◆第七章 Stage2(ダンジョン~パズルフロア)

「あっつー! 何なのよコレ!?」

 真っ先に音を上げたのはヴァルゴだった。ダンジョンに入って三秒後の出来事だ。

 ダンジョン内は照り付ける太陽の下と大差ないほど暑かった。床も壁も天井も熱された岩石のように熱を持っているのだ。

 リザードの胃袋で即席の水筒を作っておいて良かった。暑さに強いので保冷効果がある。


「なんでこんなに暑いのよ!?」

「あぁ言うのがいるからじゃないのか?」


 前方を指差す。青白い発光体が浮遊している。燃えている玉のようだった。


「何アレ、幽霊!?」

「似たようなものね。ウィル・オ・ウィプスって言う、霊魂の一種よ」テールの解説。


 剣を抜く。霊魂を攻撃できるのだろうか……。

「私に任せてください」

 アリエスが前に出る。

「『レコン』」

 呪文を唱える。

「それ、回復呪文だろ? 敵に――」

 火の玉は光に包まれ、光が小さくなると共に消滅してしまった。


「アレ……?」

「霊魂なので、天にかえしました」


 神官にはこういう能力もあるのか。

 火の玉を消しつつ、モンスターを倒し進んだ。他にもインプやサラマンダーなどの凶悪なモンスターもいた。

 だが厄介だったのはコカトリスだ。蛇の胴体を持つ鶏のような魔物で、にわとりの癖に空を飛ぶ。それが厄介だった。大きさは一般的な犬ほどあり、狙うのは問題なかったのだが……。

「くそっ、このっ!」

 サジがキャンサーが使っていた弓で矢を放つ。だが一つもあたらない。素早く避けているのだ。

「駄目だ。矢がなくなった」

 コカトリスが火を吐く。標的はテールだ。レオが間に入って盾で受け止める。


「ちょっと、何で私!? 攻撃してたのサジじゃない!」

「テール、魔法でなんとか出来ないのか!?」

「駄目、私の魔法もあいつの魔法も、どっちも火属性だから、こいつには効かない!」


 ならどうすりゃ――。

「誰か、奴の動きを止められるか?」

 スコーピオンが皆に尋ねる。


「止めるってどのくらい?」とライブラ。

「数秒で良い」

「数秒つったって――」


 敵は素早い。中空を飛びながら槍の攻撃さえ避けるのだ。どうやって――。

「待て。今が占いの結果が出た」

 ビスケスが告げる。

「この戦いでヴァルゴは役に立たぬ!」

 皆がヴァルゴを見た。


「はぁッ!? な、なんで私がそこまで言われなきゃなんない訳!?」

「逆だ。馬鹿女。忘れたか?」


 オフィウクスの言葉にヴァルゴは目を白黒させる。


「え? ちょっと、何で私……?」

「良いからやってくれ! レオだっていつまで持つか!」と俺は叫ぶ。

「えー、でも私の武器ってコレよ!?」


 ヴァルゴが鞄から取り出したのは鞭だった。馬を叩くタイプではなく、もっと長い、縄のような鞭だ。

「くっそ、行っけ!」

 ヴァルゴが前に出て、鞭を振るう。コカトリスのいる位置とは全然違う方向に鞭がしなる。


「中ってないけど」とテール。

「だって私鞭なんて使ったことないもん!」

「ならなんでそんな――」

「知らないわよ! 箱に入ってたの!」

「二人とも下がれ!」


 レオが盾テールとヴァルゴの盾になる。アリシアがすかさず回復するが、いつまでもこのままではいられない。

「ヴァルゴって踊り子だったよね?」

 急にエリーがそんなことを言い出す。


「だったら何よ?」

「踊ったら敵が見惚れて動きが止まるかもしれないよ」

「馬鹿にしてんの!?」


 俺もそう思ったが――。

「そういう武術もあるんだよ。踊ることで敵を油断させる武術が。ま、ボクの好みじゃないけど」

 そう解説する。そんなことが有り得るのだろうか――。


「魔物の前で踊るとか自殺行為じゃない!」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ、試せよ!」とジェミニ。

