。女子は反対側の部屋を使え」

 オフィウクスはジェミニと共に移動し始める。だがレオが止めた。

「待った。この状況で二人きりになるのは危険だ。既に僕たちの部隊の戦闘力は、レッドゾーンに入っている。男女それぞれ全員でボディチェックを行おう」

 レオは真面目で少し天然が入っているだけなんだ。個室に男四人が全裸で互いの肉体の傷の有無を探り合う光景に対する想像力が働いていないだけなんだ。悪気とか他意はないんだ。

 本当に四人同時にボディチェックを行った結果、誰にも槍の傷口はなかった。急いで服を纏い、武器を装備する。

「分かっているだろうな?」

 オフィウクスが杖を構えながら言う。

「俺たちの中にいなかったということは――」

 向こう側にいる可能性が高いということ。

「もう始まっているかも知れない。急ごう」

 レオが部屋から出て行く。俺たちもついていった。

 全員でエントランスに到着する。

 同時にテールたちが戻って来た。全員無事だ。ということは――。


「傷跡は?」

「なかった」テールが首を横に振る。

「だとすれば、ミノタウロスはよほど頑丈か回復力があるかだな……」


 回復力と聞いてアリエスの治療魔法を思い浮かべたが、アリエスがライブラを物理的に殺害できないのを俺は知っている。どんなに深く眠っていたとしても、背もたれにしていた戸が開いたら気づくからだ。


「それは何だ?」オフィウクスは女子勢が羽織ったマントを顎でしゃくる。

「へへっ、良いでしょー。テールが作ったんだー」とエリーが嬉しそうに言う。

「スケープゴートの皮を剥いで作ったの。急ごしらえで不恰好だけど、魔法耐性の足しにはなる筈よ」


 山羊皮のマントは俺たちの分も容易されていた。多少生臭い臭いがしたが、贅沢は言っていられない。

 朝食を済ませ、装備や道具の確認などの準備を全て終え、マントを皆で羽織る。女性陣は白、男性陣は黒のマントだった。


 皆でタルタウロスの前に立つ。

「おはよう、諸君。――とうとう半分になったか」

 きっちりと起きていたタルタウロスは神妙に言う。

「これまでに二回、儀式の担当をしてきたが……生贄の人数が半分になる度に思わされる。人とは短期間でも大きく変わるものだとな。良い方向であれ、悪い方向であれ……」

 やけに意味深長に呟いてから、定型句を述べた。

「――ではタルタウロス討伐の戦士たちよ、これから汝らに糧を与える」

 扉が開いた。


「自分の名前が書かれた宝箱を開けるが良い」

 補給を行い、ダンジョンへ続く扉の前へ。

「では、諸君、健闘を祈る……」

 扉が開く。


 始まる。第五の死闘が――。

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