第一部 三島海賊連合と鬼ヶ島海賊
第一章 仮姉妹
第壱話-因島海賊編(壱)
その内の
瀬戸内海は先述した三島は勿論、残る
古来より大河や内海に面した周辺地域は繁栄が約束されており、此処、瀬戸内海における周辺地位においても船による交易が可能である以上は条件を満たしていると云える。
しかし意外なことに瀬戸内海が交易路として開拓されたのは、ほんの三十年程度前のことだ。
理由は至極簡単、邪馬大陸には海に棲息する妖怪も存在しているためだ。
今でこそ妖怪の生態についての研究が積み重ねられ、嘗て程の脅威を人類は感じることはなくなったが、それは妖怪が個として弱体化したことを意味するわけではない。依然として妖怪は人間の脅威であり続けている。
妖怪は人間を遥かに凌駕する力を持っている。今はもう珍しいことだが、たった一匹の妖怪に国が亡びることも昔は起きていたのだ。妖怪の中でも知性を身に着けた妖怪は上級妖怪と呼ばれており、今も邪馬大陸の何処かで人間の寝首を掻こうと潜んでいる。
瀬戸内海にも底深くから人間の乗る船を沈めようと数多の妖怪が潜んでおり、対妖怪を考慮に入れた邪馬大陸向けの航海術が確立されるまでは、とても交易路としては使えなかった。
そして現在、瀬戸内海は三島海賊連合と
次いで三島海賊連合とは、三島諸島を拠点に据える三海賊による海賊連合のことだ。
三島諸島には拠点に出来る島として、
「ああ、もう! どうして他人の云うことを守ってくれないのかなあッ!」
此処、瀬戸内海の三島諸島に少女の怒声が響き渡った。
小柄な少女は艪四十艇の関船の甲板から身を乗り出そうとしており、それを数名の屈強な男達が取り押さえているところであった。
当時は弱冠十六歳、因島帆景は幼い見た目からは想像できぬほどに苛烈な性格をしていた、と後世の古書に記述されている。
「この辺りは暗礁地帯だから勝手に動くな、って私は云ってたよね!? ああ、そうとも、確かに云ったとも、ちゃんと案内してやるから付いて来いとも云ったし、不安ならばうちの航海士を派遣するとも云った!! なんと素晴らしき奉仕精神なのでしょうか、因島海賊は能島と違って手厚い補助も完備よッ!!」
帆景は身振り手振りで堪え切れぬ激情を目一杯に表現しながら、自身を抑えつける男達に怒りを当たり散らしている。
「なのにあいつらと来たら私達の好意を全て蹴りやがった癖に目の前で座礁してやがるってんだからお笑い草よ! あっはっはっはっ、ふざけるなってんだ! 自信を身に着ける前に、自信に見合うだけの腕を身に着けて来やがれッ!!」
「お嬢、落ち着いてくだせえッ!」
「これが落ち着いてられるものかッ!!」
「あがッ!」
帆景は口答えした一人に思いっきり頭突きをかまして、他の躰を抑える手を振り払った。
八つ当たりができて、少し気分が落ち着いた帆景は甲板脇まで歩み寄る。そんな少女の様子を海に生きる屈強な男達は遠巻きに眺めながら狼狽えることしかできない。
帆景は少しでも怒りを抑え込もうと大きく息を吐き出すと、意を決して甲板脇から身を乗り出した。
視界に入り込んだのは、ものの見事に暗礁地帯に乗り上げてしまった廻船の姿であり、甲板に居る船員が右往左往している様が見て取れる。廻船の船頭に立った男からは手旗信号が送られており、読み取れば、船底に穴が空いてしまっているらしいことが判った。
ふつふつと堪えようとしていた怒りが湧き上がってくる、頭領の前触れに周囲が騒めき始める。
「本当にふっざけるんじゃないわよッ!!」
今日一番の怒声が船員達の鼓膜を貫いた。
「別にあいつらがどうなろうと知ったことじゃないわッ! 何処で沈もうが、妖怪に襲われようが、勝手にどうぞ御自由に! でも、よりにもよって私達が引率してやってる時に被害が出ることが赦せないわッ!! ましてや此処は私達の庭である三島諸島の海域よッ! こんなところで沈没させようものなれば、因島海賊の名に瑕が付くッ! そうよ、これは被害に対して云っているんじゃないッ! 要は面子と信頼の問題よッ! あいつらは私達の名前に泥を塗ったのよッ!!」
帆景の激情に因島海賊の船員達は口を閉ざすしかなかった。
余計な事を口にすれば、火に油を注ぐことは明白であったし、何よりも帆景が云うことは船員達も少なからず感じていたことである。帆景が云わなければ誰かが云っていたはずだ、そして帆景が怒らなければ誰かが不満を口にしていたことだ。船員達が未だ冷静でいられるのは帆景が代表して、怒ってくれているからであることを理解している。