「うっさいわよ甲斐性なし! 分かったわよ、やるわよ! レオちゃんと護ってよ!」


 言い争った後、ヴァルゴは踊り始める。するとその舞を見たコカトリスが、釣られて踊るように旋回し始めたのだ。


「やった。ってでもこれ、動き止めたことにならないんじゃ……?」

「――いや、十分だ」


 テールの疑問を他所に、スコーピオンは手から何か発射する。コカトリスに命中。そのまま落下した。痙攣すらしない。一撃だった。コカトリスの心臓があると思われる位置には、スコーピオンのナイフが根深く突き刺さっていた。

「すげぇ……」

 流石殺し屋。敵に回したくないタイプだ。

「やった! 食料ゲット!」

 エリーはコカトリスを逆様にぶら下げなら喜んでいた。

 ……それを喰うのか。

「随分と長く足止めされてしまった。先を急ごう」

 皆で進む。ジェミニの足取りは重く、「甲斐性なしじゃねーし。地図書いてるし」とパピルスに書き付けながら呟いていたのが聞こえた。


 宝石時計に紫がかった色が見え始めた頃、ボスルームに到達した。タルタウロスがいる。

「ようこそ、第二のボスルームへ。これからボスルームへ招待するが、準備は良いかな?」

 既に回復は済ませてある。レオが肯き、扉が開く。

「健闘を祈る」

 扉が開き始める。途端、中から煩いほどの金属音が聞こえ始めた。軋む様な音が、断続的に、振り子のように聞こてくる。

 皆、恐る恐る入る。


 ボスルームは広い。第一階層のボスルームと大差ない。どうやら同じ様な造りらしい。

 扉が閉まった。逃げられないのも同じらしい。

 金属音は上から聞こえる。皆で上を見る。暗くて何も見えない。だが音は確かに上から降って来る……。


「これ、何の音だ……?」

「上に何かあるみたいだ」


 レオと共に目を凝らしてみるが、何も見えない。

「『エリュギュロス』」

 オフィウクスが火炎を空に放つ。――黄金に輝く双眸が見えた。

 途端、響く地鳴りのような唸り声。更に空を裂くような音。羽ばたきの音が天からこちらへ接近してくる。

 竜だ。全長四メートルはある巨大な赤い龍が、暴風を巻き起こしながら降下してくる。どうやら先の金属音は、こいつの止まり木か何かだったらしい。

 レッド・ドラゴン。言わずもがな竜種。噂にしか聞いたことのない、最強の生物。まさかこんなところに――。

「グアァアアアアアァァアアァァァッ!」

 雄叫びをあげ、着地。一際強い疾風が吹き、俺たちを背後の壁に叩きつける。誰も彼もが吹っ飛ばされる。いや――レオだけは踏ん張って耐えていた。

 素早く立ち上がり、加勢する。

「『龍神斬り』ッ!」

 さっそく手に入れた新技を使う。だが――。

 戛然かつぜんと鈴のような音色が響く。竜の鱗に触れた瞬間、激しい火花が散り弾き返される。――硬い。ゴーレム以上の手応え。手が痺れるほどだ。

 竜はえ、あぎとから火炎を放射する。

 レオの後ろに隠れる。だがレオの盾では燃え盛る業火を防ぎきることができない。

「『レコン』!」

 アリエスの声が聞こえる。だがそれでも持たない。レオの盾を持つ手から煙が上がり始める。


「おいレオ!?」

「大丈夫だ……このくらいッ……」

「『レコン』」


 アリエスのものではない、低い声音の呪文。レオの掌の火傷が癒えていく。

 振り返る。呪文を唱えたのはオフィウクスだった。あいつ、回復魔法まで使えるのか。

「大虎の構え」

 エリーが獣のように疾駆し、獲物を狩る虎のように竜に襲い掛かる。だがやはり鱗に阻まれ、弾き返される。

「このっ、『エリュト』ッ!」

 テールの火炎球は竜に命中するも、ちりぢりに消え去ってしまう。


「嘘でしょ……? こいつ頑丈過ぎ……!」

「ガァッファッファッファッ……」


 竜に笑われてるぞ……。

「『クサント』」

 オフィウクスのクサントが落下する。竜は火炎弾を口から連射し、クサントを破壊する。

 竜は高く飛び上がり、暴風を巻き上げ俺たちを再び吹き飛ばす。


「まずいぞ! このままじゃ全滅だ!」

「分かってるわよ! アンタも何か考えなさいよ!」


 テールと口論をしていると、いつの間にかすぐ後ろにスコーピオンが居た。

「二人とも、あれが見えるか?」

 俺たちはスコーピオンが指差す先を見る。ドラゴンの後ろ――妙なスペースがある。あれは――。


「パズルフロアか?」

「もしかして、ボスを倒さなくても行けるの?」

「だと思う。つまり――」


 パズルフロアに別働隊を侵入させて、パズルを解かせて次のフロアへ行けば――。


「で、でも誰が行くんだよ!? こっちは一人でも頭数が減ったらアウトだぞ!」

「となれば――」


 スコーピオンは背後に目を向ける。そこには体を震わせ怯えながら固まっているジェミニ、ビスケス、ヴァルゴの姿があった。


「た、確かにあいつら戦力外だけど、危険じゃない?」

「仕方の無いことだ」

「でもどうやって?」


 竜が再び飛び上がる。


「サジ!」

「なんだよ!?」

「お前がこいつらを連れていけ」

「何でだよ!?」

「お前――今日は随分と魔物に狙われないじゃないか」

「……」


 そう言えば……今日は一度もサジが狙われていない。コカトリスなんかは執念深いモンスターで、攻撃して来た奴に対し、真っ先に反撃するのに。


「このままではお前も死ぬ」

「……。あー、だる。おい、びびりくん、びびりちゃん、こっち着いて来い」

「い、嫌よ! 焼かれて死ぬなんて絶対嫌!」

「ぼ、僕もだ! 僕には名作を世に出す使命が――」

「わ、妾の占いでは、ここを動くなと――」

「じゃあ動けって意味じゃねぇか! ぐだぐだ言ってねぇで黙って着いて来い! 声も足音も出すんじゃねぇぞッ!」


 無茶振りをしてから、サジは行動し始める。ホールの壁沿いに移動し、竜の隙を窺う。


「俺たちにこの作戦を話したのは――」

「囮になれって話?」

「私も手伝う」


 テールと二人、顔を見合わせる。


「行くしかないか」

「みたいね」


   *


 サジは壁伝いに歩き、竜の動きを観察する。奴の行動にはパターンがある。火炎攻撃と暴風攻撃を繰り返しているのだ。火炎、火炎、暴風、暴風の繰り返し……。わざとそうしているのか、そうせざるを得ない理由があるのか、それともただの癖なのか……。だがこのパターンを利用しない手はない。竜の背後にあるパズルフロアに入るには、空を飛んで暴風攻撃の態勢に入った時しかチャンスはない。