だからこそ感情を露わにする頭領に物を申すことが出来ずにいる。だからといって放っておくことも出来なかった。
「何かと思えば……三代目、頭領足る者が取り乱してはなりません」
「ん、船長じゃない。指揮を取らなくて良いの?」
静かに諫める声に帆景は怒鳴り散らすのを止めて、じろりと声の主を睨み付けた。
声の主は穏やかな顔付きに肥大化した筋肉の鎧を身に纏う男であり、不精髭を指で撫でながら幼き頭領を見つめている。
「三代目が取り乱したままでは指揮の執りようがありませんな」
そう云って、男は乾いた声で嗤ってみせる。
彼は因島海賊の頭領が初代の頃から付き従う古強者であり、頭領である帆景よりも戦闘船の指揮が上手いため、帆景が居るにも関わらずに旗艦の船長を務めている。
帆景は葛藤するように身を震わせると、パンと両手で自分の頬を思いっきり叩いた。
「あいつら
「大人しく我々に従っていれば、自然に呑み込まれることもなかったですな」
「まったくよ」
帆景は廻船の方を睨み付ける。先程までとは違って、取り乱す様子はない。船長はからり嗤って、若き頭領に尋ねる。
「して如何為さいますか、三代目」
「そんなの決まっているじゃない」
帆景は大きく息を吸い込むと、関船の全員に行き渡るように大声を張り上げた。
「ボサッとしてんじゃないわよッ! 船に乗せてある小舟は全部、海に投げ込んでしまいなさいッ! あの糞ったれの廻船を助けるわよッ!!」
若き頭領の一喝に、「応ッ!」と甲板にいる全員が応えた。
更に帆景は周囲に展開している護衛船との連絡を取るために、右手に魔力を集中させて魔法陣を展開する。そこから黒色の火球を生み出すと空を目掛けて撃ち上げた。火球は黒煙を噴き出しながら、空高くへと昇って行き、鳥が飛ぶ高さで火球を爆発させる。
青い空に黒色の花火が咲き誇った、地味に帆景が拘った自信作である。
「魔法をあのように使うのは普通の発想ではありませんな、三代目は曲芸が得意でいらっしゃる」
「それは褒めてくれているのかな」
「ええ、褒めていますとも」
船長は目尻の皺を深めてみせる、帆景はいまいち納得がいかぬ様子で鼻を鳴らした。
黒色の花火は、任務中断の合図だ。花火の形から更に詳細な指示を出せるようにしており、今回でいえば護衛対象の救援である。
花火を打ち上げてから少し遅れて、三島海賊連合の旗を掲げる二隻の小早が座礁した廻船に向けて動き出す。
「最初の頃に比べると早くなったもんだね」
「此ればっかりは三代目の訓練の賜物ですな、船団指揮に関しては既に先代を超えていますよ」
「……まあ、当時は烽火用途の魔法なんてなかったしね」
帆景は澄ました顔で受け流そうとしたが、結局は照れ臭そうににやけついた。
「さて、と。私は私で仕事をしに行くとしましょうか」
云いながら準備運動を始める若き頭領に、「今度は海に落ちないでくださいね」と船長は餞別を贈る。
「っさいわね、今度はしっかりやるわよッ!」
たぶんね、と帆景は最後に小さく付け加えると甲板の反対側の端まで駆け寄った。
くるりと回転して、帆景が見据える先は座礁してしまった廻船だ。体内を巡る魔気を掻き集めて、両脚の強化に充てる。生命魔法による身体能力の強化。帆景は一歩目から常人を遥かに超える速度で駆け出し、甲板上を抜けて、大海原へと突っ切った。足元遠くには真っ青な海、冷たい潮風を目いっぱいに受けて、空を翔る浮遊感に心地よさを覚える。
この一瞬だけは鳥の気分が味わえる。
邪馬大陸に悪名を轟かせる悪党衆、三島海賊連合所属因島海賊。
彼等は決して義賊には成り得ない。縄張りを犯した船には問答無用で拿捕し、逃げ出す輩は海の果てまで追いかける。義理と人情は持ち合わせず、あるのは徹底した利益管理と規則である。
故に因島海賊は規則に従う輩には手出しはしない。
通行料を支払う輩にゃ手厚く持て成し、取り決めた契約内容の保護は絶対に赦さない。
戦国乱世の時勢にあるから、甘ったるい情は赦されない。逆に信頼と信用がものを云う、世の中に成り果てている。
因島海賊は見捨てない、契約は命を賭してでも果たすものである。
「今回は上手く行きそうね」
突如と跳び込んで来た少女を驚きに言葉を失いながら見つめる廻船の船員達、それは見渡して帆景は御満悦に無い胸を張ってみせる。
「大浜社中諸君ッ! 私は三島海賊連合が御三家の一人ッ! 因島海賊三代目頭領の
小さな躰に大きな度胸、そのように当時の廻船の船員は因島帆景を評価したと云う。
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