 だが誰かが隙を作らない限り、潜って通り抜けるのは不可能だ。


「ま、まてよサジタリウス……無理だって、僕たちには――」

「黙ってろ」


 目を光らせ、竜の動きを観察し続ける。

 また竜が飛んだ。

「『クサント』」

 オフィウクスの岩石が直撃した。竜がバランスを崩し、必死に羽ばたいている。

「今だ――!」

 一気に走り抜ける。合図だけは伝えてある。だがサポートはしない。何故なら――。


「ま、待ってくれぇ!」

「置いてかないでよぉ!」

「呪ってやるぞぉ!」


 ビビリほど極限状態では足が速いことを知っているからだ。

 四人は竜の下を潜り、パズルフロアに到達する。


「や、やった。やったぞ……! 助かったぁ……!」

「マヌケ。助かってねぇよ」


 ジェミニに対し、サジは顎でパズルをしゃくって見せる。そこには長文が綴られていた。


「これを解かない限り、『助かった』とは言わねぇんだよ」

「そ、そのくらい――」

「も、もう駄目……私もう嫌ぁ……!」

「今、占いの結果が出たぞ……妾たちは、……全員、死ぬ」

「さっさとやれよ。俺は字が読めねぇんだ。頼んだぜ、劇作家大先生」


 ジェミニは憮然ぶぜんとしたが、黙って壁に近づく。

「――何々、良いか、皆読むぞ」

 この四人の中で文章を読めるのはジェミニだけ。サジは単語を幾つか理解しているが、文法に関しては半人前で誤読が目立ち、ビスケスは占いのため、人名だけは習っている。ヴァルゴに到っては読み書き共に壊滅的である。

「十匹の猫が川の向こう岸に渡し舟で渡ろうとしています……」


 十匹の猫が川の向こう岸に渡し舟で渡ろうとしています。

 猫の内訳は猫の親子五組。白猫、黒猫、縞猫、虎猫、三毛猫の五種類です。

 渡し舟に乗れる猫は親子問わず二匹だけです。

 渡し舟を漕げるのは親猫だけです。

 白猫と黒猫は仲が悪いので親子問わず一緒に船に乗ることができません。

 またお互いのことを警戒して、互いの親がいる岸に子どもを置き去りにできません。

 縞猫の親子は怠け者なので、船に二回以上乗ることができません。

 虎猫の親はとても強面なので、虎猫の子猫以外の子猫と一緒に船に乗ることができません。虎猫の子は暴れん坊なので、虎猫の親以外と一緒に船に乗ることができません。また虎猫の親が岸にいる時、同じ岸にいる虎猫の子猫以外の子猫には、怖がらないように親猫が一緒にいなければなりません。

 三毛猫の子猫は猫見知りが激しいので、三毛猫の親以外の猫と一緒に船に乗ることができません。岸にいる時も、三毛猫の親が居ない状態で、他の猫がいてはいけません。

 また船は十九回以上、岸を往復することが出来ません。向こう岸に渡って一回目、戻って来て二回目と数えることとします。

 これらのことを踏まえて全ての猫が向こう岸に渡るにはどう乗れば良いでしょうか?


「――って、書いてある……」

「生きるか死ぬかの瀬戸際で猫の話なんてしてんじゃないわよォ!」

「仕方ねーだろ、そー書いてあんだから!」

「お前らうるせぇよ……! バケモンに気づかれたらどうする……!?」


 二人は慌てて口を塞ぐ。竜には気づかれていなかった。


「で、これどう解きゃ良いんだ?」

「見ろ、文字の下に猫の絵と船の絵が彫られてる。多分、これを使って謎を解くんだ」


 だがうっかり触って間違えたら、昨日のキャンサーのように……。


「駄目だ。やっぱり罠は外せない」

「冷静に考えよう。一度書いて、合ってるかどうか確認するんだ」


 ジェミニはパピルスを取り出す。

「えーっと、まず禁止されてるルールをまとめよう」


 白猫と黒猫は一緒に船に乗れない。岸に片方の親がいる時、もう片方の子だけいてはならず、親子が揃っていなければならない。

 縞猫は一度しか船に乗れない。

 虎猫の親は虎猫以外の子猫と船に乗れない。子猫は親猫としか乗れない。岸に親猫と共に他の子だけがいてはならず、親子が揃っていなければならない。

 三毛猫の子猫は親猫としか船に乗れない。岸に三毛猫以外の猫がいる時、子だけいてはならず、親子が揃っていなければならない。


「それで、えーと……」

「取り敢えず、白猫さんから動かすのはどうじゃ?」

「それもそうだな。白猫の親子を動かす。――で、白猫の親だけ戻す。次は?」

「黒猫はアウトだ。白猫の子猫がいるから動かせない」

「縞猫もアウトじゃ。戻って来られなくなる」

「虎猫も駄目だ。白猫の親がいない」


 取り敢えず三毛猫を動かす。

「――駄目だ」

 白猫の子どもがいるから三毛猫の子どもを一人にできない。


「詰みだ。白猫は最初に動かす猫じゃない! 黒も同じ理由でアウトだ!」

「待てよ。なら縞猫もなしだろ?」

「残ったのは三毛と虎か……」

「ねぇ、ちょっと……」


 今まで黙っていたヴァルゴが口を開く。


「私、全然話についていけないんだけど……」

「だったら見張りをしててくれ。竜の見張りだ」

「見張りって言われても……」


 ヴァルゴが竜の方角を見ると、ちょうど雄叫びを上げる瞬間だった。


   *


 オフィウクスの岩石魔法がレッド・ドラゴンに命中する。奴は空中でバランスを崩し、羽ばたきながらもがいている。

 だが致命的なダメージとは言えない。

 竜はおもむろに降下し、地面に着いてから火炎放射を放つ。レオが防御する。

「あいつら、成功したみたいね」

 テールに言われ、背後を見る。既にサジたちの姿はなかった。後はサジたちを信じて時間稼ぎに徹するべきか……。

 再び連射される竜の火炎弾。またレオが防御したが――とうとうレオが膝をついた。


「レオッ!」

「案ずるな! まだ戦える!」


 言いながら立ち上がるが、回復しているとは言え疲労を隠せていなかった。まずい――このままでは、先にレオが潰れる。

 竜の背後から何やら叫び声が聞こえる。口論しているような口調だ。あいつら本当に大丈夫なのか……?

冥狼めいろうの構え」

 エリーは右腕を大仰に伸ばし、左腕で胸を庇うように構える。疾駆で接近し、伸ばした右腕を大きく回し、狩り込むように攻撃する。だがやはり致命的な一撃には成り得ない。

 竜が空中に飛ぶ。暴風を巻き起こす。エリーもこちらまで吹っ飛ばされる。

「だったら――」

 思いつきだが仕方が無い。

 剣を構え、一気に降下した竜に接近する。

「『竜神――』」

 奴の咽喉笛を狙い――。

「『――突き』ィィッ!」

 『竜神斬り』のエネルギーで突きを放つ。

 命中した。鱗の一部が剥がれる。奴の肉に到達し、流血させた。

 だが浅い。竜が苦悶くもんの声を上げながら飛翔しようとする。俺は慌てて剣を引き抜き、後退する。

「う――うぅ……」

 竜の咽喉のどから血がしたたり始める。

「貴様ら……良くも」

 ――こいつ、喋れたのか。

「貴様ら、良くもこの俺様の美しい鱗を傷つけやがったなッ! 塵屑ごみくず同然の人間風情が、もてあそんでやろうと思ったのにマジになりがって……許さねぇ! 全員早々にぶっ殺してやるッ!」

 接近してくる。前足の爪を大きく掲げ、鋭く振り下ろす。

 レオは避ける。直感で盾では防ぎきれないと察したのだ。爪は床に食い込み、削っていく。

「『クサント』」

 オフィウクスが竜の鼻っ柱に一撃を加える。竜はよろめき後退する。その隙を突いてライブラが接近し、俺が傷つけた奴の咽喉に再び一撃を加えた。


「ぐぅ」とむせるような声音。だが竜は倒れない。黄金の双眸そうぼうで一際強くこちらを睥睨へいげいする。


「……? 貴様ら、あの女はどこに行った?」竜は俺たちを見回し言う。

「あの女?」

「あの女だよ! 俺様が最初に喰おうと思っていた、頭は軽そうだが美味そうな肉付きの良い女のことだッ!」


 ……。それって――。

「まさか――」

 悟られる。まずい。竜が振り向こうとした瞬間――悲鳴が上がる。

 ヴァルゴの声だ。竜は吼えながらのたうち回る。「やめろ、離せ!」と叫ぶ。ここからでは何が起こっているのか分からないが、奴の背後で一悶着ひともんちゃくあったらしい。

「奴の足を狙え。後ろ足だ!」

 スコーピオンが叫ぶ。何か策がある――そう考え、俺とライブラが分担して後足に接近し、一撃を加える。竜が膝を着き、前足を地面に下ろす。

 口を開き火炎を放射。レオが護り、奴が火炎弾を放とうとした瞬間――。

 口腔こうくうに何かが入った。硬直。竜は妙な声を喉から絞った後、倒れてあっさり動かなくなった。


「スコーピオン……?」

「昨日、キャンサーを殺した針を使わせて貰った。まだ毒が残ってたんでな」


 あの毒……こんなデカイ竜でさえ殺せる力があったのか……。


「でも、あの毒、ミノタウロス殺しに使った方が良かったんじゃないのか?」

「いや……どうかな。毒を盛ることくらい、とっくにやってるだろう。それで死んでいない以上、期待できないな」


 ということは、最強の生物の記録は、ミノタウロスが更新しているということになる。レッド・ドラゴンは間違いなく強敵だった。なのにミノタウロスは、それを上回るというのか……。

 そうだ、パズルを解いてた奴らはどうなったんだ――?


   *


「やったできたぞ! 全部の猫が向こう岸に渡った!」とジェミニ。

「待て! 確か船は十九回しか使えない筈だぞ!」とサジ。

「そうだった。えーと、一、二、三……」


 ジェミニは船を使う回数を数える。


「二十一回……?」

「一回多いじゃねーか!」

「どうして二十一回なんだよォオオオッ!?」


 ジェミニたちが悲鳴を上げている中、ヴァルゴは言われたとおりに竜を見張っていた。見張っていて竜の何が変わるという訳ではなかったが――。

「貴様ら……良くも」

 竜が喋り始める。

「貴様ら、良くもこの俺様の美しい鱗を傷つけやがったなッ! 塵屑同然の人間風情が、弄んでやろうと思ったのにマジになりがって……許さねぇ! 全員早々にぶっ殺してやるッ!」

 飛んで離れて行く。

 やがて『クサント』が落下し、竜に命中する。そして――。

「……? 貴様ら、あの女はどこに行った?」

 急にそんなことを言い始める。

「あの女だよ! 俺様が最初に喰おうと思っていた、頭は軽そうだが美味そうな肉付きの良い女のことだッ!」

 ……。それって――。

 ジェミニたちはヴァルゴに視線を向ける。ヴァルゴも気づいた。

 ヴァルゴは震える手で鞄から鞭を取り出し――。

「うああああぁあぁあああぁぁあぁぁっ!」

 絶叫しながら鞭を振るい、竜の尻尾を拘束こうそくする。

「こっち見んじゃないわよぉぉぉっ!」

 尻尾を思い切り引っ張る。尻尾を固定すればこちらへ振り向くことは出来ないだろう。ヴァルゴはそう考えた。だが――。

「バッキャロォォ! 振り払われたらどうする!?」

 真っ先に冷静な思考で注意したサジだったが、ヴァルゴは今更鞭を手放せない。恐怖に駆られ混乱状態にある。

「うわぁぁぁっ! こっちくんじゃないわよぉぉ! 死ね、死んじゃえよぉぉぉっ!」

 ヴァルゴの呪詛じゅそは竜に対しなんの効果もなかったが、鞭は効果があった。竜は尻尾を掴まれるのを酷く嫌う性質だったのだ。故に――。

「やめろ、離せ!」

 と叫ぶ。鞭を振り解こうとする。やがて鞭が解け、ヴァルゴは勢い良く後方へ吹っ飛ばされる。それを護った(下敷きになった)のはサジだった。「ぐぇ」と潰れた蛙みたいな声を出しながら。

 竜が鞭を振り解いた瞬間、倒れ動かなくなる。

 面々は皆放心し、竜の死骸をただ呆然と見続けることしかできなかった。


   *


 スコーピオンが竜の死骸を調べている。


「間違いない。死んでいる」

「あいつらも無事みたいだな」


 パズルフロアを見やる。全員、生きていると聞いた。ここからでは皆抜け殻のようにしか見えないが……。

「で、竜ってどこら辺が美味しいの?」

 エリーがとんでもないことを言い出す。


「喰う気かよ……」

「美味しいよ、きっと」

「いや、すまん。毒を使って殺したんだ。これはもう食べられない」

「はぁ!? 何でそんなことしたの!? 常識的に考えてよ!」


 普段無愛想なスコーピオンでも、苦笑いなんてするんだな……。


「でもこれ、鱗とかは使えるんじゃないの? 防具とかに」

「なるほど。やってみよう」

「私も手伝おう」


 テールとレオ、ライブラは前向きに竜の素材を剥ぎにかかっていた。

 三人ともタフだ……。俺にそんな気力は無い。

「お疲れ様です」

 アリエスも同じなのか、困ったような表情をしてねぎらってくれる。俺も同じ様に労った。

「待て! これを見ろ!」

 スコーピオンの声だった。近づくと、竜の額付近に張り付いていた。


「何さ?」

「これだ」


 スコーピオンが竜の額を指差す。――小さな宝石が埋め込まれていた。

「おい、それ――」

 スコーピオンがナイフで抉り出す。確かに武器に嵌っているものと同じ宝石だった。


「なんでこの竜がそれを……?」テールの問いに答えたのはレオだった。

「もしかして……ボスルームにいる個体は、皆これを持ってるんじゃないのか?」

「じゃあ、まさか――」


 俺の靴に挟まっていたのは、第一のボスのゴーレムの宝石だったのか? でもだとしたら、キャンサーの宝石は?

「おい、サジタリウス!」

 俺はヴァルゴの下敷きになったまま動かないサジに怒鳴る。他の面々もついてくる。


「な、なんだよ……、つーか、重、ぐぇ」

「な、に、か、言った?」

「サジタリウス。お前の武器を見せろ」

「は……? 何で?」


 ヴァルゴの下から這い出したサジはとぼけた表情をする。

「これだ」

 スコーピオンが宝石を見せる。露骨に「げっ」という顔をする。

「話は聞かせて貰った」

 一人パズルを解き終えたオフィウクスが言う。「サジ、見せろ」

 囲まれ観念したのか、やれやれといったジェスチャーをしてから、スコーピオンは自分の武器を見せた。

「ちょっとだけよ」とおどけながら。

 サジタリウスの武器は折り畳み式ナイフに見えた。恐らく万能ナイフだろう。ナイフの柄には、宝石が二つあった。


「それはキャンサーの宝石だな?」レオが低い声音で問う。

「ちょいちょい、タンマタンマ、俺だって宝石に不思議な力があるなんて知らなかったんだ」

「宝石を嵌めたのはいつなの?」とテール。

「あー、一日目の夜。大体状況はこいつと大差ない。弓から宝石が取れちゃってさ。元に戻そうとしても戻らない。で、試しに自分のナイフに嵌めてみたら――ってこと」

「もしかして、俺を庇ったのはそれと関係があるのか?」つい訊ねてしまう。

「い、いや、俺は純粋に盗賊として専門家の意見をだな……」

「仮に俺がコズミキコニスを殺したとしよう。もしミノタウロスでなかったとしたら、俺たちはアリエスの推理が正解だと考える。となれば、全員の道具を調べて宝石が二つ嵌っていないか調べようとするのは必定。その時、不利になるのは誰なんだろうな?」オフィウクスの推理がサジが俺を擁護した動機だったようだ。サジが降参したようなポーズを取っている。

「サジタリウス、俺はお前に礼を言わなきゃな、と思ってたんだが……どうやらそうでもないらしいな」

「い、命を救ったのは事実だろう?」

「でもお前は戦ってなかったな」


 ライブラの鋭い指摘が入る。

「お前が行ったのはつまるとこ保身だ。盗賊らしいと言えばらしいが、それで礼を要求するのは盗賊だとしても強欲ではないかな?」

 サジはため息を吐き……「悪いね。俺も死にたくないし、お前らを信じてないんだ」と結んだ。


 龍の鱗を粗方剥いでから、全員でパズルフロアを通り、第二のダンジョンを攻略した。

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